人形祭り・四
香具山・本部―――
「今回の目的は鉱山の権利書を買い取ることです」
城門を潜った俺らは、薄暗く陰気な石造りの通路をもくもくと進んでいる。
この前の村長の家も没落の色を濃くしていたが、この鉱山はそれ以上だ。
埃が床の端にうっすらと積もり、壁には小さなヒビ、事務員らしき人間の一人は明らかに酔っぱらっており、それを咎める者はいない。
まさしく倒産寸前……どうせ何もかも無駄になるんでしょ……給料もちゃんと出ないんでしょ……みたいなことを考えてそう。
どのみち法律で給料が100%引かれるらしいから、給料なんて出ないんだけどね。
というか、仕事中に酒とかいいな。
周りに酒類が置いてある居酒屋だと、少しぐらいちょろまかして飲んでもバレなが、さすがに赤ら顔になるまで飲めばクレームになる。
酒を飲んでも怒られない……その一点だけならばここは素晴らしい職場だ。
多分、管理も杜撰だろうから厨房に行くときに少し貰っておこう……俺らがカンパニーの人間だと知れば、ご機嫌伺のために少しはくれるだろう。
「権利書は二種類……この土地の権利書と、鉱石の採集権……できれば二枚、少なくとも一枚を買い取ります」
少しばかり成長した俺は、邪な考えと同時に目の前の本業をも遂行する。
やや興奮した体で職務内容を力説する陽菜の説明を聞きながら、俺は早くもサボりの予定を立てていた。
「交渉が許される期間は……」
「代表からは一か月貰っています」
(よっしゃ……!!)
俺は心の中でガッツポーズを取る。
ここが俺の腕の見せ所……時に仕事を遅らせ、重要情報を聞かなかった事にして、そしてそれらを自分の責任にならない様に調整する。
誰かに責任を被せる必要はない……みんなの責任にして有耶無耶にしてしまえ。
おっと……含み笑いを我慢しなければ……陽菜にバレては事だ。
「陽菜、陽菜……あれなんかおかしいぞ」
俺が綿密に計画を練っているのとは対照的に前を歩くリーネはなにやら奇妙な歩き方をして遊んでいた。
まるですり足のような滑るような歩き方で靴の癖に足音がひどく小さい。
よくよく見ると、さらに前……五メートルほど先を歩く氷穂とその護衛も同じ歩き方をしている。
ここから氷穂の後姿は見えない。
護衛の背が高く、それが視界を遮り彼女の姿が見えないのだ。
例えばここから彼女に何かを投げようとしても、見えないので狙いさえつけられない。
「あれ北条家の私兵じゃないぜ……正規軍、多分大将軍旗下の親衛隊」
「要人護衛訓練を受けている特殊部隊ですか……?」
「カンパニーは私らみたいなダメダメチームを派遣したのに、あっちはガチガチの精鋭部隊……変じゃね」
おいおいおい、リーネさん。
いつも思うがそんな危険な発言は止めて貰おうか。
陽菜の社畜スイッチが入っちゃうだろう……良く分からないけど大変なことが起きそうだから、とにかくいろいろやって備えようとか言って休憩時間や睡眠時間をゴリゴリ削り始めるだろう。
それからダメダメチームも止めて……陽菜が少し涙目になっている。
「もしやアルバイトではないのですか……この秋津国では仕事をしても無給……衣食住は保証されているとはいっても、何かと現金は入用……そのために軍人が副業をしているとか」
俺はシラユキとしていやに丁寧な口調でなんとか軌道修正を試みる。
リーネの疑問は杞憂。
なんの備えもする必要はない。
する必要はない。
繰り返すこと五度……だが俺の小細工を知ってか知らずか陽菜は首を振る。
「軍人やここのような鉱山……危険な仕事は例外として給与が発生します……無給だと人員を集めきれなくて」
「だけどそれでも他国と比べたら小遣いレベルだぞ……アルバイトの可能性はなくはない」
ここで思わぬリーネの援護射撃……陽菜は押し黙った。
そうそう何もおかしくない。
我らは何も準備する必要はない。
それにしても……軍を強化するために軍人を薄給でこき使うとはいかに。
どこでピンハネされているんでしょうね。
マジでこの国から逃げ出す方法考えないと……必要なのは金と戦闘力か。
そんなことを考えながら俺は石造りの通路を進み続ける。
そしてその通路は突如として木製のものに代わった。
石の上から木材を張りつけているらしい。
床から壁から、どこか心が落ち着くような穏やかな香りが漂ってくる。
アロマテラピーか。
「着きました……この部屋に居りますのが、この香具山の管理者……西条穂乃香様です」
こちらに振り向いた陽菜は緊張した顔で俺に主の名前を告げる。
いよいよ仕事開始である。
しかし西条とな……確か秋虎も西条……まさかとは思うが。
「もしかしてあの秋虎と……」
「妹だそうです」
「それ、ヤバいんじゃないのか」
リーネが俺の聞きたいことを代弁してくれた。
先の件で俺らは秋虎に仕置きをしている。
襲い掛かられたのだから、こちらは限りなく被害者に違いないのだが……理性が働かない輩など世の中にはごまんといる。
気に食わないという感情に、屁理屈という名の理論武装をして責め立ててくる上位者。
彼らはこちらが謝罪して情けない姿をさらすまで痛み付けてくるのだ。
穂乃香なる女がそうでないと言えるのか。
大丈夫……陽菜の確約が果てしない不安をもたらしてくる。
彼女はそして……?
陽菜の隣にいつの間にか氷穂が近寄ってきていた。
氷穂を守っていた護衛は氷穂本人を放り出して戻っていく……中に入る気はないという事か、護衛なのに。
しかしどうやらそれがここでのルールなようだ。
「じゃあ私はそこで待っているから……頑張れよ二人とも」
リーネもまた護衛と共に元来た通路を戻っていく。
そして角を曲がり、そこで止まった。
そこで待機するという事らしい。
扉を抜けれるのは俺と陽菜と氷穂の三人……推察するに、物理系の戦士は入室禁止ということか。
扉の前には二メートルもある紙の人形が鎮座していた。
ペラペラの紙による人型……その頭部らしき場所には琥珀色の宝石らしきものが埋め込まれている。
恐らくは式神……穂乃香は式神使いのようだ。
だがその式は陽菜が扱っている首無し(デュラハン)に比べて大分劣る。
動きもぎこちないし、多分あの宝石というアイテムがないと動かせないのだろう。
「では参りましょうか……」
「ちょい待ち」
いざ決戦……とばかりに扉を開けようとする陽菜。
その着ているスーツの胸元に目にも止まらぬスピードで氷穂の手が潜り込む。
手はそのままグググっと土に潜る蛇のように服の中に入っていく。
傍目には氷穂が陽菜の胸を揉みしだいているようにも見えるが……いいのか、リーネと護衛は去ったがここには俺が残っているんだが。
「あ、ややや……止めてください」
「式札も凶器……あの子は白礼士なんだからバレるよ」
陽菜は両手で自分の胸を弄っている氷穂の右腕を抑えようとするが、どうやら腕力では氷穂の方が大きく上回っているらしく、彼女の行動を抑えきれない。
結局、数分ほど弄繰り回したあげく、氷穂は陽菜から式札数十枚を引っ張り出し、それを宝石式神に差し出した。
後にはペタンと床に座り、胸元を抑えて上気している陽菜が残る。
彼女は撫で繰り回された猫のようにフッーと氷穂を威嚇すると、今度は半泣きで俺の方を見る。
いや、すまん……なんか俺、こういうのに耐性無くて……動けなくて。
「負けません……こんな妨害では私は負けませんよ!!」
「妨害……? 門前払いにされる危険を排除してあげたんだからむしろ感謝してくれないかな」
陽菜の怒りをしれっと返す氷穂。
うむ……姉(違うかもしれないけど)は強し。
そして氷穂は先に扉を開けて入っていく。
俺は陽菜を慰めるべく近寄るが……陽菜はそれを手を振って断った。
「大丈夫ですシラユキさん……私の胸は大きくなったり小さくなったりするんです……式札を取られても他で代用すればいいんです」
「いや全然大丈夫じゃないよ陽菜さん、正気に返ってよ何を訳の分からないことを言っているのさ」
俺は即座に中に入ろうとする陽菜をなだめ落ち着かせた……その間五分。
もしかしてその無駄にした時間で氷穂は交渉を成功させてしまうのか……それが本当ならば凄い策だ。
だがそんなことはなかった。
中に入るとそこは純和風の部屋……そして氷穂は入り口の傍にいる。
どうやら彼女は待っていたらしく、商談やら何やらは行われてはいない様子。
床は畳、壁は木製……隅にはお茶を沸かす道具もあった。
茶室か……?
その奥、一段高い場所に彼女はいた。
「やっと来たのだな……あの愚兄を殺し損ねた無能共が」
まず初めに凛としてよく通る声が耳に届く。
思わず背筋を正したくなるような強い意志を感じさせる美声。
次に目を通して狐の面が映る。
虎をモチーフにした華美な白系の着物に、衣装に対してあまりコントラストが良くない茶色の髪。
黒色の目は右だけ……顔の左半分は、半分だけの狐の白面で隠されている。
現代日本で言えば……狐巫女のコスプレ……あるいは中二病?
年齢は見た感じでは13、4歳くらい……まさしく中学二年生。
「単刀直入に言う……貴方方二人……私が気に入る物をくれた方にこの鉱山の権利を渡そう」
「どちらも気に入る物を用意できなかった場合は」
「鉱山はあげないに決まっているだろう」
どこまで尊大で、その小さき少女はこちらを威嚇するように宣言する。
そのあまりの傲慢さに陽菜の目がキツクなる。
彼女の価値観ならば、穂乃香の精神はそこらのチンピラと変わらない存在なのだろう。
だが俺はその偉そうな態度に別な物を感じ取っていた。
それは洞察した訳ではない……ただ、自分の経験から来る憶測、妄想……あるいは可能性を考慮しただけ。
(気負っているのかもな)
責任者と言うにはあまりに幼い彼女を、責任ある職務につけたのは周囲の大人たちだろう。
この今にも崩れそうな石の城を支えるべく彼女は奮闘する。
その奮闘によって稼いだ時間がそのまま周囲の大人たちが逃げ出す時間になるのだ。
城が崩壊してぺしゃんこになるのはこの少女だけ。
最後まで責務を全うする者が最期まで馬鹿を見る。
次回投稿は一時間後です。




