第31話 シェイド・セントラルへ
「おはよう、クシナ」
「あ~、おはよう、アーラ」
いつも通りの挨拶を済ませる櫛奈に、アーラもいつも通り嬉しそうな表情をして出迎えてくれる。
彼女が異世界に来て、早二週間が過ぎていた。魔獣の襲撃から一夜明けた後、トゥムクスは大臣に報告をと言い残し、朝早くに村を出ていった。
それからは櫛奈とアーラ、二人で依頼をこなす。レィタムの運営する孤児院を警備、及びレィタムの護衛が主な仕事だが、村の人達の手伝いをしたり、子供達の世話をしたりと意外と息つく暇がない。
そうした日々を過ごしていく中で、櫛奈達はある話を耳にする。
「神前祭……、ですか?」
「そうよ。シェイド・セントラルで二週間後に行われるお祭りらしくてねえ。いまあっちは賑わってるそうなの」
「へえ、面白そうですね。二週間後やったらいけるかな~」
元々今受けている依頼は一か月護衛してほしいというものだった。祭りの日程を知らないが、このまま依頼を続けても神前祭には間に合いそうだ。
と、そこへ後ろから声が掛かる。
「行ってらっしゃいな。ここはもう、大丈夫だから」
振り返るとそこにはレィタムと子供達がいた。何事かと問い掛けようとするが、それよりも早く、レィタムが言葉を続ける。
「貴女達が魔獣を一層してくれたおかげなのか、ここしばらくは魔獣が出たという報告もないからね。付き添ってくれたおかげで無事に病院から薬も貰えたし、しばらくは護衛も必要ないの。ああ、お金の心配ならきちんと報酬は満額払うから、心配しないで」
「……大丈夫なんですか?」
お金のことではなく、彼女のこと。確かに薬のおかげか咳は前よりもしなくなっていたが、それでも年齢も年齢だ。子供達の面倒も大変だろうと、彼女の背後で集まる子供達に目をやると、その中でもとりわけ活発そうな少年が声を張った。
「大丈夫だよ! 俺たちだっていつまでも守られるだけじゃねえし……。それに姉ちゃんから剣の修行もつけてくれたし! 俺がこの孤児院を守ってやるんだ!」
息巻く彼は胸を張って、そう言った。周りの子供からも不安そうな表情は見られない。強がりでも何でもない、本当に自分達でやろうとする決意が表れている。
レィタムはその彼をそっと抱き、嬉しそうな顔でこちらに顔を向けた。
「この子達もいるし、それにトゥムクスが騎士を派遣してくれるそうなの。貴女達ほどではないけど、低級魔獣程度なら討伐できるぐらいの人を持ち回り制で見張らせるって。だから、この村はもう十分、大丈夫だから」
確かにあの後、この村や周辺を見て回ったり夜中も気配を伺ってみたが、魔獣らしい脅威は確認できなかった。自分達がいるから襲ってこないのか、そもそも魔獣そのものがこの一帯から撤退したのかそれは不明だが、現状そういった危険性がないのであれば自分達がここにいる必要性もないだろう。
櫛奈はアーラと目くばせし、お互いに頷いて彼女らに応じる。
「分かりました! それじゃあ、ウチらは今日までとしようと思います。今までお世話になりました」
「こちらこそ。とても助かったわ。また遊びにいらしてね」
そうして櫛奈とアーラは孤児院に置いていた荷物をまとめ、村人全員に見送られながらその村を後にしたのだった。
■
「なあ、アーラ。神前祭って知ってる?」
ビニグス村からシェイド・セントラルへ向かう馬車の中、隣に座るアーラに尋ねる。田舎から都会へと向かう馬車だが存外乗客は少なく、心地良い揺れに眠るものもいれば、紙とにらめっこしている商人風情の人物。乗っている人数は片手で数えられるほどだった。そんな馬車が駆ける音だけが響く車内で彼女は頷いてみせた後、口を開いた。
「知ってるよ。と言っても、知識としてしか知らないけどね。実際に見るのは初めてなんだ。きっと、そういう人が大半だと思う」
「え、今まで開催されたこと無いん?」
「神前祭はね、神を決めるためのお祭りらしいの。でもこの世界には基本的には神はいるでしょ? だから余程のことが無い限りは行われないんだけど……」
「え、このお祭りで神が決まるん? ほなウチ神になられへんやん」
折角この世界でアーラの望みに従おうと思えてきたのに、出鼻をくじかれた気分だ。ただ、この国を支えられる存在がいるのであればそれに越したことは無い。いつ神になれるかも分からない櫛奈の成長を待つよりも、既にいる逸材を充てた方がいい。アーラにとってはそっちの方が喜ばしいだろう。
「大丈夫だよ! クシナは私にとっては神様なんだから」
「いや、そういう慰めが欲しかったわけちゃうんやけど……」
「うーん……、でも私も分からないなあ。神前祭だけで神様って決まっちゃうのかな……」
「まあ、街に着いたらなんとなく分かるんちゃう?」
この場に詳しい人間がいるわけでもないのに、アレコレと悩んでも仕方がない。街に着いたら他の人に聞いてみようと、話題を打ち切ろうとしたところで横合いから声が掛かった。
「あんたら、何も知らねえのかい?」
「ん?」
振り向いてみれば先ほどまで手に持っていた紙とにらめっこしていた商人が、こちらに視線を向けていた。
「なになに、おっちゃん詳しいん?」
「いや、詳しいってほどじゃねえがよ、いま街の方は結構大変らしいんだと」
「大変って、何がなん?」
その質問にニヤニヤしながら、商人の男は応じる。
「そりゃあお前、魔獣が出たんだとよ」
「え!? シェイド・セントラルに出たんですか?」
そこで反応したのは意外にもアーラだった。櫛奈も街に魔獣が出たことには驚きはしたものの、何処かでそういう世界なのだと思っていた。
だから、彼女の過剰とも思える反応に、思わずたじろいでしまう。
「どうしたん、アーラ。確かに魔獣が出たのは大変やと思うけど、そこまで大袈裟に驚くことなん?」
「あ、そうだね。クシナは多分、知らないかもだけど、シェイド・セントラルには結界が張ってあるんだ。魔獣の侵入だけを防ぐ、神が作った結界がね。だから、普通は街中に魔獣は入ってこれないはずなんだけど……」
「あ~……、それで驚いてたんやな。でも、なんでそんな結界があんのに魔獣が入ってこれてるん」
薄々、答えは分かっていた。神が作った結界だがその神はいまやいない。誰かが管理はしているのだろうが、保持はきっと難しいのだろう。
そんな櫛奈の疑問に、商人が得意げに答えた。
「そりゃあ、神が長いこと不在だからだよ。神がいねえと魔獣どもに睨みを利かせることもできやしねえ。今やこの国は神の寵愛もない、言っちまえばそこら辺にある山とか野原とかと変わんねえんだ。そういう場所に人は住めねえ。どんどんと国としての体裁を保てなくなってきてるんだよ。ここ最近は、別の国に移り住む人が増えてるって聞くぜ」
「そうなんや……、だから早く神様を決めなアカンって話か」
「そういうこったな。神様の候補には投票で決めるらしくて、今のところ有力なやつが二人いるって話だ。一人はこの国の騎士団をまとめるその長、トゥムクス=ルムダ。詳しくは知らねえがこいつが一番市民からの声援を受けてるらしい」
「ああ、あの人やね。確かに、この国で一番強い人らしいし、それに市民から慕われてるんやったら、もうその人で決まりちゃうん?」
「まあまあ、もう一人いるって言っただろ? ここ最近、一定の市民から声が上がってるのが、バニタスって奴だ」
バニタス、聞き覚えの無い名前だ。櫛奈がアーラに視線を送るものの、彼女も首を横に振って応じる。
「バニタス、という人は知らないかな……。少なくともこの国で表立って活動してる人じゃないと思うけど」
「アーラも知らんのか……。そんな人が、なんで神の候補に選ばれるん? なんかやったんかな」
何か知っていないかと商人に顔を向けるも、しかし彼から返ってきた反応は芳しくないものだった。
「俺もそこまでは知らねえんだよな。実際、バニタスって奴はこの国の人間じゃねえってのは、噂で聞いたんだが……。どういう奴なのか、何をしてる奴なのかは中々出回ってこねえ」
「ふうん……。ま、街行けば分かるか。色々教えてくれてありがとうな、おっちゃん!」
「こんな雑談なら喜んでしてやるよ。ちょうど街まで暇だったからな」
笑いながらそう言う商人。櫛奈は彼の顔から、少し視線をずらして彼の持つ荷物に目を向けた。
「おっちゃんも街に行くんや。見たところ商人っぽいし、稼ぎに行くん?」
「おうよ。街が大変な時こそ、俺たちがモノを届けにゃあな。それに、治安が悪ければ悪いほど、モノは売れるのよ」
「商魂逞しいことで……」
商売人らしい思考に、最早呆れてしまう。きっと彼もこの国の人間ではないのかもしれない。この国に住む人間にはない、楽観さと他人事感が窺えたからだ。
そうしているうちに馬が駆ける音が変わる。地面から石畳に。舗装された道の先に延びる街並みは特に変わりなく。
その馬車の目的地が見え始めていた。




