喰われるのは誰?・三
本業の忙しさを考慮しつつ、なろう秘密基地での感想依頼を再開準備中です。
香具山・本部・事務所・雪月side―――
西条家のお姫様、穂乃香の護衛二日目。
(太陽が黄色いな……)
俺は半分ほどしか活動していない、と言うよりも半分ほど機能停止している劣化した脳みそで、憎らしいほど明るい朝日を見て思った。
護衛という観点から、昨晩の俺の寝床は事務所となった。
穂乃香の寝室に入るにはこの事務所を通らなければならない。
つまり何者かが襲ってきた場合、彼女より前に俺が攻撃されるという事だ、畜生。
まあ、仕事だからそれは仕方がない。
寝ずの警護とか言われるよりはマシだ。
右手を見ると、細い糸が括りつけられていている。
その糸は隣の部屋に続いていて、布団で寝ている穂乃香の左手に繋がっているはずだ。
何かあった時は呼ぶという事だ……いかに虚勢を張っていてもそこは中学生くらいの女の子、やはり怖いのだろう。
なかなか可愛い奴め……と思っていたのも俺もまた眠りについて数時間経つまでだった。
はっきり言うと彼女は数時間ごとに目覚めて、糸をピンピン引っ張ってくる。
テロリストの襲撃予告、暴力を振るってくる交渉人、その現場を見ても見て見ぬふりをする頼りにならない側近とストレスを抱え込んでいるせいか、どうやら不眠症気味らしい。
だが数時間ごとに起こされるこちらも溜まったものではない。
俺に睡眠を……しかも寝たふりをして無視すると糸がだんだんと熱くなってくる素敵仕様……何、電熱線なのこの糸?
さすがに頭に来たので、仕返しに再び寝るまでにネットで見た山の怖い話を聞かせてやったら、今度はトイレについて来いと叩き起こされる始末。
あれ……俺なんか自分で状況を悪くしてないか。
……そんな訳ないか。
ともかくこのままでは休暇(仕事中です)にならない、何とかしなくては。
多分、ずっとイライラしているのも睡眠不足が原因だな、あの子。
盛るか……陽菜あたり睡眠薬とか持ってそう(偏見)。
*****
真面目に考えれば、彼女の仕事を誰かに肩代わりさせるのが、彼女に休憩を取らせる最も無難な方法。
ちなみにその仕事内容とは。
頭のいい俺は既にそこら辺のリサーチを終えている。
やはり俺は天才か……事務関係を漁っても何も言わない穂乃香のおかげだがな。
そしてこの杜撰な鉱山の中身を俺は暴き出した。
結論から言えば……。
特に問題ないな、この鉱山。
簡単に言うならば彼女は所有者と言っても、実際には中間管理職に近く、特に重大な決定をしなければならない立場にはない。
採集された鉱石は半分が国軍、もう半分がカンパニーに納品されており、営業の必要はない。
レートも西条家という名門の当主、秋水の威光の下、ほぼ固定されており、採集量によって多少のバラつきがあるものの、収入に大きな変動はない。
ちなみに収入の半分は、国軍再建の名の下に税金として持っていかれているのが痛いが、残りは人件費に回されているため、恐らく給料も(他に比べれば)高めだろう。
建物を補修したり、備品を買い直したりする設備保全の費用もなんか人件費に流れている感があるから、数年後の改修時に大揉めするだろうが、現在は問題ない。
なお、予算配分は半年くらいに大きな変更が行われており、現在のような形になったが……その前には接待費や交際費などの使途不明の予算が多々あることから、穂乃香の前任は間違いなく横領していたのだろう。
そいつがどうなったかは分からないが、おかしな奴を頭に据えるくらいならば、特に問題を起こさない穂乃香の方が大分マシという事だ。
彼女は意外に手堅い……経営において、自分の未熟さは理解しているようだ……あの性格なのに。
ともかく彼女の仕事は事務関係が主となる。
しかし、そこは国家機関ご用達の会社……報告書やら調査書類やら提出物が異様に多い。
毎日、山のような書類が送られてくるは、鉱山をあちこち視察しなければならないは、どう考えてもここまでしなくてもいいんじゃないか、と思わなくはないが、そういう取り決めなので俺にはどうすることもできない。
だが、それらは概ね内部で完結しているため、ある程度は誰でもできるという事だ。
そこを……俺は突くことにした。
*****
「聞いたか……ついに穂乃香様が、この鉱山をカンパニーに売ることに決めたらしい」
「へぇ、そうなったら給料が良くなるかな」
「それが……人員の半分をリストラとか」
「はっ、ふざけるなよ」
俺は何も知らない人形の振りをしながら、耳に神経を集中させて彼らの不安げなヒソヒソ話を採取していた。
ふふふ……こんなにも上手くいくとは、自分の才能が恐ろしい。
朝から流していた、鉱山をカンパニーが買い取り、のちに従業員の半分をリストラとのデマは意外な程早く鉱山内部で広がっていった。
人間、明るい話題よりも暗い話題の方が興味を持ちやすい。
そして自分が優秀だと思えるほど自信のある奴は少ない……。
半分がリストラとは二分の一の確率という事ではない。
自分の評価が、全従業員の中で上から数えた方が早い、すなわち半分より上かどうかということだ。
報酬をチラつかせるよりも、こういう危機感をあおるやり方の方が仕事を一生懸命するものだ。
事実、昨日までだらけていた事務員が、今日は一生懸命頑張っている。
「どういうことだ……皆がやる気を出している」
「……くっくっく」
思わず含み笑いを漏らしながら、俺は心の中で高笑いしていた。
評価する者……鉱山のオーナーである穂乃香の前で彼らは少しでもやる気があるように見せるため、争って仕事を奪い合っている。
……午前中、俺は何もしていない。
俺が仕事をしようとしても、誰かが代わりにやってくれるからだ。
そろそろお昼だな。
この国は給料のほとんどが税金で持ってかれてしまう総社畜状態だが、軍隊やこの鉱山のように危険な職業の場合は例外的に給料が支払われる。
それは食事にも影響し、他は配給メインだが、ここでは独自に食堂を建設することが認められている。
つまりは普通に定食屋で食事をするのと変わらない贅沢ができるのだ。
(さて、何があるのかな……働かなくて食べられるご飯程美味しい物はない)
しかも俺は穂乃香の護衛の名目でいちいち食堂に行かなくても出前をしてもらえる。
勿論俺はその特権を行使する。
ちなみにお金は穂乃香が支払ってくれるから何を選んでも問題ない。
式神(正式には使鬼というらしいが)はお金を持ってないので請求しても無駄だからな。
(ラーメンがいいな……それかそば、うどんでもいいな……とにかく麺類)
俺は鼻歌を歌うのを堪えながら、メニューを眺める。
そこで俺は特異な存在を発見する。
「陽菜定食……?」
他のものよりも十分の一くらいの値段のその料理に、俺はなぜかは分からないが戦慄を覚えた。
名前は偶然……そんな訳ないか。
あいつ、何をやっているんだ。
(まさか、スパイ目的……?)
リーネにメイド服に着替えさせられて奴のプログラムが何らかのバグを起こしたのだろうか。
料理はできるはず……歓迎会でのあの内容は、かなり充実していた。
だから不味いことはないと思うが……。
「あ、それハズレだよ」
俺が悩んでいると、四十過ぎくらいの女性が親切に教えてくれた。
「内容はおにぎりとサンドイッチだけ……」
「……」
「他にないのって聞いたんだけど、メイドの女の子が「これが最も早く栄養を補給できるんです」って聞かないんだ……確かに安いけど、数少ない愉しみをね、そう言う事じゃないだろう」
理解に苦しんでいるのは俺だけではないらしい。
眉間に皺を寄せている女性の思考が透けて見えるほどだ。
本当に……何をやっているんだ。
自信満々に(恐らく材料はカンパニーからの持ち出し、そうじゃないと大量に食材を揃えられない)調理したあげく、山のように余らせて廃棄することになる未来が頭から離れない。
「……陽菜定食で」
「へぇ……勇者だね、式神君」
これが絶対命令か……俺の中のもったいないお化けが最もダメな選択を選ぶ。
だってもったいないし……。
「そんな勇者にはプレゼントだ」
俺が自分の選択を後悔していると、目の前に大きな箱が置かれる。
箱じゃない……これはぎっしりと圧縮された紙の束だ。
「え……」
「聞いたよ……仕事がなくて暇で辛いって……さすがは勤勉な式神」
馬鹿な……そんなことは言っていない。
俺が……ニート時代が人生の全盛期と信じて疑わない俺が……積極的に働くだと。
(はっ……)
俺は目の前の女性が蔑んだ笑み(俺視点)を浮かべていることに気付いた。
……嵌められた!!
カンパニーに買い取られると従業員の半分はリストラ、能力が低い奴はクビ……誰がその能力を見極めるのか、穂乃香様?……いやいや、穂乃香様はカンパニー社員じゃない、直接評価する人間ではない……では、誰が評価する、もとい……誰がチクるんだ、私たちの失点を。
(ふふふっ、お前を仕事漬けにして潰してしまえば、カンパニーに情報は届かない……情報が届かなければ判断できない、リストラを敢行できない……みんな幸せになる……お前意外な!!)
俺の脳内に狡猾なる魔女の呼び声が聞こえる。
クソっ、なぜこうなるんだ……現地人侮るべからず、転生者である俺をこうまで翻弄するとは。
乾杯だ、じゃなかった完敗だ。
俺は素直に自らの負けを認めた……だが目の前の仕事は消えてはくれない。
消えろ……願ってもやっぱりダメだった。
*****
「……眠くて死にそうだぞ、俺」
終わった……あの山ほどあった書類が全て終わった。
ここが異世界であるということを今ほど幸せに思ったことはない。
文明レベルが低い故に、全体的に事務系統の職務も簡単だ。
計算は桁自体は多いが、基本的には足し算と掛け算で何とかなるし、財務処理はエクセルの内容を再現すればそれで事足りる。
パソコン持ち舐めるな……Vistaを舐めるな、スマフォには負けぬ、ぬぬぬ。
もっとも、簿記関係はほとんどお手上げだ、それをテキパキこなしている穂乃香が天才に思えてくる。
中学生に学力で負ける三十……ううう、泣きそう。
「お、陽菜来てたのか」
今気づいたのだが、テーブルの上にはおにぎりとサンドイッチが入ったバスケットが置かれている。
ふたにカードが付いていた。
「頑張ってください」
イラスト交じりのそのカード、イラストは羽ばたこうとする鳥。
……サンドイッチの中身は鶏肉かな。
時刻は夕方。
かび臭い事務室には俺と穂乃香意外誰もいない……夕食時だからか。
「終わったぜ」
「次の仕事は……」
もはや疲労から、式神シラユキの振りをする気力すらない俺。
だが口調が素に戻っても、穂乃香も疲労困憊でそんな些末な変化に気付く余裕はない。
半分、頭が寝ている……メモ帳を探して俺の額についている式札に羽ペンで指示を書こうとするの止めて。
もしかして術式が変わって俺がとんでもないことになるかもな……それでもいい、眠れれば、滅びても構わない。
滅びよ世界。
「そう言えば、俺に内部資料を見させても良かったんですか?」
そして俺の口から出たのは、最後の策。
俺はカンパニーの人間?だ、それに事務仕事をさせるは内情を知られるという事。
つまり、仕事をさせてはいけませんよ……。
気付いてくれ、穂乃香。
「問題ない……私はお前を信用している」
しかしその策はふいに終わる。
何故彼女は俺をそんなにも信用するのか……分からぬ。
「そういえば礼を言っていなかったな」
「礼……?」
「ああ、殺されそうになった兄を助けてくれたそうだな、礼を言う」
「え、秋虎……嫌いじゃないのか」
彼女は夢の中に半分使っていた。
たゆたうようなその顔は、年相応に幼かった。
「あんなでも兄だ……身内がどうかなるのは辛い」
「……」
「媚びて媚びて、殴られても媚びて、足に裏を舐めるように媚びて、陰で笑われても媚びて……穢れた血」
寝たか。
穂乃香は完全に夢の世界に旅立っていた。
しかし……。
「こいつ、マジで面倒くさい性格しているな」
思っている事と実際の言動が離れている。
陽菜とは別な意味で扱いにくい人間。
ツンデレとは精神的な未熟、素直になれず、相手からの反応を受け止める耐久がない未熟と偉そうに言っていたのは誰であったのか。
コトン……。
俺の背後に、気配を殺して人が近づいてくる。
誰かと思ったら、穂乃香の頼りにならない護衛、真白さん……いや、真白だった。
「お話があります」
どこか深刻そうなその顔は、大変なことが起こったことを思わせるが、彼女の本性を垣間見た俺としては、簡単に同情してやれない。
もう明日にして欲しいな。
トラブルの予感を感じたが、全てを飲み込む睡魔がその予感を端から齧っていた。




