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奴隷だった少女は悪魔に飼われる 〜居場所のなかった少女は、悪魔に溺愛されていく〜  作者: アグ
双子の過去

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消えた少女

静まり返った部屋の空気が、重く沈む。


息をするだけで、肺に何かが絡みつくようだった。


ルミエルの手のひらに――魔力が集まる。


じわり、と。


逃げ場を失ったように、濃く、重く、凝縮していく。


その手を、イオランへ向けた。


イオランは何も言わない。


ただソファーから立ち上がり、ゆっくりと窓際へ下がる。


逃げない。


避けない。


「……このまま、打てたら……連れて行ってくれる?」


声が、震えた。


指先がわずかに揺れる。


――人に向ける。


その事実だけで、心臓が暴れ出す。


ドクン、ドクン、と耳の奥で鳴り響く。


当たれば。


簡単に、人は壊れる。


命を――奪ってしまうかもしれない。


分かっているのに。


それでも、魔力は止まらない。


逃げたい。


やめたい。


なのに――


ルミエルの指は、引き金を引くように、わずかに力を込めた。


イオランは、わずかに口元を緩めた。


「このまま、お嬢ちゃんを連れて行くさ」


その一言で――


ルミエルの表情が、固まる。


すぐに、歪んだ。


笑っているようで、全く笑っていない顔。


胸の奥が、軋む。


殴られるより。


傷つけられるより。


――自分が振るう方が、ずっと残酷だ。


その実感が、喉に絡みつく。


「……それじゃ、後で……一緒に怒られてね」


ぽつり、と落とした言葉。


一瞬、間が空く。


ルベルの怒り顔が、脳裏をよぎった。


あの圧。


あの沈黙。


「はは……」


乾いた笑いが漏れる。


「お嬢ちゃんは、やっぱり暴君だよ」


引きつった笑み。


その瞬間――


ルミエルの手が動いた。


掌に凝縮されていた水の塊が、弾けるように放たれる。


ためらいは、ない。


一直線に――イオランへ。


強化)


「――合格だよ」


声が落ちた、次の瞬間。


イオランの姿が、ふっと横にずれる。


ドンッ!!


水塊が壁に叩きつけられ――爆ぜた。


衝撃で石壁が砕け、白い霧が一気に広がる。


視界が、奪われる。


遅れて、轟音が部屋を満たした。


「ルミエル様!!」


扉が弾けるように開き、エルが飛び込んでくる。


霧の中、影を探す。


その奥で――


ルミエルは、イオランにしがみついていた。


「……エル、悪いね」


イオランが苦笑する。


「お嬢ちゃんとの約束、守れなくなった」


ルミエルの指が、わずかに震える。


撃った感触が、まだ手の中に残っている。


「……帰ったら……謝るから……見逃して……」


か細い声。


エルの目が見開かれる。


「お待ちください――!」


手を伸ばす。


だが、その前に。


「ダメです、戻ってください!」


鋭く制止する声。


しかし――


イオランは迷わない。


崩れた壁へと踏み出し、そのまま躊躇なく飛び降りた。


「お嬢ちゃん。さっきの、姿を消す魔法――」


言い終わるより先に、


二人の輪郭が、空気に溶ける。


エルもすぐさま後を追い、飛び降りる。


だが。


そこにはもう――何もいない。


ただ、砕けた壁と、白く漂う霧だけが残っていた。



ルミエルは、姿を隠す魔法を維持したまま――


足を止めた。


指先が、小刻みに震える。


呼吸が乱れる。


うまく、吸えない。


視界が揺れて、焦点が合わない。


さっきの感触が、手のひらに残っている。


撃った。


人に向けて――撃った。


「……お嬢ちゃん」


イオランがすぐに異変に気づく。


少しだけ、声の調子を落とした。


「オレが死ぬと思ったか?」


返事はない。


ルミエルはただ、青ざめた顔のまま、何も見ていない。


「……冗談も、届かないか」


小さく息を吐く。


一歩、近づく。


「よくやった」


その声は、さっきまでよりずっと柔らかい。


ルミエルの肩が、びくりと揺れる。


イオランはそっと腕を伸ばし、そのまま抱き寄せた。


抵抗は、ない。


軽い体が、そのまま預けられる。


「大丈夫だ。ちゃんと止めてた」


低く、落ち着いた声。


背中を、ゆっくり叩く。


一定のリズムで。


現実に引き戻すように。


イオランは、姿を消したまま――


迷いなく屋敷を離れた。


腕の中のルミエルの体温は、不安定に揺れている。


完全に崩れる前に、ここを離れる必要があった。


――そして。


一方、その頃。


屋敷では。


ルベルが、ルミエルの部屋に立っていた。


崩れた壁。


抉れた石。


残された水の痕。


何も言わず、それを見下ろしている。


「……」


重い沈黙。


そこへ、風を切るようにエルが戻ってきた。


一瞬、言葉を選ぶ。


それだけで、空気がさらに張り詰める。


「――主君」


低く、抑えた声。


ルベルの視線が、ゆっくりと向く。


「……何があった」


静かな声。


怒鳴らない。


だが、逃げ場はない。


エルの喉がわずかに鳴る。


「……イオランと共に、外へ――」


一拍。


「ルミエル様が、出ていかれました」


沈黙。


空気が凍る。


「……イオラン」


ぽつり、と落ちる名。


「イオラン……」


繰り返すほどに、低くなる。


「――あいつが、お前から逃げ切れるだと?」


静かな声だった。


エルは、追いつけなかった。


身体能力でも、魔法でも――自分が上だという自覚がある。


それでも。


捕まえられなかった。


「……」


ルベルの唇が、わずかに歪む。


噛み締める。


血が滲むほどに。


それでも、声は荒げない。


「……報告しろ」


低い声。


エルは一瞬だけ視線を落とす。


「……姿が、消えました」


ぽつり、と。


その一言。


空気が、変わる。


「……消えた?」


ルベルの声が、わずかに沈む。


「“消えた”だと?」


理解ではなく、確認。


あり得ない前提を、無理やり言葉にしている。


そのとき――


「若様!」


扉が勢いよく開かれる。


ヴァーミリオンが飛び込んできた。


整えられているはずの衣服は乱れ、


呼吸も荒い。


ただ事ではないと、一目で分かる。


「ル、ルミエル様は……!」


視線が部屋を走る。


崩れた壁。


空白。


そして――


いない。


言葉が、途切れた。


「……消えた?」


ヴァーミリオンもまた、言葉の意味を掴みきれない。


「消えた、とは……どういうことです」


エルは一度、息を整える。


視線を伏せ、思い出すように口を開いた。


「……目の前で、姿が消えました」


部屋の空気が、わずかに揺らぐ。


理解が、誰一人追いつかない。


「……消えた、だと」


ルベルの声が低く落ちる。


エルは続ける。


「透明に――なりました」


その一言で、沈黙が深くなる。


あり得ないはずの現象。


だが、否定できない。


「……イオランか」


ルベルが名を落とす。


だが。


ヴァーミリオンは、ゆっくりと首を振った。


「……いいえ」


視線がわずかに揺れる。


記憶を辿る。


「ルミエル様です」


一歩、踏み出す。


「以前、光魔法の講義の際――」


言葉を選びながら。


「ご自身の手を、透明にして見せていました」


沈黙。


点と点が、繋がる。


ルベルの視線が、ゆっくりとヴァーミリオンへ向く。


「……そんな報告は、受けていない」


静かな声。


だが、逃げ場はない。


ヴァーミリオンは、視線を逸らさない。


まっすぐに、受け止める。


「ええ。していません」


一切の躊躇なく、言い切る。


空気が、わずかに軋む。


「ルミエル様の件は、まとめて月末に報告する取り決めです」


淡々と。


だが、その奥にわずかな意志が滲む。


「今月に入ってからの事象ですので――報告は、まだ先になるはずでした」


沈黙。


ルベルの目が、細くなる。


「……“はず”か」


低く、落ちる声。


責めているわけではない。


だが、確実に圧をかけている。


ヴァーミリオンは、一歩も引かない。


「はい」


短く、肯定する。


「ですが――」


わずかに息を吸う。


「想定を超えました」


ルベルは、言葉を続けなかった。


責めることはできた。


だが――しなかった。


「……」


ルミエルのことを、あの日、口にしてから。


ヴァーミリオンの態度は変わっていた。


距離を取るように。


踏み込まないように。


――整理しようとしているのが分かる。


だからこそ、今は踏み込まない。


「……ルミエルが優秀だということは、分かった」


淡々とした声。


感情は、押し殺されている。


ルベルは崩れた壁へ視線を向ける。


昼の光が、容赦なく差し込んでいた。


砕けた石も、抉れた跡も――すべてを照らし出す。


隠せない。


誤魔化せない。


「行き先は、分かっている」


一歩、踏み出す。


影が、はっきりと床に落ちる。


「――今すぐ向かう」


ルベルは、一歩踏み出した。


その足元に――魔法陣が走る。


展開は一瞬。


床を這う光が広がり、エルとヴァーミリオンの足元まで一気に飲み込んだ。


逃がさない。


選ばせない。


同行は、決定事項だ。


「――行くぞ」


短く、言い切る。


同時に、視線だけを横へ流した。


「ばぁや」


声を掛けるより先に、そこにいることは分かっていた。


物音一つ立てず、控えていた老女が静かに一歩前へ出る。


ルベルは小さな石を指先で弾くように差し出した。


「これをレヴァントへ」


受け取る動作すら、無駄がない。


「兵を連れて来させろ。遅れるな」


命令は簡潔。


だが、拒否は許さない。


ばぁやは深く頭を下げる。


「かしこまりました」


魔法陣の光が、強く脈打つ。


転移の直前――


ルベルの視線が、もう一度だけ外へ向いた。


逃げた先は、分かっている。


「――取り戻す」


低く、落ちる声。


次の瞬間、光が弾けた。

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