第37話 神前祭⑥
街は相変わらず祭りの熱気に浮かれており、昼の時間に近づくにつれてその勢いはさらに増している。
『さて、アーラさん。これから何をしましょうか』
「そうですね。私もクシナの為に依頼をこなしていこうと思います。とりあえず、職業提供連合会に行きましょう」
職業提供連合会に赴くものの、いつもよりも明らかに人が少ない。祭りの期間だからだろうか。不思議に思いながらもアーラはいつも通り、受付に何か依頼が無いか尋ねる。
「朝方分までの依頼なら、ほとんど受注されていますね」
「え!? もう!? まだお昼にもなってませんけど、早すぎませんか?」
「朝早くにクシナさんが来ましてね。その時にあった依頼は全て受けていかれました。まあそれほど難易度の高いものはなかったので、問題はないと判断しました」
「そう、ですか……。あの、ちなみにその依頼先って教えてもらえますか?」
「ああ、アーラさんはクシナさんのお知り合いですからね。良いですよ。まずはこちらの地域の――」
一通り櫛奈が受けた依頼を聞くが早いか、すぐに職業提供連合会を後にする。
数にして十数の依頼を一人で片づけるには限界がある。
数にして十数の依頼を一人でこなすのにも限界がある。きっと二人で手分けした方が効率もいいだろう。
アーラは早速、櫛奈が受けた依頼で最も近い場所を訪ねた。
「ああ。その依頼ならさっき終わったよ。次は四つ先の家に行くって言ってたな」
恰幅のいい男性の話を聞いて、すぐに櫛奈の足跡を追い掛ける。
「えっと、もうその依頼は終わってますけど……。クシナさんをお探しでしたら、ここから東の通りを抜けた先の教会にいると思います」
そう困惑する女性から櫛奈の情報を聞き、教会へと向かう。
「ええ。クシナさんは先ほどまでいらっしゃいましたよ。隣村の村長に会いに行くと言って、すぐ立ち去られましたが」
そうして今、アーラはシェイド・セントラルの隣村まで来ている。
方々聞いて回ったが、櫛奈は既にこの村からも立ち去っていたようだった。
「いやいや、早すぎるって……。もう追い付ける気がしないよ」
櫛奈の手伝いをしようと躍起になっていたが、こうも先々をいかれてしまうと気持ちまで置いて行かれてしまう。
身も心も、少し疲れてしまったアーラは村にある手近な岩へと腰掛ける。
『おや、追い掛けるのはもう止めるのですか?』
「……クシナなら多分、私がいなくてもなんとかなっちゃいますよね。依頼はきっと、もう終わっちゃってるんじゃないですか」
『そうでしょうね。追い掛けるのは時間の無駄でしょう。貴方の役目は、そこじゃない』
「私の役目……」
何をしろと言うのだろうか。大した力も持たない自分に、何を期待されているのだろうか。
ぼうっと空を仰ぎ見る。青い空を下地にして、白い雲がゆっくりと泳いでいる。
余りにも自身の焦燥感と掛け離れすぎた牧歌的な視界に、ポツリと言葉が漏れ出てしまう。
「クシナの為に、私は何ができるのかな……」
声は空に吸い込まれて、目的地を失う。これまでガムシャラに櫛奈について回っていたが、改めて彼女の役に立てたことはあっただろうか。
思い返してみても何かに貢献したという実感はない。
櫛奈の力になれることなんてあるのだろうか。
「ああ、お嬢さん。すまんがそこに座らせてもらえんか」
一つ嘆息を漏らしていると、一人の老人が近づいてきていた。
杖をつく、腰の曲がった老翁。その顔には皺が深く刻まれていて、蓄えた白髭が年齢を感じさせる。
「すみません、気が利かなくて! はい、どうぞ」
「悪いな。毎日の散歩コースで、決まってこの岩に座って休むようにしておってな」
「そうなんですね。しっかり身体、休ませてくださいね」
とにかくこうして呆然としていても何も始まらない。何か自分にできることを探すべく、その場を立ち去ろうとしたところで、老翁から声が掛かった。
「お嬢さん。クシナ、という人を探しておるんだってな」
「え、えーっとはい。でも、もう探さないことにしました」
「そうか? まあよく分からんが、彼女はつい先刻村に来て、村長の依頼をこなして立ち去ったよ。本当に、よくできたお嬢さんだと、そう思う」
「そうなんですよ。優しくて頼り甲斐があって、今も神になるために頑張ってて――」
「だがそれだけだ。それだけでは神になれん」
少し老翁の語気が強まった気がした。視線を向けるとアーラが何か言いたそうだと気がついたのか、先ほどまでの声音に戻る。
「気を悪くさせたなら謝る。大方、お嬢さんはクシナのご友人なのだろう。なら、伝えておいてほしい。貴方は神に相応しくないと」
キッパリと、自らの意見が真実だと言わんばかりに投げられた言葉の弾。それは、当人でもないアーラの心に、ナイフのように突き刺さってしまった。
「……お言葉ですけど、貴方にクシナの何がわかるって言うんですか」
否定したかった。櫛奈は凄い存在なのだと。きっと神になれば今の百倍は頑張るだろうと。
しかし老翁は態度を変えずに、言葉を返す。
「分かる、分かるに決まっておろう。彼女は善性だ。騎士団長と同じような人間だということぐらい、すぐ分かる。だが、それでは神は務まらん。神は、人であってはならんのだ」
「……あなたが、誰と比べているのかは、分かりました」
この国にいた前の神。シェイドは民とは分け隔てなく接していた。度々顔を見せることも多く、民からも歓迎されていた。
ただそんな彼であっても、人だと誤認したことはない。
どれだけ気軽に交流しようと、そこにいるのは神であることを、その存在が主張していた。
だからこそ、この老翁の言いたいことが分かってしまう。
「そうだな。シェイド神様はもういらっしゃらない。だが、その代わりは誰もが不適任だ。特に優しいだけのやつは、何を考えておるか分からんしな。それなら、地位やお金が目的だった方がまだ分かりやすいわい」
『クシナさんも、目的はお金ですけどね』
老翁と会話するようにそう呟くフェイレスを睨みつけ、黙らせる。声は聞こえていないだろうが、彼が話すとややこしくなる。
櫛奈にとって神は通り道であることはアーラだって知っている。
「なあ、お嬢さんも不安じゃないのか? 神がいないこの国が……」
その双眸には、先ほどまでの芯の入った意志は薄れ、不確かな未来に対しての揺らぎが浮かんでいた。
そうか。皆不安なんだ。
ずっと神がいて、それが当たり前で。生活と精神に根付いていた。
神のいない今、国全体が衰退していっている。
国も民も、弱っていた。
そんな中、新しい神を決めようだなんて、気休めにしかならないと感じてしまうのだろう。
きっとアーラも、そうだったのかもしれない。
櫛奈が来るまでは他の神を呼び出そうと模索していた。心のどこかで、今だけでも助けてほしいと渇望していた。
だから、現れた当初の櫛奈に対しても驚くと同時に、そうした憂慮は払拭できないでいた。
助けてほしいとは願うが、本当に櫛奈が助けてくれるのか、不安だったのだ。
でも――
「あの人の、クシナの明るさと優しさを見ていたら、色んな悩みなんて忘れちゃってて。この人について行こうって思えたんです。今ではもう、クシナのことを全力で支えると決めてますし、未来への不安なんてありません」
晴れ晴れとした表情でそう言い切る。
何を迷っていたんだろう。自分は櫛奈を一番間近で見て来た人間で、櫛奈のことをこの世界で一番理解しているつもりだ。
ようやく、自分にしかできないことが理解できた。
「少しでも、あの人に賭けてみませんか? 神には向いてないかもしれません。貴方の理想にはなれないかもしれません。シェイド様が戻るまで、任せてみてもいいんじゃないでしょうか」
「……まあ、そうだな。今は事実、シェイド神様はいらっしゃらない。それまでは誰かが導く必要があるからの」
ため息と共に吐き出されたその言葉にアーラは笑顔で頷いた。
「クシナのそばで、ずっと見届けたいんです。そのためには、貴方の力も必要です。ぜひ彼女に力を貸して貰えませんか」
「……元より神前祭では誰にも投票するつもりも無かったが、まあ若いモンに託してみるのもいいかもしれんな」
ふっと、さりげなく浮かべた老翁の笑みに、アーラの胸中に何とも言えない嬉しさが込み合がってくる。
達成感や充足感ではない。形容しがたい感情だが、それが嫌では決してなかった。
「お話しできて良かったです。ありがとうございました」
「こっちこそ、少しこの国の将来が楽しみになった」
アーラはお礼を言ってその場を後にする。ともすれば駆け出してしまいそうになるものの、それを堪えて街道を進む。
『随分と、上機嫌なものですね。先ほどまであれだけ悩んでいたというのに』
「フェイレスさん! 途中で話しかけるの止めてください。変な目で見られるのは私なんですから」
『ふふ、それは失礼を。ですが、元気になったようで何よりです。どうでしょう、貴方にしかできないことは見つかりましたか?』
「……うん。これで合ってるかどうかは分からないけど、やれるだけやろうと思います」
櫛奈の手が届かない場所に向かって、手を伸ばす。そうして彼女を知ってもらう。
まだまだ櫛奈と知り合っていない人の方がほとんどだ。中には彼女のことを良く思っていない人もいるだろう。
そうした人に魅力を伝えることこそが、アーラの役目なんじゃないかとそう思えた。
『良い心掛けです』
そのフェイレスの言葉が背中を押してくれたような気がして。
アーラは力強く、シェイド・セントラルへと戻るのだ




