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第45話 混乱

 祭りを終えた後の朝はやけに静かで、冷たく感じる。

 何となく、目が覚めてしまったアーラは宿のベッドから窓を覗いた。

 夜を彩ったランプ。店に飾られた装飾品。それら祭りの賑やかしはそのままに、ひっそりと息を潜めている。

 ああ、祭りが終わったのだと、ぼんやりと景色を眺めていると、何やら慌ただしく甲冑を着込んだ一団が走っている。

 日の登り具合からして、朝の六時ほど。

 騎士団がそんな朝早くにどうしたのだろうか。

 定期巡回をしている業務的なものではなく、緊急事態のような物々しさが伝わってくる。

 ベッドから這い出たアーラは、そのままの恰好で部屋を出る。

 隣部屋の櫛奈はまだ寝ているだろう。少しだけ、外の様子を見ておきたかった。


「ああ、アーラお嬢さん。おはようございます。ちょうど起こしに行こうと思っていたところです」

「おはようございます、オーナーさん。……起こしにって。あの、何かあったんですか?」


 階段を下りたところでオーナーと鉢合わせた。彼は笑顔で出迎えてくれたが、その表情はどこかぎこちない。

 それに、わざわざ客を起こしに行くことなどないはずだ。

 俄かに抱いていた不安は、少しずつ降り積もっていく。


「それが、騎士団の方から警報が出まして。何でも、結界が消失したと」

「え!? 結界が!?」


 魔獣の侵入を阻む結界が、シェイド・セントラルを覆うように展開されているはずだ。

 確かに、最近は国としての力が失われつつあるのか、街への魔獣出没の報告も少なくなかったが、それでも急に消えるとは思えなかった。

 ともあれ、緊急事態であることに変わりはない。


「それで、皆さんに近くの教会に避難してもらうよう、起こしに行くところだったんです」

「……分かりました! この宿に泊まってる人達は私が起こしに行きますから、オーナーさんは別の場所をお願いします!」

「そうしてくれると助かります。マスターキー、渡しておきますね。どうか、よろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げたオーナーは、すぐに従業員たちの下へと戻っていった。

 ぼうっとしている場合ではない、と。アーラもすぐに宿泊フロアへと踵を返す。


「緊急事態が発令されています! 皆さん、この先の教会へと避難してください!」


 扉の前でノックをして反応があれば次へ、反応が無ければ一言断りを入れてマスターキーで入室。それを繰り返していく。

 次第に、外からの物音も大きくなり始めて、地鳴りと共に振動が響き始める。


「魔獣が来たぞ! 一般人の避難優先! 残った奴らで討伐する!」


 怒号が轟く。

 窓から見下ろすと、いつの日か見た魔獣が騎士団と対峙しており、静かだった街からは火の手が上がり始めている。空を飛ぶ魔獣は地上の獲物へと突撃を繰り返したり、家々をその嘴で漁っている。

 まるで災害。

 目を背けたくなるほどの光景が、広がっていた。


「あとは一番奥の部屋だけ……!」


 アーラ達が泊っているフロアの奥。そこでは櫛奈が寝泊まりしている。この騒ぎの中だ。起きているかもしれないが、櫛奈が中々起きないことをアーラは知っていた。


「クシナ! 起きてる!?」


 扉をノックするものの、返事はない。すぐにマスターキーで扉を開けると、案の定彼女は未だに寝息を立てていた。


「クシナ! 起きて!」


 どれだけ声を掛けても、身体を揺すっても目を覚まさない。このまま背負って連れて行こうかと考えたその矢先。

 一際大きく、建物が揺れた。

 衝撃で、アーラはバランスを崩して座り込む。


「おい! 今あの建物に魔獣が突っ込んだぞ!?」


 外からそんな声が飛び込んでくる。

 まずい。

 思い起こされるのは空飛ぶ魔獣。今の衝撃は、それがこの宿に体当たりをしたものだろう。

 寝ているクシナを起こす時間も、背負って避難する時間もないかもしれない。

 咄嗟に持ち歩いている短剣を取り出したのと、魔獣が天井をぶち破ってきたのは、ほぼ同時だった。


 ――絶対に、クシナを傷つけさせない。


 ただそれだけの想いを秘めて、アーラは短剣を振るう。

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