88. 友人たちの訪問後半戦
二週間後。
「アリー! リリアナ! いらっしゃ~い!!」
「リュカ! アントニー! ……それにウィリアム、だよな?」
最後は小声だ。
前半組のナイジェルとリディアはそのまま残り、他のメンバーが帰宅するのと交代するようにまた懐かしい顔たちがやって来た――なんと、髪の毛を茶色く染めて変装したウィリアムまでが本当に来た。
「三日前の宿で前半組と会ったよ。行程は予定通りだって言ってた。みんなすごく元気そうだったけど――『気をつけないと太るぞ』って忠告された。どういうことだ? 親父にはダイエットキャンプのつもりで死ぬ気で働いて来いって言われたのに」
馬車から降りたリュカがトリスタンの肩を叩いて言う。
「なんじゃ、結局来たのか」
全く歓迎しているとは思えない言葉をかけたホルストに挨拶しようとウィリアムが進み出て「挨拶はするな。面倒じゃ」と、口を開く前に止められた。
「お祖父様、リュカたちはともかくアリーとリリアナはちゃんと紹介させてくださいませ。妹のアリアンヌとボーンブリッジ伯爵家長女のリリアナです。リリアナはトリスタンのすぐ上の兄のアントニーの婚約者なんです」
会釈したアントニーに視線を送りながら紹介すれば、トリスタンに似ている方がパートリッジ家の長男のリュカで、残りが王太子なのは言わなくてもわかる。
「ボーンブリッジ……ああ、魔道具関連の取り纏めをやっとる家か――お前も結局来たのか。こっちにいる間に工房を覗かせたいとアーノルドが言うとったわい。で、こっちが妹、とな」
ホルストの視線を受けたアリアンヌは、なぜか顔面蒼白になって小さく震え出した。
じり、と後ずさる。
「アリー? ……どうしたの? 馬車に揺られ過ぎた疲れが出たのかしら――」
慌ててエリザベスがその手を掴むと、びくりと盛大に飛びあがった。
「アリアンヌ?」トリスタンも心配そうに声をかけ、「妖怪ジジイのことなら心配しなくても大丈夫だよ」と、続ける。
そんなやりとりにホルストが二歩ほど退いた。
「心配せんでも、わしが気に食わんのはお前の父親であってお前ではない。取って食いはせん――お前がウィルベリーの跡取りか。まあ、帰ったらそのときは父親にわしがよろしくと言っとった、と伝えてくれ。ひっひっひ」
退いたくせに妖怪笑いをするホルストを見てアリアンヌがさらに後ずさる。
「お祖父様、父が気に入らないからといってアリーを怖がらせて遊ぶのはやめてくださいませ。ずっと私の味方でいてくれたんですから――トリスタンに会うよりもずっとずっと前から――大事な妹なんです」
「ほう、そうか。それはすまんかったのう――ということはもう一人の方なら怖がらせてもいいのか?」
あくまでも楽しむ様子の祖父にくぎを刺す。
「サリーもダメです!! 今日は来ていないけれど、あの子だって今頃必死で教育に耐えているはずなんですから。あれがどんなに大変か――それなのにウィルがサリーを置いて来るなんて、信じられない」
きっとウィリアムを睨んだエリザベスを見て、ホルストは楽しそうに笑った。
王都にいた頃のようにリュカが口を開く。
「エリー、そう言うなよ。サリー本人はまだまだふさわしい教育が終わらないし、君の一件はまだ秘密になってるんだ。サリーをここに寄こすわけにはいかない。でもシュヘル卿にはぜひ繋ぎをつけておきたいし、今回を逃したらもうウィルがここに来るなんて無理だし――あのまま会えなくなるなんて、そんなの酷すぎる。でも、元気そうで本当によかった」
あっという間もなく抱きしめられて頬に軽いキスを受けると、「やめろ」とすぐにトリスタンが引き離した。
「なんだよ。エリーは妹になったんだし、別にほっぺにキスくらい普通だろ」
「あ、じゃあ僕も――」
隣にいたアントニーまで同じように軽いキスをくれて、「妹ができて嬉しいよ。もう会えないんじゃないかと思ってたから、ステファンに『リュカと一緒にお前も来い』って連絡をもらった時はびっくりした。ここに来られてすごく嬉しいんだ。妹としてパートリッジ家に歓迎できなかったのが残念だけど、僕はリリーのところに婿入りだから、王都でも領地でも、こっちに来るときは是非寄って欲しい」と、こちらもトリスタンに引きはがされながらにっこり笑ってくれた。
「そうそう、ジョナサンが『すぐには無理でも、いずれ顔を見に行くから、とりあえずそこのバカを無事送り返してくれ』ってさ」
ジョナサンは王都に残っている。アントニーも当初は来ないはずだったのだ。
ビジョット侯爵家のジョナサンのところには公爵家からニコラスの姉、クレアが嫁いでくるし、アントニーは公爵家から伯爵家への婿入りで家格が落ちる。どちらもシュヘル領に来る必要はないし、人目を引かないようにという意味ではむしろこの土地には近づけたくないのだ。
けれど友人を呼ぶのにリディアが行ってリリアナはダメというのも変だし、アリアンヌ一人が女性の道中というのも……という理由でリリアナにも来る許可が出て、ついでに保冷庫と保凍庫の件で付与魔法が得意なアントニーを呼びたいということがステファンから報告されて、婚約しているのだし二人で行かせればいいだろう、という流れでアントニーも来ることになった。
お忍びでもウィリアムが来るからには周囲に人が少なすぎるのも問題だったのだろう。
「いつでも歓迎するわ。ジョナサンに『待ってる』って伝えてちょうだい」
笑顔で応えたエリザベスの前に、すっとウィリアムが立った。
変装の奥に、懐かしい完璧な王子様スマイル。
「僕にとっても君は妻になる人の姉だし――」
そう言われて同じように頬にキスを受け、「僕も『エリーお姉様』と呼ぼうか?」と小声で言われて思わず吹き出した。
そんなつもりは欠片もないくせに――自分がこの人の『姉』なんて、無茶苦茶だ。
「ウィルってば相変わらずね――会えて嬉しいわ。元気そうでよかった。サリーはどうしてる? あの子は頑張り屋だから、無理をしていないか心配よ。本当にあなたがここに来ても大丈夫だったの?」
眉を寄せて聞けば、「僕は『乙女ゲーのヒーロー』なんだろ?」と、不敵な笑み。
「……そうだったわね」
つまりは万事抜かりないってことだ。
そしてお土産に極上の魔石や道中の街々で手に入れた珍しい品物をたくさん持って帰るのだろう。
キャサリンがどんな顔をするか。考えただけでニマニマしそう。
本当に、敵わない。
感心するべきか呆れるべきか決めかねていると、横からリリアナが抱きついてきた。
「エリー、ここにいる間に『お料理を教わりなさい』ってお母様に言われたの。教えてくれる?」
そこで小声になった。
「『料理上手な妻は夫に逃げられない』って言ってたでしょ? あんまり太らないレシピで――ほら、うちの家系はみんなぽっちゃりだから」
「もちろんよ。そしてアントニーの好みに合わせればいいのよね?」
「あと、お父様のも。お母様が聞いて来いって――」
「その話、入れて! 私も身分に胡坐をかきたくないし、将来いろんな国に行ったときに、その国の食べ物が口に合わなかったりしたら、ちゃんと自分で対策をとれるようにしておきたい――ユージーンの好みはわかってるから」
アリアンヌが加わって、あっという間にひそひそ会議になる。
「あ~、エリザベス? そういうやつは家に帰ってからやろう――」
トリスタンに止められて、みんなで移動した。
そして今回はシュヘル邸で待っていたナイジェルとリディアに迎えられ、前回のように部屋割りを決めてからトリスタンとエリザベスの家に向かう。マリーも祖父も用事があるそうで今日は別行動だけれど、夕食はまたしても歓迎のバーベキューからだ。
「『気をつけないと太るぞ』ってのはこれか――トリスタン、お前、よく維持できてるな」
エールを片手に呆れ顔のリュカに言われてトリスタンは苦笑した。
「農作業に魔法を使うのをほぼやめてるから――筋肉が付いたよ。それに結構な頻度でエリザベスに魔力を分けてるから、太ってる暇がないんだよ」
「魔力を――ああ、あの祖父さんか? 見た目はともかく、うちのジジイにそっくりだな」
苦笑に苦笑で答えはしたものの、懸念の眉が寄るのは止められなかった。
「あの妖怪ジジイ、かなりの大病を持ってるんじゃないかって思うんだけど話してくれないんだよ――祖父ちゃんから何か聞いてないか?」
「『あれはしばらくかかるじゃろう』ってさ。治らないとは言ってなかった。
……しっかしな~、お前、この暮らしは追放って言わないだろ? こんなふうに生きられるならむしろ追放されたいぞ?」
楽しく過ごすみんなを眺めながらエールを飲むリュカは、本当に羨ましそうに見えた。
「ステファンにも言われたけど、全部エリザベスのおかげだよ」
トリスタンの返事に長兄は小さく笑って――けれどその表情を見て顔を顰めた。
「なんだそれ――お前、ちゃんと見ろよ。エリー、いい顔してるじゃないか」
そう言われて、アリアンヌと笑い合うエリザベスを見る――久しぶりに会えた妹と話すのは楽しそうだ。そのまま見ていると、トリスタンが見ていることに気がついて、やっぱり嬉しそうに笑った。
そんなエリザベスに笑顔を返しながら、こんなにも王都から離れた土地に連れて来たことを申し訳なく思う――。
「その顔。お前そこ、間違ってるぞ」
「え?」
突然の否定に何のことかと思う。
「エリーは幸せそうだろ?」
「え? ああ、うん」
「寂しそうに見えるか?」
「え? いや、嬉しそうだけど」
もちろん寂しそうなんてことはない。
「それは、お前がそういう顔をさせてるんだ。わかってるか?」
「え?」
「今の暮らしに満足していなかったら、エリーはアリーが来たってリリアナに会えたって、あんな顔にはならない――王都に連れて帰って欲しいって顔になるはずだ。そんなふうに見えるか? お前、考え過ぎなんだよ――ステファンが困ってたぞ」
再びエールのグラスを口に運びながら長兄は首を横に振る。
「え? ステファンが? なんで――」
「ジュリアがエリーの悩み相談を受けて――だけどアドバイスのしようがないって――」
「エリーの、悩み? ジュリアが?」
「ナタリーもだ。一応解決策を提案してはみたらしいが、その様子だと解決してないだろ。お互い様とはいえお前、もうちょっと自信を持てよ。アントニーを見習え。ナイジェルにも負けてるぞ」




