94. 兄たちの語らい
納得のいかない顔になったエリザベスは、すごくかわいいと思う。
だけど、そこは違う。
だから止めた。
アリアンヌのそれは当然の非難だし、ウィリアムのは――言いたいことはわかる。
気づいていないわけじゃないから。
エリザベスはトリスタンがお気に入りのデザートを食べる時、よく観察している。
で、トリスタンが喜んだのを確認して――すごく嬉しそうな顔をする。のだ。
それに気がついたときは、壁に額を打ち付けたくなった――エリザベスが前に学院でやってたみたいに。
たぶんさっきも――だから、あえてずっと餅の方だけ見ていたんだし。
『見る場所が違う』ってのはそのことだ。だけどあの顔を見ろってことなら、無理だ。
「言い訳させてもらう。恵まれすぎてるのはわかってるし、見る場所が違うのもわかってる――だけど俺はもう落ちきってるから、これ以上どうにもできない。あれ、まともに見たら討伐完了スライムになって地面に染みこむしかないだろ、どうしろって言うんだよ」
「ええ!? トリスタン、誰かに攻撃されたの? 大丈夫!? 治癒魔法する!?」
エリザベスの驚きの声にアントニーがジュースを吹いて、ナイジェルがきな粉にむせた。
リディアが駆け寄って水を渡す――かなり辛そうで、どうせならアントニーがむせればよかったのに、と思う。
視線を戻したら、目の前の義妹の顔から怒りが消えていた。
まったく弟だとは思えない義弟の方はまだ何か言いたそうだったけど――それでも口を閉じて、エリザベスの方を見てから諦めたように首を振った。
わかってくれはしたらしい。
~~~~~~
その晩。
「俺、今日ちょっとだけトリスタンを気の毒だなって思った」
白ワインを口に運びながら砕けた口調のウィリアムが苦笑した。
「ああ、俺もだ――『ふさわしくありたい』って言ってた、ってステファンも言ってたしな」
同じように笑うのはリュカだ。
深夜、シュヘル邸のダイニングで、内情をきちんと知っている兄貴分二人だけの相談会。
「エリーを落としたくても、その前に落とされるから迂闊に近づけない――ってとこか。なんだろうな、あれ? 新手の惚気か?」
「攻撃ってことではエリーの方がはるかに上手だからな――エリーに惚れない男なんて――撃沈しないやつも――まあ、それはいいか。アントニーを見習ってちょっとはがんばれるといいけどな」
「あいつを見習うのか~?」
二人揃ってまた苦笑だ。
「それよりもあの祖父さん、『自分がダンジョンで受けた呪いをエリーが解いてるんだ』ってトリスタンに話した方がいいんじゃないか? エリーのことは絶対に手放せないんだって言っちまった方が早いだろ。トリスタンも腹をくくるかも――」
そう言いながらウィリアムが自分のグラスにワインを追加する。
「うまく伝えないとあいつがますます自分を卑下することになりそうだ――『エリーをここに縛り付ける鎖にはなりたくない』って言ったそうだからな――だけどこの領地を継ぐ以上いずれはトリスタンも潜るようになるってことだし」
「だけどトリスタンにそれだけの魔力があるからこそエリーが解呪できてるんだろ? 『魔王』の名前を使ってエリーを守れるのも――この上ない組み合わせだよ」
「傍から見ればそうなんだけどな――」
ワインと一緒に楽しんでいるトマトとチーズのカプレーゼとキングサーモンのマリネは朝食用にエリザベスが用意したものだと思うけれど、夜のうちに減ったからって文句は出ないだろう。
「未来の国王としてはさっさと子どもの二、三人作って安心させて欲しい。あの二人はどっちが欠けても困るんだよ」
「トリスタンは『ちゃんと成人して、ウィルベリー公爵の許可を取って』って言ってた――成人はともかく公爵の許可なんていらないって話だけでもできないのか?」
グラスの縁から届いたリュカの視線が、『内情を知っている』と告げている。
「ダメだな。そこは絶対に公にはできない。それこそあの二人に子どもができて、絶対に立場が覆せない状態にならないと――っていうか、何でお前がそれを知ってるんだよ――アーノルド公か?」
「そういうお前も――国王が話したのか?」
明言は避けたまま、中身の減ったリュカのグラスにウィリアムがワインを追加する。
ボトルの中身は既に半分以上減っていた。
「つまりトリスタンを説得すればいいんだよな? エリーはあれ、トリスタンが好きだと思っていいんだろ?」
リュカがウィリアムに確認しながらサーモンに黄緑色のソースを絡めた。
「……あの顔だぞ? あれだけ落としにかかってるんだから、もういいだろ。ただ一気には無理だし、それはトリスタンもそうだろ? 好かれてることは――ちゃんとはわかっていなくても、少なくとも落としにかかられてるってことはトリスタンだってわかってるんだ。エリーはちょっと不安そうだったけど。あの二人奥手すぎるんだよ。
おもしろいからもうちょっと放置したいとこだけど、今日賭けに負けたから俺はエリーに協力しないと……俺、今日この先の十年分くらい笑ったと思う」
今も思い出し笑いをしながらウィリアムがカプレーゼに手を伸ばす。
「ああ、あれか……最初笑ってたやつ、何の話だったんだ?」
「エリーの悩み、お前が教えてくれなかったから本人に聞いた」
そう言いながら苦笑。
「エリー、お前に話したのか」リュカも笑う。「よく話したな」
少し感心したような顔になった。
「親友だからな。絶対笑わないって賭けて、おもしろ過ぎて負けた――あんまりかわいいから一瞬サリーの存在を忘れそうになったよ」
「おい?」
グラスを口に運ぼうとしたリュカの手が止まった。
「いや、冗談――だけど、あれはホントに困った。『トリスタンにキスしてもらうためにはどうしたらいい?』って聞かれたんだぞ? 恥ずかしそうにもじもじして――あのエリーがだぞ? かわい過ぎるしおもしろ過ぎて、脳みそと腹筋が壊れるかと思った」
ウィリアムが「あれは、ない、本当に困った。俺の婚約者だった時の『氷の令嬢』が影も形もない」そう言いながらまた笑う。
「……確かにその相談はない、な。俺、直に相談されなくてよかった」
リュカが長々と安堵の息を吐く。
「しかもその後にアントニーのあれだ――」
「あれも、ない、な。あれも直に相談されなくてよかった」
さらに大きな息を吐くリュカをウィリアムが楽しそうに見る。
「長兄は大変だな」
「五人もいるとな。――最長でも二年も違わないのに俺にそこまで兄貴役を求めるなって思うけど。……それでも一応兄だしな」
ワインを飲み込んで息を吐く。小さく首を振る様子は、間違いなく『やれやれ』だ。
ウィリアムが目の端で笑った。
「いや、五人じゃないだろ? 俺と弟が下に入るし、そう言う意味ではアリーの夫も義弟扱いだろ? お前がパートリッジの長男。末っ子トリスタンの嫁がエリー、その妹の夫がユージーンと俺で、俺の弟がロドリック」
「やめろ。ロドリックはともかく、残りは弟とは認めない。特にユージーンは数年で三十代だぞ」
「妹もわんさか増えるな」
「そっちは歓迎するよ――特にエリーとアリーは」
「奇遇だな、その二人に関しては俺もいい義姉ができたと思ってるよ……ところで義兄さん?」
悪意のない顔で笑って見せる――けれどその顔にその台詞で悪意がないわけがない。
「やめろって。俺はお前も義弟とは認めないぞ」
「そんなことを言わずに、かわいい義弟のために、もっとかわいい義妹の悩みを解決する手段を一緒に考えてくれないか? 賭けに負けたんだ」
ワインの残りをグラスにあけて、「もう一本あけるか?」と聞く。
「――次は赤を頼む」
リュカが食糧庫を覗く。「ナッツでいいか? 特別にローストしてやる」
「公爵家の長男がナッツを炒るのに炎魔法……」
「笑うなよ、便利だろ? 塩をよこせ。それからまずアドバイスだ。エリー相手に賭けをするのはやめろ。一度も勝てたためしがないんだから――」
「負けるのはわかってたよ。だけど力になりたかったんだ。まさかあんな内容だとは思ってなかったから」
ウィリアムが肩をすくめて塩の入ったミルを渡す。
「……それじゃあしかたないな……あのな、今日アリーに聞いた話だと……」
そして夜は更けていくのだった。




