第27話 神になるためのその方法
職業提供連合会に仕事を紹介してもらい、少し遠くの村に出向いてそこでトゥムクスと力比べ。陽が沈んだら魔獣の襲撃に遭う。
そんな濃い一日を終えて床に就き、重い瞼を瞬いた時には既にそこは現実世界のベッドの上だった。
「……いや、この後学校行かなあかんの?」
時計を見れば六時。布団に包まれながらそう独りごちる櫛奈は、首を捻る。
おかしい、心が休まる時がない。何らかの法を犯していないとこんなことにはならないはずだ。もしかしてこれが違法労働というものなのではないか。だとすればこうでもしないと生きられない世の中がおかしい。
悶々と、現代労働に対して嘆いていると聞き慣れた声が頭に響く。
『おはようございます、クシナさん。よく眠れましたか?』
傍らに佇む悪魔のその言葉に眉がピクリと動いてしまう。寝ている間に裏の世界で活動していることを除いても、こうしてフェイレスが語り掛けてくるのだからどちらにせよ櫛奈には安寧の時など訪れることはない。
そう悟った彼女はわざとらしく大きく溜め息を吐きながら、声の主に返答する。
「眠れるわけないやろ! 瞬きしたらもう朝やったんやけど? この状態で今から学校行ったら絶対寝るわ!」
『……ワタシと契約する前の貴方は知りませんが、見ている限りだと授業中いつも寝ていますよね?』
「うっ……! いや、それは、まあええやん。細かいことは気にしたらアカンで」
『授業中寝てしまうことを気にしていたのは貴方ですが……、まあいいでしょう。それからクシナさん。何か勘違いをしているみたいなので、少し訂正を』
「勘違い? ウチが学校で寝てるんは事実やけど」
『そんなこと認めないでください。そうではなく、睡眠について認識齟齬を起こしています。貴方にとっては一瞬だったかもしれませんが、実はきちんと睡眠は取れていますよ。脳も身体も、その疲れを引きずっていますか?』
「えぇ……。そんなわけないやん……」
言われて勢いよく起き上がってみるものの、裏世界で感じていた疲労感や痛みは確かに消えていた。
「……いや、おかしない? さっきまでの疲れとか、一睡しただけで治るようなもんでもなかったんやけど」
『あちらの世界、コスモスへは所謂魂のみが連れていかれている状態でして。貴方の肉体そのものは傷ついたりすることはありません。ですので、クシナさんはそもそも疲れてすらいないのです』
「いやそれ早よ言ってや。でも夢ちゃうんやろ?」
『ええ。その証拠に貴方がワタシから作った借金はきちんと管理しているのでご安心ください』
「いや、別にそんな証拠はいらんねんけど……」
今自分がどれだけ借金しているのかはきちんと理解しているが、いざそれを突き付けられると多大な精神的ダメージが櫛奈を襲うだろう。
元より、そんな証拠があったとしても無かったとしても踏み倒すつもりもないので、それなら精神衛生上良い方を選ぶ。
「……それにしてもいきなり別の世界に行かされて、そこで生きる為に借金を負わせるって結構メチャクチャやって思わん?」
『何をいまさら。悪魔なんですから、メチャクチャをしてこそではありませんか。……それに、満更でもなさそうですよ』
「いや、それはないわ」
そこで話を区切り、朝の支度を始める。寝起きだが、どこかの誰かと話をしていたおかげですっかり目が覚めた。
いつも通り朝食と共に弁当を作り、朝練がある弟を見送った櫛奈も自らの登校準備を始める。
何も変わらない朝。
外に出ると、初夏の爽やかな風が頬を撫で、柔らかい日差しが心地良い。
確かに、ぼんやりとした微睡みすらないこの感覚は久々だった。どうやら本当にぐっすりと睡眠は取れていたようだ。
自然、足取りは軽くなり、何なら鼻歌でも歌ってしまおうかと思えるほどだった。
『随分と上機嫌ですね』
「……アンタに話しかけられるまでは上機嫌やったんやけどな」
『それはそれは、悪魔冥利に尽きます』
「はあ……」
いつでもどこでも出てくる自称悪魔さえいなければ良かったのだが、そうは言っても自分から選んだ道だ。文句は言えない。
『それで、これからどうするんですか?』
「どうするって、何を?」
『もちろん、コスモスでの今後の振る舞いです。神になると誓った手前、何か策でもあるのでしょう?』
「あるわけないやん。神になるって、具体的な方法があるんやったら教えてほしいわ」
そういえばアーラにはそう宣言してしまったのだった。とにかく困っている人に手を差し伸べていく、という行動指針はあったものの、それで神になれるとも思っていない。
適当にフェイレスに話を振ってみるものの、どうせ神になる方法など出てこないことは分かっている。
『ありますよ。明確に、神になる方法が』
だから、すんなりと彼からその言葉が出てきて、櫛奈は少し狼狽える。
「え、ホンマに!?」
『ええ。コスモスでは人から神になった前例もありますから。ちなみに主な方法は二つ。別の神に選ばれるか、多くの人々から信仰を得ることができれば神になれます。クシナさんは別の神との繋がりもないので、方法は実質一つだけになります』
「信仰を集めるって……。具体的にはどうやって?」
『それは自分の名を知らしめて、尚且つ心を預けられる存在になることです』
「いや、それが分からんねんけど……」
『簡単なことですよ。目覚ましい活躍をすればいいのです。誰もが認める英雄ともなれば、神に近しい信仰は得られるでしょう』
「活躍って……。それができれば苦労せえへんって。まずその、活躍する機会もないし」
『あの国にいれば、自ずとそのきっかけは訪れますよ。もちろん、その舞台に立てるほどの実力が無ければ意味もありませんが』
そんなやり取りをしている間に、学校に着いてしまった。こんなにも晴れやかな日なのに、回りくどい悪魔と会話をして登校するなど花の女子高生がやることではない。
いつまでももう一つの世界のことを考えているわけにもいかない。
櫛奈は頭を切り替え、校門を潜るのだった。




