ナツの気持ち
連れてこられたのは音楽準備室。
以前3バカに拉致された記憶がふと蘇った。
しかし思い出を懐かしんでいる場合ではない。
なぜなら槇原がぎゅうぎゅう私を抱きしめているから。
高速で廊下を移動する槇原のスピードについていくのはなかなか大変で、ようやく立ち止まった時には私はもうバテバテ。足の長さを考えろ。
荒い息を整えるのに夢中になっていたら、いともたやすく槇原に抱え込まれた。
床に座りこんだ槇原の上に座らされ、後ろからぎゅうぎゅう抱きすくめられる。
「ちょ、離……」
「ダメ。一週間も逃げた罰です」
「……だって、だれか来ちゃう」
「来ないですよ。吹奏楽部は体育館で練習らしいですから」
「え?リサーチ済み?」
槇原はそれに答えず私の首元に顔をうずめた。
サラサラの髪が頬にあたって、一瞬心臓がはねあがった。
「やっ……なに!?」
「ナツ先輩はひどいです。一週間も避けるなんて」
「だって……」
「たしかにキスはやりすぎました。あんな一方的に……。ごめんなさい」
「ああ、まあそのことは……」
「……え?」
槇原がパッと顔をあげて、目をまん丸にして私の顔を覗き込んでくる。
「え、なに?」
「ナツ先輩、俺が強引にキスしたから怒ってたんじゃないんですか?」
「いや、今思えばそうなんだけど……。なんていうかその……」
ハッキリと口に出すのが妙に恥ずかしくて口ごもる。
槙原の刺すような視線を浴びながら、モゴモゴモゴモゴ。
私の発言をじいっと待っている。
やめてくれ。なんだこの、とてつもない羞恥。
「……あっち向いててよ」
「やだ。ハッキリ言ってください。なにに怒ってたんですか?」
あっち向け!じっと見るな!
もう、こうなりゃヤケだ。サッと言ってしまってこの羞恥から早く解放されてしまおう。
「怒ってたわけじゃなくて!槇原が私のこと好きだとか言うから!」
あの時。
槇原は私のことを「好きな女の子」と言った。
深い意味はないのかもしれない。そういう意味じゃなかったのかもしれない。単純だって自分でもわかってるけど。
「好き」と言われて、意識しないでいられるほど経験値つんでないんだ私は。
笑うなら笑え。
小学生かお前は、と突っ込んで笑えばいい。
自分が一番わかってるよ。勝手に深読みして動揺して。年上なのにバカみたいでしょ。
「えっ……と、つまり。俺の告白に照れて恥ずかしがってたってこと、ですか?」
バカバカ。
そうだよ。改めて言うな。
「なんで好きとか言うわけ?そういうの簡単に言わないでよ。私みたいな地味人間はそういう免疫ないの。勘違いして受け取っちゃうからやめてよホント」
「ナツ先輩」
急にぐるっと体を回される。
槇原に向き合うように座らされて、ガッチリと抱え込まれた。
「まきはら……?」
真剣な瞳に見つめられて言葉が出なくなる。
「俺はナツ先輩のことが好きです。恋愛対象として。勘違いなんかじゃない。ていうかなんで勘違いだと思うの?俺ずいぶん分かりやすかったと思うけど」
「う、うそだ!」
「嘘じゃない。本当に好き」
私のおでこに槇原の唇が降ってきた。
ちゅっ、て。
とたんに顔に熱が集まってくる。
耳といいおでこといい、ホントやめて。レベルが高すぎる。
「そんなかわいい顔しないでください。抑えがきかなくなる」
槇原の唇がおでこから頬に移動して、またもや耳に到達する。
「さっき教室でだって、俺すごく我慢したんですよ。あんな目でみつめたりするから」
「や、めて。耳でしゃべんないで」
耳元で囁かれると、自分の意志とは無関係に背中がぞわぞわする。
やだ。なんだこれ。
「かわいい。耳弱いんですね」
「ちょ、やめ……!」
しばらく耳を責められた。
そのあいだ背中のぞわぞわと闘って、槇原の顔が離れていった頃にはすっかりぐにゃぐにゃになってしまった。
「これ以上やるとマズいんで。オレ的に」
なにが、とは聞けなかった。
力が入らなくなって、槇原の胸に体を預けるのが精一杯。
「俺に告白されて驚きました?」
コクンと一回だけ首を縦に動かす。
「俺のこと嫌いですか?」
今度は横に。
「キスは嫌じゃなかったんですよね?」
縦にも横にも動かせなかった。
「……分かってるんです。ナツ先輩が俺のことそういう風に見てないって。だけどこのまま振られるつもりはないです」
なんて答えたらいいんだろう。
槇原のことは嫌いじゃない。だけど恋愛の意味で好きなわけじゃない。
あまり頭が働かなくて、少しの間ぼんやりとしていた。
「俺、もう我慢しませんから。学校で知らないフリなんてしませんからね」
そうだ。
クラスのみんなにバレてしまった。
明日からどうしよう。
上履き隠されたり、机に花瓶おかれたりするのかな。
ぼんやりした頭でそんなことを考える。
「逃げないでね。ナツ先輩」
そう言った槇原の顔は晴れやかに笑っていて、今まで見た中で一番まぶしく見えた。