再び殺された男/目のない蛇・一
香具山・本部前・秋虎side……深夜―――
幾度となく経営者が従業員に釣らされたその曰く付きの山・香具山鉱山。
その本部に向かう道路を、刀を持った短髪の和人を先頭に、鉱夫達が列を組んで歩いていた。
皆、手にはキリやらトンカチやら、一応は武器を手にしている。
もっとも、武器とはいってもそれが対人戦で有利になるとは思えないお粗末な物であり、それが彼らの素人さを証明していた。
有体に言えばそれは戦うためでも、脅すためでもなく、ただ自分の心を安心させるためでしかなかった。
これから彼らは陳情に行く。
待遇の改善、具体的には給料の倍増。
だが減給の理由の大半が、国の増税にある以上、一経営者に訴えてもせんのない話である。
だから彼らには若干の戸惑いと、罪悪感がある。
それを払拭するための大義名分……つまりは経営者である西条 穂乃香の義兄である西条 秋虎なのだ。
「妹のやり方は拙い……俺が経営者になれば給料は倍増……おれはできる男だ!!」
どこからそんな自信が……と首を傾げているのは鉱夫達のさらに後ろで隊伍を組む武装した兵士たち。
鎧はまちまちだが、サーコートに書かれた槍と目の衣装は教国の狂犬軍・帝乃槍の証。
彼ら兵卒を統べるは、ゆったりとした、まるで文官のような貫頭衣に胸甲をつけた二十代半ばの赤毛の青年。
ムスペルハイム教国において支配層である、炎王乃子と呼ばれる人種であった。
名はライナルト……今回の鉱山襲撃の総指揮官でもあった。
「自らの権利は自らの手で勝ち取る……見事、あの砦を落として参れ……そうすれば、望む待遇を保証しよう」
どことなく固く、生真面目そうな声がライナルトから放たれる。
事実そうなのだろう……。
今回の襲撃でいろいろな詐術を行ったものの、本来は真っ向からの正攻法を好む武人。
そんな印象が言動全てから匂ってくる。
「大丈夫です、教国の騎士さん……七年前の戦争に参加していないあいつは何だかんだで甘い……従業員を盾に開城を迫れば、折れてくれますよ」
秋虎が考えた「人質作戦」。
ライナルト同様に生真面目な彼女に対し、従業員を盾に降伏を迫る。
卑劣極まりない戦法だが、それを恥と思う気持ちは秋虎にはなかった。
ちなみにライナルト自身、そんな戦法など取りたくはなかったのだが、まだ秋虎は彼の傘下には入っていない。
そして腹心である鉄仮面にも説得されたこともあり、渋々その案を受け入れたのだ。
「お前は……人ではないな」
「そりゃあ、俺は人並み以上ですから」
「……」
侮蔑しきった独り言を聞きとがめても、秋虎は何ら反応を見せなかった。
その度を越えた阿呆ぶりに怒りを通り越してあきれ果てたライナルトは、ふと一つの情報を思い出した。
告げる必要などないと思っていたのだが、それを相手への軽蔑で隠匿するのもガキのようで情けない。
「先程本部内に潜ませていた間者から報告があった、本部内で反乱がおこった……現在の指揮官は西の姫ではなく北の姫だそうだ」
「はっ……?」
西の姫とは西条穂乃香の事……こいつはただの小娘。
そして北の姫とは北条氷穂の事。
一応は軍籍を持ち、指揮官としての訓練を受けてはいるが、基本は議員の娘……文官だ、恐れることはない。
帝乃槍のライナルトが畏れるはただ一人、東の姫……東条 彩春のみ。
「お、おい……なんでそれを言わなかったんだよ……バカか手前!!」
突如として秋虎が怯えだした。
目の前に巨大な熊でもいるかのような、異常な怯え方。
乱暴な言葉遣いを咎めようとしたライナルトだったが、その滑稽な恐怖に毒気を抜かれ、笑いすらこみ上げてくるようだった。
「それほど恐れることではないだろう……北の姫の兵は100名……それも本部人員の拘束に兵を裂かれている……仮に下劣な人質作戦が通じなくとも、正攻法で落とせる」
ライナルトが背後を見る。
そこには数百名の兵士が控えていた。
本当は千名以上の兵を連れてきてはいるのだが、反乱防止のために本部への道は狭く、道を外れれば数多の罠が設置されている。
奇襲を警戒したこともあり、戦力を分散させて進軍させているのだ。
「あいつ頭おかしいんだよ……人質なんて効くものか……盾にした人質ごと殺しに来るような女だ」
「何……?」
ライナルトが首を傾げた瞬間……夜の闇を縫うように小さな竜巻が最前列に飛び交う。
猫を鍋で煮たてた様な、身を震わせるような悲鳴が上がる。
ザリザリと風の音共に雨が周囲に降り注ぐ。
雨の正体は血……最前列の鉱夫が地中から出現した竜巻によって細切れにされ、血と贓物を撒き散らしているのだ。
「地雷……!!」
「条約違反だぞ!!」
式札を地中に隠し、踏んだ者を風の術で抹殺する残忍な術法を、和人を研究しているライナルトは知っていた。
なお、なぜ「地雷」と呼ぶかは、異世界で同じような術法があったからだと言う。
「やっぱり……こうする女なんだよ……進むのを止めろ……皆殺しにされるぞ!!」
「声が大きい!!」
恐慌を起こした秋虎の金切り声と、それを窘めるライナルトの声が重なる。
そしてさらに、周囲にぼんやりと宙に浮く人型が浮かび上がった。
それは宙に浮き、全身を白っぽい水干で包み、顔を覆い隠すように一枚の紙が貼られていた。
手には一枚の式札。
それが地雷に使われた式札と同じものだと気付いた者がいたかどうか。
「カミカゼか……」
自爆特攻用式神「神風」。
その出現に、ライナルトは秋虎と同じような絶望が呟やいた。
*****
香具山・本部前・陽菜side……深夜―――
「始まったぜ……」
戦闘が開始した本部前を俯瞰できる丘の上、そこに陽菜とリーネが追撃の準備に取りかかかっていた。
彼らもまた帝乃槍の撃滅を目標としており、図らずも北条氷穂と共同作戦を取っている。
ただしその理由は非合理的な理由からだ。
陽菜自身、別れたままになっているシラユキと連絡を取りたかったのだったが、それをリーネは止めた。
彼女らにはやらねばならないことがある。
今回の襲撃撃退の手柄を氷穂に全て取られるとカンパニーの査定に関わるのだ。
カンパニー代表・黒須と氷穂は叔母と姪の関係であり、両者は仲が悪い。
黒須自身はそう表立って敵意を見せないものの、彼女の取り巻きは彼女の関心を得ようとそう言った下らない事にこだわる。
ようは取り巻きの評価を下げないために隊長首の一つや二つを取って、今回をみんなの手柄に近づけてたいのだ。
そこそこに戦ってサボりだと思われないようにする。
もっとも、何度リーネに説明されても陽菜はその理由をさっぱり理解できなかったのだが。
「やっぱり……私の変な弁当で機嫌を損ねてしまったのでしょうか」
戦うための理由を理解していないがために、今晩の陽菜には戦闘意欲と言う物が欠けていた。
もっぱら気にするのは同僚であるシラユキの事。
「だからと言って何も私のお弁当をゴミ箱に捨てなくたって……」
「陽菜、その話は後にしようぜ」
シラユキが考えた策……弁当に仕込ませた合図は結局のところ陽菜には届かなかった。
敵に見抜かれたなどの理由ではない。
利用した相手の怠慢によってだ。
真白という女は帝乃槍に寝返った(本当はカンパニーに寝返りたかった)ことから、この鉱山での職務を真面目にこなそうと言う気持ちは既になく。
適当に業務をこなせば良しという気持ちだったのだ。
渡しました……嘘、渡してない。
陽菜に渡して……面倒臭い、ゴミ箱に捨てた。
「やばい……なんか帝乃槍の奴ら、私らが何かしなくても逃げかえりそう」
「それはいいことではありませんか?」
微妙に噛み合わない会話。
苦虫を噛んだ様なオルトリーネ。
ほっとした感じの陽菜。
その表情が……入れ替わる。
「はっ……?」
呆けたようなリーネの声は、地雷の竜巻を遥かに超える暴風を見たことから。
今度、散り散りに吹き飛ばされるは血でも肉でもな……紙束だ。
地を這う暴風が、特攻する神風も、それどころか地に埋められた地雷をも吹き飛ばす。
その手には鉄塊のような槍、巨大な体躯の鉄仮面が次々と氷穂の策を打破していく。
「人でない物が……人と争って勝てるのかよ!!」
離れた二人にまで届く咆哮のごとき大音声……。
彼女らは確信した……奴が指揮官だ。
規格外……あるいは、香具山本部は陥ちるかも知れない……そんな未来すら目にチラつく。
「あの武人を倒さなくては……この命の限り」
「……死なない様にでいいぜ」
「リーネさん!!」
「悪いがこれは命令だぜ……一応は私が上役だという事を忘れてないだろう」
いつもの陽菜に着いて行く従者のようなスタイルをかなぐり捨てて、リーネの強権が発動する。
それを最低でも表向きは、陽菜は小さく了承した。
「ヤバいな……いざとなったら穂乃香なんて見捨てて逃げてくれよシラユキ……後はなんとかしてやっから」
「その時はお願いします」
本部にて穂乃香とともにいるであろうシラユキの安否を思いながら二人は本部城門前に急ぐ。
既に障害を排除した帝乃槍の軍は、そこへの道を疾走し始めていた。
*****
香具山・裏山・雪月side……夜の決戦が始まる半日ほど前――
「じゃあな……」
鉄仮面が槍を振るう。
全てがスローモーションに動く。
何とか時間を稼がないと……この期に及んでも俺はそんなことを考えていた。
いや、もう遅いって……。
あの真白の姿を確認すると、奴は権利書(偽物です)の入った封筒を胸に抱えて逃げていくところであった。
なんという卑劣……俺を利用するだけ利用して、危なくなったら即退散。
……と思うのだが、もしかするとそれがこの世界では正しい行いなのかもしれない。
下手な良識は、喰われ踏みつけられるだけ。
むしろこちらが誰かを喰うくらいじゃないと生き残れないのかもしれない。
ああ、真白……いや真白さん、あんたは正しかったよ。
俺が甘かったんだ。
母と兄と同級生に裏切られ殺され、何かの奇跡で蘇ったと思ったら一か月も経たないうちに、再びあの世行き。
もう奇跡は起こらない。
俺はまた人生を無駄にした。
槍の穂先が胸に迫る。
避けないと……何とかして避けないと。
だが身体は高速化する意識とは違い、ちっとも素早く動いてくれない。
そして多分、一ミリ程身体が動き……槍は俺の身体に到達した。
小学生の時に酔った父に殴られた時と同じ感じがした。
俺は宙を浮いている。
恐らく致命傷を受けたと言うのに、激しい痛みもその他の何か特別な事もない。
視界を目まぐるしく枯れ木の森が通り過ぎる。
そして何か柔らかい物に落ちた。
霞む視界の向こう……カンパニーの制服を着た……首のない死体。
あ、首を斬り飛ばされたのね、俺。
多分生首状態の俺……そのせいか凄く眠い。
眠い眠い……もう耐えられない。
俺はもうダメだ。
何にもいいことなど無かったな二度目の人生。
神様……せめて何かチートぐらいくれよな。
そうしたら……そうしたら。
俺を陥れた奴らに同じ不幸をプレゼントするのに。
だって、例え神様にチートを貰っても……俺が幸せになる光景を想像できないから。
不幸は想像できる。
奴らに俺と同じ運命を!!
……プレゼント・フォー・ユー。




