第40話 神前祭⑨
さて時はもとの時間に戻る。
突如舞台裏から現れた櫛奈が、縛られた男性二人を連れて躍り出た。
湧いていたはずの会場は不気味なほどに静まり返り、歪なバランスで何とか静寂を保っている。
「クシナ!?」
アーラが思わずそう叫んでしまうものの、それを受けて彼女は嬉しそうに頷いてみせた。
「えーっと、皆さん盛り上がってるところ邪魔してもうてすみません。この神前祭について、告発したいことがあって、急遽出場させてもらいました」
「告発だと? 馬鹿馬鹿しい! 誰か早くこの女を摘み出せ!」
櫛奈の発言にすぐ嚙みついたのはバニタスだ。その怒号に周囲を警備する騎士達が動き出そうとしたが、舞台上にいるトゥムクスがそれを制する。
「いや、話を聞きましょう。何の根拠もなく、こういうことを言う人ではないはずですから」
再び会場は静かになるものの、先ほどまであった発言し辛い雰囲気は消えて、寧ろ今は誰もが櫛奈の言葉を待っている状態となった。
「トゥムクスさん、ありがとうございます。それでは単刀直入に言います。バニタスさんは国の一部の偉い人と共謀して、国民から不正に票を得ていました。この二人が国民に土地を売るよう申し建てを行って、バニタスさんがそれを支払う。そうすることで、この神前投票で票数を獲得していたんです。心当たりのある人も、いらっしゃるんじゃないですか?」
この場に集まっている国民を見やる。ここ最近、バニタスとやりとりをした人物は、面食らったように顔を歪ませていた。
「何かと思えば、とんだ戯言だな。証拠はあるのか? 無ければ侮辱罪で打ち首だが」
「その為の彼らです。ほら、喋ってええで」
縛られたバドを前面に押し出し、聴衆の的にする。
その横顔には緊張が垣間見えたが、しかしすぐに吹っ切れたような面持ちを見せた。
「俺達は、バニタスさんに言われてやった。本当は嫌だったんだ。国の人達を騙すようなことは。だが、仕方なかった。脅されてたんだ!」
真に迫る、悲痛入り混じる叫び。そして、清々しいまでのウソだった。
何度か対面して、櫛奈はバドという人柄を何となくだが理解していた。彼は臆病で、責任から逃れたがる。国からの指示、バニタスからの指示があれば、何でもやるだろうが、その加護が無いと踏めば即座に責任が降りかからない方へと舵を切る。
それは、バニタスも分かっていたのだろう。だからこそ、この場にバドを連れて来いと命じたのだ。
失意の中で膝を折るバドと、静かに目を瞑るバニタス。
聴衆はそれを見て何を思うのだろうか。
「……初めから、その男は怪しいと思ってたんだ」
広場の中から、一つの声が生まれ落ちた。
それは波紋のように広がり、次第に多くの声へと連鎖する。
嘆くもの、怒るもの、落胆するもの。それぞれ意図は異なるものの、全てバニタスへの不服を訴える声だ。
こうなってしまっては、最早神前投票は崩壊したも同然。
司会者は狼狽えてしまい、この場を取り仕切る人物もいない。
一人を除いては。
「バニタスさん。何か異議申し立てはありますか?」
トゥムクスがバニタスの隣に立ち、確認を行う。
彼は何も言わない。ただ聴衆の声を聴き、黙りこくる。
時間にして数秒。
やがて閉じられた瞼を上げる。その瞳は、全てを悟ったように諦観の念が彩られていた。
「ああ、間違いない。全てわたしの責任だ」
それを受けたトゥムクスは小さく頷き、舞台の前面に歩み出る。
隣に立つ櫛奈には目もくれず、ただまっすぐに聴衆を見つめ、そして声を張り上げた。
「皆さん、静粛に願います。たった今、バニタスさんからの言質も取りました。これより騎士団はバニタスさんの聴取を実施します」
トゥムクスの発言にまたも聴衆が湧いているが、後方で様子を伺っていた司会者がおずおずと進言する。
「えーっと、あの~……。神前投票の方はどうしましょうか……?」
バニタスは不正で退場。トゥムクスもこの場を離れるとなれば、最早何のための集まりなのか分からない。
司会者の質問は尤もだと、同様の疑問を抱く櫛奈に、何故かトゥムクスが微笑みかけてきた。
少しの逡巡の後、ようやく理解する。なるほど、バニタスはこれを狙っていたのかもしれない。
櫛奈の納得を他所に、トゥムクスが再度聴衆に語り掛ける。
「皆さん。申し訳ございませんが、僕は神前投票を辞退しようと思います。元から、神の座など僕には荷が重い。それに、母や孤児院を守らないといけません。特定の守るべきものがあると、判断が鈍ってしまいますからね」
聴衆の反応を伺いながら、言葉を区切る。
熱狂していた聴衆は、ただ静かに事の成り行きを見守っている。
「引き換え、この隣に立つ女性。名はエントミクシナさん。彼女には神にならなければならない理由と、それに伴う強さも持っています。それに、最も重要な国民全員を守るという判断を、してくれるでしょう。如何ですか、バニタスさんと僕の票、こちらのクシナさんに預けるというのは」
バニタスの意図は理解した。神になる活動の助けとなるというのも間違いない。
だが、自分で言うのもなんだがこんな出自不明な人間に神を任せようと思う人間がいるだろうか。印象としてはバニタスとどっこいどっこいだろう。
そう、櫛奈は思っていた。
「私、賛成です!」
それは聞き慣れた声だった。
この国で最も櫛奈を信じくれているであろう、少女の声。
そしてその声を皮切りに、続々と賛同の声が上がる。
「いやいや、ホンマにウチでいいん?」
「当然でしょう」
多くの声が自らに向けられているそのことが信じられない。
純粋に湧き出てきた疑問は、隣に立つトゥムクスに拾われた。
「貴女はこの国に来てから、できるだけ多くの国民と繋がりを持とうとされていましたね。それが実を結んだだけのことです。自信を持ってください。それに、僕も身代わりを見つけられて良かったです」
「……結局体よく押し付けられただけやん。まあ、ウチとしてはどっちでもいいんやけど」
互いに笑いあって、櫛奈は一歩、前に出る。
自身が神になるなど、到底不可能だと思っていた。
それは今もそう。実感は湧かないし、上手くいくとも思っていない。
しかし、そんな不安はどうとでもなる。今は、身を預けてくれる眼前の人達に、言うべきことを言おう。
「皆さん、ありがとうございます! でも、ウチは神に相応しくないと思います。もっと相応しい方が、いると思うんです。元々、いらっしゃったこの国の神様が……」
思い出すのは真っ暗闇の空間に座る青年の姿。
国の民たちはきっと、彼の姿を忘れたことはなかっただろう。しかしもういなくなった存在にばかり気を取られるわけにはいかない。前を向き続けた結果、彼への信仰は薄くなっていったのだ。
ならば、櫛奈への信仰を彼に結び付ければいい。そう上手くいくとは思えないが、何も宣言しないよりはいいだろう。
「この国のことはこの国の神様に任せるんが一番いいと思うんです。……だから、ウチをその神様と思って接してください。色々と急で申し訳ないんやけど、神様が戻ってくるまでこれから頑張ってこうと思うんで、どうか大目に見たってください!」
生み出される大歓声。こうして、神前祭のメインステージは幕を閉じる。
熱気も冷めやらぬその日の夜は、街総出で新たな神の候補誕生を祝い、アーラと合流した櫛奈もまた、祭り最後のその雰囲気を楽しむのだった。




