間章・チュートリアルの終わり
ゴブリンの巣手前・深夜―――
「ゴブリン討伐の成功を祝って乾杯!!」
草木も眠る丑三つ時……とある洞窟の手前で十数人ほどの男女がテーブルを囲って祝杯を挙げていた。
キャンプと言うには豪勢すぎる料理の数々……。
骨のついた肉のローストに近場の山菜を使ったスープ、果物を練りこんだ黒パンに、ダイヤモンドをちりばめたようにキラキラと輝くトロピカルジュース……中の上クラス市民の馳走だ。
さらに料理が並べられているこのテーブルとて組み立て式の簡易な物ではない。
樫材の丈夫な木製テーブルで、骨太の足は100キロ近い重量にも耐えられそうだ。
驚くことに、この荒野にわざわざ運んで来たらしい。
駆けだしの冒険者のクエストであるゴブリン退治の祝いにしては過剰とも言えたが、今回は特別にと彼らを引率する教師が用意したのだ。
これは最終試験……これをクリアすれば彼らはムスペルハイム教国の騎士団への入隊が認められる。
戦争の爪痕が未だ濃く残るこの秋津国において、外国とは言え騎士団と言う国家が運営する組織に所属できることは大変な行幸なのだ。
きちんと給料が支払われ、衣食住も完備……あまつさえ怪我や病気で働えなくなっても、一定期間は給料が補填される。
居並ぶ男女はそのほとんどが十代の年若い者ら……彼らは物心ついた時から戦後であり、彼らは無償で国家に奉仕するということが当たり前だと考える世代なのだ。
働くとお金が貰えるということは新鮮な体験であり、それが自分たちが選ばれた存在であることを実感させ、自尊心をくすぐられている。
「これで貴方たちは自らの力で生き抜く資格を得ました……今は戦乱の時代……誰かを頼ってはいけません、都合が悪くなれば捨てられます……自らの目で判断し、自らの足で歩き、なすべきことを成すのです」
テーブルの上座……20代半ば過ぎくらいの眼鏡をかけた青年が堅苦しい訓示を垂れるが、料理を食べることに夢中な子供たちがあまり聞いてはいない。
特に10を少し超えたぐらいの、幼年期をやっと超えたぐらいのわんぱく盛りにとっては、どのような高尚な演説も食欲より優先度が高くはないらしい。
ただ、文字通りむしゃぶりつくように肉を頬張るその稚気に先生は微笑ましく思っているようだった。
「先生……お取り分け致します」
その中では年長に見える、15ぐらいの少女が大皿の肉を切り分け、先生のお皿に取り分ける。
それは己の欲求に素直な幼子には見られない気づかいだが、その目には周囲のガキへ、自分は他とは違うと言う優越感がにじみ出ており、大人にはなり切れてはいなかった。
とまれ……その筋が多く筋肉質な肉はあまり美味しそうではない。
だが彼女は別に不味い部位を取り分けたのではない……元々食用ではないのだ。
「ありがとう秋葉……」
「い、いえ私は……」
先生がゆっくりとほほ笑む……純粋な、まるで赤子のような笑いを見て、少女がサッと顔を赤らめる。
だがその赤面は長くは続かない。
おかわり、おかわりと騒ぐ子供たちがゴミ捨て場に群がっていくのを見て、慌てて止めに入ったのだ。
「ああ、ダメですよ……頭は身体に悪いんだそうです……なんでも異世界の資料によると脳みそを食べると病気になるんだとか」
「こら、止めなさい」
先生とリーダー格の少女の二人に叱責され子供たちがしゅんと落ち込んでしまう。
そして……彼らは掴んでいたゴブリンの頭部を放り投げた。
切り取られたゴブリンの頭はボコボコに潰れており、それはこの獣を襲ったものが熟練した……ゴブリン退治に慣れた冒険者の類でないことが推測できる。
素人が、恐怖に任せて鈍器でメッタ打ちにしたのだ……それも複数の人物が。
切り口の首も斬ったと言うよりも無理やりねじ切ったような乱雑な物。
そして胴体は……。
胴体はどこにも見当たらない。
もう存在しない。
あるとするならば……テーブルの上……あるいは彼らの腹の中。
「さっきのゴブリンも食べちゃダメなんですか……」
「あれはゴブリンじゃありません……人間です」
ゴブリンの頭がピラミッドのように置かれたそのすぐ横、そこには撲殺された人間の死体があった。
それは村長こと西条秋二郎の成れの果て。
カンパニーが雇った傭兵団に昼夜問わず追いかけまわされ、馬車に積んだ財産を捨て去り、必死の思いで逃げ延びた末路がこれだった。
「ふむ……人間とゴブリンを間違えるなんて……薬、強すぎましたかね」
そう言うと、先生はテーブルの端に置いてあった瓶にはいった白い粉を月夜に晒してみる。
大分量が残ったそれは、彼らのジュースに混入されているはずだ。
ゴブリンは雑魚ではない、れっきとした野生の獣……獣の中では頑強で狡猾な、ヒエラルキーの上位に位置する小型の猛獣なのだ。
その巣を素人、それも子供が襲撃すれば返り討ちは必須だ。
狼の群れに突撃させるようなもの……だからそこは数で補った。
ゴブリンの数倍、十数倍の人数を投入すれば例え子供であっても、理論上打倒は可能だ。
よくよく見れば子供たちは皆、傷ついている。
目や鼻が潰れている者や、身体の動きがおかしい者もいた。
時折高笑いしている者もいるが、それは薬のせいだ。
身体の潜在能力を引き出すよう、怖気づいたり、恐怖で逃走しないために彼らには薬を飲ませてある。
常用すれば、獰猛な性格を持つ勇者へと変わっていく魔法の粉。
かき集めた子供ら……捨てられたり売られたり、居場所をなくした者達……試験に合格した者は全体の一割……この過酷な試験に一割も生き残ったのだ。
やはり薬の効果は大きいようだ。
「しかしもう少し改良が必要ですね……ユキト君には頑張って貰いましょう」
これは処分です。
そう口ずさみ、先生は瓶の中の粉を自分が飲むグラスにパラパラと振りかけていく。
ゆっくりとグラスジュースに沈殿していく粉はきらめく雪のようで、非常に幻想的であった。
先生はグラスを掴み、その幻想を一息に飲み干す。
少し無作法だったかな……彼は少しだけ後悔した。
「さて……そろそろ食事も終わりにしましょう……皆さん、片付けますよ」
先生が鈴を鳴らす。
透き通るようなその音は、静寂した深夜の闇にはよく通る。
鈴の音は彼が何かを行ったり止めたりする時の合図なのだ。
子供たちはその音を聞くや即座に手を止め、テキパキと片付けに入った。
この数か月に渡った教育の成果である。
「強く、賢くなりなさい……私の子供たちよ」
育っていく彼らを温かく眺めながら、先生は恵まれぬ彼らを救う事が自分の務めであると、改めて心に誓った。




