第47話 天使の厄災
目が覚める。
意識の完全覚醒とまではいかないものの、はっきりと眠りから抜け出すことができた。
そうして、同時に後悔する。
この光景が夢であれば良かったのに、と。
「アーラ!!」
あったはずの天井は半壊。瓦礫が散乱し、その無残な空間に一人の少女が佇む。
彼女の美しい白銀の髪は突風でも受けたかのようにボサボサで、衣服はボロボロ。
振り返ってみせたその口元からは、深紅の血が零れていた。
「クシナ……。おはよう」
そう言って、いつもみたいに笑う彼女を櫛奈は抱き抱える。
言いたいことはたくさんある。掛けるべき言葉は、無数にある。
何を言うべきか。口に出そうとして留まり、吐いて出たのは似つかわしくない言葉だった。
「ごめんな……」
「……クシナは、悪くないでしょ」
声は、疲労に滲んでいる。それでも、彼女の吐息には安堵が含まれていた。
「謝るのは、私の方……。本当はもっと、楽に格好よく倒せたら良かったんだけどね……。クシナみたいにはいかないね」
「アホ……。もう十分カッコええで。守ってくれて、ありがとうな」
部屋の隅で、黒い塵が空気に溶けていく光景を目にしながら、アーラの頭を撫でる。
そこで緊張の糸が切れたのか、アーラの体から力が抜けた。
「おっと……。お疲れさん、アーラ」
一度、彼女をベッドに寝かせ、誰にともなく呼び掛ける。
「なあ、回復のスキルとか買えるん?」
『ええ。もっとも、回復スキルに関しては初期レベルでのみのお渡しとなっています』
「……何もせんよりはマシか。頼むわ」
彼女の依頼と、回復スキルの理解はほぼ同時だった。櫛奈はすぐにその両手をアーラへとかざす。
ほんのりと淡い光が彼女の身を包み、苦しそうに呼吸する様子が僅かに和らいだ。
『今できることは、これぐらいでしょう。クシナさん、見たところこのシェイド・セントラルには魔獣が蔓延っています。蹂躙、とまではいきませんが、混乱とその突発性に後手に回っている様子。いかがしましょう』
「ウチがやるべきことは……」
この国の住民を救う。
それは言われなくてもわかる。
しかしどうすれば救えるのか。正解が、思いつかなかった。
「とにかく、アーラを安全な場所に連れていくわ。そっから、情報集める」
ベッドに横たわる彼女を負ぶって、外に出る。
周囲は想像よりも悲惨だった。奇麗だった街並みはその形を失い、生活の気配を殺している。祭りの名残が随所に残っている様子が、さらにその慈悲の無さを助長させていた。崩れた家々から、小さい火の手が上がり始めている。
人の気配はないものの、未だ残って避難誘導している騎士がいたので声を掛けた。
「あの、けが人を見てもらえる場所ってどこですか?」
「ああ、それなら……って、クシナ様!? すみません、ご無礼を!」
「気にせんでください。それで、この子どこで見てもらえるんですか?」
「はい。この通りの先に避難所として教会があります。そちらに回復班も待機させていますので、その方々に預けてもらえば問題ないかと」
「ありがとうございます」
「……あの――」
示された場所へと向かおうとした矢先、騎士の声が彼女を呼び止めた。
「呼び止めてしまい、申し訳ございません。しかし、どうしてもお話したくて。――この国に何が起きているのでしょうか。突如結界は消え、街に魔獣が溢れています。こんなこと、初めてで……。クシナ様なら、何かご存じなのではないかと思いまして……」
言い辛そうに、多分にその不安を織り交ぜられた言葉を噛み締める。
何が起きているのかは、櫛奈も知らない。これから何が起きるのかも、見当もつかない。
この街の結末はどうなる。この国の未来はどうなる。自分達は家族は友は、無事に明日を迎えられるのか。
その苦しみから逃れるような、答えを用意できない。
前の国の神ならばどうしていただろうか。
櫛奈は、ここへ来てからのことを思い出す。
少し揉め事が多かったかもしれないが、それでも誰もが挫けずに前を向き続けていた。
先のことを考えて歩みを止めない。
美しい景色も、活気づいていた街も、そこに住む人々も。
この国は誰だって、諦めていなかった。
「安心してもらっていいですよ。ウチが、全部終わらせるんで。だから、騎士さんも諦めんといてください」
「……ありがとうございます」
自分にできることはこうして元気づけることだけだ。回復班のように回復させることもできないし、騎士団長のように指揮もできない。
と、そこでまだ見かけていない彼のことを思い出す。
「そういえば、騎士団長はどこにいるんですか?」
「あ、それが……、何故かどこにもいなくて。我々も探しているのですが……」
「ふーん……」
目の前の騎士が嘘を吐いているわけではないだろうが、それは櫛奈の知る騎士団長の行動ではなかった。
何か嫌な予感がする。漠然とした苦々しい感覚に襲われていると、耳元でフェイレスが囁く。
『クシナさん。【神聖感応】のスキルは憶えていますか?』
『え、あのオーラが見えるやつ?』
『ええ。その見えた時の感覚を、この街全域にまで広げてみてください』
『いや広げてみてくださいって……。そう簡単に言われても……』
『できるはずですよ。本来ならば、それぐらいの性能はあるのですから』
言われた通りにやってみようと目を閉じた。バニタスを見た時の感覚を思い出し、その時のイメージをこの街全体で捉える。
突如、目を瞑った櫛奈の視界に、青い塊が浮かび上がった。
バニタスに感じ取ったオーラと同じものだ。圧倒されるほどのオーラは、城の方角から感じ取れる。
それに、そこから別のオーラも見つけた。
微弱ながらも、何度も会ったことのある見知った感覚に、櫛奈は溜息を漏らす。
「……じゃあ、ウチが騎士団長見つけてきます。騎士さん、すみませんけどこの子、教会までお願いしてもいいですか?」
「……わかりました。この方は必ず教会まで送り届けます。どうか、騎士団長をよろしくお願いします」
それぞれがするべきことをするために、各々の目的地へと向かう。
しかし、思いは同じ。
この国を救うという意志だけは等しく宿り、ただそのために歩む足に力を籠めるのだった。




