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世界の終りまで君と  作者: 佑
第二部 第三章 誰かのために
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96. 温泉と草原

「いや、ダンジョンに求めるものは人それぞれじゃから――ちょっと、妻のユリアを思い出してな――『食材』と『温泉』を特に欲しがっとった。『足湯』というやつもそうじゃろう? 東洋人は風呂好きらしくてな、『猿でも入るのに、こんないいものに人が入らないなんて』と叱られた――その後で深めの盆に酒を乗せて湯に浮かばせてくれてな……懐かしいのう」


 目を細めて遠くを見る。

 そんな祖父を見てエリザベスも遠い目になった。


 お祖母様。鬼籍に入ってしまったのが心から悔やまれる。

 ぜひお会いしたかった。


「お祖父様? ということは、温泉があるんですの? ここ」


 感慨深くなって両手を合わせた後で期待感についにじり寄ったエリザベスに、ホルストが後ずさる――それをウィリアムとリュカが恐ろしいものを見るような目で見た。


「いや――妻が生きておった時の話じゃよ。もうずいぶん見ておらん。欲しいのか? ――欲しいんじゃな。その様子ならそのうち湧いて来るじゃろう。が、帰ったら一応トリスタンに相談せい。きっと早まる」


 やった!


 感動で震えるエリザベスを今度は不思議そうに見つめているウィリアムとリュカの視線がなかったら、踊りだしていたかもしれない。


「なんだか入って来た時より明るくなったような気が……するな」


 リュカが辺りを見回した。


「本当だ。それになんだか嗅ぎ慣れない匂いもするな……さっきまで、こんな匂い、してなかった」


 ウィリアムの言葉にエリザベスも周囲の様子を窺って――。


「きゃー♡ 硫黄の匂いだ。お祖父様、絶対ここ温泉があるわ!」


 今度は我慢できず、それをどうにかスキップでごまかした。


「ほ。なんと――なかなかやりおる。わしもだいぶ落とされとるようじゃな」


 親指に嵌めた指輪を撫でながら、ホルストが呆れ声で言った。


 そして、匂いの示す通り、緩やかに曲がった洞窟のその先に、真っ白い湯気の立ち昇る白濁した湯の流れ落ちる滝と、それなりに深さのありそうな滝つぼがあった。流れ出す川もちゃんと温水らしい。道から外れた河原も歩きやすそうな、大きくて平らな石だ。


「やったー♡ ダンジョン最高っ!! 足湯ができる~! そして、この滝つぼ広い! 泳げそう!」


 駆け寄ろうとした途端にみんながぎょっとした顔になった。

 ウィリアムがぱっと腕を掴む。


「大丈夫よ。いくら何でもいきなり飛び込んだりしないわよ?」


 何を考えたのかと驚いてそう言えば、ウィリアムだけでなくなぜかみんながほっと息を吐いた。


「ま、持ち出せんものは具現化も楽じゃしな……先に進むか」




 どうやらこの一階層は洞窟風呂らしかった。洞窟なのにどういうわけか明るいし、空気の通りもいい。奥に進むにつれてどんどん明るくなっていって、ついに洞窟を抜けて露天風呂! といった感じになったところに下に降りる階段らしきものがあった。


「魔物、出ませんでしたね」

「人もいなかったな」

「まあ、今日は初心者は入れてないはずだしな」

「生卵持ってくるんだったわ。温泉卵が作れたはず。そうだ温泉饅頭もいいかもっ!」

「ふぉっふぉっふぉ」


 それぞれの感想を抱きつつ階段を降りると、今度は澄んだ青空の下、ちょろちょろと小川の流れがある初夏の林に迎えられた。


「わ~。ここもすごくいい感じね」


 『記憶』の旅行で行った信州の高原を思わせる。

 大きく深呼吸をするエリザベスをリュカが不審の目で見た。


「なあ、祖父さん、ダンジョンってこういうやつだっけ?」

「敵とか出るはずだろ? これのどこがダンジョンだよ?」


 ウィリアムも聞く。


「エリザベスがいたら魔物は出てこんと言ったじゃろうが。だが人には気をつけろよ――今はいなさそうじゃが。しかしこれだけ影響力があるとは――林に、小川に――道なりに進めば迷いもしない、といったところか。ダンジョンどころか散歩道じゃな……お、見慣れぬ植物じゃ。エリザベス、あれが何か知っとるか?」


 言われるままに祖父が指さした木の枝を見上げて。


瓢箪ひょうたん?」


 そこに絡まる蔦からぶら下がる、かわいらしい形に気がついた。


「瓢箪よね――」


 手を出そうとして止められる。


「迂闊に手を出して、悪いものだと困るでのう、とはいえまだ二階層、たいしたものは出ないと思うが――ウィリアム、一つ切り落としてみろ」

「はい」


 ヘタのところですっぱりと切り落としたそれを、ウィリアムが拾う。

 特に何ということもないようで、採ってくれたそれを受け取る。重いし生だということはわかっていたけれど、ついつい振ってみた。ら。


 瓢箪はあっという間に重さを失って、カラカラと乾いた音を立て始めた。


「えええ~? 何、これ?」

「どうした、エリー!?」

「中身が乾燥したみたい。軽くなったわ」


 こうなると、中身が気になる。

 「ウィル、これ割ってくれる? 何か入ってるの」


 そしてウィリアムが短剣で縦半分に割ってくれたその中身は。


「金平糖だ~♡」


 エリザベスの『記憶』をたどれば懐かしい、小さなこぶのついた砂糖菓子だった。

 ひょいとつまむと誰が止める間もなく口に放り込んで「甘~い」と笑ったエリザベスに周りが一瞬慌てて、「そういえばエリザベスには解毒機能が付いとったな」と祖父が呟き、マリーが頷き、ウィリアムとリュカが顔を見合わせた。


「エリザベス、魔力は減っておらんか? 毒がないとは限らんのじゃから、ダンジョンの中のものは簡単に口に入れんでくれ」


 そう言われて反省する。


「ごめんなさい。気をつけるわ。つい懐かしくて――魔力は減ってないと思う――むしろ気力がアップした感じ。嬉しい」


 ころころ転がって乾いた音を立てる粒たちを見つめる。


「懐かしいのう。ユリアが作っていたことがある。不思議な形の鍋で延々と転がし混ぜて――」

「え? お祖母様、金平糖まで自作してたんですか!?」


 レシピ帳にはなかったはずだ。

 祖父もつまんで口に運んで目を細める。


「もしかするとダンジョンの名物になるかもしれんのう――それとも中身は実によって異なるか? ウィリアム、試しにもう二、三個――」


 全てを言わせるまでもなく、スパスパと短刀が閃いてあっという間に瓢箪が三個、目の前に並べられた。一つ持ち上げて振ってみると、やっぱりあっという間に軽くなった。けれど、今度はあまり音がしない。


「ウィル、音がしないけど、軽くなったから切ってみて――」


 その中身は。


「ミニ最中~♡ お祖父様、食べてもいい?」

「毒は――ないようじゃな、いいぞ?」

「ふふふっ。久し振りの感触ね。お祖父様もマリーもどう? ウィル、甘いけど食べてみる? リュカは無理ね――お茶かコーヒーがないと――これ、帰る時にサリーにお土産にしてみたら喜ぶかも。残りの二個も開けてみる?」

「後でいいじゃろう、先に進もう――なかなかおもしろい食感じゃが――甘味の詰まった実か。エリザベス、お前そんなに甘いものが好きじゃったのか?」


 ちょっと呆れたように言われた。

 もちろん甘い物は好きだけれど、これはエリザベスの好みではない。


「私は普通――和菓子が好きなのは私じゃなくてトリスタンよ。ふふふ。お土産にしようっと」


 いそいそと残りの瓢箪をカバンに詰めるエリザベスを見て、周囲が温かい表情になった。


 小道のままに林を抜けて進む。小川は蛇行していて時々道沿いに、たまには交差する形になって小さな橋が架かっていたりする。

 やがて草原に出た。

 さわさわと風が抜けて気持ちがいい。


「お祖父様、ダンジョンって随分広いんですね~」

「いや、何というか、こういう大きな空間は深層以外ではあまり見ない……通常は小部屋がいくつかあって、それが通路で繋がっているんじゃが……まあ、こういうのは敵も人も見つけやすくていいがのう。ほれ、羊がおるぞ。向こうには――あの黒いのは牛、か」

「え! じゃあ毛糸が取れますねっ! ……牛、は。ううう、ホントだ。しかも黒い。肉牛か……ごめんなさい。でもステーキとか、食べさせたいし……でも、あああ、どうしたら」


 鶏やうずらや鳩はともかく、牛は食肉にするまでが大変そう。パートリッジ家でも肉の塊で買ってくることはあっても牛のままで提供されたことはなかった。

 涙目になったエリザベスを見て、祖父が悩みの内容を察する。


「うむ。肉用種なんじゃな? 肉にすることは考えんでええ。お前は肉屋の鳩を生き返らせたことがあると聞いておるわ。だが何よりも――地上で飼うよりここで飼う方がずっと楽じゃし牛も幸せじゃ。地上は冬でもここでは草が茂っとるのじゃろうし――のう? エリザベス?」

「そうですわね! 一年中青々としていたらいつでもピクニックができますね~♡ お祖父様、ダンジョンってすごいんですね!」


 落ち下限だったエリザべスの気分が上向く。


「そこの川もおそらく凍るまい。魚もいるのではないか?」

「ですわね! こんなにきれいなんだし――冬でも魚釣りができますね~♡」

「つまり、そういう魚を狙ってカモや水鳥も来るじゃろうな?」

「そうですわね! うん。冬場は鳥鍋とかもいいですよね~♡」


 生き生きと目を輝かせてダンジョンを褒めたたえるエリザベスを横目に、リュカがそっと呟いた。


「おい、ウィル。あの祖父じいさん、おもいっきりエリーを誘導してると思うんだけど」

「ああ、絶対確信犯だ。だけど、どうなってるんだろうな――エリーの好みがダンジョンにある程度反映されるだろうってのは聞いたけど、ここまでとは――」


 周囲を見回すウィリアムの疑問に答えたのはマリーだった。


「ダンジョンの持ち主――つまりシュヘル家の当主たち――の希望とエリザベスお嬢様の希望が沿っているんです。ホルスト様は前当主、トリスタン様は次期当主です。当主たちが希望を叶えたいと感じているのなら、ダンジョンは可能な限り応えると聞いております。それが妻であればなおさら――逃げられないための蜜のようなものでしょう」


 エリザベスには聞こえない程度の小声だ。


「なるほど、そりゃ反映されるわけだ。なんだかんだ言ってトリスタンも必死だってことだな」

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