人形祭り・一
とある居酒屋?―――
今日もまた俺はレモンサワーを作り続ける。
工業用アルコールよりはだいぶマシな廉価の甲類焼酎をプッシュで90cc、炭酸入りレモンジュースをガンで加えて氷を入れる。
本来ならば氷を入れてレモンジュースを入れるのだが、この方が早い。
空いた時間に作り置きしておけるのでなお良し。
炭酸が抜ける……?
10分以内ならば気づかないって……酔っ払いなんだから。
「そうだ、生レモン用のレモンも切って置くか」
俺は生レモンサワー用の二分の一カットのレモンを用意するべく小型包丁を探す。
包丁はすぐに見つかった。
銀髪で赤目の少年が手に持って俺にその包丁を突き付けている。
頭に巻いた包帯が痛々しいが、やったのは俺だ……慰めることはできない。
と言うかよく見たらその包帯……トイレットペーパーじゃ?
「僕の身体を返して……」
彼は俺が乗っ取っている身体の持ち主。
式神シラユキ……と呼ばれる13くらいの少年だった。
*****
「嫌だね……俺だって生きていたいんだから」
突き付けられた包丁がわずかに揺らぐ……動揺しているのだ。
まさか俺が素直に身体を返すとでも思っていたのか……浅はかな。
身体を乗っ取ったことに罪悪感がまるでない訳ではない。
だがだからと言って代わりにこの空間に閉じ込められるのは嫌だ。
もし仮定として自分か誰かのどちらかがひどい目に合うのだとすれば、それは自分であってはならない。
年を重ねた分だけ面の皮が厚くなり、他人が感じる痛みや苦しみに鈍感になっていく。
子供の頃……もっと純粋だった頃ならば目の前の本物のシラユキが苦しみ姿を見ていられなくて身体を返したかもしれない。
だが俺はもう三十……中年だ。
十分に厚く、鈍くなってしまっている。
「やりたければ斬り捨ててでも奪い取るんだな」
「きり……なっ」
包丁以上に瞳が揺らぐ。
恐らくシラユキは誰かを傷つけた経験などないのだろう。
河野はシラユキに刀を渡した……だが彼は刀を使いこなせるようには見えない。
誰かを斬る程外道な者ではない。
だったのなら……彼は刀使ではない。
「俺は第二の人生を楽しむんだ……くだらない前世など忘れて美味しい酒を飲み、美味しい食べ物を食べ、綺麗な女にエロいことして気侭に過ごすんだ……この身体は渡せない」
そうだとも、俺は人生をやり直すんだ。
殺されてこの世界に流されてきたとはいえ、考えようによってはラッキーだったかもしれない。
どうせあちらの世界ではロクな一生を迎えないだろう。
薄給で朝から晩まで働いて、空いた時間と体力は親の介護で費やされて、唯一の趣味はネットサーフィンと飲酒。
それが体力が衰え、親が死ぬ50代くらいまで続き、そして何もすることがなくなった末に自殺か。
よくよく考えるとクソみたいな人生だな。
今回はもっとマシな人生を送れるように。
俺は脅すようにシラユキを睨みつける。
少年はその恫喝に怯む……というよりも、どこかおぞましい物を見るように俺の瞳を見つめ返す。
傷つくな……ゴミを見るような目とでも言うのかな。
「こんな人間だとは思わなかった……河野様は貴方を謙虚な従者だったって……だから僕は貴方の心臓を受け入れたのに」
(謙虚な従者ね……どんな都合のいい設定を考えたのか)
これまでの情報を総合すると、どうやら俺は殺されてその内臓をシラユキに移植されたらしい。
心臓が魂を維持し、移植先を乗っ取るなんて本当にファンタジーだが……この世界は中世ファンタジーなのだから不思議でもないか。
にしても酷いな……俺が謙虚な従者。
河野に仕える従者ってか。
ふと興味が湧いてどんな風にこの少年が俺の事を説明されたのか聞いてみた。
「……」
聞けば聞くほど酷い扱いだった。
俺はなんでもあちらの世界で十二人の異世界転移者に仕える従者でなんの権能もない男だったが、忠誠心にあふれ、十二人を守るために命を散らしたのだとか。
その時に死んでからも十二人に尽くすために身体を提供……何も知らない人間が聞けば美談にも聞こえるが内情を知っている俺からすればあきれ返る以上に反応を返せない。
ようは同窓会に呼び出して俺を殺したことを正当化したということだ。
まさに死人に口無し……俺の存在と死因は書き換えられてしまいましたとさ。
いずれ奴らはそれが真実だと思い込んでしまうんだろうな。
人間……都合の悪い事実は改変してしまうものだ。
俺だってそうする……奴らもそうするに決まっている。
死ねよもう……河野含めた十二人はみんなトラックに轢かれて死んでしまえ。
俺と同じ不幸を味わうがいい。
はぁ……。
「僕は彩春様の役に立つために行かなくてはいけないんだ……お前の好き勝手にはさせない」
「彩春ってお前の女か……」
「女……?」
「エロいことができる女ってことだよ」
ちょっと揶揄いたくなって下世話なことを言ってみる。
なんとなく純朴そうだから漫画みたいに顔を真っ赤にして恥ずかしがるかと思ったが、予想に反してシラユキはきょとんと首を傾げるだけだった。
「式神に性欲はないよ……僕は異性に欲情する不良品じゃない」
(そりゃお前だけだ)
どうにもこいつは俺が思う以上に純粋だったらしい。
俺は他の式神(陽菜の首無し兵士のような非自立性以外の)を見たことがないがそんなことはあり得ないだろう。
どんだけ箱庭育ちなんだか。
まあ、その彩春とかが現れたのならば多少の義理はある……挨拶ぐらいはしてやるか。
そうこうする内に天井が光り出した。
二回目ともなるとなんとなくこの状況も分かりかけてくる。
この居酒屋空間で戦って勝った方がこの身体を自由に使えるという事か。
今回は戦わなかったが、双方何もしなかったという事で前回勝者(チャンピオン?)の不戦勝……と都合よく考えてみる。
「ちょっと……待ってよ」
時間切れに戸惑ったのか、シラユキが慌てて駆け寄ってくるが今更どうすることもできない。
俺は今回もこの身体を使う。
一度たりとも持ち主に返すものか。
そう言えば左目が見えないことについて聞いてなかったな。
今度聞いてみよう。
とはいうものの、その障害があるのならそれはそれでやりようがある。
片目では遠近感がうまくつかめなくて戦闘は無理だろう。
つまり俺は戦わなくても特に失望されないという事。
評価されない、底辺に見られるというのは楽であるのだ。
此度の人生はのんびりと過ごそう。
そんなことを胸に俺は現世に帰還した。
*****
使部課三十八支部・深夜―――
はっ……俺は寝ていたのか。
あの空間から現実に戻った俺は真っ暗な空間で覚醒した。
ここは三人しかいない部室。
物置人材が集められる三十八支部だ。
そうだ、俺は今回の村での騒動の報告書を書くために徹夜で残っていたのだ。
後は私がやりますから……と陽菜は言っていたが俺もこの作業に参加しなくてはいけない理由があった。
横を見るとうつらうつらと陽菜が寝ぼけ眼で、ただし手だけは機械のようにレポートを書いている。
中世ファンタジーの癖に紙をこんなに使うとは贅沢な。
それはともかく、さすがの陽菜も疲れているのか文字が書けると言う俺の手伝いを拒否することもなく。
俺が多少事実と違った事を書いたとしても咎めたりはしなかった。
俺はそっと両手を合わせる。
かじかんで冷たくなったあの手。
あの子をお願いします……と懇願したあの縋るような目が忘れられない。
白浪若菜と名乗ったあの秋虎の義母(多分)は俺に刀を渡した後、俺の両手を包むように掴み、懇願の後に去って行った。
会話は一言だけ。
お願いしますとは、秋虎の事だろう。
しかしなぜ俺と陽菜とリーネ……三人の中で俺にお願いしたのか。
俺が最終的な決定権を持っていると勘違いした?
あるいは……こんな下らない小細工をする、三人の中で唯一の人間であると見抜いていたのか。
そうであったのならば、恐ろしい女性だ。
(しかしだとしても……)
彼女の願いが義理の息子である秋虎の免罪ないし減刑なのだとして(恐ろしいことにたかが企業組織でしかないこのカンパニーはこの地方限定ではあるが警察組織や裁判組織に影響力があるらしい、まさか本当に独立国家とか考えていないだろうな)、もし仮に俺がその見返りを要求すれば彼女はどう答えたか。
金銭、物品……あるいは秋虎の代わりに罪を被って懲役刑。
いったいどこまで彼女は許容するだろうか。
あるいはどこの段階で義理の息子を救済するのを諦めるだろうか。
興味はあるが、俺にはそんな権限はない。
あっても面倒くさがってしないだろうが。
「シラユキさん……終わりましたか?」
疲労の濃い掠れた声が俺の耳に届く。
俺はその返事に書き終えたレポートをヒラヒラと見せつける。
それを見て安堵した彼女が少しだけ可愛かった。
報告書の中で、秋虎が俺たちを襲った部分を改ざんし、全てをゴブリンのせいにする。
これで彼は一生カンパニーで働くことはなくなった。
カンパニーは懲役囚や死刑囚をこき使っているらしい。
罪人はカンパニーでタダ働き……牢獄の経費が浮くのであちらも願ったり叶ったり……ってどこかおかしくないか?
報告書の提出に向かった陽菜を見送り、俺は支部の床に毛布を引いて眠りに入る。
明日は出張だ、なんでも鉱山に向かうとか……早朝に、今から数時間後に。
本当にこの会社はブラックだ。
少しでも睡眠時間を稼がないと身体が持たない。
社畜の技能で俺は瞬時に睡眠に入る。
顔に張り付けてあるお札が曲がっちゃったけれど、もういいや。
グーグーグー。




