第28話 策謀
太陽が昇り始め、眩い陽光が部屋全体を照らす。そこは元々神が座していた間。豪奢な調度品が並んでおり、その空間一帯が荘厳な雰囲気を纏っていた。
神もいないこの部屋が通常使われるのは日中帯のみ。こんな朝早くにいる人間などいない。
そんな中で、ただ一つの人影が光の降り注ぐ窓辺に佇んでいた。
黄金色の髪をなびかせ、深紅の瞳を携える。物憂げなその表情から見る人が見れば、気品高い令嬢かと思えるほどの雰囲気を漂わせているが彼女が着ている何の変哲もないローブがその印象を打ち消している。
厳かな空気が満ちている中、部屋に通ずる唯一の扉が開いた。
「まったく、こんな朝早くからこのバニタスを呼び出すなど、貴女でなければ応じていなかったぞ!」
空間を形成していた空気はあっという間に塗り替えられる。入ってくるなり鼻息混じりに言葉をまくし立てた男は、そのままの勢いでローブ姿の女性へと歩み寄った。
女性は振り返ることなく、ただ朝日が覗く窓の向こうを見ながら口を開く。
「騎士団長トゥムクスの母、レィタム。彼女を病死させるため、色々と手を尽くしてきました。……ですが、今回はそれも失敗。まったく、何をやっているんでしょうか」
「今回の計画は新たに神を選定するためのもの。それをこの国の騎士団長に担ってもらう、と。その予定だったな?」
「ええ。神に身寄りはいりませんから、母親を病死させる計画でした」
「なあ、アリエル。前々から思っていたが回りくどくないか? 何故さっさと母親を殺らん」
傲慢な口調のままバニタスと名乗った男が問い詰めるものの、対して彼女は溜め息で返す。
「この計画について、何も理解していないようですね。良いでしょう、もう一度話します」
ようやく彼女が窓に背を向け、バニタスに顔を向ける。窓から射す陽光が逆光となり、まるで神秘的な絵画か何かと見間違うような光景だった。
「神の身に必要なものは健全な肉体と魂。そして孤高であるということ。肉親が生きていてはそもそも神になどなれません」
「なら何故殺さない?」
「事情がありまして、ワタクシは彼の母を殺せないのです。……それに、言ったでしょう。健全な魂が必要だと。元より持病があるレィタムが病死することは何も不自然ではありませんが、それ以外の死はトゥムクスの心に傷を残す。ああ、何故私がもっと母についてあげていれば、と。彼は自責の念に蝕まれるでしょう。それでは、彼を神に押し上げることはできません」
「だが、失敗した。依頼を見て来た奴が生き残っちまった。これで病院から薬を得て、病死する確率はほとんどゼロになっただろう」
バニタスのその言葉に、彼女はその瞳を鋭くさせ、視線を突き刺す。
「それに関しては貴方も同罪でしょう、バニタス。村に行く前の彼女らに賊をけしかけていたようでしたが、何の役にも立たなかったようではないですか」
「まあそれに関してはもっと使える奴を雇えば良かったと思っているがね。元々わたしの役目は金を使って職業提供連合会からレィタムへ届く手紙を偽装すること。貴女の従える魔獣が殺した依頼受注者をさもまだ生きているように見せかけて、依頼キャンセルをでっち上げるための書面を作成する。……ただ今回はそこまで出番が回らなかった。聞いたぞ、貴女も随分惨敗したと。蓄えていた魔獣百体近く、それに中級クラスも使ったそうじゃないか。お互い、今回の依頼受注者を甘く見ていたんじゃないかね」
「ええ。ですので計画を変更しようと思います」
問い詰めるような彼の視線と言葉を意にも介さず、軽く受け流した彼女はただ冷静に言い放つ。
「祭事を開催します。名は『神前祭』。そこで民に選んでもらいます。誰が最も神に相応しいかを」
「だが結局騎士団長は神にはなれんだろう? 何故そんな祭事を行う必要がある?」
「騎士団長トゥムクスを神にするのは諦めます。代わりに貴方に神となっていただきます」
「わたしに神になれと? 縁も所縁も愛着も無いこの地で、どう神に選ばれろというのだ」
「信仰とは様々な形があります。人々が取る手段が異なるように、神になるために必要な信仰もまた多様。貴方の持っている力があれば、神の候補として選ばれることも可能かと」
「つまりわたしに金をばら撒けと、そう言っているな? わたしが持っているモノなど金しかないからな。金で信仰心を買うのもまた一つの信仰の形だと、そう言いたいんだろう?」
「ご想像にお任せしますよ。ただワタクシも貴方が資金を出しやすいように協力はします」
微笑みそう語る彼女に、バニタスは苦い虫を嚙み潰したような顔を見せる。
「何故そこまでする? 何故この国の神にこだわる。そこまでの価値は、ないだろう」
「神がいないからこそ神になれるという価値が生まれているのですよ。他の国ではこうはいきません。神の座を危ぶまれた歴史は何度かありましたが、今そういった状況の国は少ない。反面、この国は神になるのは打って付けと言えます。神はいいですよ、国全てを自由にできますから」
「ならばアリエル、貴女がなればいい。わざわざ別の人材を用意しなければならない理由もないはずだ」
その時、彼女が見せた笑顔はどういう意図のものだったのだろうか。純朴な感情ではない、幾重にも重ね塗られた笑顔にバニタスは眉を顰める。
「ワタクシでは信仰を獲得する術がありません。……ああ、たった一つだけ、ワタクシの得意とするところがありますが」
「……ならばそれを使えばいいだろう」
「……もし貴方が民の立場なら同じようなことは言えないと思いますよ」
言葉と共に現れるのは眩い輝き。
それは槍の形をした光だった。
両端に刃があるように見えるその槍はただ宙に固定されてい、ピタリとバニタスへと照準を合わせている。
「……恐怖による支配か。確かに、それもまた信仰と言えるのかもしれないな」
「おや、動じませんね」
「今ここで貴方がわたしを殺す理由がない」
「まあ、そうですね」
光は霧散し、この場に満ちていた圧迫感は溶けるように消えていった。
「開催はひと月後。神が消えたことによる国の衰退は加速度的に進んでいます。きっと、民にはお金が入り用となるでしょう。そうなれば貴方を必要とする人間で埋め尽くされていくことになると思います」
「……そう上手く行くといいがね」
呆れたようにそう言うバニタスに彼女は反応することもなく、優雅に、憂いも何もないように。
彼女はそのまま部屋から出ていったのだった。




