第25話 魔獣襲撃④
時は少し遡る。
村の中から響いた女性の声を聞いたトゥムクスは、村人数人と共に村内の被害状況を調べていた。戦えない村の住民達は教会である孤児院に避難している。幸いそれほど大きくない村なので、避難は問題なく行われパニックにもなっていないようだった。
しかしならば、先ほどの悲鳴はなんだったのか。首を傾げているとそんなトゥムクスに声が掛かった。
「トゥムクスさん。この辺りは大丈夫そうですし、他の見回りに行ってきます」
「ああいえ。私が向かいましょう。皆さんはこの孤児院周りの警備をお願いします」
異常はどこにも見られない。それ自体は良いことなのだが今は非常時。異常がないことが異常と考えて動くべきだ。
とすればある程度臨機応変に対応できるトゥムクス自身が行くべきだろうと判断する。
「しかし、あの叫び声は……」
この村の住民の避難は全員済んでいる。狭い村だ、誰か欠けていれば誰かが気付ける。そういった騒ぎも起きていないということは、村の外の人間か。
あらゆる可能性を考えながら村の外周を回っていると、不意に木陰から声がした。
「あの、そこに誰かいるのですか……」
女性の声。聞き慣れないその声に、やはり村の外の人間かと納得する。と同時に声の方を見やる。そこは木々が広がる闇の中。姿は見えないが確かに息遣いや声は聞こえてくる。女性のその呼吸は荒々しく、声音は痛みを堪えているようだった。
怪我人か。トゥムクスはまずはその場から動かず、声だけで状況を確認する。
「大丈夫ですか。よければ何か私に手伝えることがありましたら、遠慮せずに仰ってください」
「……すみません。傷が深く、ここから動けそうにありません。お手をお借りできますか?」
「もちろんです。じっとしていてください」
助けを求められれば救いの手を差し伸べる。それは騎士団所属の身として、ましてやその長たる騎士団長として当然のことだ。
草むらをかき分けて、恐らく木を背に体を預けている女性がいるはずだと、想定しながら木々の間に生まれる闇の先を覗き込もうと近づいた。
彼のその行動は不用意だと、仮にそれを傍から見ている人がいたならそう思うだろう。今は魔獣が攻めてきているタイミングで、得体の知れない闇に触れようとする人間などそういない。
しかし彼は騎士団長。
例え相手が不審で、得体が知れなくても救わないという選択肢は存在しない。
だからそれが罠だとしても、トゥムクスとしてはどうだってよかった。
何故なら――
「まったく。騙すのならもっと上手く騙してほしいものです」
「ハ――?」
刹那、突風が吹いた。
その風は背後からトゥムクスに襲い掛かろうとしていた魔獣を宙で引き裂き、彼は瞬時にその頭を掴む。
「やはり人語を騙る魔獣でしたか」
「ナゼ、トイウカナニガ……」
黒い塵となって消えていく最中、頭部だけとなった魔獣は彼に尋ねる。
「それはそうでしょう。こんな暗がりで姿を現さずに助けだけを求める人間に、一切の疑念を抱かないほど私はお人好しではありません。――それに殺気を、隠せていませんでしたので。それに反応して剣を抜いただけのことです」
トゥムクスの言葉に対して反応があったかどうか。それすらも分からないまま、魔獣は塵となって消えた。
そして訪れたのは静寂。しかし、トゥムクスに纏わりつく嫌な視線は消えていない。
何処か。近いようで、遠く感じる場所から見られている気がするものの、先ほどとは違いその正確な場所は把握できない。
「誰ですか? 私に用があるのなら姿を見せたらどうですか」
声を上げて言い放つもそれに応答する者はいない。
姿を見せない存在。今はそれに気を取られている場合でもないが、懸念材料は少しでも削っておくべきだろう。
トゥムクスは気配を頼りに視線の主を探す。
と、それほど時間もかからずにその人物を見つけた。
ローブを目深に被っており、顔つきは分からない。そもそも木立の中だ、例えローブ姿ではなくても表情など窺えないだろう。
しかしその背丈や身体つきからある程度判断はつく。
恐らくは女性。それも年齢は相当低い、十五かそこらだろう。そして彼女の持つ圧は達人が放つものと同等かそれ以上。
剣を持つトゥムクスの手にも、俄かに汗が滲む。
「……貴女からは敵意を感じません。避難ならばどうぞ孤児院へ。しかし、貴女には必要ないでしょう」
あまり深い質問はせず、相手の返答を待つものの彼女がそれに応答する様子はない。
やがて彼女はローブを翻し、木立の闇の中に消えていった。
「……戻らなければ」
あれを野放しにしてはいけない。すぐさま踵を返し、彼女の気配を追い掛ける。こんなところで暇を持て余している場合ではないが、先ほどの存在を見逃すこともできない。
トゥムクスは闇から抜け出して、足早にとある場所へと向かうのだった。




