第36話 神前祭⑤
幼い頃から、このシェイド・レグナムという国を意識することが多かった。
国を意識する、というよりも国を運営している神のことを強く認識していた。
それは神であるシェイドが近くの教会によく顔を出していたから。
教会で手伝いをしていたアーラにとって神の存在を身近に感じると同時、この国に住んでいるのだと実感が沸いた。
シェイドという神は気さくに民に話しかけ、アーラの町にある小さな教会だけでなく、他にも様々な場所に顔を出しているようで、民からの信仰は厚い。
そういう国が好きだった。
そんな神を信頼していた。
神が民のことを愛し、民もまた神のために尽くす。
シェイド・レグナムはそういう国だった。
だから神がいなくなったと聞かされた時、どうにかシェイド神が戻ってきてくれないかと、色々と奔走した。
しかしどれも上手くいかない。
どれだけ祈っても、どれだけ呼び掛けても、どれだけ怪しい儀式を試したところで、神が帰ってくることはなかった。
果てはアーラ自身を犠牲とした生贄の儀も執り行った。
新しい神を呼ぶ為のものだったが、もしかしたらシェイド神が呼び出されるかもしれないと、そう希望を抱いていた。
結果として現れたのは櫛奈だったが、これまで一つの進展もなかったこともあって、彼女と出会えたのは運命だと思えた。
あるいは、この国を変えてくれる存在かもしれない、と。そんな予感すらあった。
アーラにとって櫛奈とは、この国を救ってくれる救世主。希望の光。
優しくて、笑顔が可愛くて、責任感も強い同い年ぐらいの同性。縁も所縁もないであろうこの国の神になってくれるとも言ってくれた。
最早神になれなくたって、構わないとさえ思えている。
もちろん櫛奈が神になってくれたら嬉しいが、そうしたポジションは彼女には似合わないような気もする。
そもそも櫛奈はどっしりと構えて一所に留まっているよりも自由に動いていた方が彼女らしい。それはきっと、櫛奈自身も分かっているはずだった。
それでも頑張ろうと奮闘している彼女のことを愛おしく思えるし、手伝おうと誓える。
「おはよー! クシナ! 起きてる?」
だから今日も今日とてアーラは櫛奈と行動を共にするべく、彼女の部屋の前でノックをする。
昨夜は櫛奈の気遣いもあり、父と母とゆっくり時間を過ごすことができた。残念ながらおやすみの挨拶はできなかったが、最早櫛奈の顔を見なければ一日が始まらなくなっている。
昨日取った宿の隣部屋の前。日も少し昇ってきた朝のその時間に、アーラは返事を待つが、いつまで経っても反応がない。
よもや中で倒れているかもしれない。すぐさまアーラと櫛奈を隔てる扉をぶち破ろうとしたところで、背後から声が掛かった。
「おはようございます。アーラさん」
「え!? フェイレスさん!?」
今まで人の気配さえ無かったその場にいたのは、黒を基調とした正装に身を包む、頭部の無い存在。
こうして姿を見るのも久々だ。それに何より、櫛奈がいないのに彼がいることが意外で、思わず声を上げてしまう。
「あの、どうしたんですか? クシナは?」
『クシナさんなら別件で出かけております。手紙を預かっていますので、ご一読ください』
アーラは彼が取り出した手紙をすぐにひったくって目を通す。
中身はと言えば、面と向かっての話ではないことの謝罪から始まり、今日からバニタスの護衛として働くという旨。それからアーラには櫛奈の評判を上げてほしいとの内容が記載されていた。
一通り目を通したアーラは、鋭い目つきでフェイレスを睨め付ける。
「あの、どうしてバニタスさんのところにクシナが働きに行ってるんですか?」
『おや、ダメでしたか?』
「当然! あんな怪しい人の下に行かせるなんて、何考えてるんですか!? フェイレスさんなら、そんなことさせないと思ってたんですけど」
『随分な言われようですね。そこまでワタシのことを買っていただいていたとは。ですが、これはクシナさんが決めたことですので、我々が口を出すようなマネはできないでしょう。同じ立場ならきっとアーラさんも従っているはずです』
「そうかもしれないけど……!」
同じ櫛奈の隣に立つモノとして理解者だと思っていたのだが、裏切られた気分だ。もどかしさすら感じる。尤も、フェイレスの言う通りアーラも櫛奈を止められる気はしない。
それでもこうなった理由を問い詰めなければ気が気でない。
視線だけで伝わったのか、フェイレスは頷き訳を述べ始める。
『クシナさんはバニタス氏と取引を行いました。要求はバニタス氏の警護。見返りはクシナさんを神に近づけること。その方法は未定らしいですが、それは劇的なものだと彼は仰っていましたね』
「何ですかそれ。そんなあやふやな取引にクシナが応じたんですか」
『それをワタシに言われても困ります。先ほども言いましたがクシナさんが決めたことですから。どうしてもと仰るならクシナさんに直談判してください』
「はあ……。どうせクシナは私が言っても辞めないだろうから、わざわざ止めに行きませんけど……。それで、私は何をすればいいんですか? 手紙にはクシナの評判を上げるよう書いてあったけど」
『ああ、それについては言伝も預かっています。クシナさん曰く、日々街の住民達の依頼をこなして評判を上げるのも大事だが、依頼を出していない人達のことも大事にしないといけない。本当に申し訳ないけど、アーラにしか頼めないから、とのことです』
「依頼とか抜きにして、クシナのことを知ってもらうってことですね……。結構ハードル高くないですか?」
『そうですね。それほど、クシナさんは貴方のことを買っている表れかと』
「クシナが……、私を……」
悪い気はしない。というか、内心凄く嬉しい。そこまで頼られるなら、頑張ってみるのもいいかなと思える。
元より、櫛奈のためならば努力を惜しむつもりもないわけだが、頼られると俄然やる気が漲る。
それを察したのか、フェイレスも満足げな様子で言葉を口にした。
『ご理解いただけたようで助かります。クシナさんもきっと喜んでくれることでしょう』
「クシナのこと分かったように言いますね……。というか、フェイレスさんはクシナの所に戻らなくてもいいんですか?」
『ええ。クシナさんからの指示でして。アーラの役目の方が大変だから、何か困ったことがあったら助けてあげて、と。それで今ここにいる次第です』
「そう、ですか……。クシナも大変なはずなのに……」
しかしここでフェイレスを押し付け合っても時間の無駄だ。櫛奈からの善意をしっかりと嚙み締めながら、アーラは櫛奈の泊っている部屋の前から離れる。
『おや、どちらへ』
「決まってるじゃないですか。クシナの為に、まずはとりあえず街に出向かないと!」




