人形祭り・五
香具山・本部―――
どうにも狐面の中二病少女を相手に、鉱山権利の買取交渉をしなければならなくなった俺ら。
だが俺の勘が正しければ彼女はただのおとり……大人たちが逃げ出すための時間稼ぎを押し付けられた支え人形でしかない。
なんとも可哀そうな少女。
何とかしてやりたいと言う気持ちはある。
俺にだって情の一つや二つはある。
だが何とかしてやりたい気持ちとは裏腹に、実際になんとかする気が俺はまるで湧いてこなかった。
何といっても初対面だし、身内でもないし……本人もなんか(騙されているっぽいが)やる気を見せているし、何よりもそんな面倒くさいことしたくないし。
という訳で俺は陽菜のオマケとして事態を傍観することにした。
余程の事がない限り、何もしないぞ。
体力も精神力も消費しないぞ。
のんびりとフリーライダーするぞ。
これこそ社会人の知恵……本当に大人って腐ってんな……腐ってんのは本当は俺だけど。
「初めまして……私はカンパニー社員、使部課第三十八支部……」
「自己紹介は必要ないぞ……愚兄から聞いている」
まず初めに名刺交換……ではないが、自己紹介しようとする陽菜を穂乃果は拒絶する。
全ては兄から聞いている……とでも言いそうだ。
兄とは秋虎。
ゴブリンを操って?村を襲わせ、襲わせたゴブリンを自分たちで倒して恩を売って金をせびると言うマッチポンプを行っていたダメ男。
陽菜とリーネに叩きつぶされた時に仲間のほぼ全員に見限られ村での居場所をなくしていたはず……妹の所に逃げ込んでいたのか。
ほんに情けない奴だな……俺は秋虎青年に憐みを向けるが……だが秋虎という青年は俺の予想を超える傑物であった。
「貴方たちに復讐するために力を貸せ……いや違うな、俺の代わりに復讐してくれと言って来た」
「……」
「それから金の無心も……勿論断った……頭にきたので左肩に矢を射たら泣きながら逃げて行った……後の行方は知らん」
マジであいつ俺の予想を遥かに超えているわ。
社畜前にニートしていた俺でも親に金をせびることはあっても、復讐の代行など頼んだことはない……恨みは酒を飲んで忘れた。
つまり俺は秋虎よりもマシな存在……少しだけ自分に誇りが持てる。
「聞けば殺されかけたところをお前が助けたそうだが……なぜそんな余計な事を」
穂乃香の漆黒の瞳がまっすぐ俺を睨んでいる。
奴め、そんなことまで話していたのか……と言うかリーネに殺されかけた時でよくそこまで見ていたな……侮れぬ。
少しだけ秋虎の事を見直した俺だが、どうやら俺はあの時の気まぐれでこの少女に不快な思いをさせてしまったらしい。
いや知らないよ。
お前らの家庭事情なんて俺には関係ないし。
「では……交渉の条件に西条秋虎の排除を加えましょう」
そこで陽菜が助け舟を出す。
一歩前に出て俺を庇うように穂乃香の前に進み出る。
「排除……できるのですか?」
「リーネさんに頼みましょう……時間外労働ですが、遊休三日か、食堂一日食べ放題券で承ってくれるはずです」
相変わらず人命が安いな……買い取り交渉の条件でこれとは。
カンパニーで純粋培養されたこの子がこれだという事は、他のカンパニー社員も多かれ少なかれこんなことをしているんだろうな。
他者の人命が安いのならば身内……この場合はカンパニーの下っ端社員の人命も安い可能性が高い、つまり俺。
なぜだろう……長くいればいるだけ嫌気がさしてくるな、この組織。
早く逃げたい……しかし他に行くところもない、そんな悲しい俺。
「もう遅い……事故ならばともかく、故意に抹殺すれば私が本家に粛清されてしまう……それにあの女も煩い」
「あの女……」
「父の後妻の若菜という女だ……バカ兄にべったりで、いつも味方している」
そうか、俺の所に息子をお願いしますと頼みに来た若菜さんは秋虎父の後妻か……つまりは秋虎にとっては義理の母親。
という事は秋虎の妹である彼女からすれば義母にあたる。
母親であるにも関わらず、娘にあたる彼女の顔が憎々し気に歪んでいた。
どうにも彼女は若菜さんが嫌いらしい……中学生くらいの年齢の少女には似つかわしくない恨みが積もった冷たき般若の相。
その感情を表に出さないよう、般若に白粉を塗るように誤魔化そうとしている分、誤魔化しきれずに見え隠れする激情が醜く表れていた。
俺は思わず、陽菜に本題に戻すように合図を送る。
これは長引くと穂乃香の感情が爆発しかねない……そうなっては交渉どころではなくなってしまう。
もしや滝沢部長の頬のひっかき傷はこの少女が付けたのだろうか……憶測だがそれが真実のように思えてならない。
「……?」
陽菜は穂乃香の形相に首を傾げたが、あえて何も見なかった事にしたらしい。
大人だ。
そして彼女はポケットに折りたたんでいた書類を取り出し、カンパニーの鉱山買い取りの代価を説明する。
山のような金塊か、はたまた豪華な邸宅でも用意されるのかもしれない。
「カンパニーは鉱山を買い取るために……」
だが俺の予想は悪い意味で外れる。
カンパニーが提示した内容は俺からすれば呆れるほかない酷い物だった。
鉱山を買い取る代金は、大都市・相州の中堅役人(給料アリ)への就職を後押しする事。
山一つを抱える大地主の立場を捨てて公務員になるだと。
馬鹿も休み休み言え……。
まさかこの世界では役人になれば大金持ちになれるわけでもあるまいし。
穂乃香は一瞬考え込むような仕草をしたが、次の瞬間には首を横に振った。
彼女が鉱山を売る程には良いではなかったようだ。
当然か……。
次は氷穂の番だ。
彼女はどんな条件を出すのか。
「私の条件は以前のまま……良縁を用意するよ……尊父、景玄のご令弟が後妻を探していてね……彼と結婚すれば私とは叔母姪の関係になる……家族全員、北条家で面倒を見るよ」
初対面で賄賂を渡そうとしたこのお姫様はやっぱり即物的な物を用意してきた。
鉱山を貰う代わりに嫁に貰ってあげるとか言うとんでもない人権侵害……いや、確かに穂乃香姫はいろいろと崖っぷちな感じはするが、それでもそれは最終選択のような気がする。
俺と同じことを考えたのか、彼女は首を振ろうとした。
性格には彼女は首を振ろうとしようとした。
だが氷穂が彼女の前に突き出したペンダントのようなものを見た瞬間に、凍り付いたように首が固まる。
みるみる青ざめていく顔色。
灰色の、槍を象った基盤に一つ目がくっついている。
槍からはツタのようなものが伸びていて、まるでその一つ目を抱きかかえるようだった。
俺の封印されていた中二魂を刺激するような、なかなかセンスがある意匠だ。
「これを持っている労働者を捕獲した……彼は全てを喋ったよ……反乱は一週間以内……どうする……私は身内なら助けるよ」
つまりは身内じゃないんだったら見殺しにするという事。
あらら……なんとなく予想していたが、穂乃香はやはり五回目だかの吊るされた経営者になるということか。
性格的に労働者を搾取するタイプではないのだが、ところどころでポカして下に舐められるタイプだと俺は推察する。
こいつ殺して、もっと美味しい思いを味合わせてくれる経営者呼ばねえ。
ガチャだよガチャ……そんなところか。
だが俺としてはその事態はちょっと困る事態である。
(お休みが一週間しかないじゃん)
反乱が起きて穂乃香が血祭りとあってはどうなろうがこの仕事は終わりだ。
カンパニーは次の仕事を陽菜に科し、陽菜に従属する俺もそれに駆り出される。
そんなの冗談ではない。
俺はもっと楽したいんだ。
考えろ……考えるんだ。
俺が働かずにお給料をもらえる方法を!!
あのペンダントを見た後にお通夜モードに入っている穂乃香を見ながら俺は……閃いた!!
「陽菜さん……ここは穂乃香様の護衛を我々が買ってでるのがよろしいかと」
「シラユキさん……?」
俺はわざと大きめな声で、穂乃香に聞かせるように陽菜に進言する。
そうだとも……反乱が起きたのならば陽菜に鎮圧してしまえばいいんだ。
ゴブリンの大集団を簡単に虐殺した陽菜の実力ならば鉱山労働者の反乱程度、簡単に撃退できる。
奴らとて死にたくはないから、ちょっと痛い目に合えば大人しくなるだろう。
そして彼らに睨みを利かせるためとか、まだ危ないからとか理由を付けて陽菜をここに逗留させてしまおう。
穂乃香とて馬鹿ではない。
反乱と言う脅威が去れば鉱山を売らないよう、のらりくらりと返答を先延ばしにするはず。
彼女が引き延ばした時間がそのまま俺の休暇になるのだ。
「しかし……」
なにやら考え込む陽菜に見切りをつけ、俺は穂乃香に意味ありげな視線を向ける。
これで通じてくれ……俺に有給を!!
穂乃香は癇癪もちとは思えない程、穏やかな顔を見せる。
通じた……!!
「感心する……お前、使鬼であろう」
「はい、式神ですが……」
なぜか俺をじっと見つめる、ギロチンにクビを乗せた少女。
なんとなく、怒られる前のような危機感を俺は覚える。
「使鬼は戦闘用ではないはずだが……そんな大口を叩くくらいなのだからそれ相応の実力があるのだろう」
え……。
「ならばカンパニーの使鬼、シラユキ……お前に私の護衛を依頼しよう……見事、帝乃槍を撃退できたのならば鉱山売却を考えてもいい」
俺不味った……というか考えてもいいって、それ日本人にとってはお断りと一緒だから。
俺はとてつもない地雷を踏んだのではないかと心配になったが、護衛と言っても別に守り切れなくても俺は処罰されないだろうと都合よく考えた。
現実逃避はいつも俺の心の均衡を保つ。
今回もそうすることにした。




