第32話 神前祭
街は相変わらず活気に溢れていて、往来する人の数は以前ここを訪れた時よりも遥かに増していた。
その様子からはとても問題が起きているとは思えない。
「魔獣が出たって聞いたんやけど、全然そんな感じせえへんな」
「そうだね。お祭りもあるし、前よりも盛り上がってる。商人のあの人が言うみたいに大変なことになってなさそうだけど……」
通りを歩きながら街の人達の声に耳を傾ける。
すぐそこの角のお店が魔獣に襲われた、とか。
今日も国の役人が街を回っているらしい、とか。
ビニグス村の魔獣襲撃を収めた騎士団長トゥムクスはやっぱり凄い、とか。
最後の話題だけ身に覚えがありすぎる。聞き流し通り過ぎようとするも、そこにできた人だかりが嫌でも目に入る。
その人の輪の中心。ひと際目立つ男性が声を上げる。
「僕だけの力ではありませんよ。ビニグス村の一件は、そこにいる彼女たちクシナさんとアーラさんの功績によるものが大半になります」
「え? トゥムクス? なんで?」
聞き覚えのある声に疑問と共に視線を向けると、そこにいたのは確かにトゥムクスだった。彼は甲冑を身にまとい、道の脇で会話していた女性二人の言質を正している。
とそこで、彼と目が合った。至極真面目な表情をしながら、こちらへと近づいてきた。
「お久しぶりです、クシナさん、アーラさん。先日はありがとうございました。それに母が随分とお世話になったみたいで、助かりました。護衛の依頼については母から聞いています。どうぞ、神前祭を楽しんでいってくださいね」
いつか見た愛想笑いを作る彼に対して、ため息を吐きながら櫛奈はそれに応じる。
「あん時はお世話になったんやけど……。アンタ、さっきの説明聞く感じ、いちいち訂正してるん?」
「ああ、ビニグス村の襲撃の件ですね。もちろん、一番の功労者が歴史に埋もれてしまうことがあってはならないことですから。ましてやそれが僕の名前で埋もれるなんて、我慢がならない。それだけのことです」
「相変わらず硬いというか、真面目というか。まあアンタらしいっちゃアンタらしいか。実際トゥムクスも活躍してたんやし、いちいち訂正するんはやりすぎやと思うけど。なー、アーラ!」
隣に立つアーラに微笑みかけながら、味方を増やそうと巻き込んでみる。彼女は満更でもなさそうな表情を浮かべ、うんうんと頷き返す。
「そうですよ。ただでさえ騎士としての仕事が忙しいんじゃないんですか?」
「ええ。ここ最近は特に。魔獣の襲撃が如実に増えてきてまして、対応が追い付いていないのが正直なところです。神前祭も控えているというのに、これでは当日はかなりの厳戒態勢を敷かなくてなりません」
祭りで人が最もいるタイミングで、魔獣の襲撃でもあろうものなら惨劇は免れない。トゥムクス含めて、騎士団の苦労が偲ばれる。
「というか、こんな大変な時に神前祭せんでもええやんって思うんやけど……」
「神前祭自体の目的は次期神となる候補を決めること。早く神を決めて、国として力が弱っている今の状態を脱したいのが、国の中枢の考えらしいです」
「ふうん。……そういえばさ、聞いたで? 今回の神前祭でアンタが選ばれるかもしれへんって。ビニグス村の件、訂正せんかったら、素直にアンタにプラスに働くと思うんやけど」
「それこそ、僕の望むものではありませんね。そもそも神になるつもりもありませんし」
「え、そうなん? なんでなん? 折角神になれるかもやのに」
「……僕よりも神に相応しい人間は他にもいます。神とは民の声を聴き、民から信頼され、そして国を活かす存在。僕には、何もかもが足りてません。それに気のいい団員達と国を守り、仕事を辞めて母と田舎で静かに暮らす。そっちの方が、僕に合っています」
「結構民とか守ってるんちゃうん。それに見たところ民からも慕われてへん? ……でもまあ、そっちの方がいいかもやな。ウチは神になりたいけど……」
「おや、じゃあ僕の代わりにクシナさんが出てもいいですよ」
「遠慮しとくわ。ウチなんかに投票してくれる人なんておらんやろし」
アーラの首が千切れんばかりに横に振られているが、例えアーラからの票を得たところで、たった一票では何もできない。そんな恥を晒すぐらいなら、出ない方がマシだと思う。
そんなやり取りをしていたところで、何やら慌てた様子の騎士団員がやってきて、トゥムクスに声を掛ける。
「トゥムクスさん! 街の北方に魔獣が出ました! すぐに対応をお願いします!」
「ああ、分かった。すぐ向かう」
団員の声にそう返すと、複雑な顔つきでこちらへと振り返った。
「申し訳ありません。本当はもっと貴女達とお話をして、一緒にビニグス村での評判を広めたかったんですが……」
「ええってええって。ていうかそんなことするつもりやったんかい……。評判の訂正とかであんまり街の人達困らせたらアカンで」
「そんなことはしませんよ。それでは、またお会いしましょう。どうか、魔獣にはお気を付けてください」
そう言ってトゥムクスは団員と共に人混みに消えていった。
魔獣が現れたと言っていたが、意外と騒ぎにはなっていない。場所は結構離れているのかもしれなかった。どちらかと言えば、街の賑わいに活気が増した気さえする。
「まあ、トゥムクスが向かったんやったら安心やな。どうする、アーラ。もうちょっと街見て回る?」
「うーん、先に宿を取った方がいいかも。私達泊まるところないからね」
「あ、せやね。今まではレィタムさんのところに泊めさせてもらってたもんなあ。じゃあまずは宿の確保やな」
「うん。行こっ! おすすめの宿があるんだ!」
上機嫌に歩き始めるアーラに、櫛奈もそれについて行く。
賑やかな雰囲気にあてられたのか。楽しそうなアーラの姿につられたのか。
櫛奈のテンションも俄かにお祭りムードに染められつつあった。
「アーラは今から行く宿に泊まったことあるん?」
先を行く彼女にそんな疑問を投げかける。彼女は顎に人差し指をあてて、思い出すようなそぶりを見せる。
「うん! 結構あるかなあ。子供の頃にパパとママとで何回か来てたんだ。最近は行ってなかったんだけどね。安くて、ちょっと見た目が古い宿だけど、でもオーナーもスタッフも優しくてサービスが良いって評判なんだよ」
「アーラのお墨付きなら安心やわ。それに、安いのは嬉しいし」
いつだって櫛奈の頭の片隅には借金の二文字が付いて回っている。お金を使わないに越したことはない。
返せる気がしない。
『いつになったら返せるんでしょうかね?』
『いや、知らんけど。アンタの匙加減次第ちゃう?』
茶々を入れてくるフェイレスに適当に返していると、気づけば先導する彼女は歩みを止めていた。
「ここだよ! 宿・エンティス!」
見ればそこには立派、とは言い切れない建物が待っていた。




