04話 ミスリルゴーレム編01 外れていく日常
「おはようございます。今日は迷わず来られたんですね」
冒険者ギルドへ入るなり、受付のパイルさんに言われた。
「もちろんです」
僕は胸を張る。
「途中で二回、道を聞いたけどね」
隣から愛さんが付け加えた。
「それは迷ったとは言わないよ」
「じゃあ、何て言うの?」
「道を確認した」
「二回も?」
「念入りにね」
パイルさんの肩が小さく揺れた。
「……なんで笑うんですか」
「いえ、笑ってません」
「笑ってますよね?」
「笑ってません」
そう言いながら、口元を押さえている。
最近、パイルさんとの距離が少し近くなった気がする。
たぶん。
「今日は依頼ですか?」
「そのつもりです」
「でしたら、掲示板から選んでください。それと……」
パイルさんが僕と愛さんを順番に見た。
「今日は変なものを持ち込まないでくださいね」
「持ち込みませんよ」
「本当ですか?」
「僕たち、そんなに信用ないです?」
「昨日のことを忘れたんですか?」
「……何かありましたっけ」
「君、それは言わない方がいいと思うよ」
愛さんに止められた。
パイルさんが小さく息を吐く。
「今日はギルドマスターと副ギルドマスターが、二人とも不在なんです」
「マイスさんとギルマスさん?」
「はい。他の街のギルドに呼ばれています」
「なるほど」
僕は頷いた。
「つまり、変なのを持ってきても相談する人がいないと」
「持ってこないでくださいと言ってるんです」
◇
僕と愛さんは掲示板の前に立った。
何枚もの依頼書が並んでいる。
この世界の文字も、最初に比べればずいぶん読めるようになった。
「薬草採取」
「うん」
「荷物運び」
「うん」
「迷子捜索」
「それはやめよう」
「なんで?」
「捜す側が増えるから」
「僕だって、人を捜すくらいできますよ」
「その前に、君を捜す人が必要になるでしょ?」
否定しきれないのが悔しい。
もう少し普通の依頼はないものか、掲示板を眺めていると、後ろから声がした。
「お前……」
「ん?」
振り返る。
剣を下げた男。
杖を持った女性。
弓を背負った男。
「あ」
見覚えがある。
「遺跡の時の」
三人も僕を覚えていたらしい。
剣の男が苦笑する。
「あの時は大変だったぞ」
「すみません」
「気がついたら、いなくなってるんだからな」
「僕も気がついたら、いなかったんです」
「それが一番困るんだよ」
隣で愛さんが笑っている。
そういえば、あの時はまともに話す余裕もなかった。
「僕はキミです」
自分で言っておいて、やっぱり少し変な気分になる。
「こっちは愛さん」
「アイです」
愛さんが軽く頭を下げた。
剣の男も頷く。
「モーブだ」
次に、杖の女性。
「マホだよ」
最後に弓の男が、短く名乗った。
「ノコン」
「三人で組んでるんですか?」
「ああ」
「パーティ名とかあるんです?」
三人が黙った。
一拍。
なぜだろう。
聞いてはいけないことを聞いた気がする。
「……《平凡》だ」
モーブさんが答えた。
「平凡?」
「悪いか」
「いや、覚えやすくていいと思います」
「絶対、別のこと考えてるだろ」
「考えてませんよ」
「君、顔に出るからね」
「愛さんまで」
マホさんが小さく笑った。
「そっちは依頼か?」
「今から探すところです。皆さんは?」
「俺たちは少し遠いところまで行ってくる」
「遠い?」
「順調なら今日中。普通なら一泊ってところだな」
「野宿ですか」
「ああ」
モーブさんが荷物を軽く叩いた。
野営の準備もしてあるらしい。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
三人がギルドを出ていく。
扉が閉まるまで見送ってから、僕は掲示板へ向き直った。
「僕たちも、野宿するような依頼をやってみる?」
「まずは町の中で迷わなくなってからにしようね」
「そこまで信用ない?」
「自覚なかったの?」
ひどい。
◇
掲示板から目を離した時、壁に飾られた武器が目に入った。
剣。
槍。
弓。
古そうな盾。
どれも、今使われているものとは少し形が違う。
その中に、妙に目を引くものがあった。
重たそうな手甲。
一つではない。
左右一組。
それぞれの手甲には、牙のようなものが左右に一本ずつ付いている。
両方で四本。
どう見ても、普通の手甲ではない。
「愛さん」
「なに?」
「あれって……」
「うん。たぶんだけど、射出するね」
「やっぱり?」
形を見ていると、そんな気がする。
「ほう」
後ろから声がした。
振り返ると、年配の冒険者が立っている。
「兄ちゃんたち、そいつが気になるのか?」
「ちょっと」
「変わった形ですよね」
愛さんが言う。
年配の冒険者は、懐かしそうに手甲を見上げた。
「昔、それを使ってた冒険者がいたんだよ」
「これを?」
「ああ」
僕も手甲を見上げる。
どう考えても重そうだ。
「持てるんですか?」
「普通は無理だな」
「ですよね」
「だが、そいつは振り回してた」
「……すごいですね」
「すごいっていうか……」
年配の冒険者が苦笑する。
「《狂犬》って呼ばれてた」
「狂犬?」
「二つ名みたいなもんだ。戦いになると手がつけられなくてな」
ずいぶん物騒な名前だった。
「その人、今は?」
「さあな」
年配の冒険者は肩をすくめる。
「昔の話だ」
それだけ言うと、食堂の方へ歩いていった。
僕はもう一度、壁の手甲を見た。
「狂犬かぁ」
「気になる?」
「どんな人だったのかなって」
「少なくとも、あれを持って暴れられる人だね」
「会ったら怖そう」
「そうだね」
僕と愛さんは顔を見合わせた。
そして、近場で終わる簡単な依頼を選んだ。
◇
依頼は、何事もなく終わった。
あまりにも何も起きなくて、本当に僕たちの依頼だったのか不安になるほどだった。
「ただいま戻りました」
「お疲れさまでした」
パイルさんに報告を済ませる。
そこで、食堂に見覚えのある三人がいることに気づいた。
「あれ?」
モーブさん。
マホさん。
ノコンさん。
《平凡》の三人だ。
「もう戻ってきたんですか?」
「ああ」
モーブさんが答える。
「思っていたより早く終わってな」
「野宿は?」
「必要なかった」
「運がよかったね」
愛さんが言う。
「まあな」
モーブさんは、それ以上気にしていないようだった。
マホさんも、ノコンさんも同じだ。
予定より順調に終わった。
ただ、それだけ。
僕もそう思った。
その時だった。
ギルドの入口が騒がしくなった。
「おい! 誰か手ぇ貸してくれ! こいつを中に入れるぞ!」
大きな声とともに、数人の冒険者が入ってくる。
この街では見たことのない顔だった。
「何ですか?」
パイルさんが受付から出てくる。
「遺跡で見つけたんだ。近場のギルドに持ってけって話になってな」
外にも、まだ何人かいる。
大きな荷車を囲み、何人もの冒険者が押していた。
「先にギルドカードを確認します。皆さん、こちらへお願いします」
「全員か?」
「全員です」
パイルさんが、きっぱりと言った。
他の受付嬢たちも集まってくる。
人数が多い。
一人ずつ確認するだけでも大変そうだ。
「パイルさん、忙しそうだね」
「僕たちが変なのを持ってきたわけじゃないですよ」
「今日は、ね」
「今日はって」
そんな話をしている間にも、荷車がギルドの中へ入ってくる。
その上に載せられたものを見て、僕は足を止めた。
「……愛さん」
「うん」
人の形をしている。
けれど、人ではない。
人型の巨体が、荷車の上で膝を抱えるように座っていた。
頭を深く垂れ、太い両腕を膝の前に回している。
人間より、一回り以上大きい。
分厚い胸。
張り出した肩。
太い腕と脚。
頭部は、兜を被ったような形をしている。
重厚なフルプレートアーマーを着た騎士が、そのまま巨大になったようだった。
けれど、鎧の中に人が入っているわけではない。
鎧のように見えるもの自体が、身体なのだ。
ところどころ傷つき、土に汚れている。
それでも、金属の表面には独特の光沢が残っていた。
俯いた姿は、眠っているようにも見える。
「ゴーレム?」
「たぶん」
愛さんが答える。
周りには、いつの間にか冒険者たちが集まっていた。
「これ……ミスリルじゃないか?」
誰かが言った。
ざわめきが広がる。
「全部ミスリルか?」
「とんでもない値段になるぞ」
受付では、まだカードの確認が続いている。
「次の方、お願いします」
「俺だ」
「カードを確認します」
パイルさんたちは、持ち込んだ冒険者を一人ずつ確認していく。
誰かを特別に疑っている様子はない。
運び込まれたものと、持ち込んだ者たちを確認しているだけだ。
いつもの手続きなのだろう。
「こいつ、動くのか?」
集まった冒険者の一人が聞いた。
「いや。こいつ、コアがないんだよ」
持ち込んだ冒険者が、ゴーレムの胸元を示す。
分厚い胸部装甲の中央。
そこには、大きな空洞があった。
「見つけた時から、この状態だ。コアがなきゃ動かねぇだろ」
周囲から、納得したような声が漏れる。
動かない。
コアもない。
ただし、全身がミスリルでできている。
だから価値がある。
それで、遺跡から近いこのギルドへ運んできたらしい。
「それにしても……」
僕はゴーレムを見上げた。
「大きいね」
「うん」
愛さんも見上げている。
膝を抱え、頭を垂れたまま動かない。
胸には、コアすらない。
ただの金属の塊。
そう思った。
その時。
胸の奥で。
ほんの一瞬。
何かが、淡く光った気がした。
「……ん?」
「どうしたの?」
「今、光らなかった?」
愛さんも、ゴーレムの胸を見る。
「……何も見えないけど」
「だよね」
もう一度見る。
胸の奥は暗い。
何もない。
コアすらないのだから。
「見間違いかな」
「かもしれないね」
「そっか」
僕は、それ以上気にしなかった。
受付では、まだ冒険者たちのカードを確認する声が聞こえている。
目の前では、ゴーレムが眠るように膝を抱えている。
コアのないゴーレムが、動くはずなんてない。
だから。
きっと、見間違いだ。




