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異世界の君  作者: 戒
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9/12

閑話 新人研修の日

ルードの年齢に修正を入れています

十二歳→九歳

 ギルドの修復は、まだ終わっていなかった。


 砕けた床には新しい板が仮留めされ、カーバンクルが叩きつけられた壁には大きな穴が残っている。


 受付台も半分ほど壊れていた。


 それでもパイルは、残った部分へ書類を並べ、いつもと変わらない顔で仕事を続けている。


「パイルさん。少し休んだ方がいいんじゃないですか?」


 キミが声をかける。


「大丈夫です。これくらいなら問題ありません」


「でも、まだ何日も経っていませんよ」


「身体はどこも怪我していませんから」


 そう答えながら、パイルは書類の端を揃えた。


 視線が、一瞬だけ自分の右手へ落ちる。


 あの日。

 この手で、母の手甲を動かした。

 本来なら持ち上げることすらできないはずの重たい武器。


 その重さを消し、手甲の射出機構を動かして、ミスリルの胸へ罅を刻んだ感覚が、まだ手の中に残っている。


「怪我をしていなくても、疲れている時は休んだ方がいい」


 アイが言った。


「愛さんの言うとおりですよ」


「キミさんまで……」


 困ったように笑いながらも、パイルは仕事の手を止めなかった。


 その少し離れた場所では、モーブ、マホ、ノコンの三人が椅子に座っていた。


 あの日、ギルド内にいた冒険者たちを外へ避難させた三人。


 ゴーレムを倒したのは、カーバンクルとパイルだ。


 しかし、二人が戦える状況を作ったのは《平凡》だった。


「改めて、ありがとうございました」


 パイルが三人へ頭を下げる。


「皆さんが戻ってきてくれなかったら、私は……」


「礼ならカーバンクルさんに言ってくれ」


 モーブが答えた。


「俺は結局、間に合わなかった」


「そんなことありません」


 パイルは首を横に振る。


「皆さんがほかの冒険者を避難させてくれました。それに、私がいないことにも気づいてくれた」


「気づくのが遅かった」


「それでも、戻ろうとしてくれました」


 モーブは何も答えなかった。


 隣でマホが小さく笑う。


「モーブは昔から、こういうところがあるんです」


「うるさい」


「自分ができなかったことばかり気にする」


「だから、うるさいって」


 ノコンは二人のやり取りを気にする様子もなく、壊れた天井を見上げていた。


「でも、すごかったです」


 キミが三人を見る。


「ゴーレムには勝てないって分かったあと、すぐに皆を逃がしていましたよね」


「すごくはない」


 モーブは即座に否定した。


「勝てない相手から逃げただけだ」


「でも、戦っていた人もいました」


 キミの言葉に、モーブが僅かに目を伏せる。


 あの場には、ゴーレムへ立ち向かおうとした冒険者もいた。


 武器を構えた者。

 仲間を守ろうとした者。

 逃げることを恥だと考えた者。

 勇気がなかったわけではない。

 ただ、相手が悪すぎた。


「どうして、皆さんは戦うのをやめられたんですか?」


 パイルが尋ねた。


「冒険者なら、強い相手を倒したいと思うものではないんですか?」


「思わないわけじゃない」


 モーブは腰の剣を見る。


 ゴーレムとの戦いで、刀身には小さな亀裂が入っていた。


「でも、戦えることと、戦うことは別だ」


 アイがモーブを見る。


「誰かに教わった言葉?」


「ああ」


 モーブは頷いた。


「俺たちが冒険者になったばかりの頃、教えてくれた人たちがいた」


「どんな人たちだったんですか?」


 キミが尋ねる。


 モーブ、マホ、ノコンの三人が顔を見合わせた。


「変な人たちだった」


 ノコンが答える。


「否定はできないですね」


 マホも頷く。


「強かった。俺たちなんかより、ずっと」


 モーブの視線が、壁に残された大きな穴へ向かう。


 そこには、事件の前まで一対の手甲が保管されていた棚があった。


「カーバンクルさんも、その一人だ」


「お母さんが?」


 パイルが目を見開く。


「ああ。普段は、今と変わらず穏やかな人だった」


 モーブは一拍置いた。


「戦いさえ始まらなければな」


「ほかには、マイスさん。ギルマス・セバスティン。それからルード」


「ルードさんも?」


 パイルがさらに驚く。


 今ではギルドでも指折りの冒険者であるルードしか知らない者からすれば、意外なのかもしれない。


 だが、モーブたちにとっては違う。


 現在のルードしか知らない者からすれば、意外なのかもしれない。


 だが、モーブたちにとっては違う。


 あの頃から。

 ルードは、ルードだった。


「俺たち三人が、まだ十五だった頃だ」


 モーブは懐かしむように目を細めた。


「あの人たちから最初に教わったのは、魔物の倒し方じゃなかった」


「では、何を?」


 アイの問いに、モーブは答えた。


「生きて帰る方法だよ」



◇

 十八年前。


 まだ《平凡》という名すら持たなかった三人は、初めての新人研修の日を迎えていた。


「今日一番覚えて帰れ」


 ギルドの門を出たところで、ギルド・マイスは三人の新人を振り返った。


 マイスは大きな身体に使い込まれた防具を身に着けていた。若いはずなのに、なぜかすでに苦労人のような顔をしている。


これでもまだ二十二歳だった。


「冒険者の仕事は、依頼を受けて終わりじゃねぇ。全員で生きて帰って、報告を済ませるところまでだ」


 三人は揃って頷いた。


 今日、ギルドからギルド・マイスのパーティへ依頼されたのは、新人冒険者三名の初期研修だった。


 剣士のモーブ、十五歳。

 三人のリーダーで、真面目そうな少年だ。


「モーブです。よろしくお願いします!」


 その隣に立つのは、魔法使いの少女。


「マホです。魔法はまだ勉強中ですけど、よろしくお願いします」


 同じく十五歳。


 そして最後。

 弓を背負った小柄な少年が、軽く頭を下げた。

「ノコン。狩人だ」


 マイスが少し首を傾げる。


「お前も十五なのか?」


「十五だ」


「悪い。十、十一くらいかと」


「よく言われる」


 横でモーブが苦笑する。


「見た目だけですよ。弓は俺たちの中で一番すごいですから」


「余計なこと言うな」


 そんな新人三人を迎えるマイスたちのパーティも、まだ結成されて一年ほど。


 四人全員が揃い、つい最近ようやくパーティ名を決めたばかりだった。


「俺はギルド・マイス。今日は全体の進行と、冒険者としての心得を担当する」


 マイスが隣を指す。


 壁にもたれるように立っていた細身の青年が片手を上げた。


「ギルマス・セバスティン。シーフだ。俺は採取を教える」


「ギルマ……ス?」


 モーブが聞き返した。


「名前だ」


「ギルドマスターじゃなくて?」


「名前だ」


 マイスが疲れた声で答えた。


 ギルマスが薄く笑う。


「安心しろ。お前らからは何も取らねぇよ」


 新人三人が黙る。


「ギルマス」


「冗談だよ」


「次。カーバンクル」


「よろしくね」


 二十歳ほどの女性が明るく笑った。

 親しみやすい雰囲気。


 ただし両腕には、その印象を台無しにするほど重たそうなナックルガードが装着されている。


「私は魔物討伐ね」


 マホが恐る恐る、その武器を見る。


「あの……重くないんですか?」


「これ?慣れれば平気よ」


 カーバンクルは軽々と片腕を上げた。


「俺は持ち上がらなかった」


 マイスが言う。


「俺も」


 ギルマスも続いた。


 新人三人は聞かなかったことにした。


 そして最後。


 黒い外套をまとった、小さな少年がいた。


 銀色がかった髪。


 細い身体。


 どう見ても教わる側にしか見えない。


「僕はルード。ルード・マイス。九歳だよ」


「九歳!?」


 モーブたちの声が揃った。

 ルードは楽しそうに笑う。


「僕は野盗の確認を担当するね」


「確認……?」


 マホがマイスを見る。


「あー……一応言っとく」


 マイスは遠い目をした。


「心配する方向は、たぶん違うぞ」


 三人には意味が分からなかった。



◇


 最初の研修は植物採取だった。


 目的は薬草十束。


「簡単そうですね」


 マホが言うと、ギルマスがしゃがみ込んだ。


「そう思うだろ?」

 足元にはよく似た二種類の草が生えている。


「こっちが目的の薬草。で、こっちは腹を壊す」


「似てる……」


「依頼書に名前が書いてあるからって、その名前の物だけ見てりゃいいわけじゃねぇ」


 ギルマスは周囲を指差した。


「踏み跡。折れた枝。掘り返された土。何がここを通ったか。誰かが先に来てないか。採取場所そのものが安全か。全部見ろ」


 その時。

 

 ノコンが少し離れた地面を指した。


「三人。昨日か一昨日」


 ギルマスの目が細くなる。


「分かるのか?」


「靴跡が三種類。こっちは深いから荷物持ち。向こうへ行ってる」


 ギルマスが初めて、少し感心した顔をした。


「へぇ」


 ノコンは弓を背負い直す。


「狩人だからな」


「その腕で新人か?」


「登録したのが最近なだけだ」


「なるほど」


 ギルマスは立ち上がった。


「じゃあ追加だ。薬草を採りながら、この辺りを通った連中が何をしていたか考えてみろ」


 ノコンが頷く。


 モーブが小声でマホに言った。


「ちゃんと教えてくれるんだな」


「私も少し意外だった」


 少し前を歩いていたギルマスが振り返る。


「聞こえてるぞ」


 二人は黙った。



◇


 次は魔物討伐。


 街道から少し外れた森で、低級の魔物が数体確認されていた。


「まず大事なのは、相手を見ること」


 カーバンクルが新人三人に説明する。


 さっきまでと変わらない、穏やかな声だった。


「数、動き、逃げ道。自分たちが有利なのか不利なのか。戦わなくていいなら、戦わないのも大事だからね」


「はい!」


 モーブが剣を構える。


「じゃあ、一体だけ私がやってみるから見てて」


 魔物が茂みから飛び出した。


 カーバンクルが一歩踏み込む。

 ドゴンッ!!

 地面が震えた。

 魔物は消えた。


 正確には、かなり遠くまで吹き飛んでいた。


「「「……」」」


 カーバンクルが振り返る。


「こんな感じね」


 モーブが正直に答えた。


「何も見えませんでした」


「え?」



「カーバンクル」


 後ろからマイスの声がした。


「新人研修だぞ」


「ちゃんと手加減したよ?」


「そういう問題じゃねぇ」


 ギルマスが吹き出した。


「笑ってんじゃねぇよ」


 結局、残った魔物は新人三人が担当することになった。


 モーブが前に出て魔物の動きを止める。


 マホが魔法で牽制し、ノコンが弓を引いた。


 放たれた矢は、走る魔物の急所を正確に射抜いた。


 一発。


 カーバンクルが目を丸くする。


「すごいじゃない」


「どうも……」


 二発目。


 木々の隙間を抜け、別の魔物へ命中。


 ギルマスが腕を組む。


「ノコンって名前なのにな」


 ノコンが振り向いた。


「何か言ったか?」


「何も」


 三発目も外れなかった。



◇


午後。


マイスは三人を街道脇に座らせた。


「ここまでで何か気づいたことは?」


「情報を見ること」


 ノコンが答える。


「自分の力だけで判断しないこと」


 マホが続く。


 モーブは少し考えた。


「戦えるからって、戦う必要はない……ですか?」


 マイスが頷いた。


「そうだ」


 そして三人を見る。


「冒険者になったばかりの頃は、強い奴ほど偉く見える。強い魔物を倒して、難しい依頼をこなして、名前を売る。それも間違いじゃねぇ」


 少し間を置く。


「でも死んだら終わりだ。仲間を死なせても終わりだ」


 三人は黙って聞いていた。


「逃げてもいい。依頼を諦めてもいい。判断を間違えたと思ったら引き返せ。最後に全員で帰ってこい」


 モーブが小さく頷いた。


「はい」


「よし。じゃあ最後だ」


 マイスが立ち上がる。


「この先に、野盗が出るって話がある。討伐依頼じゃねぇ。いるかどうか確認して、ギルドへ報告する。それだけだ」


「それを僕が教えるよ」


 ルードが嬉しそうに前へ出た。


 マイスがすぐに付け加える。


「確認だけだからな」


「分かってるよ」


「見つけても手を出すな」


「分かってるって」


「絶対だぞ」


「兄貴、僕のこと信用してない?」


「してるから言ってんだよ」


 新人三人は顔を見合わせた。



◇


 野盗は、いた。


 街道から外れた森の奥。


 ルードは身を伏せ、三人にも姿勢を低くするよう合図した。


 さっきまでの子どもっぽい表情が消えている。


「七人」


 小さな声。


 ノコンが目を凝らす。


「……六人しか見えない」


「奥に一人いるよ。木の陰」


 しばらくして、確かに男が姿を見せた。


 ノコンの眉が動く。


「よく分かったな」


「魔力の動きが少し違ったから」


 マホが驚く。


「そんなの分かるの?」


「慣れればね」


 ルードは野盗たちを観察する。


「弓が二人。剣が三人。あとは短剣。一人は   たぶん魔法も使えるかな」


「そこまで……」


「大事なのはね」


 ルードが三人を見る。


「見つけたからって、すぐ敵だって決めないこと。武器を持ってるだけなら冒険者かもしれないし、旅人かもしれない」


 モーブが頷く。


 意外だった。


 十二歳なのに、教えている内容は冷静で的確だ。


「じゃあ、どうやって野盗だって判断するんだ?」


 モーブが尋ねた、その時。


 森の向こうから声が聞こえた。


「次の馬車、夕方には通るはずだ」


「荷物だけ奪え。抵抗したら殺せ」


 ルードがにこっと笑った。


「はい。野盗確定」


 笑顔のまま、黒い魔力が指先に集まり始める。


「待て」


 マイスがルードの肩を掴んだ。


「何?」


「確認だけだ」


「でも野盗だよ?」


「確認した。帰るぞ」


「えー」


「えー、じゃない」


「今なら全員やれるよ?」


 新人三人の背筋に冷たいものが走った。


 マイスが低い声で言う。


「ルード」


「はーい」


 黒い魔力が消える。


 モーブは思った。


 やっぱり心配する方向が逆だった。



◇


 帰路。


 研修は予定通り終了――するはずだった。


「待て」


 ギルマスが突然足を止めた。


「どうした?」


「後ろ」


 ノコンもすぐに振り返った。


「……追ってきてる」


 先ほどの野盗たちだった。


 こちらに気づいていたらしい。


「七人。どうする?」


 モーブが剣へ手を伸ばす。


 マイスは即答した。


「新人三人を前へ。街道まで戻る。戦う必要はない」


「でも――」


「今日教えただろ」


 モーブの手が止まる。


「戦えることと、戦うことは別だ」


「……はい」


「よし。行け」


 三人が走り出す。


 その後ろで。


 ギルマスが呟いた。


「じゃ、俺ちょっと減らしてくるわ」


「待て」


 消えた。


「おい!」


 森の奥から声。


「知らねぇ方が幸せだったな」


 何かが倒れる音。


 反対側では、カーバンクルが巨大なナックルガードを打ち合わせる。


 ガンッ!


「あ゛? 追いかけてきたってことは、死にてぇんだよな?」


「カーバンクル!お前まで行くな!」


「だって向こうから来るよ?」


「来させるな!」


「無理じゃない?」


 その隣。


 ルードが嬉しそうに振り返った。


「あはは、まだ命があるよ?」


「お前は何もするな!」


「僕だけ?」


「特にお前だ!」


 新人三人は走りながら思った。


 今日の研修で一番大変なのは、自分たちではないらしい。



◇


 夕方。


 全員、無事にギルドへ帰還した。


 新人三人に怪我はない。


 採取、魔物討伐、危険区域での確認、帰還判断。


 研修項目はすべて終了。


 マイスが三人を前にして腕を組んだ。


「で。どうだった?」


 モーブが答える。


「……参考になりました」


「なんで間があった」


 マホがおそるおそる聞く。


「あの普……通の冒険者って、皆さんみたいな感じなんですか?」


「違う」


 マイスが即答した。


 ノコンが首を傾げる。


「じゃあ、なんで俺たちの研修担当なんだ?」


「俺が……聞きてぇよ」


 ギルマスが笑う。


 カーバンクルも楽しそうだった。


 ルードはマイスの袖を引く。


「兄貴、ちゃんと研修できたね」


「お前は途中で野盗を消そうとしただろ」


「消してないよ?」


「そういう問題じゃねぇ」


 モーブがふと尋ねた。


「そういえば、皆さんのパーティ名って何なんですか?」


 四人が一瞬黙った。


 マイスが少しだけ言いにくそうに答える。


「《……迷い家》だ」


「迷い家?」


「最近決めたんだよ」


 ルードが嬉しそうに言った。


「余計なこと言うな」


「兄貴、まだ恥ずかしいの?」


「うるせぇ」


 ギルマスが肩をすくめる。


「行くところがなくなった奴とか、道を外れた奴とか。気づいたら集まってたからな」


「兄貴が拾ってくるんだよ」


「お前が一番最初だろうが」


「僕は拾われてないよ」


「拾ったよ」


「違うよ」


 ルードはマイスの袖を掴んだまま笑った。


「家族になったんだよ」


 マイスが黙る。


 カーバンクルが笑い、ギルマスは面白そうに二人を見る。


「ったく……」


 マイスはルードの頭を乱暴に撫でた。


 モーブはその光景を見ていた。


《迷い家》。


 変わった名前だと思った。


 けれど。


 なぜだか、その名前を忘れることはないような気がした。



◇


「やっぱり、あの人たちに任せて正解でしたね」


 ギルドの受付で、一人の青年が提出された報告書に目を通していた。


 新人三名。


 モーブ、マホ、ノコン。


 全員、怪我なし。


 予定されていた初期研修も、すべて完了。


 青年は満足そうに頷く。


「これなら問題ありませんね」


 依頼達成の欄に、さらさらと名前を書き記した。


――アルル。


 書類を綴じ、棚へ収める。


「はぁ…………今回は被害もなかったようで」


 その時だった。


 外から女性の声が響いた。


「あ゛――! 待てっつってんだろうが!」


 ドゴンッ!!


 地面を伝って振動が届く。


 アルルの手が止まった。


 続いて、もう一度。


 ドンッ!


「…………」


 窓の外を確認する。


 ドゴォンッ!!


「…………」


 アルルは静かにポケットへ手を入れた。


 取り出したのは、いつも持ち歩いている胃薬。


 慣れた手つきで一粒取り出し、口へ放り込む。


 外からマイスの怒鳴り声が聞こえた。


「カーバンクル!研修はもう終わってんだぞ!」


「だから今は研修じゃねぇだろ!」


「そういう問題じゃねぇ!」


 アルルは静かに目を閉じた。


 机の上には、たった今綴じたばかりの依頼達成報告書。


 その表紙には――


担当パーティ《迷い家》と記されていた。



◇

「それが、俺たちが受けた――最初の研修だ」


 モーブの声に、遠い昔の光景が閉じる。


 キミは壊れたギルドを見回した。


 勝てない相手から距離を取り、仲間を逃がし、最後に全員で帰ってくる。


 あの日、モーブたちがしたことは、十八年前に教わったことそのものだった。


「皆さん、昔から変わっていないんですね」


 キミが言うと、マホが微笑んだ。


「そうかもしれませんね」


「変わってないのは、俺たちだけじゃない」


 モーブが壁の穴を見る。


 その時、ギルドの外からカーバンクルの声が響いた。


「あぁぁあ、誰だよ!こんな穴開けたのは?」


 間髪入れず、マイスの怒鳴り声が返る。


「お前だよ!」


 キミとアイは顔を見合わせた。


 マホは苦笑し、ノコンは何事もなかったように天井を見上げている。


 ただ一人、パイルだけが言葉を失っていた。


 普段の母は、穏やかで優しい。


 静かに笑い、誰かが困っていれば迷わず手を差し伸べる。パイルがずっと知っていたのは、そんな母だった。


 けれど、ミスリルゴーレムを前にした母は違った。


 敵の腕を掴み、獰猛に笑い、《狂犬》と呼ばれた本性を剥き出しにした。


 そして今聞いた回想の中にも、まったく同じ母がいた。


 あれは、あの日だけのことではない。


 昔から、ずっと。


「お母さん、昔から……ああだったんですか?」


 モーブたち三人が、揃って視線を逸らした。


「普段は優しい人だったぞ」


「普段は?」


 誰も答えなかった。


この話で第一部完結となります。

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