たった一人の刀使・四
カンパニー本部・使部課・第三十八支部―――
結局、秋虎とゴブリンを蹴散らした俺と陽菜(俺は何もしていないが)は夜明けを待って本部に帰ることにした。
最初に言ってしまえば俺の憶測は当っていた。
村長・秋二郎は財産を抱えて逃走……陽菜の式神は彼を補足できず、逃走を続ける村長の捜索はカンパニーと契約している傭兵団が担う事になった。
それを帰りの途中で戻って来たリーネから聞いた陽菜の落胆ぶりはすさまじく、一人で歩く気力すら失った彼女に肩を貸しながら帰るその労力は並大抵のことではなかった。
このシラユキの身体は陽菜より小柄……自分よりも大きな荷物を引きずって帰ったようなもの……ちなみにリーネは手伝ってはくれなかった……くそ。
なお、秋虎と白峰は俺らに着いて行く形でカンパニーに捕らえられたが、逃げられるような状況でも特に何かをすることはなかった。
各々の裏切りがよっぽど堪えたようだ。
「さて、今日の仕事を始めましょうか……」
そして夜明け前についた俺は支部にて寝に入ったのだが、眠りに落ちてきっかり三時間後に叩き起こされた。
時刻はまだ早朝。
手に箒と塵取りを持つ彼女が言わんとしていることを理解した俺はゲンナリとした顔を隠そうとしなかったのだが……彼女は気にする様子はなかった。
強い……。
そして立ち直りが早い……一度寝るとセーブデータが消えるのかもしれない。
*****
カンパニー正門前―――
「私たちの支部は基本的にはお荷物なので、少しでも仕事をしませんと」
「……そうですか」
睡眠不足と疲労で身体と脳が劣化している俺は、もはやまともに受け堪えられる状態ではない。
今の俺の思考能力はWindowsXP並み……動画とか見ればフリーズしっぱなし……それどころかコンピューターウイルスに侵されまくりである。
くそ……三時間睡眠で回復できる若い者はいいな。
ジジ臭いことを考えながら、そういえばリーネはどこに行った。
あいつも俺と同じ支部の人間だろう。
「ところでリーネさんは見ませんでしたか?」
「いいや……」
「あの子、通しの時は次の日サボるんですよ……今日こそは捕まえて仕事させないと」
無断欠勤かよ……と言うよりも自主休日かよ。
ちゃっかりしているリーネを妬ましく思いながら、俺はそれとは別に恐ろしいことを言った目の前の女をじっと観察する。
通しって開店から閉店までの一日仕事のことで、24時間働くことじゃないぞ陽菜。
この女……やっぱり怖いわ。
筋金入りのワーカホリックだ。
ゴミを一ヵ所に集め、それを塵取りに入れて、どこから持って来たのかゴミ用の木箱にゴミを捨てる陽菜。
恐らくグロッキーな俺よりも数十倍は働いている感じ。
実に愉しそうに掃除をしていく。
鼻歌なんかも歌っちゃう……大分音程が外れている所から、その歌を知らない俺でさえも彼女が音痴であることが推測できた。
それはまあ置くとして……。
今はそう……高校生くらいの少女が、笑顔で同じ時を過ごしてくれていることを喜ぶことにしよう。
もうそういう風に自分を誤魔化さないと俺はやっていけなくなっていた。
俺は幸せ俺は幸せ俺は幸せ……徹夜明けに近い頭がだんだんとハイになってくる。
(ここは二人だけの世界、ハハハ……みんな俺らを無視しているしな)
道行くカンパニーの会社員?らしき人間は俺らを半ばいないかのように、無視して本部に入っていく。
陽菜もそれは心得ているのか、邪魔にならない様にヒラリヒラリと躱していく。
「……」
なんとも無感情な……。
違うな……面倒臭いと言うよりも、仕事以外に興味がないんだ。
だんだんとこの世界の事について理解してきた俺の予測では、恐らくこのカンパニーは構成員に給料を出してくれる組織なのだろう。
ギラギラとした目付きの彼らは、少しでも功績を上げてカンパニー内の評価を上げようと必死なようだった。
自分は役に立つ……このカンパニーに必要な人間だ。
ここをクビになれば後は無給の仕事ばかり……衣食住は保証されているとはいえ、それで満足する輩ははなからカンパニーに務めてはいない。
(カンパニーか……長居は無用だな)
ここ数日、カンパニーという組織に触れてきたのだが、どう考えてもここはブラック企業だ。
それも特大の。
前世?でブラック企業でひどい目にあったのに、今世でそれ以上のブラックとか勘弁である。
俺としてはお金とかあまり貰えなくてもいいから楽な仕事に就きたいところ。
そうなると国外……言葉とかの問題をクリアすれば国外に逃亡したいところだ。
多分、俺が逃亡すると陽菜に迷惑をかけるだろうが、俺は恨みは岩に刻むが恩は水に流す卑劣な人間……痛む良心は時間が癒してくれるさ。
となればこのカンパニーにいる間は、逃亡のための準備に費やすということ。
終わりが見えてくると、なんとなく辛い仕事も希望が見えてくるから不思議だ。
「もう少しお待ちいただけますか……本部の承認待ちです、はい……降りると思います」
俺が今後の計画を心で建てているうちに、いつの間にか陽菜は和服の女性と話し込んでいた。
30半ば過ぎくらいの穏やかな顔で、きっちりと着こなした浅黄色の目立たない着物が、謙虚でしっかりとした性格をうかがわせる。
手には60センチくらいの長さの霧箱を抱えている……大吟醸かな?
ただ疲れたような表情が気になった。
「どなたですか……?」
パタパタと擬音をたてるように陽菜が戻ってくる。
会話内容から、彼女とは前に会ったことがあるらしい。
「秋虎さんのお母様です……面会を希望していて」
「母親……似てないですね」
「あちらの家はいろいろと複雑ですから……」
あの秋虎……とは血がつながっているとはとても思えない品の良さそうな女性を俺は無作法に眺めてしまう。
いや、血は繋がってないだろう。
俺の予想を裏付けるように、陽菜は口を濁す。
義理の母かな……そう当たりを付けた俺はあえてそれ以上詳しいことを聞くのを控えた。
他人の家庭の事情を根掘り葉掘り聴くほどさすがに常識知らずではない。
「面会とは……何も追い打ちを掛けなくてもいいだろうに」
俺はこの時ばかりは秋虎に同情する。
仲間に裏切られ、叔父に利用され、挙句の果てに母親から厳しい叱責を受けるとは。
恐らく自分の名前を汚したということで何時間も説教を受けることだろう。
息子の不始末はそれを育てた母親の面子を汚すこと……顔に泥を塗られて怒らないはずがない。
「追い打ち?……心配されているのではないのですか」
「死んだわけでもなく、大怪我したわけでもない……何を心配することがあるのですか」
正直、あまり関わりあいたくない相手だ。
秋虎を討伐?して、巡りめぐって彼女の顔に泥を塗ったのは俺らなのだ。
ほらほら、件の女性が険しい顔でこちらを睨んでいる。
あれは息子……ひいては自分の顔を汚した俺らに対する逆恨み……もしかすると殴りかかってくるかもしれない。
よって俺は女性を睨み返し、迎撃の構えを取る。
やってみろ……かかってこい……そうすれば俺がやられるからかかってこないでください。
そんな俺の悲痛な叫びを聞くことなく女性はすり足で近づいてくる。
なに……剣道でもやっているの。
「式神・シラユキ様ですね……ご注文の品をお持ちしました」
ゆっくりと女性はお辞儀をする。
斜め45度の明らかに目上の者にする最上級の礼儀。
まるで献上するように捧げられた霧箱の中には、白塗りの鞘に包まれた刀が納められていた。
素人の俺から見ても、由緒のありそうな精緻な絵柄の鞘(虎と桃?)……高そうな刀だ。
いきなりのこの状況にあっけにとられた俺は30秒ほど動きを止める。
その間も女性は頭を下げたままだった。
え、くれるの……とは素直に喜べない。
この状況は明らかに異常。
式神……つまりは人形にここまで礼を尽くす必要はない。
自分のスマホを使うたびに……使用させていただけませんか?……などと了承を得る人間がいたらそれはただのヤバい人だ。
俺は何を言っているんだ。
ともかく揶揄われているのではないとしたら答えは一つ。
この女性は俺の後ろに誰か別な人間を見ているのだろう。
その人物が怖いから、あるいは命令でこういう不可解な態度を取っている。
では誰だ……。
*****
そいつはゆっくりとカンパニーの黒塗りの正門を進んできた。
まだ若く……これから無限の可能性を秘めた未来へ羽ばたこうとする青年。
自信にあふれ、何者にも慣れると言う一種の傲慢さを纏わせた顔には、見覚えがあった。
「シラユキ……それは私からの手術成功の祝いだよ」
十年以上も前……あるいは何かの拍子に開いたアルバムの中で笑顔を浮かべていた同級生。
俺と同い年なのだから本来は30を超えているはずの男。
「何用ですか……教国の尖兵である貴方が」
努めて声を抑えた陽菜が忌むように彼に話しかける。
全てはかつての思い出と同じ。
俺を陥れて殺し、この異世界へと放り込んだ河野彰は、彼がもっともその人生の中で輝いていた高校の時代……その姿のままで目の前に現れた。
俺はこの時、この世界の不条理を思い知った。
金銭や権力、容姿や能力だけではない。
ここでは時間すらも平等ではない。
河野彰は時間を巻き戻し、10代の若々しさを手に入れたのだ。
学生時代から全てをやり直す権利を奴は得た。
俺の人生を引き換えにして。




