93. 兄弟
「アドバイスして殴られるとか、何なんだよ……」
「あれはアドバイスじゃない」
リュカとウィリアムに引きはがされながらも睨み合う。
「ふざけんなよ。どう聞いたってアドバイスだろうが」
「人のプライバシーに土足で踏み込むな」
「せっかく親切に教えてやったのに」
「余計なお世話だ」
顔を顰めてからそっぽを向いたら、リュカの声が降ってきた。
「余計だったのか? 本当に」
「……」
確かに、全てが余計だったわけではない。
「ほらみろ。末っ子は詰めが甘いんだよ」
アントニーの声にまた怒りがぶり返す――。
「間違いなく最後のは余計だろ!」
「一番重要だろ!」
また睨み合う。
「十七にもなって兄弟喧嘩とか、やめろ。こんなところまで来て兄貴役はたくさんだ。俺に仲裁させるなよ。離すぞ。掴みかかるなよ? リリアナ、こいつを捕まえといてくれ。エリー、トリスタンの方、頼む」
うんざり、と言った口調で言ってリュカが手を離す。その離された腕をエリザベスが両腕で掴んだ。
あ、腕組んでくれた――ラッキー……じゃなくて。
「だったら次からはリュカが相談に乗れよ、僕はもうたくさんだ。エリー、ここ治してくれ。腫れてきた」
まだ不満そうなアントニーの顔を睨む。ちなみに殴った時に痛めた指の方はエリザベスが腕を掴んだ段階で完治した。
「お前、エリザベスに近づくな」
「なんだよ、ヘタレのくせに」
「エリザベス、治すことないぞ、こんなやつ」
さすがにこの状態から殴りかかりはしないけれど、絶対に治癒魔法を使う価値はない。
「なんなのもう――トリスタン、わざわざ来てくれたのに」
「そうだぞ。それに僕は明日から収納庫の魔法付与にかかるんだから両目が開いてないと困る」
ふん、と偉そうなアントニーの左目の下が確かに赤くなって腫れてきた――と思ったら、エリザベスが腕を解いて右手を伸ばした。せっかく組んでくれていたのに。
しかも軽く触れただけでもと通りだ。
くそ。
「ありがとう。助かった――本当にエリーはこいつの嫁にはもったいない。心底そう思うよ。迷惑かけてごめん」
天使のような顔で笑って自分は悪くないかのような言い方をするところに腹が立つ。
いつも三男のディミトリ以上にうまく立ち回るし計算してやっているところが多いから、アントニーはその天使のような見た目に百八十度反して性格はかなり悪いと思う。しかも一か月しか違わないのに兄貴面をして、遠慮もない。
「迷惑なんて、そんなことないわ。でも、トリスタンがあんなふうに怒るなんて初めて見た――何の話だったの?」
「え、あ、いや、それは……」
ふん。言えるもんなら言ってみろ。
しどろもどろになって目を泳がせるすぐ上の兄に舌を出す――とエリザベスがくるりと振り向いた。急いで舌を引っ込めて普通の顔に戻す。
「トリスタン? 何の話だったの?」
「え? 俺にも聞くの、それ」
「聞くわよ。なんでいきなりアントニーを殴ったりしたの?」
「え、いや、それはちょっと……」
今度はエリザベスの背後でアントニーが舌を出した。この野郎。
「お前、もう一回殴られたいか!?」
「ちょっと、トリスタン!? どういうこと?」
エリザベスがもう一度トリスタンの腕を掴んだ。
だけど、やった。と思ったのは一瞬で。
「エリー、理由は僕たちで聞いておくから――ほら、デザートがあるって言ってただろ? アリー、悪いけど、リリアナとリディアも一緒に――いいかな」
リュカがいい感じに口を挟んだせいで、また手を離された。
くそ。
「もちろんいいわ――ほら、行きましょ? お姉様、デザートは?」
アリアンヌがエリザベスを引っぱる。
「家の中よ。保冷庫にわらび餅とレモンのシャーベットがあるけど……」
諦めたように首を振ってエリザベスも歩きだす。
とりえず、質問に答えずに済みそうなのは助かった。
~~~~~~
デザートを乗せたトレーを持ってみんなと一緒にエリザベスが戻った時には、ウィリアムがテーブルに突っ伏して、さっき以上に笑っていた。
不機嫌そうな顔のトリスタンと、呆れ顔のリュカと、気の毒そうな顔のナイジェルと、平然とした顔のアントニー。
険悪な感じではないけど、何これ?
トレーをテーブルに置いたエリザベスはとりあえずトリスタンに聞いた。
「……解決したの?」
返事はない。
「……しなかったの?」
こっちにも返事はなくて。
「デザート、欲しい人~?」
アリアンヌの声にトリスタンとアントニーを除く三人が手を挙げた。
ウィリアムとナイジェルはレモンシャーベットを取り、ナイジェルはわらび餅にきな粉と糖蜜をかけた。リュカもちょっと考えた後でわらび餅を取る。
「トリスタン? わらび餅、好きでしょ? 冷えてるわよ? いらないの?」
隣まで行って見上げたら、不機嫌そうな顔が困った顔になった。
その理由は――まさか今日のメニューの締めにわらび餅はダメだったということか、それとも未解決のケンカの原因か。
エリザベスも困った顔になった。
「……いる」
ということはやっぱりわらび餅のせいではないのね。
目の端に、リリアナがアントニーにレモンシャーベットを勧めているのが映った。
ちゃんと座ったのを確かめてからカップを渡して黒蜜を渡す。トリスタンはいつも途中からきな粉をかけるから、きな粉入りの小皿も別に置いた。
後はお茶だ。
その場を離れる前に、トリスタンが親指の先くらいの大きさの餅を小さな串で刺して、口に運ぶ様子を観察――。
よく冷えて甘い、柔らかくて透明な餅は、見た目も夏にぴったりのお菓子だ。
一口食べてほっと息を吐くと、嬉しそうに目じりが下がる――。
よし。今日も、喜んでもらえた。
「緑茶、持ってくるね」
「うん」
短い返事だけど、『うん』ってすごくかわいい、と思う。
喧嘩のことはともかく、嬉しい気持ちになってカップと水出しの緑茶を持って戻ると、今度はなぜかトリスタンがアリアンヌとウィリアムにお説教されている、ように見えた。
「ちょっと、今度は何をやってるの!?」
とりあえず間に入ってみたら、なぜか説教されていたはずのトリスタンに止められた。
「アリアンヌのは俺が『恵まれすぎてる』って話で、ウィリアムのは『見るべき場所が違う』ってだけだからどっちも本当だし――」
「恵まれ――? って、アリー。そんなにデザート、気に入ってくれたの? シャーベットもわらび餅も作るのは難しくないし、レシピならいくらでも教えるわよ。それにトリスタンに聞いても作り方はわからないわよ? ウィルのは――見る場所、って何、それ?」




