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異世界の君  作者: 戒
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07話 ミスリルゴーレム編04 日常から外れる受付嬢

 ゴーレムは、動かなかった。

 胸の奥にあった禍々しい光も、消えている。


 誰も近づこうとしない。

 少し前まで歓声を上げていた冒険者たちも、倒れたミスリルの巨体を遠巻きに見ていた。


「終わった……んだよね?」


 キミが愛さんへ聞く。


「動いてはいないね」


「終わった?」


「私にも分からないことはあるよ」


「そういう時だけ便利だよね、その言葉」


「便利に使っているのは君でしょ?」


 いつものやり取りだった。

 その声を聞いて、パイルはようやく息を吐いた。


 終わった。


 少なくとも、今は。


「パイルさん!」


 崩れた入口から、モーブたちが入ってくる。


「怪我は?」


「大丈夫です」


 答えた直後、膝から力が抜けた。


「パイル!」


 カーバンクルが腕を伸ばす。

 その腕も、傷だらけだった。


「お母さんこそ、大丈夫なの?」


「これくらい、どうってことねぇよ」


「壁にめり込んでたよね?」


「ちょっと背中を打っただけだ」


「壁が割れてたけど?」


「あの壁、前から弱かったんだよ」


 パイルが壊れた壁を見る。

 カーバンクルも見る。


「…………」


「帰ったら、話があるからね」


「……はい」


 母が目を逸らした。

 その姿だけは、いつもと同じだった。



◇


 負傷者の確認。

 応急手当。

 建物の安全確認。

 倒れたゴーレム付近への立入禁止。

 その日のギルドは、夜になっても明かりが消えなかった。


 そして。

 騒ぎが少し落ち着いた頃。

 一つのことが分かった。


「いない?」


 モーブが聞き返す。


「ああ」


 ノコンが外を見回して戻ってきた。


「ゴーレムを運んできた連中が、一人もいない」


 持ち込んだ冒険者たちは、避難した者の中にいなかった。

 負傷者の中にも。

 ギルドの周囲にも。


「騒ぎの間に逃げたの?」


 マホが眉を寄せる。


「分からない」


「町の外へ出たかもしれない」


「それも確認が必要だな」


 モーブは即答しなかった。


 見ていないものを、見たことにはできない。


 分からないものを、決めつけることもできない。


 ただ。

 ゴーレムを持ち込んだ者たちは。

 誰にも何も告げず、姿を消していた。



◇


 数日後。


 ギルドの一角に、仮の執務机が置かれていた。

 本来の執務室は無事だった。

 だが、マイスはあえて壊れた広間に机を置いた。


「見てねぇと、直すところを忘れそうだからな」


 そう言っていた。

 机の向こうには、マイス。

 その隣にギルマス。

 向かいには、パイルと《平凡》の三人が座っている。

 キミと愛さんも呼ばれていた。


「もう一度、最初から確認するぞ」


 マイスが書類を広げる。


「持ち込んだ連中のカードは?」


「全員分、確認しました」


 パイルが答える。


「偽物ではありません」


「見間違いは?」


「ありません」


 即答した。

 迷いはなかった。


 あの時、自分は一人ずつ確認した。

 名前も。

 登録先も。

 カードが正規のものであることも。


「私も記録を確認しました」


 ギルマスが書類へ目を落とす。


「手続き上の不備はありません」


「じゃあ、何も問題なかったってことか?」


マイスが聞く。


「いいえ」


 ギルマスは静かに首を振った。


「カードが本物であることと、持ち主に悪意がないことは別です」


 部屋が静かになった。

 ギルドカードは信用されている。

 だから、確認する。


 本物なら、冒険者として登録されている。

 その事実は変わらない。


 それだけで、安全まで保証されるわけではなかった。


「持ち込んだ者たちの登録先へ、順に照会を出します」


 ギルマスが続ける。


「近隣のギルドにも連絡を。ただし、返答には時間がかかるでしょう」


「ゴーレムの方は?」


 モーブが聞く。


「当面、誰も近づけません」


「ミスリルだからって、解体しようとする奴が出るぞ」


 マイスが頭を掻いた。


「既に三人ほど、値段を聞きに来ています」


「早ぇよ」


「一人は欠片だけでも、と」


「追い返せ」


「追い返しました」


「さすがだな」


「当然です」


 パイルは、倒れたゴーレムを思い出した。

 空洞だった胸に現れたコア。

 討伐されたはずなのに、再び動いた身体。


 なぜ、あの場所にあったのか。

 なぜ、このギルドへ運ばれたのか。


 持ち込んだ者たちは、何を知っていたのか。

 何一つ、答えは出ていない。


「パイル」


 マイスに呼ばれ、顔を上げる。


「はい」


「お前は、よくやった」


「……私が?」


「あの場で最後まで仕事をして、冒険者を一人助けた」


「でも、ギルドをこんなことに」


「壊したのはゴーレムと、お前の母親だ」


「おい」


 離れた場所で壁を運んでいたカーバンクルが振り返る。


「聞こえてんぞ」


「聞こえるように言ったんだよ」


「あとで覚えてろ」


「直してから言え」


 いつものやり取りらしい。


 パイルだけが、いつものやり取りだと知らなかった。


「それから」


 マイスがパイルを見る。


「お前の力については、落ち着いてから調べる」


「……はい」


「今すぐ何かを決める必要はない」


 受付嬢を続けるのか。

 冒険者になるのか。

 そもそも、あの力をどう使うのか。

 パイル自身にも分からない。


 だから、その言葉に少しだけ救われた。



◇

 さらに数日後。

 ギルドは、まだ修理の途中だった。

 壁には板が打ちつけられ。

 割れた床には、近づかないよう縄が張られている。


 受付も、半分だけの仮設だった。

 それでも冒険者たちは来る。

 依頼を受けて。

 報告をして。

 食堂で酒を飲む。

 少しずつ、いつもの日常が戻ってきていた。


「おはようございます」


 パイルは受付に立つ。

 制服を整え。

 髪を整え。

 いつもの笑顔を作る。


「おはよう、パイルさん」


 キミと愛さんが入ってきた。


「今日は迷わず来られたんですね」


「もちろんです」


「途中で一回しか道を聞かなかったからね」


「一回なら迷ってないよ」


「回数の問題なの?」


 パイルは笑った。

 仕事の笑顔ではなく。


「今日は、どんな依頼にするんですか?」


「まだ決めてないです」


「君、変なのを選ばないでよ」


「選んだことある?」


「選ばなくても、変な方へ行くでしょ?」


 二人が掲示板へ向かう。

 パイルは、その背中を見送った。


 あの二人が来るまでは。

 冒険者は、受付の前を通り過ぎていく人たちだった。


 依頼を受けて。

 外へ出て。

 知らない場所を歩き。

 知らないものを見て。

 そして、帰ってくる。


 その話を聞くのが、自分の仕事だった。


「パイルさん?」


 キミが掲示板の前から手を振っている。


「この依頼、どう思います?」


「どれですか?」


 受付を出て、二人の隣へ向かう。


 近くの森での薬草採取。

 難しい依頼ではない。


「これなら、お二人でも大丈夫だと思います」


「お二人でも、って言いました?」


「言ってません♪」


「言ったよね?」


 愛さんが笑う。


「言ってたね」


 パイルも笑った。


 そして。

 依頼票の向こうにある景色を想像した。

 森の道。

 見たことのない花。

 地図にはない場所。


「……楽しそう」


 小さく漏れた声に、キミが振り返る。


「一緒に行きます?」


「え?」


「君、急に誘わないの」


 愛さんが止める。


「だって、楽しそうって」


「仕事中でしょ?」


「あ」


 パイルは依頼票を見る。

 受付を見る。

 少し考えて。


「今日は、行きません」


「今日は?」


 愛さんが聞き返す。


「はい。今日は」


 パイルは二人へ依頼票を渡した。


「気をつけて、行ってきてください」


「行ってきます」

「行ってくるね」


 二人がギルドを出ていく。

 扉が閉まるまで見送った。


 いつもの受付。

 いつもの仕事。

 いつもの一日。


 けれど。

 パイルの目に映る依頼掲示板は、もう以前 と同じものではなかった。


 そこには。

 自分の知らない日常へ続く道が、いくつも並んでいた。


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