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異世界の君  作者: 戒
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05話 ミスリルゴーレム編02 常識から外れるゴーレム

 コアのないゴーレムが、動くはずなんてない。


 だから。


 きっと、見間違いだ。

 キミがそう思った、その直後だった。

 受付にいたパイルが、小さく息を呑む。

 胸には、大きな空洞が開いている。

 そこに、コアはなかったはずだった。


 だが今は、その暗闇の奥に。

 禍々しい光を放つ、小さなコアができていた。


 淡い光が、脈を打つ。

 一度。

 二度。


 光が強くなるたび、ゴーレムの巨体が小さく震えた。

 全身を覆うミスリルが擦れ合い、低く不快な音を響かせる。


「……動いた?」


 誰かが呟いた。


 次の瞬間。

 ゴーレムの右腕が持ち上がった。

 轟音とともに、腕が振り下ろされる。

 床が砕けた。

 石片と木片が飛び散り、ギルド内に悲鳴が上がる。


「ゴーレムが動いたぞ!」


「なんでだよ! コアは抜いてあるんじゃなかったのか!」


「知るか! 逃げろ!」


 冒険者たちが一斉に出口へ殺到する。


 人波に呑まれかけたキミの腕を、愛さんが掴んだ。


「君、こっち」


「でも、パイルさんが」


「今は流れを止めないで。外に出るよ」


 愛さんはキミを引き寄せ、転びかけた冒険者の身体も支える。


「押すな! 転ぶぞ!」


 怒鳴り声が響いた。


 モーブだった。

 モーブは剣を抜いた。


 逃げるにしても、まずはゴーレムの動きを止めなければならない。


「マホ、合わせろ! ノコンは動きを見てくれ!」

「分かった!」

「任せろ!」


 モーブが駆ける。

 ゴーレムの腕が持ち上がった。


「右から来る!」


 ノコンの声に従い、モーブは踏み込む足を止めた。


 直後、巨大な腕が目の前を通過する。

 巻き起こされた風だけで、身体が押し戻された。

 まともに受ければ、剣で防いだところで身体ごと潰される。


「マホ!」


 モーブの声と同時に、マホが杖を振り上げた。

 杖先に集まった魔力が放たれ、ゴーレムの右膝へ直撃する。

 激しい光が弾けた。


 だが、巨体は揺らがない。


「駄目! 表面で弾かれた!」

「いや、十分だ!」


 モーブには見えていた。

 マホの一撃を受けた瞬間、右膝の装甲に僅かな隙間が開いた。


「ノコン! 右膝、内側の継ぎ目!」

「見えてる!」


 矢が放たれる。

 迷いのない一射。

 矢は寸分違わず装甲の隙間へ突き刺さった。


 ゴーレムの右脚が僅かに傾く。

 その一瞬を、モーブは逃さない。


「そこだ!」


 床を蹴る。

 身体を低くして懐へ潜り込み、突き立った矢と同じ一点へ剣を振り抜いた。

 三人の攻撃が、ひとつの場所へ重なる。

 甲高い音が響いた。


 手応えはあった。


 それでも。


 ミスリルの装甲には、傷ひとつついていなかった。


「……嘘だろ」


 逆に、モーブの剣には小さな亀裂が走っている。


 ゴーレムの脚が動いた。


「モーブ、下がって!」


 マホの声に、考えるより先に身体が動いた。

 モーブが後方へ跳ぶ。

 直後、ゴーレムの拳が振り下ろされた。

 床が爆ぜた。

 石片が頬を掠め、モーブの身体が衝撃で吹き飛ばされる。


「モーブ!」

「来るな!」


 床を転がりながらも、モーブは叫んだ。

 すぐに立ち上がり、剣を構える。

 腕は動く。

 骨も折れていない。

 だが、もう一度同じ攻撃を避けられる保証はない。


 モーブはゴーレムを見上げた。

 三人で弱点を探した。

 攻撃の流れを読み、最も装甲が薄くなる瞬間を狙った。

 マホが隙を作り、ノコンが正確に射抜き、そこへ自分が全力の一撃を叩き込んだ。

 それでも、傷ひとつつけられなかった。


 偶然ではない。


 狙いが悪かったわけでもない。


 自分たちの力が、足りないのだ。


「……勝てない」


 その言葉を、モーブは迷わず口にした。


「こいつは、俺たちで倒せる相手じゃない」


 悔しさはある。

 恐怖もある。


 それでも、判断を誤ってはいけない。

 勝てない敵を前にして、意地を張ることは勇気ではない。


 ここで三人が倒れれば、逃げ遅れた者たちを助ける者がいなくなる。


 何のために戦うのか。

 何を守るべきなのか。

 それを、見失ってはいけない。


「倒すのは諦める」


 モーブはギルド内を見渡した。

 出口へ殺到する者。

 倒れた椅子につまずいた者。

 何が起きたのか分からず、その場に立ち尽くしている者。

 まだ、やるべきことは残っている。


「俺たちの役目は、こいつを倒すことじゃない」


 剣を握り直し、仲間へ告げる。


「ここにいる全員を、無事に帰すことだ」


 マホとノコンが頷いた。


「マホ、出口までの道を見ろ! ノコン、ゴーレムから目を離すな!」

「分かった!」

「任せろ!」


 モーブは逃げ惑う冒険者たちへ向き直った。


「戦おうとするな! 荷物も武器も置いていけ! 全員、外へ出ろ!」

「でも、あれを放っておいたら――」

「死んだら何も守れない! 今は逃げろ!」


 迷っていた冒険者が唇を噛み、出口へ向かう。


「モーブ!」


 マホが声を上げた。


「右側は駄目! さっきの一撃で天井が崩れかけてる! 通すなら左!」


 見上げる。

 梁が折れ、天井板が傾いている。

 僅かな振動でも落ちてくる。


「聞いたな! 右へ行くな! 左から外へ出ろ!」


 その直後、ゴーレムが再び動いた。

 巨体が出口へ向きを変える。


「ノコン!」

「分かってる!」


 矢が放たれた。

 狙いはゴーレムではない。

 天井から吊り下げられていた照明の鎖。

 矢が鎖を射抜き、巨大な照明がゴーレムの前へ落下する。

 床を揺らす轟音。

 ゴーレムの足が止まった。


 ほんの僅か。

 だが、それで十分だった。


「今だ! 走れ!」


 残っていた者たちが、次々と外へ飛び出していく。


 パイルも受付を離れ、倒れた若い冒険者に肩を貸していた。


「立てますか?」


「あ、足が……」


「大丈夫です。私につかまってください」


 震える身体を支え、左側の通路へ進む。


「走らなくていいです。前だけ見て」


 出口までは、あと少し。


 その時、背後でミスリルの腕が床を叩いた。

 折れていた梁が、軋む。


「危ない!」

 パイルは若い冒険者の背を突き飛ばした。

 冒険者の身体が、出口の外へ転がる。


 直後。

 梁と天井板が崩れ落ち、二人の間を塞いだ。

 外へ転がった冒険者は、そのまま意識を失った。

 駆け寄った仲間が抱え上げ、人波の向こうへ運んでいく。


 崩落の内側にパイルが残ったことを、見ていた者はいなかった。


 土煙の中で、パイルは後ろへ下がる。

 別の出口へ回らなければならない。

 だが、振り返った先には。


 胸に禍々しい光を宿したゴーレムが立っていた。


 モーブは最後尾に立ち、一人ずつ外へ出るのを確認した。


 急かしながらも、押し合いにはさせない。

 倒れた者がいれば、自分の手で立たせた。

 泣き出した若い冒険者の背を押す。


「前だけ見ろ。外に出れば大丈夫だ」


 自分でも、大丈夫だという保証などないことは分かっている。

 それでも今は、そう言うしかなかった。

 やがて、最後の冒険者が外へ出る。

 モーブもギルドを飛び出し、すぐに振り返った。


「マホ、怪我人は?」


「歩けない人はいない。軽い怪我だけ」


「ノコン、人数を見てくれ」


 自分でも数える。

 一人。

 二人。


 見覚えのある顔を、頭の中にあるギルド内の配置と照らし合わせる。


 もう一度、数え直す。

 急いではいけない。

 思い込みで全員いると決めつければ、取り返しがつかなくなる。


「中に残っている奴はいないか!」


 返事はない。

 モーブは集まった冒険者たちの顔を、一人ずつ確認した。


 負傷者。

 新人。

 酒場にいた者。

 依頼板の前にいた者。


 違和感が消えない。

 誰かがいない。


「受付は?」


 マホの顔色が変わった。


「……パイルさんは?」


 モーブはもう一度、周囲を見渡した。

いない。


「誰か、パイルを見なかったか!」

「さっきまで受付に……」

「避難してきたのは見てないぞ」

 それだけで走り出しそうになる足を、モーブは止めた。


 焦るな。


 もう一度確認する。

 別の出口から出た可能性。

 物陰で負傷者を介抱している可能性。

 ギルドの裏手へ回った可能性。


「ノコン、裏を見てくれ!」


 ノコンが走り、すぐに戻ってくる。

「いない!」

「マホ、本当に全員か?」

「何度見ても、パイルさんだけいない」


 これで、間違いない。

 パイルはまだ中にいる。

 その事実を認めた瞬間、モーブはギルドへ向き直った。


「待って、モーブ!」

 マホが腕を掴む。

「私たちじゃ、あれには勝てない!」

「分かってる」

「戻っても、一緒に死ぬだけかもしれない!」

「それも分かってる」


 かつて、先輩冒険者たちから教わった。

 無茶をするな。

 勝てない敵とは戦うな。

 生きて帰ることを、何よりも優先しろ。

 皆を、無事に帰せ。

 その教えに従うなら、戻るべきではない。

 ここにいる者たちを、さらに遠くへ逃がすべきだ。

 それが最善だ。

 頭では、分かっている。


「でも、まだ一人残ってる」


 モーブは、マホの手を静かに外した。


「全員じゃない」


 ギルドの中では、ゴーレムが腕を振り上げていた。

 その先に、小さく蹲る人影が見える。

 パイルだ。

 間に合わないかもしれない。


 それでも、モーブは剣を握り直した。

 一歩、踏み出す。


 その横を、黒い影が駆け抜けた。

「――なっ」

 速い。

 姿を捉えた時には、既にモーブの前にいる。

 女は走りながら、僅かに顔を向けた。

「よくやった。あとは任せろよ」

 口元が、不敵に吊り上がる。

「娘は私が守るから」

 次の瞬間、女の姿が消えた。


 いや、違う。

 速すぎて、見えなかっただけだ。



 パイルは動けなかった。

 目の前には、自分を見下ろすミスリルの巨体。

 逃げなければならない。

 そう思っているのに、腰が抜けたように身体が動かない。

 ゴーレムの腕が振り下ろされる。

 目を閉じることすら、できなかった。


 そこへ、黒い影が飛び込んだ。

 轟音。

 床が大きく揺れた。

 だが、痛みはない。

 女が片腕を上げ、ゴーレムの腕を素手で受け止めていた。


 細い腕。

 その足元の床が、蜘蛛の巣のようにひび割れている。


 それでも女は、一歩も退いていない。


 見覚えのある背中だった。

 何度も見ていた。

 幼い頃から、ずっと見てきた。


「お……母さん……?」


 女……カーバンクルの口元が歪んだ。

 ゴーレムを睨み上げる。


「あ“? 娘に手ぇ出してんじゃ無ぇよ」


 ゴーレムの腕を掴んだ指先は、決して離れない。

 さらに力が込められ、ミスリルの装甲が低く軋んだ。


「殺されてぇ奴はお前か! 石ころがぁ」


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