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世界の終りまで君と  作者: 佑
第二部 第三章 誰かのために
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97. 泉

 草原にできた塚に、三階層におりる階段があった。

 そして、三階にあったのは。


「海!?」


 小部屋なんてとんでもない。

 右手には広く白い砂浜が、左手には岩場が続く海岸だった。

 『記憶』の高校の修学旅行で行った、沖縄の海を思わせる澄んだ水の色。


「お祖父様、ダンジョンって本当にすごいんですね~」


 きらきらと光を反射する水面を見つめたまま呆然と呟くエリザベスを、呆然とホルストが見つめているわけで。


「絶対、エリーのせいだよな、この地形」

「だな、祖父じいさんも驚いてるし、こんなダンジョンがあるとかって聞いたことない」

「前回潜った時は二階層も三階層も薄暗い小部屋と廊下でした。お嬢様、さすがです!」


 柔らかく温かい風と、鳥の声と色とりどりの花々と――。


「ダンジョンって本当にすごい……。こんなことになるなら日焼け止めと麦わら帽子とサンダルを持ってくるんだった……いや、あの日焼け止めじゃ効かないかもしれない。エリザベスのこの肌だと真っ赤になって水膨れとかになりそうだし、白魔法で癒せたとしても、万一将来でっかいシミなんかできたらトリスタンに嫌われるかも……むむう。海で遊びたければ日焼け止めを開発しろ、とそういう挑戦なのかしら」


 サラサラと指の間をこぼれて落ちる砂を見ながらぶつぶつと呟くエリザベスに皆が苦笑して、しばらく眼前の光景を眺めてから先に進んだ。


 下の階層に進む階段は岩場の洞窟にあった。


「ここだと日差しが強すぎるから、二階層の林に戻りますね。お祖父様、くれぐれも――」

「わかっとる、無理はせん。お前たちも気を抜くなよ。ではの、行って来る」

「マリーも、絶対無理しないでね」

「はい。お嬢様。行ってまいります」


 二人を見送って、一つ上の階層に戻った。


 道なりに草原を進んで、木々のまばらな林に入る。

 さっきは見かけなかった山鳥やウサギやリスなどの小動物がいた。


「けっこう賑やかなのね」

「ああ、生き物が多い――だけどやっぱり魔獣はいないみたいだ。人の気配もしないな」


 あたりを窺いながらウィリアムが言う。


「ダンジョン内部に変化があるかもしれないって話は伝わってるだろうから、今日のところは様子を見て出て来たやつから話を聞こうってことかもな」

「で、今日のところは俺たちは出番なし――か?」


 どうやらそういうことになるらしい。

 夕食の食材は揃っているから狩って欲しい動物もいないし。


「ウィルとリュカには申し訳ないけど、お祖父様たちが戻って来るまで、長い休息につきあってもらうことになるみたい。他の冒険者もいないし魔獣もいないしいても私がいたら出てこないんじゃ『一体何のために来たんだ?』ってなるわよね」


 申し訳ない顔で肩をすくめるエリザベスのために、リュカが木陰にキルトを広げてくれた。


「ダイエットキャンプ並みに厳しいって聞いてきたんだけどな」

「そうだ。休息なんかしてたら太るぞ。エリー、今日の弁当の中身、なんだ?」


 思い出したように昼食を確認された。

 確かに、普通にダンジョンを潜るつもりで作ったお弁当はカロリーも高めだ。


「ベーコンエッグハンバーガー……ウィルたちのベーコンは厚切りでハンバーグはダブルで。もちろん生野菜もしっかり入ってるけど――サイドに皮付きのポテトフライとチキンの香草焼き。デザートに厚切りのアップルパイ。アイスクリームもつけたかったんだけど、持ち運べるサイズの保凍庫がなくて、それは断念したの。

 それでもかなり――だけど飲み物はちゃんと甘くないお茶にしたわよ?」

「ちなみに夕食の予定は?」

「メインはキングサーモンの照り焼き――醤油ベースのタレのやつとお味噌に漬けておいたやつの二種類。南瓜のサラダ、昆布と油揚げのお煮しめ、ニンジンとジャガイモとネギのお味噌汁。

 今日は東洋風にして欲しいってお祖父様が言ってたから。

 ニコラスが持ってきてくれた辛口のお酒を開けるから、鱈子の昆布巻とだし巻き卵を出して欲しいって――たぶん二人とも好きだと思うわ。他に何か食べたい物、ある?

 あ、デザートは心太と生どら焼きのつもりだったんだけどさっきの瓢箪のこともあるからもしかしたら追加ができるかも」

「……いや、ない」


 顔を見合わせてから「これはまずいな」と苦笑する二人に提案した。


「ランニングとか、騎士コースの基礎トレでもやってみたら? 腹筋が割れてる男性ってポイント高いんですって――私ならこの辺をうろうろしてるから――わかってる、遠くには行かないわ」

「エリー? まさか俺たちの腹筋がたるんでるとか思ってないよな?」


 ウィリアムが笑う。


「もちろん思ってないわ。二週間後はわからないけど――がんばって」


 そう言いはしたものの、二週間後はわからないのは自分のウエストも一緒。

 自分のものはウィリアムやリュカのお弁当程高カロリーではないにしろ、油断は大敵。

 今日の祖父がどこまで潜って何をもらってくるかわからない以上、魔力は減らせないけれど、運動はしないと。


 それぞれに身体を動かし始めた二人を横目に、エリザベスもウォーキングに精を出すことにした。小道を歩いて行って小さな橋のところで暫し小川を眺め、小魚が仲良く川上に頭を向けている様子を観察して、今度は道をそれ、小川の側を歩いて戻る。ウィリアムもリュカもランニングがてら何度もそばを通った。


 小道に沿って歩いていた時は気がつかなかった野イチゴの茂みや小鳥の巣を発見する。カエルがエリザベスの足音に驚いて川に飛び込んだり、蜥蜴や川ネズミが走り出て来たりして、けっこう楽しい。


 魔獣が出るダンジョンの中だなんて思えない。『記憶』にしかない世界で体験した林の中と全く変わらない場所に思える。

 岸辺にしゃがんで水に手を伸ばすと、澄んだ水は思いのほか冷たかった。


 どこから流れてくるんだろう。


 ゆっくり道に戻り、今度は筋トレをしている二人に「小川の流れを上流にたどってみるわね」と話してからエリザベスは歩きだした。


 本当に光がよく入る林だ。木々の一本一本もそんなに太くないし、枝も多くない。小川の水面が光を跳ね返すし、水音がするおかげでちょっとくらい離れても小川を見失うことはなかった。

 十分も歩かないうちに、流れの源泉にたどり着く。


 そこは小さな泉だった。


 その空間だけ林の木々が途切れて、丸く開いた空間の真ん中に光をたっぷり受けた泉がこぽこぽと小さな音を立ててわき出している。

 澄んだ水が小川を作って流れ出していた。


「わあ。なんてきれい――これってなんか『特別』って感じがする。『癒しの水』とか、いいかも~」


 ダンジョンの中なんだからもっと恐ろしい場所がたくさんありそうなのに。

 あふれ出る水は澄んでいて、見ているだけで何か悪いものが『浄化』されそうに見えた。

 泉から小川へと流れ出ようとするその縁に片膝をついてそっと手を差し入れた。


「く~っ! 冷たい! 地下水って感じがするっ。これ、飲んでも平気かな~?」


 両膝を地面につけて、両手で掬う。

 直接飲んだらだめかもしれないけど、掬ってしまえばたぶん平気よね――。

 唇をつけた両手の中の水は、とても『澄んだ』味がした。


「うん。たぶん。これってすごくいいものって気がする。いい所見つけちゃった――後でウィルとリュカも呼んでみよう――」


 嬉しい気持ちのままに泉を見おろしたエリザベスの笑顔が水面に映る。

 その後ろに、どこかで見たことがあるような人影――。


 え?


 目を疑った。

 だって、泉を見おろしたら、背後に移るのは空のはずだ。


 見間違いよね。


 そう思って、それでももう一度目を凝らした。

 揺れ動く水面に、やっぱり、人影が見える。


 うん?


 ゆっくりと振り返ると、はたして十五メートルほど背後の樹々の間にストレートの黒髪をした長身の男性が立っていた。

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