第38話 神前祭⑦
それからアーラは櫛奈の後を追いかけることを止め、評判を聞いて回ることにした。
シェイド・セントラルに留まらず、近隣の村々まで出向き彼女の魅力を伝えて巡る。
トゥムクスがビニグス村での櫛奈の活躍を吹聴していたおかげか、意外と話はすんなりと受け入れられ、アーラの活動は滞りなく完遂できていた。
そうして迎えた、神前祭当日。
アーラはメインステージと呼ばれる大掛かりな観客席にいた。
祭りの集大成ということもあり、広場には人が多く駆け付けていて、正直息苦しい。しかし、こうして人が集まるのも無理はない。
今から始まるのは今後のシェイド・レグナムにおいてもっとも重要なイベント、この国の未来が決まる瞬間が訪れるのだから。
「お待たせしました。これより、神前祭にて集まった次期神候補を決める投票結果の発表を行います」
広場に集まりきらない人の数。波のようにざわめいていた雑踏が、その声をきっかけに静まり返る。
誰もが固唾を呑んで見守る中、壇上に上がった司会が、説明口調で進行を始めた。
「シェイド・レグナムには少しの間、神が不在でした。しかし今日、新しい歴史が始まることでしょう。皆さまにご投票いただいた候補者のお二人を、これからお呼びしたいと思います!」
湧き上がる歓声と拍手。これから出てくるのはこの国を背負っていく存在だ。自然と、声も出るというものだ。
「まずはシェイド・レグナム国、国立騎士団団長、トゥムクス=レムダさん!」
その紹介と共に、甲冑を身に纏ったトゥムクスが壇上に上がる。
瞬間、湧いていた会場はさらにそのボルテージを上げて、歓声は最早怒号のように響いていた。
彼が舞台の中央にまで移動する間、その声が鳴り止まぬことはなく、全体を見渡せる位置についたところでようやく音が止んだ。
「皆さん。本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。私が神になるというのは実力不足と言いますか、畏れ多いと感じていますが、国民の方々が選んだ結果は受け入れようと思います。どうぞ、よろしくお願いします」
簡潔な挨拶をし、腰を折り頭を下げる。再び、会場を熱狂が包んだ。
凄い人気だ、と改めてそう思う。
これまで神がいない間、あらゆる脅威から身を守ってきてくれたのだから、そういった信頼関係が今の熱気に繋がるのだろう。
「はい、トゥムクス=レムダさんでした! 続いては投資俱楽部にて八人いる長の一人、枢要財『虚飾』のバニタスさん!」
紹介の後、バニタスが悠然と歩いてくる。
トゥムクスほどではないにせよ、まばらに喝采が上がるのでそれほど場違いという空気感はないが 、それでも会場全体からは白ける雰囲気が出ているのもまた事実。
その空気を感じ取ったかは知らないが、バニタスは変わらない調子で舞台の中央に立ち、公衆に向けて発言する。
「紹介に預かったバニタスだ。この国の出生というわけでも、育ったわけでもないが、こうしてこの場に立てたことを光栄に思う。きっと、諸君は思いもよらない瞬間を目の当たりにすることだろう」
そうにやけて笑い、トゥムクスの対面になるよう移動した。
何か含みがあるような言い方だったが、元々得体の知れない人物だ。考えるだけ無駄だろう。
「……というか、クシナも護衛とかで舞台上に出てくるとてっきり思ってたんだけどなあ。フェイレスも、気が付いたらいなくなってたし」
ここしばらく会えていない友人へと思いを馳せる。護衛の依頼を受けている間、アーラと櫛奈は完全に別行動を取っていた。泊る宿は一緒だったが、帰る時間がバラバラなので上手く鉢合うことができていない。
寂しいとは思う。
しかしそれ以上に、櫛奈からの信頼も感じ取れていた。
アーラにとってはそれだけで充分過ぎた。
「それではお待たせしました! これより、お二人に投票された票数を発表いたします!」
司会が大音声で会場を湧かせる。
今からこの国の行く末が決定してしまう。それが良い事になるか悪い事になるか、誰にも分からない。
固唾をのんで見守る人。
祭りの雰囲気に呑まれて盛り上がる人。
様々な人が一堂に会す中、ついにその時が訪れる――
「その発表、ちょい待った!」
突如、聞き覚えのある声が木霊した。その場にいる誰もが狼狽えざわつく中、一人の女性が舞台裏から歩いてくる。
その姿は、これまた余りにも見覚えのあり過ぎる出で立ちで。
櫛奈が二人の男を連れて、現れた。




