人形祭り・二
香具山への道―――
書類仕事を終えてなんとか数時間睡眠をとった俺は今、馬車に乗って今回の目的地に移動している。
カンパニー本部より西に数十キロ……大和地方の入り口にその鉱山はあった。
(眠い……果てしなく眠い)
俺は馬車の中で睡魔によって死にかけていた。
どだい数時間の睡眠で昨日の疲れが抜けきるはずもなく、貰った刀を立てて頭を乗せ疑似的な睡眠で少しでも体力を回復させるよう努めていた。
目の前の陽菜とリーネはしかし、見た目には通常通りに見える。
リーネは……こいつはサボりだから元気いっぱいなのは分かる。
だが陽菜は俺よりも働いているはずなのにこのタフさはなんだ。
さすがは睡眠数時間で全回復の女……いやむしろ俺が体力無しなだけなのか。
なんかこの身体になった時に白覆面に耐用年数が切れているとか言われたような気がする。
「お疲れのようですね、シラユキさん……元気がでるサンドイッチ食べます?」
そう言って笑顔でサンドイッチを差しだしてくる陽菜には悪いが、その言い方だと何かヤバい薬でも入ってそうだ。
というかまたサンドイッチか……それ以外に購買部で売ってないの?
陽菜は妙に上機嫌だった。
そんなにもそのサンドイッチが美味なのかと思ったが、多分そう言う事ではないのだろう。
上機嫌の理由は別にある。
本人にそれを聞くのはなんとなく野暮そうだったので俺は小声で隣のリーネに聞いてみた。
「陽菜さん、何か機嫌が良さそうですけど何かあったんですか?」
「ああ…お前の支部配属が正式に決まったんだよ……良かったな、これで廃棄処分の線は完全になくなったぞ」
なんと俺は今の今まで生か死かの境を行き来していたらしい。
役立たず(の人形)は処分とはさすがはブラック・カンパニー。
ああ良かった、俺は生きていることを許された……ん?
特に何かした訳でもないのに試験が通るとはこれはいかに。
ここはブラック企業……何もしなければ生きることは許されないのだ(力説)。
「お手間を取らせました、ありがとうございます」
含みを入れてお礼を言うと、陽菜は一瞬目を見開くと、次には目を細めて口を綻ばせた。
多分、彼女は書類を偽造したりなんだりして俺の成績を過大に報告してくれたのだろう。
俺としてはそのくらい何の良心の呵責を感じないが、生真面目な彼女としては自らの信念を曲げる行為。
そこら辺は相応に察してあげなくては。
(だが意外だ……)
乾燥した御飯みたいにカチカチな女かと思ったが、意外にそういうズルもできるらしい。
今、彼女はなにやらソワソワとしながら、胸の前で手を組み合わせて何かイジイジしている。
やめて、それ胸が強調されるから……死ぬほど疲れている時は性欲が増すから。
グッときてしまうから。
「おお、ついたぞ……御飯が美味しくない山」
ついに目的地である香具山についてしまったらしい。
なんでも魔晶石やら何やらが「採集」される鉱山だそうな。
鉱石を取るのならば、山を切り崩すイメージがあるのだが、どうにも魔晶石とは樹に成る物質らしい……琥珀か。
ともあれそんな不思議な物質は大変貴重らしく、その鉱山はあちこちの組織が自分たちの物にしようと手を伸ばしているそうな。
今回の仕事はその鉱山をカンパニーの物にするべく購入の交渉を行う事。
ちなみにその山はあまり産出量が多くない上に、既にあらかた魔晶石は取りつくされ、その山の価値は全盛期の一割以下となっているそうだが、それでもカンパニーの物にする価値はあるそうな。
もっともそんな物件でもなければ俺らのような落ちこぼれ支部に任される訳はないが……。
ともあれ今回の仕事は交渉という面から、期限が比較的多めに取られており、厳しい時間制限があるわけではない。
ここは陽菜をなんとか操作してのんびり仕事をしようと俺は思っている。
ぶっちゃけ、そうしないと身体が持たなそう……疲労はちゃくちゃくと蓄積してくるのだ、ここいらで疲労を出し切らなくては。
マジで死ぬ……。
俺は馬車の窓から顔を出し、香具山の威容を眺めてみる。
白く濁った枯草のような山並み。
どこかカンパニーの敷地内にある、俺が目覚めたあの森を思わせる寂れた山。
植物は枯れ、それをエサにしていた動物は逃げ、そして何もいなくなる。
まるで死にかけの老人のようだ……それも親しい人間が誰もいない孤独な老人。
こちらの世界に来なければ、俺はあちらの世界でそんな最期を迎えたかもしれない。
「気を付けてください……あそこは別名・人喰い山と呼ばれる曰く付きの山で、三人で入ると一人が死ぬと呼ばれる伝説が……」
「その場合、多分私が死ぬのでは……」
何、その金田一に出てきそうな設定は……。
見立て殺人……多分俺が初めに殺される。
そして次に疑心暗鬼になった皆をなだめようと頑張った陽菜が死ぬ。
最後にリーネは……こいつはなんか死にそうにないな。
食べすぎかなんかで病院送りになってフラグ回避……いや、お前も死ね、皆殺しだ……一人だけ助かるなんて許さないからな。
そんな曰くつきな山が徐々に近づいてくる。
入り口にはなにやら旗を持った女性がこちらに両手を振っている。
黒髪ロングに、朱色の目……兎のように真っ赤な目だ。
思わず俺は陽菜を見た。
彼女の、赤みがかった目……コントラストが似ている。
彼女は顔をこわばらせていた。
それを見て、俺はあの女性が陽菜の知り合いだと確信した。
「あちゃー……氷穂さん、来てたのか……こりゃあ戦争になるぜ」
物騒な事を言うリーネ。
何……身内?
「姉だっけ……」
「他人です」
ブスっとした顔で不満を訴える陽菜は本当に嫌そうだ。
だがその件の氷穂とかいう女性はそうではないらしい。
旗には歓迎の文字とリーネ、シラユキ……そして秋虎。
一緒に絵も書いてあるのだが、多分四人の顔なのだろうが、どんなに見ても丸いクリーチャーか何かにしか見えない。
四つ首の化け物……それが牙をむき出しにして襲い掛かってきそうだ。
と言うか秋虎の名前が書かれているのはなぜか。
ちなみに俺は展開的に秋虎もカンパニー入り、俺らの支部に配属の可能性も聞いてみたが、リーネ曰く……明らかにカンパニー及び俺らに恨みを抱いている奴を入社、最低でも同じ職場に入れることはないとのこと……考えてみればそりゃそうか。
現在、秋虎は行方不明……どうでもいいけどな。
しかし……俺らが来るってことをどこで知ったんだ氷穂さん。
「彼女は何人もカンパニー内部に自分の手駒を侵入させています……どうやらカンパニー内での間者の情報収集力を計っているみたいですね」
「へぇ、ここでその答え合わせをするってことか」
なるほど、裏がある人物ということか。
カンパニーへの愛社精神豊富な陽菜からすれば、内部に手を伸ばしてくる氷穂は許しがたい人物なのだろう。
「元カンパニー社員なんです……会社の教育を十年近く受けて業務することなく退社……そのまま実家に戻ってカンパニーに敵対しています……とんでもない裏切り者なんです」
「秋津国の議員の娘……年老いた親の代わりにあちこち飛び回っている……かなり頭が切れてえぐいやり方する奴だ」
二者、それぞれの関心が現れた彼女に対する説明。
どうにも癖のある人物であることだけは共通している。
(これはもう……不味い予感しかしない)
俺は激しい不安に駆られ、思わず刀を掴む手に力を入れる。
なかなかに名のありそうなこの名刀。
名は時雨一文字。
逃げるときにこれを渡せば追手は見逃してくれないかな。
そんな情けないことを考えながら俺は香具山へと到着した。




