表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷だった少女は悪魔に飼われる 〜居場所のなかった少女は、悪魔に溺愛されていく〜  作者: アグ
双子の過去

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/89

生きる術

屋敷から離れた場所――

山を抜けた先に、草原が広がっていた。


やわらかな風が吹き、草が静かに揺れる。

光が、きらきらと瞬く。


その中で。


ルミエルだけが、震えていた。


イオランは草の上に腰を下ろし、

その小さな身体を膝の上に乗せたまま、空を見ている。


「……帰る?」


穏やかな声。


ルミエルは首を振る。


「帰らない……」


かすれた声。

震えは、まだ止まらない。


「そう」


それ以上は何も言わない。


少しの間、風だけが通り過ぎる。


やがて。


「人に向けるの、怖かった?」


静かな問い。


ルミエルの肩が小さく揺れる。


「……怖い、じゃ……」


言葉が途切れる。


視線が、自分の手に落ちる。


「……当たってたら、って……」


かすかな声。


「イオランが……傷ついてたらって……」


指先が震える。


「私……ちゃんと見てなくて……」


呼吸が乱れる。


「分からないまま……やって……」


そこで。


イオランは、ゆっくりと視線を落とす。


「分からなかったか」


責めるでもなく、納得するでもなく。


ただ、事実として受け取る声。


ルミエルの息が止まる。


イオランは自分の腕を軽く持ち上げる。


「当たってない」


短く、それだけ言う。


間。


「見てなかったなら、分からないよな」


淡々と続ける。


「当たるかどうかも、その後どうなるかも」


風が、草を揺らす。


「分からないままやれば、怖くなる」


それもまた、当たり前のことのように。


ルミエルの指が、強く握られる。


「次は」


イオランは少しだけ首を傾ける。


「見てやればいい」


命令でも、励ましでもない。


ただの選択肢みたいに。


「当たるかどうか、自分で分かるくらいに」


ルミエルは黙ったまま、自分の手を見る。


イオランはまた空へ視線を戻す。


「それでも分からなければ」


一拍置いて。


「その時に考えればいい」


突き放しているのに、冷たくはない声。


ルミエルの震えは、まだ止まらない。


それでも――


さっきより、少しだけ。


手の力が変わっていた。


草原に寝そべるイオラン。


ルミエルの手の震えも、少しずつ治まっていく。


青白かった顔にも、わずかに血色が戻り始めていた。


ルミエルは安心したように、そっとイオランの顔を覗き込む。


「もう、大丈夫……行こう……」


助けないと。


その気持ちだけが先走る。


だが、イオランは空を見上げたまま、ため息混じりに口を開いた。


「嬢ちゃん。どんなに急いでも、ここから屋敷まで二日はかかる。」


ゆっくりと視線だけを向ける。


「若様なら転移魔法で一瞬だけどな。」


イオランは身一つで飛び出してきた。


荷物も、金も、食料もない。


当然――ルミエルも同じだった。


「明日……いや、今日の夜飯にありつけるかすら分からない。」


その言葉で、ルミエルも自分達が何も持っていない事を思い出す。


けれど。


ルミエルは小さく首を振った。


「……大丈夫。一週間くらい……食べなくても、平気……」


イオランは数秒黙る。


それから、呆れたように笑った。


「初めてだよ。嬢ちゃんを凄いと思ったの。」


その声音には、皮肉半分。


けれど、もう半分は本気だった。


イオランは思い出す。


痩せ細って、感情も薄く、怯える事しか出来なかった少女。


“奴隷”として扱われていた頃の、ルミエルを。


……なのに。


今のルミエルは、自分より先に他人を助けようとしている。


自分が倒れそうになりながら。


イオランは片腕で目元を隠す。


「若様が拾いたくなる訳だ……」


ぽつりと漏れた声は、風に溶けていった。



とはいえ、ここでじっとしていても始まらない。


イオランはゆっくりと立ち上がる。


ズボンについた土と草を、ぱっぱっと手で払った。


「課外授業でもしながら行くか。」


ルミエルは不思議そうに首を傾げる。


「……課外授業?」


イオランは草原の先へ向かって歩き出した。


「そうだ。生きる術を身につける。」


ルミエルは黙って、その背を追いかける。


イオランはちらりと後ろを見た。


年齢よりも小柄な身体。


細い腕。


痩せた肩。


――いっそ。


野生で生きていた方が、まだマシだったのかもしれない。


少なくとも。


耐える以外の術を、覚えられただろうから。


草原にあるのは、どこまでも続く草と風だけだった。


木の実も、川もない。


あるのは、時折現れる魔獣くらい。


小動物はいるが、簡単に捕まえられるほど甘くはない。


イオランは空を見上げる。


旋回する鳥を指差した。


「いいか? 俺たちは金もない。」


視線を前に戻す。


「しかも、この先に町があるかも分からない状態だ。ここまでは分かる?」


ルミエルは素直に頷く。


「……わかる。」


「ならまず、自分達が何を持ってるか把握する。」


イオランは片手を軽く上げる。


地面が盛り上がり、小さな土壁が出来上がった。


「俺は土属性持ちだ。簡単な家くらいなら作れる。」


土壁を軽く叩く。


「あとは闇属性。攻撃ぐらいなら出来る。」


そして、イオランはルミエルを見る。


「お嬢ちゃんは、水、風、光、闇――だったな?」


ルミエルはゆっくり歩きながら、イオランの隣につく。


「……そうだよ……」


イオランは足を止めた。


つられるように、ルミエルの足も止まる。


「それなら水の心配はない。嬢ちゃんが生み出せるからな。」


イオランは、先程から空を旋回していた鳥へ視線を向ける。


「――あとは食料だ。」


伸ばした手に、黒い球体が集まっていく。


次の瞬間。


黒玉が二、三発、空へ放たれた。


一発目は鋭く避けられる。


だが、続く二発目と三発目が鳥を撃ち抜いた。


鳥は羽を散らしながら、力を失って落下する。


イオランはその方向へ歩き出した。


「これで今日の夕飯は確保できた。」


ルミエルは、動かなくなった鳥を見つめる。


眉が下がった。


胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


イオランは振り返らない。


それでも、ルミエルが何を思ったのか理解していた。


「嬢ちゃんだって鳥は食べてる。」


淡々とした声。


「調理されてるか、されてないかの違いでしかない。」


イオランは地面へ手を伸ばす。


土が形を変え、鋭いナイフへと変化していく。


迷いなく、鳥の首を落とした。


赤い血が草へ染み込む。


「こうやって血抜きして、皮を剥いで、内臓を取る。」


イオランは手を止めない。


「そうしないと食えないからな。」


ルミエルは目を逸らさなかった。


黙って、その光景を見つめ続ける。


脳裏に浮かぶのは――死んでいった奴隷の子供達。


動かなくなった小さな身体が、鳥と重なった。


イオランは鳥を手際よく捌きながら口を開く。


「そう考えると、嬢ちゃんの属性はかなり当たりだよ。」


ルミエルは首を傾げた。


「……どういうこと?」


イオランは一度手を止め、ルミエルを見る。


「風属性は“裂く”力が強い。他の属性より、狩りに向いてる。」


そう言いながら、羽を剥ぎ取っていく。


「それに水属性。」


血で濡れた手を軽く振った。


「生きる上で、一番必要なのは水分だ。」


ルミエルは自分の両手を見る。


水を生み出せる、この手。


そして、血で汚れたイオランの手へ視線を移した。


「……光属性。」


小さく呟く。


「治癒能力……大怪我で死ぬ人も、多いから……」


イオランは少しだけ目を細めた。


「そう。」


短い返事。


けれど、その声はどこか優しかった


ルミエルにとって、それは考えた事もない発想だった。


無意識に、手のひらへ水が溜まっていく。


零れ落ちた水が、イオランの血で汚れた手を洗い流していった。


イオランは鳥を捌きながら口を開く。


「そのまま出して。鳥も洗うから。」


その声で、ルミエルははっとする。


自分の手を見る。


透明な水が、絶えず溢れていた。


ルミエルは小さく頷き、そのまま水を出し続ける。


「……イオランみたいに考えてたら……もっと、楽だったのかな……」


ふと、脳裏に浮かぶ。


暗く、冷たい牢獄。


喉が枯れても、自由には飲めなかった水。


腹が空いても、与えられなかった食事。


もし、あの時。


水魔法を“生きるため”に使う発想があったなら――


そんな考えが、一瞬だけ頭を過った。


イオランは鳥を洗いながら、静かに口を開いた。


「その時は仕方ない。」


ルミエルは顔を上げる。


「嬢ちゃんは、まだ魔法の使い方を知らなかった。」


淡々とした声。


責める色も、慰める色もない。


「そもそも、自分に魔法がある事すら理解してなかっただろ。」


イオランは血を洗い流した鳥を持ち上げる。


「それに、もし魔法が使えるって分かってたなら。」


少しだけ目を細めた。


「奴隷商人は、魔法を封じる手錠くらい嵌めてる。」


ルミエルは黙り込む。


イオランは、それ以上何も言わなかった。


否定もしない。


慰めもしない。


ただ、事実だけを伝えた。


「……おっと。」


イオランは鳥を見ながら肩を竦めた。


「俺たち、火属性使えないな。」


重くなりかけていた空気が、少しだけ緩む。


ルミエルはおずおずと口を開いた。


「……えっと……穢魔の火は……?」


その瞬間。


イオランは心底驚いた顔をした。


「それは駄目。」


即答だった。


「穢魔の火は、燃え尽きるまで止まらない。」


真顔のまま続ける。


「下手したら草原ごと消える。」


ルミエルは小さく肩を震わせた。


イオランはそんな様子を見て、ふっと笑う。


それから、課題を出す教師のように問いかけた。


「じゃあ問題。」


鳥を軽く持ち上げる。


「火属性なしで、どうやって火をつけると思う?」


ルミエルは立ち止まり、地面をじっと見つめた。


草。


土。


小石。


けれど、答えは浮かばない。


ゆっくり顔を上げ、イオランを見る。


「……分からない……」


イオランは地面へしゃがみ込む。


土を一握り掴んだ。


「まぁ、普通は知らないか。」


さらりとした声。


イオランは握った土を指先で確かめる。


「……こんなもんか。素材も悪くない。」


その瞬間。


ただの砂だったものが、黒い石の塊へと変わっていく。


硬く。


鈍く光る石。


イオランの手の中には、火打石が出来上がっていた。


「……これ、なに?」


ルミエルはきょとんとした顔で石を見つめる。


「火打石だ。」


イオランは黒い石を軽く掲げる。


「土の中の鉄分を集めて固めれば作れる。」


ルミエルは石を見つめた後、小さく俯く。


「……でも、それだと……私だけじゃ火をつけられない……」


イオランはポケットを探り、小さな魔法石を取り出した。


淡く透き通った石。


「今は俺がいる。」


そう言いながら、太陽の光が当たる角度へ石を傾ける。


「でも、また似たような状況になった時は、光魔法を使えばいい。」


魔法石を通った光が、一点へ集まる。


地面へ細い光の線が落ちた。


「ほら。太陽の光が、線みたいに集まるだろ。」


ルミエルは目を丸くする。


イオランは石を眺めながら続けた。


「この魔法石じゃ弱いが、ガラスなら火を起こせる。」


そして、ふと思いついたように呟く。


「……誰も試した事ないだろうけど。」


イオランはルミエルを見る。


「光属性持ちなら、太陽光をもっと自在に操れるんじゃないか?」


風が二人の間を吹き抜ける。


イオランは軽く首を傾げた。


「お嬢ちゃん、前に光を使って姿を消しただろ?」


ルミエルは、イオランの話に夢中になっていた。


「……もし、出来るなら……」


ぽつりと呟く。


「どうして、誰もやってこなかったんだろ……」


人類が生まれてから、何千年。


光属性持ちだって、数え切れないほどいたはずだ。


それなのに。


イオランの目が、すっと細くなる。


何かを憎むような視線だった。


「光属性を持つのが、人間と天使属くらいなのは知ってるだろ?」


ルミエルはヴァーミリオンの授業を思い出す。


「……うん……」


イオランは鼻で笑った。


「人間はともかく、天使属は無駄にプライドが高い。」


吐き捨てるような声。


「光属性は、だいたい治癒に使われる。」


手の中の魔法石を見つめる。


「こんな日常的な事に力を使うのは、“惨め”だと思ってるんだよ。」


イオランの視線は、遠くへ向けられていた。


ここからは見えない。


――セラフィム導国の方角へ。


「それじゃ……私とイオランが……初めての開拓者だね。」


ルミエルは、小さく笑った。


その笑顔に、イオランは思わず目を細める。


「……そうかもな。」


珍しく、自然な笑みだった。


イオランは乾いた雑草や枝を集める。


火打石を打ち鳴らすと、小さな火花が散った。


やがて、煙が上がり。


ぱちり、と小さな炎が生まれる。


「ここから屋敷まで二日。」


炎を見つめたまま、イオランは言った。


「だから、その間に嬢ちゃんは狩りを覚えよう。」


ルミエルの身体が僅かに強張る。


イオランは分かっていた。


ルミエルは“死”への恐怖が強い。


傷つける事ですら、怖がる。


それでも。


生きるなら、覚えなければいけない。


ルミエルはぎゅっと手に力を込めた。


「……わ、わかった……」


二日の間で、少しでも慣れさせる。


それがイオランの目的だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ