第39話 神前祭⑧
櫛奈がバニタスの依頼、もとい取引を受けた理由としては、意外と依頼料が美味しいことと、神になる為の活動の助けになるはずだと感じたから。
だがそれだけではなかった。
彼から受け取った手紙に書かれていた内容が、少し不可思議だったからだ。
「私があの天使の目から逃れるためにひと芝居打ってほしいって……」
手紙を読んだ櫛奈は糸の読み取れない部分を再度読み上げる。どうやら天使が企てている計画とやらを失敗させる算段があるらしかった。
その内容が、事細かに記載されている。
何故わざわざそんなことを、とか。
何故、自分なのか、とか。
不明な点を挙げればキリがないわけだが、しかし同時に少し面白そうだと思っている自分がいた。
「おや、随分と楽しそうじゃないですか」
「そんなわけないやん。また面倒くさそうな話やなあって思って」
言葉では否定する者の、フェイレスの指摘する通りきっと表情は緩んでしまっていたのだろう。
あの時、櫛奈を殺そうとした天使に一泡吹かせられるなら、喜んで協力する。
どこまで天使の計画とやらを水泡に帰することができるのか。
純粋に興味があった。
「それで、決まりましたか?」
「うん。ウチはバニタスに協力するわ」
「そうですか。良いご判断かと。しかしアーラさんにはどうご説明するおつもりで? 恐らく説得は難しいかと思いますが」
「あ~……、取引はウチ一人でやる。アーラのこと、こんなんに巻き込むわけにはいかんし、それにやってほしいこともあるしな。それは手紙で説明しようと思うんやけど、フェイレスも一緒にアーラについたってや」
「構いませんが、どうしてです?」
「ウチの都合で、協力してくれてるアーラを一人ぼっちにさせるんは、ちょっと無責任やし。それに心配やから。大体のことなら、アンタがおればどうにかなるやろ」
早速、アーラに残すための書面を作り始める。
アーラには、櫛奈自身の手の届かない場所へ、赴いてもらう必要がある。櫛奈のことをよく知らない人達へアプローチして欲しかった。
そうすればきっと、神の候補として知名度も上がるだろう。
バニタスの依頼は祭りの本祭までの期間、彼を護衛すること。
彼の周辺に立ち、怪しいモノがいないか目を光らせる。
護衛対象であるバニタスが街へ繰り出す理由は一つ。この前の宿での一件のように、金の工面に困っている民の前に現れて、はその金銭を肩代わりする。そうすることで、神前祭における票数稼ぎを目論んでいるようだった。
明らかに怪しい人物からの怪しい提案に揉めることもあるかと思っていたが、ぞんがいそんなことはなく、本祭までの間で護衛である櫛奈の出番が生じることはなかった。
午前中は職業提供連合会での依頼をこなし、午後からは街を巡るバニタスの護衛を務める。
そんな日々を繰り返している内に、神前祭は最終日を迎えていた。
「それでは行ってくる。ここからが本番だ、頼んだぞクシナ」
「分かってますって。早よ行ってください」
神前祭でのメインイベント、神前投票。
その票数発表がこれより行われる。
会場はこの国の城前。街のメインストリートを抜けた先にある城の前には特設ステージが設けられていた。
城内で衣服など粧し込んだバニタスが颯爽と国民たちの前に歩いて向かう。
櫛奈達が控えているここは、舞台裏。彼の姿が消え、視認できなくとも湧き上がる歓声に、無事登壇できたのだとまずは胸を撫で下ろす。
さて、仕事はここからだ。
「……? どこに行くんだ?」
「ちょっとお手洗いに行ってくるだけやって。乙女にそんなヤボなこと聞くもんちゃうで」
「分かった分かった。とっとと行ってこい」
同じくバニタスの護衛として雇われている禿頭の男、グライドにそう尋ねられ、櫛奈は適当に誤魔化した。
当然トイレに行きたくてこの場を離れるわけではない。
これは、バニタスの指示でもあった。
『神前投票にて、これまでわたしと取引をしていた国の取立人がいるはず。そいつを捕まえて表舞台に連れて来い』
それがバニタスの手紙に書かれていた内容の一部。
どこで、とか。いつ、とか。そういった情報は一切書かれていないが、見つけるタイミングはここしかない。
櫛奈は方々を探すつもりでいたが、案外あっさり目当ての人物は見つかった。
「いや、それにしても凄え金額になったな」
「ええ、バニタス様とアリエル様の計画通りに」
ふと耳に届く、聞き覚えのある声。
宿での一件からその後も多くの場所で鉢合わせた、自称国からの使者、バドだ。
そっと、声のする方へと向かい、僅かに開いた扉から漏れ出る会話を盗み聞く。
バドは誰かと喋っているようだが、その相手は櫛奈には覚えのない声だった。
恐らくもう一人もバドと同様な仕事を任されていた人物なのだろう。
「しかし、国の人間どもも大変だよな。急に現れた変なおっさんに、国の未来である神の座を託すことになるなんてよ」
「ええ、本当に。バニタス様も悪い人間ではないと思いますが、何というか、胡散臭いですからねえ」
「だから国も、っつうかアリエルも力業でバニタスに票が流れるように画策してたんだよな。国からの勧告書をでっち上げて、それを権力がありそうな国民に持ち掛ける。国がピンチだなんだって言ってな。そんで良いタイミングでバニタス様の登場。恩を売りつけるわけだ」
「かなり強引ですよねえ。正直、これで騙される方もどうかと思いますが」
「不審に思っちゃいるんだろうよ。だが国の有事だ。根拠なしに突っぱねるわけにもいかねえんだろ。それに、金を立て替えてもらったっつう恩も加わると、かなり効果あるやり口だと思うぜ。ま、人の心はねえだろうが。……それに、見てみろよこの大金。これ、俺たちの取り分らしいぜ。小せえ悩みなんて吹き飛んじまうぐらいの額だ」
あからさまに声のトーンが数段階上がったことが分かる。きっと彼の目の前には、バニタスから貰った金貨が堆く積まれているのだろう。
と、そんなことはどうだっていい。
「なるほどなあ。それで国と共謀して、バニタスに神になって貰おうって腹積もりやったんか」
「は……!?」
扉には鍵が掛かっていない。櫛奈はわざとらしく大きく声を上げながら入室し、彼らの前に立った。
「またお前か! 最近はバニタスの護衛をやってるみてえだが、何の用だ!」
「いやな? お手洗いの帰りになんか怪しいコソコソ話が聞こえるやんか。何かと思ったらビックリやわ。まさか国からの使者さんが、バニタスさんと共謀して印象操作してたなんてなあ」
「……聞かれてたか。おい、小娘。このことは内密にしろよ。さもないと――」
「さもないと、なに?」
言葉と共に、手にした竹刀を二人に向ける。バドではないもう一人の男が、情けなく悲鳴を上げた。
「アンタら、自分の立場が分かってへんようやね。こんな不正行為、到底許されることちゃうと思うけど」
「それは――、俺たちは悪くねえよ! 悪いのは――」
状況的に不利だと判断したのか、バドがみっともなく釈明をし始めようとするが、その悪足掻きに言葉を被せる。
「言い訳を聞くんは、ウチちゃうよな? 大丈夫やって、アンタらにはしかるべき場所で話してもらうつもりやから。判断は、そこでしてもらえるやろ」
面白いものでも見つけたかのように不敵に、しかし少女らしい無邪気さもブレンドされたような笑みを、彼女は浮かべるのだった。




