黒炎と白翼
周囲に漂う焦げた臭いが鼻を掠める。
エリックが炎の斧を振り下ろすたび、黒い火が地面を舐めるように燃え広がっていた。
「理解できないことで、これ以上揉めるのは意味のない話と思わないか?」
イオランは素直に頷けない。
もう少し。
もう少しで来る。
頭の隅には援軍のことがあった。
このくだらない会話でも、時間を稼げるなら十分意味がある。
「そうだな。お嬢ちゃんには手を出さないで、俺とサシでやるのもありなんじゃないか?」
そう言いながら、イオランは長い槍を土から作り上げていく。
「そこの人形には手を出さないってことか?」
イオランはルミエルを見る。
小刻みに震える手。
地面に縫い付けられたように動かない足。
荒い呼吸。
……今日、この場で変わるのは無理か。
「そうだね。見ていて貰おうか」
その返事に、ルミエルの目が見開いた。
胸の奥が痛む。
足手纏い。
遠回しに、そう言われた気がした。
「イオラン……私もできる……」
絞り出すような声だった。
エリックはその言葉を聞くと、高笑いした。
「ははは! お前、面白いな! 何も出来ないでさっきから助けられてばかりなのにな!」
ルミエルは視線を落とす。
反論できない。
事実だった。
戦うと言った。
守ると言った。
それなのに、足は一歩も動かない。
「そこで大人しく見てていい。」
イオランは突き放すように言い放った。
ルミエルの肩が小さく震える。
「そんなに俺とヤリたいなら、代わりに稽古でもつけよう。あの二人でも出来た稽古だ。」
エリックは穢魔で作った斧を消した。
次の瞬間。
地面が弾ける。
一瞬で間合いが消えた。
「人形の才能でも見せてもらおう」
槍を構えたイオランが、ルミエルの前へ立つ。
そして、そのまま大きく槍を振り抜いた。
パチン!
乾いた音が響く。
エリックは片手。
右手だけで槍を掴んでいた。
ピキ……
ピキピキ……
掴まれた場所から、小さな亀裂が無数に走る。
「お前も訓練必要なんじゃないか?」
エリックは笑いながら握る力を強める。
イオランも槍を引こうと力を込めた。
だが、動かない。
まるで地面に固定されたようだった。
「必要ないですよ。俺は魔法と頭が得意なので」
その瞬間。
イオランの足元から土のトゲが無数に飛び出す。
エリックは反応する。
後ろへ飛び退く。
鋭い土の先端が頬を掠めた。
赤い線が走る。
一滴、血が落ちた。
「そのようだな。魔法の速さも威力も悪くない」
エリックは余裕を崩さない。
赤い炎が右手を覆う。
触れた土がジュッと音を立てて溶けた。
そして。
一瞬で距離を詰める。
エリックの手が、イオランの首を鷲掴みにした。
「熱くないだろ?」
エリックの手に炎で覆われているが
イオランの首は火傷一つついていなかった
「優しいところあるんだな」
殺されるかもしれない状況で、イオランは相変わらず態度を変えない。
「そうだろ?俺は優しいんだ。」
エリックはイオランを投げ飛ばす
イオランの身体は転がり土煙を上げていく
「次はお前の訓練だ」
エリックは拳を握り振り落とす
ルミエルは咄嗟に光の壁を張り防ぐ
「さっきら、防御ばかりだがそれしかできないのか?」
ルミエルは小さい声で呟く
「で、できる…」
「そうだよな?お前は、穢魔を使えるんだ。攻撃魔法で一番高い殺傷力がある。」
エリックは再び黒い火を使う
「コレを相殺してみろ。お前の持つ穢魔で」
ゆるゆると黒い炎が揺らめく
ルミエルは一歩、一歩と後ろに下がる
目の前にいる、圧倒的悪意に声がでない
「コレをどうにかしと、お前は死ぬだろな」
エリックは試すよに言い放つ
周りを見ても、イオランは直ぐに庇える距離にいなく
自分でなんとかしないといけない状況
ルミエルは透明なバリアを貼るのが精一杯だ
エリックは手の平から黒く、紫かかった火を飛ばす。
バリアごと壊す勢いで穢魔に注ぐ魔力を増やす
バリアと穢魔が衝突する
熱風が周り吹き当たる
熱が皮膚に刺さると柔らかい皮膚がピリピリと焼いていく
「それで、防ぎきれないだろ?」
更に強くなっていく。
バリアに蜘蛛の巣があるようにヒビ生える
「お願い…もって…」
ルミエルは呟くが、威力は落ちるどころか更に熱くなっていく
やっぱり役立たずなんだ
来たのが…間違えで…
ここで死ぬんだ…
意思が揺れるとバリアのヒビの入りが加速する
「限界?次の当主候補はこんな物なんだ!ルベルのやつも大したことないな!」
エリックが笑い出す
「普通は奴隷なんて迎え入れないだろ。役立たずだ、直ぐに捨てようと思ったんだろ」
ルミエルの瞳が揺れる
唇を噛み締める
「そんなことしない…」
エリックは火玉がほんの少し勢いがなくなる
ルミエルがギリギリ耐えれる、勢いまで威力が下がる
「そうだろう。そう考えてるんだよ。ここに来て、何も出来ないで突っ立てるやつなんていらないだろ」
そうだ…一人で勝手して…
イオランの足引っ張って…
「役に立たない奴は皆、処分されただろ」
ルミエルの脳裏に首を切り落とされる、奴隷達を思い出す
役立たずは死ぬ。
どうにかしないと。
役に立たないと。
「役に立たないから、お前は死ぬ。弱いから死ぬんだよ」
エリックの攻撃の勢いが戻る。
バリアのヒビが全体を覆いかける。
役に立たないと。
違う。
役に立つとか、立たないとかじゃない。
──そんな基準で生きてるんじゃない。
金色の瞳が、わずかに揺れた。
ルミエルは一度目を閉じる。
そして、見開いた瞬間。
背中から白い羽が広がった。
その羽は先へ行くほど、黄金から橙へと変わっていく。
まるで、燃える太陽のように。
同時に、バリアの色も変わった。
淡い橙の光。
穢魔が触れた瞬間、炎が溶けるように消えていく。
エリックの表情が曇る。
「その姿……なんて忌々しい」
顔が赤くなり、血管が浮かび上がる。
「姿とか……関係ない。今ここで……強くならないと」
ルミエルは右手をエリックへ向ける。
背後に、橙と黄色の光が混ざった弓が無数に生成されていく。
「こんなに出せるとはな。魔法の才能は本物だ」
エリックも穢魔で火球を作り出す。
「速さと威力、比べてみるか?」
同時に放たれる。
ルミエルの矢は火球を貫き、次々と破裂させた。
「ほう……聖炎か? それでこの威力か」
エリックは冷静に分析する。
ルミエルはさらに黒い矢を生み出した。
「あなたは……こっちの方が好きでしょ」
放たれた黒い矢は地面を焼き、タールのように広がっていく。
中心の矢は消えない。
エリックの目が輝いた。
「素晴らしいな。やはりお前は、私のものになるべきだ」
ルミエルの瞳が鋭く光る。
「私は……物じゃない」
「いや、お前は“所有物”だ」
エリックは一気に距離を詰める。
「近距離戦はどうだ?」
ルミエルの羽が大きく広がる。
視界が変わる。
動きが見える。
考えるより先に身体が動いた。
後方へ跳ぶ。
「速度は上がったな。だが、力はまだ甘い」
エリックは追撃する。
エリックは無駄のない動きでルミエルを殴りつける。
聖炎で作られたバリアが拳を受け止める。
「流石だな。支援系はそっちの方が得意か」
エリックの攻撃は止まらない。
拳に穢魔を纏わせる。
次の瞬間。
バリアを貫通し、ルミエルの腹部に一撃が入った。
「っ……!」
ルミエルの身体が後方へ吹き飛ぶ。
腹部から穢魔が侵食するように広がり、内側から焼こうとする。
木に叩きつけられ、息が詰まる。
ルミエルは腹に手を当て、聖炎で侵食を抑え込む。
「やはり接近戦は弱いな」
エリックは壊れた玩具を見るように呟いた。
「そろそろ終わりにしようか。お前は、俺のものだ」
右足が持ち上がる。
踏みつけるために。
ルミエルは目を閉じる。
──来る。
そう思った瞬間。
しかし、一向に痛みは来なかった。
代わりに、暖かく、どこか聞き慣れた声が上から落ちてくる。
「大丈夫か?」
ゆっくりと目を開ける。
そこにいたのは、ルベルだった。
エリックの踏みつけようとした足を、片手で掴んでいる。
「ル、ルベル……」
ルミエルの声がかすれる。
ルベルは視線だけを彼女に向ける。
「遅くなったな」
その一言だけで、空気が変わる。
エリックの笑みが、わずかに消えた。




