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再び殺された男/目のない蛇・二

香具山・本部前・氷穂side―――


「第一陣壊滅か……」


 カリブの海賊が持っていそうな古めかしい望遠鏡で戦況を俯瞰する氷穂。

 遠く、鉄仮面の重戦士によって、式神の軍が蹴散らされていく。


 式神使い……正式名称は白札士ハクレイシ

 特殊な術札によって人型の兵を作り、それを術者が遠くから操る和人の主力兵科。

 式神という消耗品と術者の魔力が続く限り、いくらでも戦うことができる無限の軍団。

 味方の血を流さず敵を殲滅する合理的な殺戮集団。


 だが和人は七年前の戦争で負けた。


「あんな化け物を投入してくるなんて……これでは明日の昼頃の援軍到着まで持たない」

「本当だね……あの男、また小遣い稼ぎで帝乃槍グングニールに雇われて」

「知り合いですか?」

「うん……ちょっと」


 氷穂は自らの計算違いを認めざるを得なかった。

 当初の計画では、地雷と特攻式神のコンボで動きを止め、夜襲やらなんやらで時間稼ぎをする予定だったのだが、まさか数分足らずで蹴散らされるとは思わなかった。


 前線の後方、望遠鏡でギリギリ確認できる位置に何やら魔法陣を書いている。

 さらには三メートルくらいの魔杖に、結界を張っている魔術士が数十名。

 攻城戦用の魔術兵だ。

 厚さ数メートルの岩壁を貫通させる特殊兵科の攻撃を一晩中受ければ、何度も拡張された歴史あるこの香具山本部の城壁も瓦礫へと変貌するだろう。


「これは夜明けまで持たないな……しょうがない、アレを使うよ」

「……」


 了解しました……の返答は帰っては来なかった。

 その代わりに来たのは沈黙。

 そして懇願するような視線……考え直して欲しいと部下は訴えていた。


「……よろしいのですか、山ごと汚染されます、人が入れぬ魔境と化す可能性も」

「敵に利用されるよりはいいよ」

「それに条約違反……七年前の休戦条約でも厳しく使用を禁じられています」


 必死に訴える部下を、しかし氷穂はその訴えを聞きはしなかった。

 彼女の目的はこの鉱山を奪われない事……それが最重要目的であったが故に。


「教国の兵士に使えば条約違反だけど、自国民に使う分には問題ないよ……あれはね、第一王子が率いる帝乃槍ではなくて、西条秋虎が妹から鉱山を奪うために用意した傭兵団なんだ」

「詭弁です……」

「いいんだって、誰も糾弾できなければ違反は違反じゃない……あっちだって休戦中の国に軍隊を送り込んだことが公になれば外交問題だ……だからこそ秋虎なんて旗印にしているんだから」


 氷穂が朱色の瞳で部下を見やる。

 彼女が勝手に妹扱いしている陽菜よりもなおも濃い朱色。

 その瞳に睨まれ、部下は身を震わせる。


「仮に問題化したら秋虎に全て擦り付けてしまえばいい……どうせ秋虎はもう秋津国にも教国にも居場所はない……この世から退場する前に利用できる部分は利用しとかないと」


 それで事足れりと氷穂はぷっつりと会話を打ち切ってしまった。

 部下はそれで覚悟を決め、早足で下された命令を実行しに行く。


 氷穂は、どこか安堵したかのような部下の横顔を興味なさげにしながら、しかし目だけははっきりと捉えていた。


 その瞳は(もやのようにかすみがかっていて彼女が何を考えているか伺うことはできない。

 そんな彼女を赤い閃光が照らす。

 それは帝乃槍からではなく、この城壁の横、切り立った崖の上に茂る草むらから放たれた。

 閃光は流星のように突き進むと、帝乃槍の先頭、あの鉄仮面のすぐ近くに突き刺さり、爆発した。


 地面に数メートルのクレータ―を穿ち、周囲にまるで焼夷弾のように炎がばらまかれる。

 直撃で十数人が即死、続く炎も合わせて数十人が負傷、その負傷者を救助するためにその数倍の人員が割かれる……敵側に救助の意思があれば。

 

 望遠鏡で放たれた閃光の元を見ると、弓を構えた穂乃香の姿が見えた。

 雄々しく、強大なる帝乃槍の軍勢を眼下に収めつつも、恐れを見せない。

 犬のような耳と尾もあってか、復讐に燃える餓狼のようだ(キツネだけど)。

 彼女は再び、矢を構える。

 矢は糸をより合わせた様な不思議な形をしていた。

 燃え上がる糸が、次なる獲物を狙わんと牙をむく。


 式神操作において、ほとんど才能がないとされた穂乃香。

 だが、こと破壊に関しては齢十三歳にして上級クラスの実力を持っているとの情報を、氷穂は既に入手している。

 しかしあそこまでの能力を有しているとは少々、予想外。


「死に急がなくてもいいんだけどな」


 やる気が感じられない声音で氷穂は独りごちる。

 こういうような事は何度も経験した。

 死にたい奴には死なせてやればいい。

 それが長年の経験から導びきだした答えであった。


*****


香具山・裏山・雪月side―――


(ここが天国か……地獄じゃないだろうな)


 激しい睡魔に負け、眠りに落ちた俺は、自分が目を覚ましたことに驚いた。

 死んでない……首と胴を切り離されたのに。


 俺はヨタヨタと目的の物を探す。

 たどり着くまでに三回ほど転んだ。


 しょうがないよ……。

 だって俺の首は地面に半分埋まっていてものが見えない。

 何も見えない状況で頭を探すのは骨が折れるのだ。


 俺は今……首から上をなくした状況で生きている。


(初めから考えてみようか)


 俺は河野と赤毛の中年に殺され、異世界に転移した……死体として、素材として。

 そしてシラユキに俺の心臓は移植され、俺は逆に宿主を乗っ取って今現在がある。


 そう……俺は人間ではなく、心臓……移植された心臓が俺の本体。

 という事は心臓を壊されない限り、俺は死なないってこと。


「よっと……」


 ようやく拾い上げた俺の頭を身体に戻すと感覚が元に戻った。

 目が見えるようになり、耳も聞こえる、鼻も利く……そして喋れる。

  

 どういう構造になっているか分からないが、俺の身体は首と胴が離れていても特に支障はないらしい。

 あるいは、今そうなったのか。

 デュラハンかよ……いや俺は日本人だから妖怪・頭と胴バラバラか。

 どんどん人間から離れて行っている……ま、いいんだけどよ。


 俺は冬虫夏草……いやニートか。

 俺は親に当るシラユキに寄生しているニート。

 肉体の制御権はこちらにあるから、親を自由自在に動かせるニートか。

 もしかするとこれが俺のチートなのかもしれない。


 寄生している人間を操る特殊能力……そんな感じ。


「さあ、俺の言う事を聞いてくれよシラユキ……なんていったって俺はお前に勝ったんだから」


 俺が背後を振り向くと、シラユキの魂らしきものがユラユラと揺れている。

 俺に自由意思を奪われた哀れな使鬼。

 それは俺が念じると人魂から別な姿に変わる。

 人ではない……一匹の巨大な蛇に変わっていた。


 俺専用の式神ということか……。

 その蛇は茶色と黒を混ぜた様な微妙な配色だった。

 幼稚園児がでたらめに絵の具を混ぜ合わせたような……正直汚い配色だ。

 そしてその蛇には目がない。

 目の部分は盛り上がっている……なんかのホラーで見た、産まれるのが早すぎた胎児のような奇形。

 俺にはお似合いの式神。

 ま、陽菜の式神も首無しの訳分からんデザインだけどな。


「魔術を使おうとするたびに違和感があった、何かが俺の中から出ようとしていた……違うんだ、俺が追い出そうとしていたんだ……シラユキの魂を、この身体を完全に俺の物にするために」


 そう、俺はシラユキに完全勝利したのだ。

 俺は自分が高揚しているのに気付いた。

 

 家で学校で、そして社会に出てからも負けっぱなしの人生。

 三十年の人生で初めて他人に勝ったのだ……嬉しくない訳ない。

 ちょっと本当に勝利したのか、何か後で勝った代償を支払わされるか心配だが、多分大丈夫。


「それにしても……」


 ここはどこだ。

 確か俺は森の中にいたはず。

 だがここは真っ白い灰が積もる、塩の平原のような場所。

 いや、よく見るとこの区画だけがになって平原のようになっている。

 周囲は森……俺の周り十数メートルだけが塩砂漠化……良く分からん。


 どうせ考えても分かる訳ないか、俺の脳みそで。

 俺は考えることを放棄した……と同時に体の不調に気づく。


(なんかお腹が重いんだよな……)


 まるで一晩中、酒とツマミを抱えてPS2をやっていた時の様にお腹が重い。

 食べすぎ飲みすぎ。

 俺にしては珍しく……とても運動したい、体内のカロリーを消費したい。


「相手が……氷穂……やって……れない」


 香具山本部から遠く離れたこの裏山。

 どこかで声が聞こえる。

 誰だか知らないが、ちょうどいい……俺の運動の相手になって貰おう。


 大丈夫、大丈夫……ちょっと痛めつける感覚で新しい力を使うだけ……死ぬことはないだろう。


 もし仮にこの能力が、期待外れのダメダメだったのならすぐに逃げよう。

 陽菜の式神軍団みたいに、一般兵クラスの集団をボコボコにできるくらいなら、カンパニーにとどまってダラダラ過ごそう。

 あの鉄仮面くらい滅茶苦茶できるのなら、外に出て冒険者とか目指してもいいかな、異世界転移の基本だし。


 そしてもし、俺の予想を上回るものだったのなら……俺は。


(あいつらを同じ目に合わせてやろう)


 みんなが俺レベルまで堕ちれば、劣等感を覚えなくてもいい。

 突如として不安になって酒を浴びることもない。

 同窓会の参加者、河野を含めた十二人に俺を入れて十三名……みんなを平等に。


「頼むぜ……式神・シラユキ」


 俺の呼びかけに蛇は何も答えない。

 蛇と化したかつての少年使鬼は、もしかすると自我すら消えてしまっているかもしれなかった。

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