破滅は一人、ワガママな一人
香具山・本部・事務所・雪月side―――
「こちらです……」
そして俺は真白に連れられるままに本部の奥へと案内されていく。
頭のどこかでは、着いて行っては不味いという危険信号が鳴っているのだが、ぶっちゃけ眠い。
今の俺ならば、早く終わるのならどんなことでも聞いてしまいそうだ。
あ、立ち入り禁止の札が張ってある。
真白はそれを乗り越えて進んでいく。
俺はそこで立ち止まり……結局ついていく。
着いた場所は、なんかでかい宝石が置いてある薄暗い部屋だった。
どこもかしこも埃っぽいこの鉱山では例外的にここは掃除が行き届いている。
穂乃香が掃除をしているのだろうか。
一人部屋くらいの部屋(実家の俺の部屋よりは広い)にはテーブルと椅子が置かれており、そこには一人の男性が座っていた。
(うわ……)
その男性は槍と目をモチーフにした意匠の僧服を身に着け、俺こそがこの部屋の主であると言いたげな風に存在している。
テロリストだか、残虐軍隊だか知らないが、帝乃槍の構成員であることは明らかだ。
問題はその人物。
俺を見るとそいつは親しげに握手など求めてくる。
止めろよ……巻き込まないでくれ。
「久しぶりだな……村での決戦以来か」
(決戦と言うか、お前らが一方的に陽菜とリーネに倒されただけだけどな)
穂乃香が言うバカ兄……西条秋虎がそこにいた。
*****
「俺は心を入れ替えた……シラユキとか言うんだっけ、俺と一緒に教国に来ないか」
「そうですか」
秋虎はあの長ったらしい髪を切って短髪にしていた。
俺が知るゲームでは、我儘な赤毛の主人公が心を入れ替える時に断髪するシーンがあるが、こいつは本当に髪を切っただけらしい。
俺は心を入れ替える……敵に寝返るんだ。
マジかよこいつ……順調に死亡フラグを踏んでいるぞ。
ゲームとかラノベとかに出てくる寝返り組の末路は悲惨だ。
一度自分の所属する組織を裏切っているから信用されない。
そのため、都合のいい時に消されることが大半なのだ。
仲間を粛清すれば反発を出るが、寝返ったかつての敵を始末しても反発は少ない。
組織の不祥事やらを被せてしまえば、一石二鳥だ。
ようは便利な道具扱いから抜け出せない。
「俺はどうかしていた、甘ったれていたんだ……だがこれからの俺は違う……秋津国がもうダメだ、これから俺は教国で新しい人生を築く」
秋虎の宣誓を俺は八割方聞き流していた。
どうせ大したことは言っていない。
俺が思うのは、こいつの暴挙に俺が巻き込まれない事。
という訳で……俺は最善の選択をすることにした。
「穂乃香さん……!!」
「おい止めろよ、手前!!」
一瞬で余裕をなくした秋虎が俺の口を抑えに来る。
意外とごつごつしたその手は、彼が曲がりなりにも武士であることを伺える。
そう言えば滝沢部長を追い払ったハイパーアサシン(眠いので適当にネーミング)リーネと数十秒程度とはいえ鍔迫り合いしていたな。
どうでもいいけどな。
「穂乃香はマジでやばいんだ、頭に血が昇ると後先考えずにとんでもないことをする、昔からそうだ……見ろ、この肩を」
秋虎が僧服をはだけると左肩に火傷の跡があった。
ちょっと怪我したレベルではない。
ケロイド風に傷口がジュクジュクになっており、中心部が僅かに黒い……もしかして皮膚が壊死してない?
多分、跡が残る。
うむ、穂乃香もいい仕事をする……なんで俺の周りの女って危険な連中ばかりなんだろうな。
「……」
「俺は妹が怖いんだ……冗談でも奴を呼ぶんじゃねえぞ」
なんとも情けないことを言う秋虎を俺は呆れ……ん?
血が繋がらない?
半分ほどスリープした俺の頭が運よくそのワードを拾い上げる。
「実妹ではないのですか?」
「ああ……穂乃香は若菜さんの連れ子だ、母親に似て美人だろう……性格も似ている……悪い所も似たけどな」
てっきり秋虎と穂乃香が兄妹で、若菜さんが後妻、つまりは血が繋がっていない。
そういう風に思っていたのだが。
……となると、穂乃香が狭量に見えてくるな。
義理の母ならいざ知らず、実母をボロクソに言うとはさすがに悪かろう。
母親を大切にするのは世間の常識、それができない者は常識知らず。
それが例えどんな母親でも。
「仲が悪いようですが……」
「どっちも問題あるからな……穂乃香は直情的だし、若菜さんも娘にいろいろ黙っているから誤解されているし……お互い頑固だから、言っても聞かないんだ、放っておくしかないよ」
しみじみと語る秋虎には確かに兄の風格があった。
ちゃんと家族をしていたらしい。
だけど……お前が敵国に寝返ることを聞いたら、お前の両親は泣くと思うぞ。
「ご両親が泣きますね」
ついつい本音が口に出てしまった。
これも全ては疲労のせい……うん、俺は悪くない。
小動物並みの心臓しか持ってない秋虎にこんなことを言っては慌てふためいてしまう。
そう予想した俺だったが、彼は意外な反応をする。
「いいんだよ……二人とも死んでいるからな」
「死んでいる?」
「母さんは俺が五歳の時に俺の枕もとで首を吊ったし、親父は……当主・秋水の操り人形……生きているとは言えねよ」
「……」
「だから、いいんだ……気兼ねしなくても」
どうにも秋虎、そして穂乃香の態度を見るに西条家内部は荒れまくっている様子。
没落したのも(それでもこんな鉱山抱えるぐらいには資産があるが)そこら辺に問題があるのかもしれない。
「ま……それはおいて置いてともかく、あいつには秘密でよ……権利書二枚、持って来てくれねえ」
「は……?」
「この鉱山の経営者は俺にこそふさわしい……お前もそう思わないか?」
そしてその没落を促進させる次期嫡男(多分)のバカ息子。
なんとなく予想がついていたけれど、これは流石にひどすぎる。
盗んでどうこうなる問題か?乱暴すぎだろ?
それに……俺が使鬼だからって舐め過ぎじゃないか。
権利書盗み出したら俺がいの一番に疑われるだろ。
しかも権利書がこいつの手に渡り、鉱山が帝乃槍のものになったら俺らの仕事はそこで終わり。
また社畜生活に逆戻りだ。
俺が抗議を兼ねてジト目で睨むと、秋虎はさすがにこのままでは説得は厳しいと判断したのか、少し慌てた様に真白に何事かを伝える。
真白はそして、部屋の奥にどんと置かれたどでかい宝石を何やら操作し始めた。
「別に俺は国を裏切るって訳じゃねえ……本当さ、戦争の時代は終わり、今は平和の時代……ただ外国で働くだけだ」
「……」
「な、あの乱暴な女二人と違ってお前は見所がある、一緒に教国で働こうぜ」
限りなく言い訳臭く、早口に捲し立てる秋虎。
こいつの口から働くという言葉が出た事はびっくりだが、必要に俺をスカウトする理由は多分、他には断られたんだろうな。
ああ……どうやって断ろうか。
適当に了承して穂乃香に裏でチクるのが一番正解かな。
そう今後の方針を決めたところで、でかい宝石が輝きだした。
宝石には映像が映る……。
(通信系のマジックアイテム?)
意外に画質がいい。
「蒼石樹……地脈から力を吸い上げて遠方と情報を交換する四封家が一、東条家が作り出した道具だ」
(ようはテレビ電話か)
ドヤ顔でその宝石を自慢する秋虎は非常にうっとうしい。
しかも東条って……つまり他家が開発した物じゃないか。
実家の西条ならともかく、まったく自慢にならない。
(これを見せることで俺が積極的に協力すると思っているのか?)
まさかこれをくれる訳はないだろうし……と思ったら、映像が鮮明になり、その内容が徐々に分かって来た。
映っている三十代半ばぐらいの男が、教国と和人は共存できるとかなんとか話し始めた。
洗脳系の動画かよ……そのうちスルト様万歳とか言うようになる……。
俺はしかしその映像から目が離せなくなっていた。
瞬きすら忘れ、一心不乱に眺め続ける。
秋虎が満足げにほほ笑むのが横目に見える。
男は帝乃槍の幹部であり、その副官は三十歳前後の綺麗な女性。
(兄さん……母さん?)
映っていたのは、ニート生活を続けていた不健康な兄の姿ではない。
どこか陰りのある目から、俺以上の陰キャラ属性は変わっていないのだろうが、一目でエリートと分かるような精悍さが確かにあった。
東大卒の官僚、あるいは警察幹部……そんな感じ。
そして女性は、母さんのアルバム(俺のアルバムは存在しない)に載っていた若りし頃の母の姿そっくりだった。
若返ったのだ……高校生くらいになった河野と同じく。
恐らくは、俺を犠牲にして得た何かによって。
俺を嵌めたのは河野だと思っていた。
違った。
俺を殺したのは河野と……兄と母だ。
(いくら何でもキツ過ぎでしょ、俺に対して)
怒りも悲しみも湧いては来ない。
それより前に、どうせ俺には何もできないという諦めが広がっていく。
相手は国のトップ……対して俺は人間以下の使鬼。
何をどうやっても敵わない。
それどころか、生きていることがバレたら今度こそ止めを刺されかねない。
殺されかけた方が、怯えて逃げ隠れしなければならない。
俺にはお似合いな姿か……。
低能で、人並み以下の出来損ないの俺にお似合い。
「シラユキ……?」
「秋虎様……恐らくは蒼石樹が珍しいのでしょう、使鬼は子供並みの知性しか持ちませんから」
「……そうか」
何やらごちゃごちゃ言っているが、俺には関係ない。
いや……ある。
「先程の話、お受けします……権利書、見事盗み出してごらんに入れましょう」
自分でも驚くほど媚びた声を俺は出していた。
気持ち悪いほどの甘ったるい声。
その毒で、自分より上の存在をたぶらかす。
俺は……プライドを捨てた。
「お、おお……」
「その方がいいでしょう……穂乃香様は嫌いではないですが、まだまだ未熟、経営者として皆を幸福には出来ない……ですが権利書は帝乃槍よりは、カンパニーに渡した方が私としては良いかと思います」
「そりゃないぜ真白さん、この鉱山がカンパニーの物になったら、カンパニーとひと悶着起こした俺の立場がない」
「ですがそれが全従業員のため」
だけどそんな無力を抱えたまま生きていけるほど俺は強くない。
反撃だ。
やり返すのだ。
本人に勝てないのなら、その関係者に。
兄と母は帝乃槍の幹部……ならば帝乃槍の構成員を破滅させて仇を討つ。
それでストレス解消だ。
(お前らが悪いんだ……帝乃槍と関わりあいを持つから)
俺は悪くない。
俺に現実を突きつけるから俺がこんなことをしなくちゃならなくなったんだ。
現実を知らなければ俺は。
俺は……悪くない。




