人形祭り・三
香具山―――
現れた少女は、身体から退廃的なオーラを漂わせていた。
癖のある髪を直しもせず、矢のような模様の袴をきっちりと着込んでいたが、猫背であることからどことなく、だらしないような印象を受ける。
何よりも目……眠たそうなどんよりとしたその朱色の瞳が、何もしたくないという彼女の意思を明確に表している。
和人の名家……北条の家の姫君である氷穂と呼ばれる少女。
俺個人としての感想は、ひどく親近感のある感じだ。
年の頃は陽菜より少しばかり年上、18歳くらい……高校生ニート、大正女学生みたいな袴よりもジャージの方がよく似合う。
悪く言えば人生を舐め腐っている……その自分よりも精神的に下に思えるその態度が実にいい。
陽菜といると劣等感を覚えるが、この人といると優越感を覚えられる……とはさすがにクズ過ぎか。
「ぐーてん……」
「……?」
こいつもフリーズ癖があるのか、陽菜を見てその機能を停止させる。
たっぷり一分間ぐらいそのまま動かなかった氷穂は、ポンコツな機械のようにギリギリと活動を再開する。
「モルゲン、陽菜……初めてましてだね」
「そうですね」
「では、お近づきの印に……」
氷穂が合図をすると横から着物姿の女性が現れて、紐で縛られた木箱を持ってくる。
箱には何やら絵が描かれており、雷神様のような、雷をバックにした虎柄パンツの鬼が金棒を振り回していた。
「大和地方のお土産……雷せんべいだよ、おやつにどうぞ」
「残念ながら受け取れません……私はカンパニーの社員……そして貴方は本国・和平会議員の娘なのですから……それは賄賂にあたります」
「食べ物に罪はないんだよ」
「ずいぶんと重いお煎餅ですね……その女性、手が疲れませんか?」
「ちっ……」
やんわりとお土産を拒否した陽菜に、氷穂が舌打ちする。
上流階級の姫とは思えない粗野な仕草だった。
「前は気付かずに、真っ青になって戻しに来たんだけどな」
そう言って女性が掴んでいた土産を横に揺らすとカチャカチャと金属がこすれあう音がする。
俺はそれでピンと来た。
お土産の中身は煎餅とお金なのだ。
「山吹色のお菓子だよ……ほんの挨拶さ」
「さすが本国の人間……ゲスいぜ」
リーネがドン引きしている。
俺としてもそんな露骨なことをする高校生(くらいの少女)など見たくない。
大人は汚い……がそれに染まるのはもう少し後にして欲しい。
「スカウトですか……いくら黒須代表の実家だからと言っても今は絶縁状態……私は冷戦状態にある組織に移籍などしません」
「出す物は出すよ」
「私にそんな価値はありませんよ」
リーネが、氷穂が切れ者だって言ったの無しな……と言っているのを聞きながら、俺は氷穂の目の奥に何かがたゆったのを見逃さなかった。
一瞬だけ見えたその表情は能面のような無表情……あるいはそれが彼女の本性なのかもしれない。
「聞いたよ、村長・秋二郎の馬車を追跡した傭兵団……馬車の中身は空だったとか言ってあからさまな猫ババしようとしたんだって」
「……よくご存じで」
「それをあらかじめ入手していた財産目録を突きつけて、出す物を出させたそうじゃない」
そんなことがあったのか。
俺が秋虎との戦闘(俺は何もしていないが)の後、体力を使い果たして休憩していた時に彼女は傭兵団と交渉に赴いていたらしい。
いったい陽菜はどこまで働くのだろう。
いつ休んでいるんだ。
いっそのこと縛り付けて無理矢理休ませるか?
「なんでもご存知ですね」
「隠そうとしないことは調べられるよ……」
陽菜はひどく複雑そうな顔をしていた。
自分の価値を認められたのを嬉しいと思う反面、認めた相手が彼女の敵だということで素直に喜べないのだろう。
どちらにせよ、陽菜は氷穂のペースに飲まれそうになっていた。
彼女が陽菜の姉なのかは分からないが、兎にも角にも一枚上手らしい、陽菜が言いくるめられそうでハラハラする……これは止めた方がいいな。
俺は仕切り直させる目的で持っていた刀を地面にわざと落とした。
甲高い音を立てて鉄ごしらえの鞘が地面に転がる。
ちょっと意匠が欠けたような気がするが、まあ河野がくれた刀だし……刃が傷つかなければいいか。
一瞬、刀が睨んだ様な気がするが……多分気のせい。
氷穂はゆっくりとこちらに視線を合わせる。
今度はあの能面のような顔は見せない。
ダウナー系のぼんやり顔のまま、わざとらしく何かに気付いたかのように右手拳をポンっと左手のひらに叩きつける。
「おっと、そろそろ時間かな……これから私はこの鉱山の管理者と交渉に行くのだけれど……当然来るよね」
問いかけるような台詞だが、その実有無を言わせない口調であった。
「もしかすると氷穂さんもこの鉱山の買取を」
「うん、そうだよ……カンパニーに先んじて鉱山を買い取るのが私の使命……競争だね、あの子は強情だから苦労するだろうけど、お互いベストを尽くそうじゃないか」
あの子とはこの鉱山の持ち主の事か。
どうやら彼女は既にいろいろと手を打っている様子。
出遅れた感が否めない……が俺としてはこれを機に休暇よろしく隙を見てサボって身体を休めることだから仕事の成功うんぬんは関係ない。
「案内するよ……わざと迷いやすく作られているから気を付けて」
すすす……とダラダラ系のくせに意外に身軽な動きで山を登り始めた、そしてその後に護衛らしき軽装だが帯剣した従者らしき者がついていく。
俺はてっきり麓に建物があると考えていたが、目の前にあるのは千段くらいありそうな石造りの長階段。
それもただ石を積み上げたような非バリアフリー。
俺は思わずゲッと声を挙げたが、悲しいことに俺の周りの女三人はその程度の階段は平面も同然らしく、すいすいと昇っていく。
マジか……。
俺は昇り切るまでに三度ほど転んで最初からやり直しになるところだった。
やはりこの身体にはまだ慣れ切ってはいない。
左目が見えないのもあるが……運動不足かな。
明日から朝からジョギングでもするかと検討する。
無論……その決意は明日には忘れているが。
*****
香具山・本部―――
階段を登り切った後には、うっそうとした森が出迎えてくれた。
道らしき道はなく、本当に罰ゲームのような歩きにくい獣道。
遠くの方には堅牢な城門が見え、直線距離ならばそんなにかからない様に見えるが、なんとなく最短距離は不味い気がする。
「なあなあ、まっすぐ行ったらどうなるんだ氷穂さん」
「落とし穴に落ちてグサリだよ、オルトリーネさん……この鉱山は何度か待遇の不満から労働者に反乱を起こされていて、四人程経営者が吊るされているから、いくつか罠を張っているんだ」
聞きたくもないような話を聞いてしまった。
また戦闘か……戦闘だな。
この流れは反乱がおこって戦闘になるパターンだな。
俺はまたスプラッターを見る羽目になるのか……その場合はせめてこの前のように陽菜とリーネの一方的勝利で俺は何もしなくていいような展開がいいな
と希望的な観測を立ててみる。
「ん……誰か来るぞ」
氷穂を先頭に歩く遠足組。
その中で人間レーダーのリーネが動いた。
父さん妖気です……だがリーネの髪が尖がったりはしない。
「話にならん、あの小娘……」
城門側からぶつくさと愚痴りながら、三十半ばほどのスーツ(っぽい服)を着た中年男が、ぞろぞろと後ろに部下を連れてやってきた。
神経質そうな長身の男で、なぜか頬にはひっかき傷がある。
猫にでも引っかかれたのだろうか……五本のみみずばれが痛々しい。
氷穂が彼らの通行を邪魔しない様に横に避ける。
俺らもまたそれに続いた。
そして彼らはそのまま通り過ぎる……はずだった。
だが神経男は陽菜のスーツ姿を見とがめると、ついで陽菜の顔を睨みつけるように見やると、こちらに近づいてくる。
なんとなく嫌な感じ……ヒステリーを爆発させるようなそんな感じ。
「イヨ……なんでここに」
「ヒナです……滝沢部長」
知り合い……ではなさそうだ。
あからさまに名前を間違った滝沢某は何かを悟ったかのように憎々しげにこちらを見る。
「ここの担当は俺のはずだ……お前を本部が送ってくるという事は……」
「配置転換です……代表は滝沢部長に本部に戻るようにと」
なるほど、カンパニーは既にこの鉱山に目を付けていて部下を送り込んでいたらしい。
しかしそれも失敗……そして配置転換……転換される方はたまったものではないだろうが。
「ふざけるな……いくら同じ使部課の部長だからって、お荷物三十八支部と俺ら一桁支部を交換だと」
「しかし代表の指示ですから」
案の定ヒステリーを起こす滝沢部長……だが陽菜の応対も少し下手だ。
そっけなさ過ぎて、逆に怒りに油を注いでしまう。
滝沢は今にも八つ当たりで陽菜に暴力を振るいそうだ。
この世界ではパワハラを規制させる法律なんてある訳ないし、怒りに我を失っている人間なんて人間じゃない……理性など期待できない。
つまりは彼の感情を止める枷は何もないのだ。
ついでに会社内部では上位らしいので表立って対立もしにくい。
俺はさりげなく陽菜の横に移動する。
滝沢から見て右側……平手を陽菜に振るうには俺が邪魔になる形だ。
さすがに寄せい……もとい世話になっている彼女が目の前で暴力を振るわれるのは忍びない。
仮に俺に暴力が来たとしてもまあ我慢するさ……叩かれるのは幼いころから慣れている。
「平手一回で腕一本……だぜ」
「……」
だが俺の心配は無駄に終わった。
いつのまにか滝沢の後ろに回ったリーネが忍者刀を彼の腕に突き付けていた。
一薙ぎで斬り落とし……だが表情はいつもの腹ペコ割烹着と変わらない……それが一層恐ろしい。
リーネが本気で敵意を見せた時を知っている俺は、このくらいの脅しは彼女にとって大したことではないことを知っている。
「ヒラのお前が俺に逆らうか……」
「……」
「上層部には知り合いが多い、カンパニーをクビにしてやるぞ……そうなったとして今の世、まともな生活ができると思っているのか?」
あからさまな脅しを行う滝沢……それをリーネは石でも蹴るかのように無造作に突き落とす。
実際にそうした訳ではないが……そんな幻想が見えるかのようだった。
「私がそれで野垂れ死んだとしても……それはお前には何の関係もないじゃないか……気にすることないだろ……ほら早く手を振るえよ……早くしないと腕一本の値段がどんどん上がっていくぜ」
滝沢の顔がものの数秒で真っ赤に染まる。
狂ったような怒りの相。
そんなにもリーネの受け答えが怒りを招いたのか……違う。
激しい怒りを揺り動かし、恐怖を払拭しようとしているんだ。
彼にとってリーネはそのぐらいの脅威。
短い沈黙……。
陽菜はアワアワしている……と思ったが、彼女は特に目の前の光景に興味を示していなかった、自分のことなのに。
陽菜の瞳はまるでガラス玉のように温度というものを失っていた。
赤みがかかった黒目が、今は深紅に近しいほどに染まっている。
どことなく氷穂が時折見せる能面に雰囲気が似ている、紅の眼球……。
震えるほどに美しい……俺の意思ではない、このシラユキの身体がそう感じていた。
気付くと滝沢部長が目の前から消えていた。
いつの間にか、彼は陽菜を諦めて山を降りて行ったようだ。
そしてリーネは通常モードに戻り、何やらお腹を押さえて物欲しげに辺りを見回している。
目が合うとほっとしたような顔をこちらに向けてきた。
え、携帯食料とか俺持ってないぞ。
「お見苦しいところをお見せしました」
「いいって、あいつなんかムカつくから……」
陽菜がしきりにリーネに恐縮している。
彼女たちはいったい何をしゃべっているのだろう
うむ……なんとなくハブられているようで少し寂しい。
俺は何かその仲に入れるような話題を考える……が思いつかない。
そういえば俺は学生時代ボッチだったなあと嫌な事を思い出す。
対人スキルはレベル0だった。
「到着……」
俺が黒歴史をフラッシュバックしているうちに、いつの間にか香具山鉱山本部に辿り着く。
堅牢な城門にはあちこちに細かな傷があり、血のりのような染みが各所についている。
まるで歴戦の勇士のようなその城門は俺には絶望しかもたらさない。
伝承の通り誰かが死にませんように……。
そう願わんばかりだ。




