喰われるのは誰?・二
香具山・本部・雪月side―――
西条家のお姫様、穂乃香の護衛一日目。
俺の職務は彼女のご機嫌を取り、彼女が持つこの鉱山の権利書二枚を売って貰えるように頼むこと。
だが俺はその職務を遂行する気などまるでない。
俺の真の目的は、この適当に護衛をしていれば職務遂行とされるこの楽ちんな状況をできるだけ引き延ばすか。
俺はもはや三十の社畜ではない……式神とかいう人間以下の存在。
人外に給料は支払われない……つまり俺は頑張るだけ労力の無駄なのだ。
となれば……頑張らない方がいい。
唯一の問題点はこの鉱山を狙うテロ組織(だっけ?)帝乃槍の襲撃を切り抜けられるかだ。
自分が死なないのも勿論だが、穂乃香姫が死んでもこの仕事は終わってしまう。
どうするか……今の所何も思い浮かばない。
「勝手な事をしてもらっては困ります」
「西条の姫たる私が決めたことだ……それとも私の命に逆らうのか」
「い、いえ……私は大奥様の命で貴方様の補佐兼護衛の任についています……ご命令には従います、ですが」
今日も今日とて威圧的な中二病疑惑のある穂乃香は、昨日と同じく半分に割った狐の面で顔の左半分を隠している
もしかして格好いいと思っているのか?
そして穂乃香に振り回されている、二十代半ばの線が細い女性の名前は真白さん。
会話内容から、このお姫様のお目付け役と推察するが、気が弱いのか、権威に弱いのか、このお姫様をまるで抑えられていない。
言う事を聞くだけである……少しだけ前職の時の俺と似ているため少しだけ同情……何かあった時に少しだけ助けてあげよう。
「鉱山の売却相手をカンパニーでお決めになったのですか?」
「いや、これはカンパニーからのサービスだそうだ……やってくれると言うから、試しに護衛にして見た」
どうにも自分の都合のいいように解釈したこのお姫様……いいんだけどね。
真白さんはそれを受けて書類のような物を穂乃香に手渡す。
こちらをチラチラと見てくるが、俺が着ているカンパニーの制服を見ると何かを諦めたかのように視線を穂乃香に戻した。
さすが制服は凄い……俺みたいな人外相手でも関わりあわない方がいいと判断してくれる。
……これでいいんだよな、なぜかぼっちだった学生時代を思い出す。
「スルトに与した者どもは名簿から省けと言っておいたはずだが……」
仮面を抑え、親の仇でも見るような目で書類を睨みつける穂乃香。
内容を盗み見ると、それはこの鉱山を買い取りたいと言う人間の名簿だそうだ。
スルト……という事は、教国に属する人間ということか。
名簿の人名に日本名……つまり和人が多いのは恐らく穂乃香が和人だから。
七年前だかで教国と和人は戦争して和人は無残に敗北している……その経緯を鑑みれば、直接教国の人間を交渉相手に選ぶよりは、間に和人を挟んだ方が得策という事だな。
……少なくとも感情的には。
(大司教・河野……首都レーヴァ在中)
そんな中、俺は名簿の中にあの河野の名前を見つける。
俺を踏み台にしてこの世界で高みに立った人間だ。
大司教……と言うのがどういう立場か分からないが、なんとなくすごく偉そう。
そして首都在中とは現代では東京都在中……地方都市出身の俺としてはとてつもなく偉そうに思える(あくまで俺の憶測)。
はぁ……俺は人間以下にまで落ちぶれたのにあっちはお偉いさんか。
しかも若返っているし……。
リア充は地位や名誉、金だけでなく、時間すらも俺のような陰キャラよりも上なのだと思うと自分の惨めさに涙が出てくる。
ふん、高校生ぐらいまで若返ったという事は、大人になっていいことなど何もなかったに違いない……だがあいつもまだまだ甘いな。
真の残念は、常に残念の底辺飛行だから戻りたい過去などないのだ。
あいつと無様さで勝負しても俺は格の違いを見せつけることができるだろう。
(……むなしい)
……真面目に考えればあいつと今度会ったら、視界に入らない様に気を付けよう。
何を考えてこの刀をくれたのか知らないが、俺の正体(身体を乗っ取って復活した)に気付いたとも思えない。
もし仮に気付いていたのならば無事では済まないはず……自分に恨みを持っている人物なんてどんな復讐されるか分からないから今度こそ止めを刺すのが筋と言う物。
俺だったらそうする。
「スルトの手下の次はあの女からの手紙か……いくらよこしても無駄だ……私は返事など返さないし言う事にも従わない、そもそも読まないしな」
「では燃やしますか」
「いや……私の書斎で保管しておく」
穂乃香はまだ怒っていた。
しかし今度は別の理由のようだ。
書類とは違う、綺麗に折りたたまれた手紙……端に若の文字が見える。
「もしかして若菜さんからの手紙ですか?」
「……」
俺が興味本位で口を挟むと人でも殺しそうな目で睨んでくる穂乃香。
でも全然怖くない……。
むしろ可愛い……子猫とかが玩具を取られそうになって反抗している感じ。
撫で繰り回してボロボロにしてやりたい。
「あのバカ兄と仲直りして鉱山の共同管理者として迎え入れろと……冗談ではない、なぜあのバカと……あの女は昔からバカ兄にべったりだったから……忌々しい、媚びるだけで何でもうまくいくと思うな……だからおばあ様に認められずにいつまでも西条の苗字を使う事を許されないのだ」
ボロクソに馬鹿にされるバカ兄扱いの西条秋虎……の義理の母たる若菜さん。
あの人も大変だな……秋虎の義母ということは、妹である穂乃香の義母でもあるという事か。
穂乃香は十三歳……難しい年頃なのだろう。
「それよりも西条本家からの私兵はまだ来ないのか……自警団程度では帝乃槍には勝てない」
「もうそろそろでしょう……海を越えてくるのです、多少の遅れは致し方がないかと」
「本当に大丈夫なのだろうな」
どうやら話は終わったらしい。
しょんぼりと肩を落として真白さんが帰っていく。
さて、どうするか……恐らく穂乃香はこの神社みたいな事務所から出ないだろうから、俺にはすることがない。
鉱山の事務関係を俺にやらせれば、内部資料をカンパニーに開示するようなものだし、当面は事務所の掃除とお姫様の話し相手かな。
うん、らくちん……ボーっとしているだけで一日が終わる。
後は厨房に渡りをつけて酒でも貰えないかな。
「さて、見回りに行くか」
「はっ……?」
しかしこのお姫様は突如としてとんでもないことを言い出した。
見回り……?
「私はこの鉱山の所有者……所有物と従業員を見ておかなくては」
こいつ自分の立場分かっているのだろうか。
間違いなく鉱山内部にはグングニールの工作員だかが潜んでいる事だろう……普通の鉱夫を装って。
何も一週間後だかに反乱を起こす必要などない。
視察に来たところを、隙を見てグサッとやってしまえばいい。
俺はそのことを説明しようとしたのだが、思いの外動きが素早い穂乃香はあっという間に支度をして外に出てしまう。
どうにも止められない。
ごめんなさい真白さん……俺、多分貴方以下だ。
俺はがっくりと肩を落とし、急いで後を追った。
*****
香具山・鉱森―――
黄土色の山に赤茶けた木々が立ち並ぶ。
遠目には枯れ山にしか見えなかった香具山も、近づけばそれなりに豊かな自然環境ではあった。
弱まっているのは隠しきれないものの、構成する樹木はしっかりと地面に根を降ろし、茂っている葉の数もおびただしい。
そしてその樹木の幹部分にまるで埋め込まれたかのように輝く琥珀色の石。
だいたいが掌大のそれが……この鉱山の主要鉱物たる魔晶石なのだ。
「自分の目で確認する、従業員の名前と顔を覚える……そして私は年齢のおかげで好感を持ちやすいので積極的に動くといい」
「それ……誰の受け売りですか」
「北条の姫だ……奴は嫌いだが学ぶことが多いな」
余計な入れ知恵をしたのは氷穂か。
本当にちょこまかと手を打ってくる女だな……。
俺は頭を掻きむしりたくなるのを堪えるのに多大な労力を費やした。
穂乃香は助言だと思っているようだが、あの腹黒の事だから本当に助言なのか罠に嵌めようとしているのか微妙な所だ。
ちなみに、年齢のおかげで好感を持ちやすいので積極的に動くといい……とは要するに、幼さが残る少女という同情を買いやすい立場にいるのだから頑張っているアピールをすると効果的ですよという事だ。
「……おはよう」
つい先ほどまでの威圧的な姿勢を完全に消し去り、どこか恥ずかしそうに穂乃香が鉱夫達に手を振りつつ挨拶をする。
俺はピンと来た……こいつ、引きこもりニートの素質がある。
大学受験失敗、フリーター、社畜の前に引きこもりニートを数年ほど経験した俺が言うのだから間違いない。
一歩踏み外せば、部屋の中だけで完結する人生を送るだろう。
惜しい……今のこいつは曲がりなりにもこの鉱山の経営者、ニートへのチャンスを順調に潰している。
今も挨拶をされた鉱夫の何人かがこちらに挨拶を返してくれる。
その大半が西条家の姫に対してのものだが、一部には、穂乃香の名前を口に出す者もいた。
自分に関わりあいのないお偉いさんに下の人間は興味を持たない。
穂乃香を個人と捉える者達は、彼女とは友好的なラインが形成されているのだ。
それを断ち切らなくては引きこもりにはなれない。
「……聞いたか、こことは別の鉱山の話」
「ああ、聞いたぜ……まだ小さい女の子だと言うのに銀髪赤目の少年を咥えこんだとか」
「幼くともスキ者だな、俺の娘にはああはなって欲しくはない」
とはいえ、誰もが穂乃香に好意的な訳ではない。
山道の端、下卑た笑みを浮かべる中年男が二人、こちらをチラチラと見ながらわざとこちらに聞かせるように噂話をしている。
別の鉱山ってなにさ……悪意のある噂を別の鉱山の話として流し、ここの経営者を馬鹿にした訳ではないと言い訳を作っているわけだ。
……こすっからい。
とんでもないDQNかと思いきや、その二人は痩せ型で、どうにも力仕事に向いているような感じではない。
多分、つい最近まで事務か何かをやっていたようなホワイトカラー崩れ。
重税で会社がつぶれたか、リストラされたか。
だが周囲を見渡すと、筋骨隆々として所謂鉱山のプロのような人間はむしろ少数派だ。
だいたいは事務屋とか、学校に通ってそうな若い十代とかこの鉱山に似合いそうもない者ばかり。
どういう人間がこの鉱山に稼ぎに来ているのか透けて見えるようだ。
「シラユキ、私は何も気にはしていない、何もするなよ」
前では穂乃香が額に青筋を立てながら、本人としては平静を装ってこちらに釘を指してくる。
先程の陰口はしっかりと耳に入ったらしい。
怒りを心のうちに封じ込めるその自制心、その年齢にしては上々な所だ。
……表面に出てきている以上、修行が足りないとも言えるが。
「何か聞こえました?」
だから俺は彼女の努力を無駄にしないよう、こちらも平静を装って無難に返した。
「い、いやいやいや、なんでもない」
穂乃香は首が折れるほどの凄まじいスピードで前を向く。
ごめん……わざとやった。
絶対にこういう面白い反応するだろうと思って。
俺が後ろで人の悪い笑みを浮かべているのに気付かずに、彼女は荒い足取りで前に進む。
いつの間にか人通りが途切れていた。
多分、ここは作業場から少し離れているのだろう。
何やらゴミやら何やらが散らかっている……掃除する気なし。
「あいた」
そしてそのゴミに足を取られ、頭から地面にダイブするお姫様。
ズザーと擬音が立ちそうな派手な転び方は、さすがに笑う訳にはいかない。
俺は急いで駆け寄り、彼女を抱き上げる。
細身な身体は着物と比べて小さすぎる。
まるで小さな鳥に大きな翼が付いたような違和感。
と……狐の仮面が落ちていた。
それを穂乃香は慌てて拾い上げ、自分の顔左半分を……隠す。
「……」
一瞬見えた彼女の晒された左目……痛々しい青タンができていた。
それは今しがた転んでできたものじゃない。
経験上、成人男性が本気の半分くらいの腕力でぶん殴ればああいう傷になるだろう。
恐らく二、三日前ぐらい……直後ないしその次の日の朝にはもっと腫れていたはずだ。
「行くぞ……」
ぶっきらぼうに、恐らくは何も見なかっただろうな……言外に含めて。
だとするならば俺の立場としては見なかった振りをするのが筋と言うもの。
再び見回りを始めた彼女に先と同じくっついていく。
(殴ったのは……滝沢部長だな)
同じ社員である陽菜にまで暴力を振るおうとした男だ。
交渉失敗の腹いせにカッとなって穂乃香を殴ったとしても不思議ではない。
だがそうなると、穂乃香の護衛は何をしていたのだ。
まさか主人が怪我するのを放っておいた訳はないし。
いや……それが真実だとしたら。
(冗談が過ぎるな……)
生い茂った木々によって作られた影の下。
ともすれば、その中で人一人ぐらいふっと消えてしまいそうなそんな不吉な霊威が体を包む。
そういえばここは人喰い山だったな。
俺は改めて、自分がとんでもない場所に連れてこられたと実感した。
こんなところに社員を寄こすなんて、本当にカンパニーはブラックなカンパニーだ。
もはや嘆きの声すら出なかった。




