山が口を開けた・一
香具山・本部・事務所・雪月side―――
「権利書二枚は穂乃香の私室に隠されています……なんとか見つけてください」
「任せてください……私はカンパニーの使鬼ですから」
秋虎およびこの女(真白)を俺のストレス解消のために破滅させるにはどうすべきか。
帝乃槍へ内通している事実を突きつけても物的証拠はないし、それ以前になんだかんだで情のある穂乃香の事だ。
初犯だということと、大した被害が出なかったという事で大した罪に問わない可能性が高い。
それでは面白くない。
もっと深刻で、言い訳の余地なく大罪に問われる状況に差し込まなければ。
勿論、俺に責任がいかない形でだ。
「それにしても、あのお嬢様には本当に手間をかけされて……」
共犯者だと分かった瞬間から、仕えている主の悪口を吹き込み始めるとはこの女は本当に性格が悪いな。
俺が言えた義理じゃないが。
「とにかく任せてください……真白さんはその間、穂乃香様の護衛を厳重に……くれぐれも穂乃香様が怪我したりすることがないよう……不審がられて新たな護衛を雇われては事です」
真白の悪口(恐らく穂乃香を俺が嫌いになり、逆に自分に同情するような工作)を聞いている時間など無駄だ。
俺は早々と話を打ち切り、彼女に釘を指す。
権利書を探っている間、穂乃香を足止めしてもらうためだ。
言外に、滝沢部長の時のように、穂乃香が暴力を振るわれた時に見て見ぬふりなどしない事も含めて。
「でももしカンパニーの社員を止めたことで、彼らが私に恨みを覚えたら……私のカンパニー就職に不利にならないでしょうか」
(知らんよ)
ああ、そういう訳か。
穂乃香の青タンの原因はそれか。
明らかに理不尽な滝沢部長を止めたことで、部長に逆恨みされるのが怖い、ひいてはカンパニーに再就職できなくなるのではないかと危惧したという事か。
忠誠心ってなんだろうな。
こいつを陥れることに対する罪悪感がみるみる減っていく。
「ここが正念場ですよ……」
あえて不機嫌そうな顔をすると、怯えたような顔を浮かべ、小さくうなずいた。
俺が機嫌を損ねて降りられては適わない……そんなところか。
「何をしていたのだ……早く視察に行くぞ」
俺らが話し込んでいたところに、件の穂乃香がやって来た(腫れが引いたようで今日は狐の面を付けてはいない)。
今日も山を視察……できる事なら大人しく部屋にこもってくれた方がいいのだが。
そうだと書類を盗めない……幸いと言うべきかな。
「今向かいます……」
俺は内心の邪な考えを隠し、いつも通りのおすまし顔でお嬢様の随伴を務める。
疲労も睡眠不足も、今は我慢できる。
為すべきことがあるからだ。
多分……午後から崩れるだろうけどな。
*****
今日の視察は森の中。
魔晶石を採取できると言う木々が並ぶその区域では、作業員がハンマーやらノミやらを手に、樹に埋め込まれているように発生した石を掘っている。
穂乃香の説明によると、ある種の樹木は大地に眠る魔力を吸い上げて凝縮、結晶化する性質があるとのこと。
そして樹を傷つけてその石を採取する。
樹を痛め過ぎれば樹は枯れてしまう(苗木から石を採取できるまでに十年以上かかるらしい)、故に弱り過ぎないように加減して採取しなければならないが。
(正直、リストラサラリーマンばかりの鉱夫がそんな規約を守る訳ないよな……)
この鉱山はリストラとか倒産で仕事を失った者が多く従事している。
かつての生活を取り戻そうと必死な彼らは酷く利己的だ。
俺が儲かればそれでいい。
樹が枯れようが知ったことか。
どんどん掘ってやれ。
「……」
穂乃香の視察は続く。
時折、彼女が来たことに驚いている人間もいるが、それは恐らく新人なのだろう。
そしてその中の一人。
驚いた顔の中年男……鉱夫よりも銀行員とかの方がしっくりくる細面の彼は、しかしその目はよどんでいる。
どう見ても採取に不向きな事務用制服でいる所から、前職に未練たらたららしい。
手には身体に不似合いな……鉞。
おい……木を切り倒す気か。
「何をしようとしている……!!」
さすがにこれは見逃せないだろう。
沸点が低い穂乃香がすぐさま憤怒の表情で駆けよっていく。
もしかすると滝沢部長に暴力を振るわれた時もこういう感じだったのでは
相手は武器をまだ持っているんですよ?
「ここはお任せを……」
俺は走り出した穂乃香を後ろから抱きかかえるように抑え(意外と勢いがある……転びそうになった)、そのまま俺は件の男に向かっていく。
穂乃香に見つかったことに逆上したのか、その目は血走っている。
「私の前で騒動は止めてくださいね」
「……」
だがここでもカンパニーの制服が効果を発揮した。
穂乃香の視察は知らなくても、この鉱山がカンパニーに買収(俺が流したデマだけど)の噂は知っていたようだ。
それを利用し、俺は巧みに近況を聞きだす。
用は愚痴を聞いてあげる。
俺を採用担当官の可能性があるとでも思ったのか、意外にすんなりと喋り始めた。
なんでも数年前に施行された、「あの」軍再建を理由とした「給料全て没収法(正式名称は知らない)」により、収入が激減し、それを理由に奥さんに出ていかれたらしい。
奥さんが帰ってくるには奥さんが要求した額を稼がなくてはならないそうで、そうか大変だな……知らんよ。
結婚どころか、彼女がいたこともない俺にとってなんと贅沢な悩みか。
一回でも女にモテたんだからそれを一生の宝として諦めよ。
……とか言うとさっき以上に怒りそうだから俺は無難に受け答えして帰らせる。
鉞を没収することも忘れない。
元居酒屋店員である俺にとって、話ができる分酔っ払いよりだいぶ楽だ。
たまに素面でも会話ができない奴もいるが、幸い今の人間はそうではなかった。
(ただあいつ、また同じことをするな……今度は慎重に、バレないよう)
ある種の人間は、罪を見逃された時にそれが相手の寛容ではなく、幸運と見る。
許されたのではなく、一部しかバレなかった。
だから次は全部バレない様に気をつける。
俺がそう言う人間だ……奴は俺と同じ匂いを感じる。
「何とかなったのか……」
「ああ……だが奴はクビにした方がいい」
ただ木を切り倒しただけでは枯らすのと変わらない。
裏に横流しを誘う業者がいる。
魔晶石を木から採取するのではなく、木ごと売って金にする。
そして途中で横流しを止めると言っても、その業者が許すまい。
「うむ……」
なぜか穂乃香は俺を射殺さんばかり睨みつけている。
え……何か不味いことでもしたか。
直情型……というよりも俺には中学一年生(相当)の女子の気持ちなど分からない。
今のうちに謝っておいた方がいいか……何を悪いことをしてないけどな。
「シラユキ殿……」
果たし状でも手渡すように、彼女は真剣な顔をしていた。
真剣を引き抜きそうなくらい怖い顔だ。
え……俺も秋虎のようにやられる?
「わ、私の隣にずっといる気はあるか」
「今も隣にいますが?」
「……」
分からぬ……どこぞのスナイパーのように俺の後ろに立つなという事か。
俺が無言でいると、穂乃香は健康診断でガンが見つかったような深刻そうな顔で考え込み……今度は真面目腐った顔で問うてきた。
「この鉱山は私が西条家当主・秋水様より下賜された私の城だ……ここの人間は私に危害を加えることはない……私と一緒になればお前も同様の立場となる……使鬼だからと言って差別する人間もいない……来る気はないか」
「一緒に過ごすのならば、母親の方がいいのではないですか?」
なんとなく穂乃香の意味不明な言動に不安を覚えた俺はわざと怒らせるようなことを言って場の空気を一変させることを試みる。
実母に複雑な感情を持つ穂乃香……それを突っつけば、いつもように激高してくれるはず……。
「無論……今の情勢が落ち着いた暁には呼び寄せる予定になっている」
「……?」
なぜか今日に限って素直な穂乃香。
何が起きた……不味い物でも食べたか。
俺は急な事態の変化についていけない。
「母は西条の下男によって、子を産めぬ身体にされた……出身地が気に食わないという理由でだ……秋水様と義父様が止めなければその時に殺されていたかもしれない」
「……」
「その時に母は心を病んでしまったようだ……周囲の人間に媚び、バカ兄に媚び、自分を辱めた下男に媚び……私が下男どもを縊り殺すのも止める始末」
そんな重い話をされても俺にはどうすることもできない。
……だが、そこは空気を読んで聞き役に徹する俺……俺は偉い。
ただ……ひっかかる気がする話だけどな。
若菜さんは当主の息子の後妻……それを西条家に仕えている下男が辱める。
その辱めを……止める?
止めるだけで良しとしたのか。
打ち首にあってもおかしくない……それを止めるだけで良しとしたのか、当主・秋水と穂乃香の義父……若菜さんの夫は。
「ともかく……手段を選ばぬカンパニーの人間の中で、お前は信頼できる……移籍の件、考えて置いてくれ」
「……」
それで話は終わりとばかりに穂乃香は前を向き、俺を置いていく勢いで歩き始めた。
むむむ……何をトチ狂って俺をそんなに買っているのか知らないが。
彼女に必要なものは俺のようなロクデナシではなく、人を簡単に信じるとどうなるかという、手痛い経験だな。
騙される、信じていた者に掌を返される経験が彼女には足りない。
それでは社会で通用しないぞ。
だから……。
俺をなんでか評価してくれたお礼に……俺が教えてあげるとしよう。」
(お前は若すぎる……そして純粋過ぎだ)
俺は一つため息を吐くと、穂乃香を追いかけ始めた。
分かったよ、権利書の居場所が。
では、キツイ教育をしようか。




