閑話 新人研修の日
ルードの年齢に修正を入れています
十二歳→九歳
ギルドの修復は、まだ終わっていなかった。
砕けた床には新しい板が仮留めされ、カーバンクルが叩きつけられた壁には大きな穴が残っている。
受付台も半分ほど壊れていた。
それでもパイルは、残った部分へ書類を並べ、いつもと変わらない顔で仕事を続けている。
「パイルさん。少し休んだ方がいいんじゃないですか?」
キミが声をかける。
「大丈夫です。これくらいなら問題ありません」
「でも、まだ何日も経っていませんよ」
「身体はどこも怪我していませんから」
そう答えながら、パイルは書類の端を揃えた。
視線が、一瞬だけ自分の右手へ落ちる。
あの日。
この手で、母の手甲を動かした。
本来なら持ち上げることすらできないはずの重たい武器。
その重さを消し、手甲の射出機構を動かして、ミスリルの胸へ罅を刻んだ感覚が、まだ手の中に残っている。
「怪我をしていなくても、疲れている時は休んだ方がいい」
アイが言った。
「愛さんの言うとおりですよ」
「キミさんまで……」
困ったように笑いながらも、パイルは仕事の手を止めなかった。
その少し離れた場所では、モーブ、マホ、ノコンの三人が椅子に座っていた。
あの日、ギルド内にいた冒険者たちを外へ避難させた三人。
ゴーレムを倒したのは、カーバンクルとパイルだ。
しかし、二人が戦える状況を作ったのは《平凡》だった。
「改めて、ありがとうございました」
パイルが三人へ頭を下げる。
「皆さんが戻ってきてくれなかったら、私は……」
「礼ならカーバンクルさんに言ってくれ」
モーブが答えた。
「俺は結局、間に合わなかった」
「そんなことありません」
パイルは首を横に振る。
「皆さんがほかの冒険者を避難させてくれました。それに、私がいないことにも気づいてくれた」
「気づくのが遅かった」
「それでも、戻ろうとしてくれました」
モーブは何も答えなかった。
隣でマホが小さく笑う。
「モーブは昔から、こういうところがあるんです」
「うるさい」
「自分ができなかったことばかり気にする」
「だから、うるさいって」
ノコンは二人のやり取りを気にする様子もなく、壊れた天井を見上げていた。
「でも、すごかったです」
キミが三人を見る。
「ゴーレムには勝てないって分かったあと、すぐに皆を逃がしていましたよね」
「すごくはない」
モーブは即座に否定した。
「勝てない相手から逃げただけだ」
「でも、戦っていた人もいました」
キミの言葉に、モーブが僅かに目を伏せる。
あの場には、ゴーレムへ立ち向かおうとした冒険者もいた。
武器を構えた者。
仲間を守ろうとした者。
逃げることを恥だと考えた者。
勇気がなかったわけではない。
ただ、相手が悪すぎた。
「どうして、皆さんは戦うのをやめられたんですか?」
パイルが尋ねた。
「冒険者なら、強い相手を倒したいと思うものではないんですか?」
「思わないわけじゃない」
モーブは腰の剣を見る。
ゴーレムとの戦いで、刀身には小さな亀裂が入っていた。
「でも、戦えることと、戦うことは別だ」
アイがモーブを見る。
「誰かに教わった言葉?」
「ああ」
モーブは頷いた。
「俺たちが冒険者になったばかりの頃、教えてくれた人たちがいた」
「どんな人たちだったんですか?」
キミが尋ねる。
モーブ、マホ、ノコンの三人が顔を見合わせた。
「変な人たちだった」
ノコンが答える。
「否定はできないですね」
マホも頷く。
「強かった。俺たちなんかより、ずっと」
モーブの視線が、壁に残された大きな穴へ向かう。
そこには、事件の前まで一対の手甲が保管されていた棚があった。
「カーバンクルさんも、その一人だ」
「お母さんが?」
パイルが目を見開く。
「ああ。普段は、今と変わらず穏やかな人だった」
モーブは一拍置いた。
「戦いさえ始まらなければな」
「ほかには、マイスさん。ギルマス・セバスティン。それからルード」
「ルードさんも?」
パイルがさらに驚く。
今ではギルドでも指折りの冒険者であるルードしか知らない者からすれば、意外なのかもしれない。
だが、モーブたちにとっては違う。
現在のルードしか知らない者からすれば、意外なのかもしれない。
だが、モーブたちにとっては違う。
あの頃から。
ルードは、ルードだった。
「俺たち三人が、まだ十五だった頃だ」
モーブは懐かしむように目を細めた。
「あの人たちから最初に教わったのは、魔物の倒し方じゃなかった」
「では、何を?」
アイの問いに、モーブは答えた。
「生きて帰る方法だよ」
◇
十八年前。
まだ《平凡》という名すら持たなかった三人は、初めての新人研修の日を迎えていた。
「今日一番覚えて帰れ」
ギルドの門を出たところで、ギルド・マイスは三人の新人を振り返った。
マイスは大きな身体に使い込まれた防具を身に着けていた。若いはずなのに、なぜかすでに苦労人のような顔をしている。
これでもまだ二十二歳だった。
「冒険者の仕事は、依頼を受けて終わりじゃねぇ。全員で生きて帰って、報告を済ませるところまでだ」
三人は揃って頷いた。
今日、ギルドからギルド・マイスのパーティへ依頼されたのは、新人冒険者三名の初期研修だった。
剣士のモーブ、十五歳。
三人のリーダーで、真面目そうな少年だ。
「モーブです。よろしくお願いします!」
その隣に立つのは、魔法使いの少女。
「マホです。魔法はまだ勉強中ですけど、よろしくお願いします」
同じく十五歳。
そして最後。
弓を背負った小柄な少年が、軽く頭を下げた。
「ノコン。狩人だ」
マイスが少し首を傾げる。
「お前も十五なのか?」
「十五だ」
「悪い。十、十一くらいかと」
「よく言われる」
横でモーブが苦笑する。
「見た目だけですよ。弓は俺たちの中で一番すごいですから」
「余計なこと言うな」
そんな新人三人を迎えるマイスたちのパーティも、まだ結成されて一年ほど。
四人全員が揃い、つい最近ようやくパーティ名を決めたばかりだった。
「俺はギルド・マイス。今日は全体の進行と、冒険者としての心得を担当する」
マイスが隣を指す。
壁にもたれるように立っていた細身の青年が片手を上げた。
「ギルマス・セバスティン。シーフだ。俺は採取を教える」
「ギルマ……ス?」
モーブが聞き返した。
「名前だ」
「ギルドマスターじゃなくて?」
「名前だ」
マイスが疲れた声で答えた。
ギルマスが薄く笑う。
「安心しろ。お前らからは何も取らねぇよ」
新人三人が黙る。
「ギルマス」
「冗談だよ」
「次。カーバンクル」
「よろしくね」
二十歳ほどの女性が明るく笑った。
親しみやすい雰囲気。
ただし両腕には、その印象を台無しにするほど重たそうなナックルガードが装着されている。
「私は魔物討伐ね」
マホが恐る恐る、その武器を見る。
「あの……重くないんですか?」
「これ?慣れれば平気よ」
カーバンクルは軽々と片腕を上げた。
「俺は持ち上がらなかった」
マイスが言う。
「俺も」
ギルマスも続いた。
新人三人は聞かなかったことにした。
そして最後。
黒い外套をまとった、小さな少年がいた。
銀色がかった髪。
細い身体。
どう見ても教わる側にしか見えない。
「僕はルード。ルード・マイス。九歳だよ」
「九歳!?」
モーブたちの声が揃った。
ルードは楽しそうに笑う。
「僕は野盗の確認を担当するね」
「確認……?」
マホがマイスを見る。
「あー……一応言っとく」
マイスは遠い目をした。
「心配する方向は、たぶん違うぞ」
三人には意味が分からなかった。
◇
最初の研修は植物採取だった。
目的は薬草十束。
「簡単そうですね」
マホが言うと、ギルマスがしゃがみ込んだ。
「そう思うだろ?」
足元にはよく似た二種類の草が生えている。
「こっちが目的の薬草。で、こっちは腹を壊す」
「似てる……」
「依頼書に名前が書いてあるからって、その名前の物だけ見てりゃいいわけじゃねぇ」
ギルマスは周囲を指差した。
「踏み跡。折れた枝。掘り返された土。何がここを通ったか。誰かが先に来てないか。採取場所そのものが安全か。全部見ろ」
その時。
ノコンが少し離れた地面を指した。
「三人。昨日か一昨日」
ギルマスの目が細くなる。
「分かるのか?」
「靴跡が三種類。こっちは深いから荷物持ち。向こうへ行ってる」
ギルマスが初めて、少し感心した顔をした。
「へぇ」
ノコンは弓を背負い直す。
「狩人だからな」
「その腕で新人か?」
「登録したのが最近なだけだ」
「なるほど」
ギルマスは立ち上がった。
「じゃあ追加だ。薬草を採りながら、この辺りを通った連中が何をしていたか考えてみろ」
ノコンが頷く。
モーブが小声でマホに言った。
「ちゃんと教えてくれるんだな」
「私も少し意外だった」
少し前を歩いていたギルマスが振り返る。
「聞こえてるぞ」
二人は黙った。
◇
次は魔物討伐。
街道から少し外れた森で、低級の魔物が数体確認されていた。
「まず大事なのは、相手を見ること」
カーバンクルが新人三人に説明する。
さっきまでと変わらない、穏やかな声だった。
「数、動き、逃げ道。自分たちが有利なのか不利なのか。戦わなくていいなら、戦わないのも大事だからね」
「はい!」
モーブが剣を構える。
「じゃあ、一体だけ私がやってみるから見てて」
魔物が茂みから飛び出した。
カーバンクルが一歩踏み込む。
ドゴンッ!!
地面が震えた。
魔物は消えた。
正確には、かなり遠くまで吹き飛んでいた。
「「「……」」」
カーバンクルが振り返る。
「こんな感じね」
モーブが正直に答えた。
「何も見えませんでした」
「え?」
「カーバンクル」
後ろからマイスの声がした。
「新人研修だぞ」
「ちゃんと手加減したよ?」
「そういう問題じゃねぇ」
ギルマスが吹き出した。
「笑ってんじゃねぇよ」
結局、残った魔物は新人三人が担当することになった。
モーブが前に出て魔物の動きを止める。
マホが魔法で牽制し、ノコンが弓を引いた。
放たれた矢は、走る魔物の急所を正確に射抜いた。
一発。
カーバンクルが目を丸くする。
「すごいじゃない」
「どうも……」
二発目。
木々の隙間を抜け、別の魔物へ命中。
ギルマスが腕を組む。
「ノコンって名前なのにな」
ノコンが振り向いた。
「何か言ったか?」
「何も」
三発目も外れなかった。
◇
午後。
マイスは三人を街道脇に座らせた。
「ここまでで何か気づいたことは?」
「情報を見ること」
ノコンが答える。
「自分の力だけで判断しないこと」
マホが続く。
モーブは少し考えた。
「戦えるからって、戦う必要はない……ですか?」
マイスが頷いた。
「そうだ」
そして三人を見る。
「冒険者になったばかりの頃は、強い奴ほど偉く見える。強い魔物を倒して、難しい依頼をこなして、名前を売る。それも間違いじゃねぇ」
少し間を置く。
「でも死んだら終わりだ。仲間を死なせても終わりだ」
三人は黙って聞いていた。
「逃げてもいい。依頼を諦めてもいい。判断を間違えたと思ったら引き返せ。最後に全員で帰ってこい」
モーブが小さく頷いた。
「はい」
「よし。じゃあ最後だ」
マイスが立ち上がる。
「この先に、野盗が出るって話がある。討伐依頼じゃねぇ。いるかどうか確認して、ギルドへ報告する。それだけだ」
「それを僕が教えるよ」
ルードが嬉しそうに前へ出た。
マイスがすぐに付け加える。
「確認だけだからな」
「分かってるよ」
「見つけても手を出すな」
「分かってるって」
「絶対だぞ」
「兄貴、僕のこと信用してない?」
「してるから言ってんだよ」
新人三人は顔を見合わせた。
◇
野盗は、いた。
街道から外れた森の奥。
ルードは身を伏せ、三人にも姿勢を低くするよう合図した。
さっきまでの子どもっぽい表情が消えている。
「七人」
小さな声。
ノコンが目を凝らす。
「……六人しか見えない」
「奥に一人いるよ。木の陰」
しばらくして、確かに男が姿を見せた。
ノコンの眉が動く。
「よく分かったな」
「魔力の動きが少し違ったから」
マホが驚く。
「そんなの分かるの?」
「慣れればね」
ルードは野盗たちを観察する。
「弓が二人。剣が三人。あとは短剣。一人は たぶん魔法も使えるかな」
「そこまで……」
「大事なのはね」
ルードが三人を見る。
「見つけたからって、すぐ敵だって決めないこと。武器を持ってるだけなら冒険者かもしれないし、旅人かもしれない」
モーブが頷く。
意外だった。
十二歳なのに、教えている内容は冷静で的確だ。
「じゃあ、どうやって野盗だって判断するんだ?」
モーブが尋ねた、その時。
森の向こうから声が聞こえた。
「次の馬車、夕方には通るはずだ」
「荷物だけ奪え。抵抗したら殺せ」
ルードがにこっと笑った。
「はい。野盗確定」
笑顔のまま、黒い魔力が指先に集まり始める。
「待て」
マイスがルードの肩を掴んだ。
「何?」
「確認だけだ」
「でも野盗だよ?」
「確認した。帰るぞ」
「えー」
「えー、じゃない」
「今なら全員やれるよ?」
新人三人の背筋に冷たいものが走った。
マイスが低い声で言う。
「ルード」
「はーい」
黒い魔力が消える。
モーブは思った。
やっぱり心配する方向が逆だった。
◇
帰路。
研修は予定通り終了――するはずだった。
「待て」
ギルマスが突然足を止めた。
「どうした?」
「後ろ」
ノコンもすぐに振り返った。
「……追ってきてる」
先ほどの野盗たちだった。
こちらに気づいていたらしい。
「七人。どうする?」
モーブが剣へ手を伸ばす。
マイスは即答した。
「新人三人を前へ。街道まで戻る。戦う必要はない」
「でも――」
「今日教えただろ」
モーブの手が止まる。
「戦えることと、戦うことは別だ」
「……はい」
「よし。行け」
三人が走り出す。
その後ろで。
ギルマスが呟いた。
「じゃ、俺ちょっと減らしてくるわ」
「待て」
消えた。
「おい!」
森の奥から声。
「知らねぇ方が幸せだったな」
何かが倒れる音。
反対側では、カーバンクルが巨大なナックルガードを打ち合わせる。
ガンッ!
「あ゛? 追いかけてきたってことは、死にてぇんだよな?」
「カーバンクル!お前まで行くな!」
「だって向こうから来るよ?」
「来させるな!」
「無理じゃない?」
その隣。
ルードが嬉しそうに振り返った。
「あはは、まだ命があるよ?」
「お前は何もするな!」
「僕だけ?」
「特にお前だ!」
新人三人は走りながら思った。
今日の研修で一番大変なのは、自分たちではないらしい。
◇
夕方。
全員、無事にギルドへ帰還した。
新人三人に怪我はない。
採取、魔物討伐、危険区域での確認、帰還判断。
研修項目はすべて終了。
マイスが三人を前にして腕を組んだ。
「で。どうだった?」
モーブが答える。
「……参考になりました」
「なんで間があった」
マホがおそるおそる聞く。
「あの普……通の冒険者って、皆さんみたいな感じなんですか?」
「違う」
マイスが即答した。
ノコンが首を傾げる。
「じゃあ、なんで俺たちの研修担当なんだ?」
「俺が……聞きてぇよ」
ギルマスが笑う。
カーバンクルも楽しそうだった。
ルードはマイスの袖を引く。
「兄貴、ちゃんと研修できたね」
「お前は途中で野盗を消そうとしただろ」
「消してないよ?」
「そういう問題じゃねぇ」
モーブがふと尋ねた。
「そういえば、皆さんのパーティ名って何なんですか?」
四人が一瞬黙った。
マイスが少しだけ言いにくそうに答える。
「《……迷い家》だ」
「迷い家?」
「最近決めたんだよ」
ルードが嬉しそうに言った。
「余計なこと言うな」
「兄貴、まだ恥ずかしいの?」
「うるせぇ」
ギルマスが肩をすくめる。
「行くところがなくなった奴とか、道を外れた奴とか。気づいたら集まってたからな」
「兄貴が拾ってくるんだよ」
「お前が一番最初だろうが」
「僕は拾われてないよ」
「拾ったよ」
「違うよ」
ルードはマイスの袖を掴んだまま笑った。
「家族になったんだよ」
マイスが黙る。
カーバンクルが笑い、ギルマスは面白そうに二人を見る。
「ったく……」
マイスはルードの頭を乱暴に撫でた。
モーブはその光景を見ていた。
《迷い家》。
変わった名前だと思った。
けれど。
なぜだか、その名前を忘れることはないような気がした。
◇
「やっぱり、あの人たちに任せて正解でしたね」
ギルドの受付で、一人の青年が提出された報告書に目を通していた。
新人三名。
モーブ、マホ、ノコン。
全員、怪我なし。
予定されていた初期研修も、すべて完了。
青年は満足そうに頷く。
「これなら問題ありませんね」
依頼達成の欄に、さらさらと名前を書き記した。
――アルル。
書類を綴じ、棚へ収める。
「はぁ…………今回は被害もなかったようで」
その時だった。
外から女性の声が響いた。
「あ゛――! 待てっつってんだろうが!」
ドゴンッ!!
地面を伝って振動が届く。
アルルの手が止まった。
続いて、もう一度。
ドンッ!
「…………」
窓の外を確認する。
ドゴォンッ!!
「…………」
アルルは静かにポケットへ手を入れた。
取り出したのは、いつも持ち歩いている胃薬。
慣れた手つきで一粒取り出し、口へ放り込む。
外からマイスの怒鳴り声が聞こえた。
「カーバンクル!研修はもう終わってんだぞ!」
「だから今は研修じゃねぇだろ!」
「そういう問題じゃねぇ!」
アルルは静かに目を閉じた。
机の上には、たった今綴じたばかりの依頼達成報告書。
その表紙には――
担当パーティ《迷い家》と記されていた。
◇
「それが、俺たちが受けた――最初の研修だ」
モーブの声に、遠い昔の光景が閉じる。
キミは壊れたギルドを見回した。
勝てない相手から距離を取り、仲間を逃がし、最後に全員で帰ってくる。
あの日、モーブたちがしたことは、十八年前に教わったことそのものだった。
「皆さん、昔から変わっていないんですね」
キミが言うと、マホが微笑んだ。
「そうかもしれませんね」
「変わってないのは、俺たちだけじゃない」
モーブが壁の穴を見る。
その時、ギルドの外からカーバンクルの声が響いた。
「あぁぁあ、誰だよ!こんな穴開けたのは?」
間髪入れず、マイスの怒鳴り声が返る。
「お前だよ!」
キミとアイは顔を見合わせた。
マホは苦笑し、ノコンは何事もなかったように天井を見上げている。
ただ一人、パイルだけが言葉を失っていた。
普段の母は、穏やかで優しい。
静かに笑い、誰かが困っていれば迷わず手を差し伸べる。パイルがずっと知っていたのは、そんな母だった。
けれど、ミスリルゴーレムを前にした母は違った。
敵の腕を掴み、獰猛に笑い、《狂犬》と呼ばれた本性を剥き出しにした。
そして今聞いた回想の中にも、まったく同じ母がいた。
あれは、あの日だけのことではない。
昔から、ずっと。
「お母さん、昔から……ああだったんですか?」
モーブたち三人が、揃って視線を逸らした。
「普段は優しい人だったぞ」
「普段は?」
誰も答えなかった。
この話で第一部完結となります。




