第48話 天使の厄災②
舗装された道は捲れ上がり、行きつけのお店は崩れている。活気があった街にその面影はなく、そこは既に男が知らない場所と化していた。
どうしてこうなったのか、と。誰かを捕まえて問い質している暇も時間も惜しい。
傭兵グライドは跋扈する四足の魔獣を殴り飛ばし、逃げ遅れた住民達の退路を確保させていく。
「次はどこだ!?」
「大通りの方だ!」
他の傭兵やこの国を守る騎士達も魔獣討伐に動いている。一人で戦っても未来はない。できるだけ集団で対処に当たるため、グライドは街の大通りに向かう一団と共に行動していた。
思えばこの街にやってきてから良いことがあまりなかった。この国で受けた初めての依頼はクシナという少女に諭されてしまい、そこからはまあ細々と依頼をこなしていたのだがそれだけ。次の大口の依頼だったいけ好かない金持ちの警護もその要人をクシナが告発してくれた。
つまりこの国に来てから大金と呼べるほどのお金を貰えていないのだった。それでもグライドがこの国に残っていた理由は、ひとえに居心地が良かったからだろう。神が不在である中、住民達が自棄にならずに暮らしている姿が男の目から見て新鮮に映った。
これまで見て来た国々ではただ当たり前にあった神からの加護を享受しているだけで、生きることに精一杯な人間は少なかった。
それはグライドも同じ。ただ漫然と依頼をこなし、培った技術を使い日々を暮らす。そこに何の不満も生じない。だが、生きる意味も感じなかった。
ここにいると毎日頑張ってみるかと、とうの昔に失ってしまったその気持ちを蘇らせることができたのだ。
今この街の異変解消にあたっている人々は皆、この国に好意を抱いているのだろう。でなければ無償で命を賭けたりしない。
「おーい! 助けに来たぞ!」
一団の先頭を走っていた人物が、大通りで魔獣の駆除をしていた騎士達に声を掛ける。
そこからはもう統率などなかった。魔獣の数も多く、敵味方含めて攻防も苛烈になってきており、とてもではないが連携など取れる状況ではない。
幸い敵もそう強くはない。対処は難しくないのだが、終わりの見えない戦いに疲弊が募る。
そんな中、グライドが大通りで魔獣を倒していると、一本違う隣の通りに見知った人影が見えた。自然と、男はその彼女の下へと駆け寄る。
「おい小娘」
「誰が小娘や! って傭兵のおっちゃんやん。その節はどうも。無事で何よりやわ」
「なんとかな。一体何が起きてるんだ」
「そんなんウチが聞きたいわ、って言いたいんやけど……」
彼女は大通りの先、遠くに見えるこの国で最も権威ある建造物に視線を向ける。
「どうやら騎士団長様が何か知ってるっぽいねんな」
騎士団及び神が住まう城。それを見る彼女の表情は悲哀や戸惑いとも違う、敢えて言葉として表すなら不機嫌、という感情が似合う形相だった。
それは彼女らしくない。と言ってもそこまでグライドはクシナのことを知らない。顔を合わせるのもこれで数回目とかであるはずだ。
しかしこれでも人と交流することが多い傭兵という職に就いて、それなりの年数を経てきた。よく観察していれば彼女の人柄や人間性はある程度分かる。彼女から迸る感情の色は決して暗く黒いものではない。基本的には根明で前向き。嫌なことは嫌だと、はっきりと言いそうな彼女は常に迷いなく進み続けるタイプだと、そう思っていた。
にもかかわらず、今持て余す感情をどこへぶつけていいものか戸惑っている様子だった。
「……いいぞ」
「へ? 何が?」
「城に用事があるんだろう。ここは俺たちに任せて、お前は城に向かえ」
迷いを晴らす為なのか、彼女の意識は城に向いている。あるいは城の中にいる人間に対してか。
いずれにせよ、ここで彼女の足を止めることは事態の好転には結びつかないだろう。
適材適所。大通りの魔獣討伐は彼女がやる必要がない。反対に彼女以外の誰でも、城へ向かったところで何も起きない、感覚的にそう思えた。
「ありがとな! 顔に似合わず優しいやん! 恩に着るわ。借り一つやな!」
「顔に似合わずは余計だ。さっさと行け」
言うが早いか、ニコリと微笑んだ彼女はあっという間に駆け出していた。
「さて……」
気軽にここを請け負ってしまったからにはあっけなく情けなく、やられてやるわけにはいかない。
そう気構えて彼女が去っていった方向とは逆の方角へ体を向ける。
「……なんだあれは――」
改めて視線を向けた先。そこには先程まで倒していた魔獣と。
蠢く瓦礫の塊が群れを成していた。
それらはグライド達が何か行動を取るよりも早く一カ所に集まり始める。
瞬く間に瓦礫の山だったそれは、家三軒分の大きさを持つ巨魁へと姿を変えた。
ゴーレム、と。一般的にはそう分類される自律型人形だ。
「マズいな……」
さすがにあの大きさのゴーレムとは戦った経験がない。もちろん、この場にそれを倒せる人材もいないだろう。それの証左として大通りに来た援軍の誰もが、その足を一歩引かせた。
瓦礫の巨体は、ご丁寧に作られた腕を振り上げ。
「た――」
重そうなその足を軽々と持ち上げてみせた。
「退却うううう――!!」
援軍に来た誰かがそう言った。それを皮切りに全員が前線を下げる。
グライド以外は。
「なっ、何をやっている! 死ぬぞ!」
そんな言葉が聞こえたが彼は応じない。
逃げ遅れたわけでも足が動かなかったわけでもない。ここで退くという選択を、取りたくなかったのだ。
安いプライドだと、自分でも思う。それでも一度任せろと言ったからには、やり遂げたかった。
この場を任せてくれた彼女にもう一度会えたその時、胸を張って話せるように。
「そうは言っても、今度ばかりは――」
死んだかもしれないな。
既に眼前の瓦礫の巨躯はその拳を振り上げている。グライドも拳を構えるものの、目の前に迫る死の気配に、握る手の震えを止められない。
やがて。
邪魔な虫を払うように、ゴーレムの拳が振られる。
グライドもそれを迎え撃つように拳を振るう。
その刹那。
ざわめき、雑踏。悲鳴や怒号が混じる中。
一人の少女の言葉が届く。
「――やっぱいま借り返しとくわ!」
言葉と共に。
瓦礫の拳は逆方向に吹き飛び。
その巨体も、真っ二つに分けられて周囲の魔獣を巻き込みながら崩れ落ちていく。
「後は頼んだで!」
崩壊の音とは別に、声を轟かせた彼女の姿を目に留めようと、グライドは大通りの先に視線を向けるが。
既に彼女の姿はそこにはなかった。




