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奴隷だった少女は悪魔に飼われる 〜居場所のなかった少女は、悪魔に溺愛されていく〜  作者: アグ
双子の過去

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守られるだけじゃいられない

屋敷の一室。


ルミエルのすぐ傍には、影のようにエルが控えている。

少し離れた場所では、ばぁやが静かに身の回りを整えていた。


床を叩く足音が、やけに規則的に響く。


行って、戻って。

また、行って――戻る。


「……ルミエル様」


エルの声は低く、柔らかい。


「少し、お休みになられては」


足が止まる。


だが、振り返らない。


「ねぇ、エル」


小さな声。


「ルベル達は……まだ、屋敷にいるの?」


一拍。


「ええ。おられますよ」


間を置いて、続ける。


「お会いになりますか?」


ルミエルは、ゆっくりと首を振った。


ほんのわずかに。


「……いるなら」


それだけでいい、とでも言うように。


「大丈夫……」


再び、足音が響き始める。


さっきよりも、ほんの少しだけ――弱く。


ばぁやもまた、見兼ねたように一歩前へ出る。


「ルミエル様。おやつでもいかがですか」


柔らかな手が、そっと肩に触れる。


逃げ場を塞ぐでもなく、支えるように。


そのまま、やさしくソファへと導いた。


ルミエルは、小さく抵抗するように視線を揺らす。


「でも……いつでも行けるように」


ぽつり、と落ちる声。


その言葉に、エルはわずかに目を細めた。


「……どこへ、でございますか?」


あえて、知らないふりをする。


一瞬。


空気が張り詰める。


ルミエルの指先が、きゅっと握り込まれた。


白くなるほどに。


けれど――言葉は、出てこない。


「助けに……」


掠れた声が、こぼれる。


「もう、何日も……経ってる……」


言葉が、うまく繋がらない。


「二人が……」


そこで、途切れた。


名前すら、出せない。


浮かぶのは――連れ去られた、あの瞬間だけ。


ぎゅっと、指が震える。


「……その件については」


エルの声が、静かに差し込まれる。


「我々も、慎重に調査を進めた上で――捜索しております」


感情を抑えた、整いすぎた言葉。


それが逆に、距離を感じさせた。


ルミエルの視線が、わずかに揺れる。


納得していないのは、明らかだった。


ルミエルは、口に運ばれた菓子をゆっくりと噛む。


甘さは、ほとんど感じていなかった。


頭の中では、別のことばかりが巡っている。


――どう抜け出すか。


視線が、わずかに部屋をなぞる。


窓。扉。距離。

エルの位置。ばぁやの動き。


「……だめ」


小さく、零れる。


「先生は……許さない……」


浮かんだ顔に、自分で首を振る。


「……?」


ばぁやが、不思議そうに顔を覗き込む。


「何か、おっしゃいましたか?」


一瞬だけ、間が空く。


「な、なんでも……ない」


笑おうとして、うまくいかなかった。


視線を落とす。


そのまま――


別の人物を、思い浮かべる。


軽い足取り。迷いのない動き。


躊躇なく、壁を越えてくるような――


……あの人なら


ほんのわずかに、指先に力がこもった。


一瞬――モミジの姿が、脳裏をよぎる。


軽やかな影。迷いのない動き。


……だが、すぐに打ち消した。


いない。


今は、頼れない。


その代わりに――


別の顔が浮かぶ。


「……エル」


呼びかける声は、思っていたよりも落ち着いていた。


「レヴァントさんを、呼んで?」


ぴたり、と空気が止まる。


エルの表情が、わずかに変わった。


眉間に、細い皺。


「……ルミエル様」


低く、抑えた声。


「それは、なりません」


やわらかさはある。だが――引かない。


ルミエルの指先が、きゅっと握り込まれる。


「どうして……」


「お分かりのはずです」


即答だった。


逃げ道を、与えない言い方。


その一言で――


完全に、見抜かれていると知る。


ルミエルの視線が、わずかに落ちた。


ルミエルは、わずかに息を整える。


そして――


もう一つの名を、落とした。


「……じゃあ……イオランさん……呼んで?」


今度は、静かだった。


だが、その分だけ――狙いがはっきりしている。


エルの表情が、明確に変わる。


先ほどよりも、深く。険しく。


レヴァントとは違う。


力で連れ出すことはできない。


だが――


イオランなら、やる。


理屈を組み、抜け道を見つけ、誰にも気づかれずに。


「……なりません」


間を置いて、はっきりと言い切った。


「ダメです」


言葉が、重なる。


完全な拒絶。


ルミエルの瞳が、揺れる。


それでも――逸らさない。


「……お願い……」


小さく、けれど確かに縋る声。


その視線は、まっすぐエルに向けられていた。


ガチャリ――


扉が、静かに開いた。


「……そろそろ、お嬢ちゃんがオレを探してる頃かと思ってな」


軽い声。


だが、その目は――部屋の空気を一瞬で読み取っていた。


エルとばぁやの視線が、鋭く向く。


あからさまな警戒。


その中で――


ルミエルだけが、顔を上げる。


ぱっと、光が差したように。


「……うん。待ってた……」


その一言に、エルの眉がわずかに動く。


「……呼んでもいないのに、なぜここへ?」


低く、牽制する声。


イオランは肩をすくめた。


気にした様子もなく、ルミエルの隣へ腰を下ろす。


距離が、近い。


「出る前に、挨拶くらいしとこうと思ってな」


さりげない言い方。


だが――“出る”という言葉に、ルミエルの視線が揺れる。


「……行くの?」


思わず、問いがこぼれる。


イオランは、ちらりと横目で見る。


「まぁな」


それだけ。


詳しくは言わない。


ルミエルの手が、ぎゅっと握られる。


「……私も、連れて行って……」


今度は、はっきりと。


逃げない声だった。


すぐ横で、ばぁやの視線が鋭くなる。


「いけません」


静かに、だが一切の迷いなく。


「ルミエル様は、ばぁやとこの屋敷でお待ちになりましょう」


やわらかな口調。


それでも――覆せない芯があった。


イオランは、ゆっくりと立ち上がる。


そのまま、自然な動きで――エルの背に手を添えた。


「オレが、お嬢ちゃんの話を聞く」


軽い口調。


だが、手は離さない。


「外で待っててくれ」


エルの体が、ぴくりと強張る。


「……二人にして、何をなさるおつもりですか」


低い声。


警戒は解かれていない。


イオランは、わずかに身を寄せる。


そして――


耳元で、小さく囁いた。


「……説得する」


一拍。


「ちゃんと、止める」


短い言葉。


だが――嘘は混ざっていない。


エルの視線が、わずかに揺れる。


探るように、イオランを見る。


しばしの沈黙。


やがて――小さく息を吐いた。


「……分かりました」


まだ疑いは残る。


それでも、決めた。


「ばぁや。廊下で待ちましょう」


ばぁやも静かに頷く。


二人は扉へと向かい――


部屋を出た。


扉が閉まる。


わずかな音だけが、残った。


それで、話ってなんだい?」


イオランは、改めてルミエルの隣に腰を下ろす。


距離は近いまま。


逃げ場を与えない位置。


「……二人の……居場所、教えて……」


まっすぐな視線。


揺れない。


イオランは、わずかに目を伏せる。


「教えて、と言われてもな……」


肩をすくめる。


「追跡の魔石は、若様に渡しちまったし――」


そこで、言葉が止まる。


ルミエルは、瞬きひとつせずに見ていた。


じっと。


見透かすように。


「……嘘」


小さく、断言する。


イオランの眉が、ぴくりと動く。


「イオランさん……嘘つくと、目……細める」


一瞬の沈黙。


それから――


イオランは、ふっと息を漏らした。


「……よく見てるな、お嬢ちゃん」


否定は、しない。


わずかに目を細めたまま、口元だけが緩む。


見抜かれたことを、咎めるでもなく。


むしろ――楽しんでいるように。


「で?」


肘を膝に乗せ、顔を近づける。


「そこまで分かってて、どうするつもりだ?」


試すような声。


ルミエルの覚悟を、量る問いだった。


「……助けに、いく……」


迷いのない声だった。


小さいのに――まっすぐで、折れない。


イオランの口元が、わずかに歪む。


「……ほんと、似てきたな」


くつり、と笑う。


「若様に。初めて会った頃とは、別人だ」


あの頃の、怯えた影はもうない。


目の前にいるのは――自分で選ぼうとする顔だ。


だが。


イオランは、ゆっくりと首を振る。


「それでもな」


視線が、すっと細くなる。


「無謀な子供を送り出すほど――オレも、甘くない」


軽い口調は、そのまま。


けれど、その奥は一切揺れていない。


「……だから」


わずかに身を乗り出す。


距離が、さらに近づく。


「オレを、説得してみな」


試すように。


楽しむように。


それでいて――本気で止めるつもりの声。


ルミエルの覚悟を、量る一言だった。


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