第34話 神前祭③
「いや~、にしても凄かったな~。バニタスっておっちゃん、何もんなん?」
「私も知らないんだよね……。街の人に聞いても結局よく分からないみたいだし……」
「大体みんなよく知らんけどお金を払ってくれる良い人、って感じの認識みたいやったな……」
「だね。まあ、それで街の人達が助かってるみたいだし、悪い人じゃないかもね!」
ぱっと晴れやかな顔でそう言い放つアーラに櫛奈は苦い笑いで応じた。
――それも含めて怪しいんやけどなあ。
そう内心で呟く。きっとアーラも心の内では彼のことは信じ切れていないのかもしれないが、彼女がわざと明るく言っているのだ。否定ばかりして水を差すのも良くないだろう。
そう自分自身納得させ、櫛奈はアーラの隣を歩む。
彼女達は現在、ぶらぶらと街を散策しているところだった。
バニタスとバドが出て行った後、無事宿の予約を済ませた二人は祭りで賑わうシェイド・セントラルの街を見て回ることにしたのだ。
ついでに、先ほどのバニタスという男について、街の評判を聞いてみたかった。
結果としては自分達が抱いている認識と変わらないモノだったが。
「ねえねえ、クシナ。気になったお店とかある?」
「そうやなあ。食べ物の出店も気になるし、後は髪飾りのお店とかもどっかにあったっけ。アーラはなんかあった? 良さそうなお店」
「私も髪飾りのお店が気になってたんだ! 一緒に行こう!」
「あっ! ちょっ――」
日は沈み、軒先には徐々に明かりが灯り始める。これからきっと街さらに賑わっていくのだろう。
楽しそうに話す家族。のんびりと歩く老夫婦。無邪気に遊ぶ子供達。
そんな中を、櫛奈はアーラに手を引かれながら、しかし楽しそうに過ぎていく。
――こうやってはしゃぐのも何時以来やろ。
今まで、手を引いてくれる人の手を断ってきてばかりだった。
それは櫛奈ができるだけ自分一人の力で頑張ろうとしてきたから。
そこに後悔はない。そうやって生きようと、自分自身で決めた道なのだから。
けれどこうして、手を引かれるのも悪くないなと。彼女は笑みをこぼした。
「あれ? 髪飾りのお店どこだっけ?」
「いや、知ってて引っ張ってくれてたんちゃうんかい」
アーラはえへへ、と反省しているんだかしていないんだか分からない笑みを浮かべ、立ち止まる。
その様子に、櫛奈もつられて笑う。
多くの出店が軒を連ねているのだ。見つけられないのも無理はない。まだ時間はあるからゆっくりと見て回ろうと、そう提案しようとしたところで、別の声がアーラを呼んだ。
「アーラ! 元気だったか!?」
「パパ!? ママ!?」
振り向くとアーラの両親が嬉しそうにこちらへ笑みを向けていた。
どうしてここに、という疑問を投げかける前に彼らからその解答が飛んでくる。
「神前祭で投票しに来たんだよ。アーラ達は祭りを楽しみに来たのか?」
「うん! クシナと一緒にね。後は神様として名前を広めたりとか。色々やってるんだ~」
「そうか。偉いな。クシナさんも、娘に付き合っていただきありがとうございます」
アーラの父が頭を下げる。
櫛奈としてはアーラを付き合わせてしまっている感覚だった。決してアーラのわがままに付き合っているとか、そういう意図は無かったので斜め上からの感謝に面食らい慌てる。
「いえいえ! ウチが付き合ってもらってるって感じなんで、お礼とか言わんといてください」
「ふふ、この人ね、クシナさんが投票対象だったら絶対にクシナさんに入れるのにってずっと言ってるんです」
アーラの母が上品に口元へ手を当てながらそう言った。その言葉に、アーラの父は照れた様子を見せる。
「そこまで言っていただいて、嬉しいです。ホンマはウチも出たかったんですけど、まだまだ実力不足なんで……。それにトゥムクスなら、きっといい国に導いてくれると思います」
「おっしゃる通りです。僕たちもトゥムクスへ投票してきました。アーラが過ごすこの国を、もっともっと良くして頂きたいですから。もちろん、僕たちもそのために尽力するつもりだし、きっとほとんどの国民もそう考えているはずです」
「そうですね」
トゥムクスはやはり慕われているのだと、安堵する。どこぞのバニタスとかいう胡散臭い男よりもよほど彼の方が国のことを考えている。
櫛奈としては、どちらのことも詳しくは知らない。かろうじてトゥムクスについてはどのような人間性なのかは分かるものの、理解しているとは言い難い。
そういった点で言えば、彼女の中では先に知っていた方かそうじゃないかの差でしかなかったのかもしれない。
人の評価など当てにならないな、と。櫛奈はそう内心で苦笑した。
「そうだ。クシナさん、これから食事でもどうですか? 行きつけのお店に行こうと思ってまして」
「あ~……、気持ちはありがたいんですけど、折角の家族水入らずを邪魔するわけにはいきませんよ」
「お邪魔だなんてとんでもない! アーラも喜びますし」
その言葉を受け取ったアーラは首が取れるんじゃないかというほどに、首肯する。
「そうだよ! 櫛奈ももう私たちの家族みたいなもんだし!」
「いや、それは意味分からんやろ……」
とは言え、ここまで言ってくれている彼らにこれ以上断り続けるのも失礼かもしれない。
そうは思うものの、しかし櫛奈の決意は変わらなかった。
「……ホンマに嬉しいし、めっちゃ行きたいです。でも、家族と一緒に過ごす時間って、大事やと思うんです。お父さんもお母さんも、他の人のことを気にせずアーラと話したいでしょうし、アーラやって、二人に話したい事いっぱいあるんちゃう?」
「それは……、うん。櫛奈の言う通り、だけど」
家族との会話がいかに大事なのかを、櫛奈は知っている。母はもうこの世にはいないから、猶更もっと話しておけば良かったなんて、そんな後悔もある。
だから、生きている限り。
チャンスさえあれば、家族と話をしてほしかった。
誘ってくれたことへの申し訳なさもある。櫛奈は頭を下げて、言葉を連ねる。
「なんで、申し訳ないんですが、今回は遠慮しておきます。次があれば、是非同伴させてください」
「そんな! 頭を上げてください! ……でも、分かりました。次は必ず来てくださいね」
アーラの両親がそう笑い掛けてくれる。アーラはまだ不服の様子だったが、そんな彼女の耳元へ口を近づけて囁く。
「ウチとアーラの活躍、いっぱい話しといて」
「ふえ!?」
突然そんなことを言われても困るだろうが、これも神になる為必要なこと。具体的なエピソードが無いと、素直に応援もできないものだ。
きっと凄いエピソードなど無くてもアーラの両親は櫛奈を応援してくれるだろうが、両親から布教する時に結局必要になる。
だから、手始めにビニグス村の件などもアーラから伝えて欲しかったのだが、肝心のアーラは顔を真っ赤にしている。
「えーっと、大丈夫?」
「えっ、うん!? 大丈夫だよ!? それじゃあ、パパ、ママ。お店行こっか!」
いつものような甘い声はその音程を外していて、そそくさと両親を連れてアーラはその場を離れていく。
「ホンマに大丈夫なんか……?」
その姿を、櫛奈は不安になりながらもただ見つめることしかできずに、アーラ一家はやがて雑踏に紛れていった。




