86. テラス席での会話
「すごい不満顔ね、エリー。あなたもそんな顔するのね~」
おしゃれではないものの素朴な味わいがあると言えなくもない、そんなテラス席付きの食堂の風通しのいい木陰席に座っての昼食。
なんだかすごく楽しそうな声と顔で言ったのはジュリアだ。
隣のリディアも楽しそう――というよりはおもしろがっている。ナタリアはなんだかあきれ顔だ。
「当然、するわよ」
下唇が出ているのはわかっている。
目もとがきつくなっているのも。
「心配しなくても、むこうも似たような顔してるわよ?」
「お祖父様やマリーがいないとどうなるかって、こうなるのね」
そんな話をしながら店内に目をやるナタリアは、ここにリュカがいないから余裕なのだとしても。
「リディアとジュリアはなんで平気なの? 目の前で――ってわけじゃなくても、すぐ側でちょっかいを出されてるのは自分の相手でしょう?」
それぞれ今後の計画も立てたいし同性同士の話もしたい、ということで離れた店内席にいる彼らは、キャイキャイと楽しそうな声を立てる女性たちに囲まれていた。
ジュリアが肩をすくめる。
「だって、私たちはどっちも公爵家の血を引ているのよ? 将来は覆せないし、ここにいる期間は限られているんだし、ちゃんと自分の立場はわかってるもの。入り婿なんだから、婚約を解消されたくないのは私じゃないわ」
余裕の台詞で視線を送る先では、それに気づいたステファンがにっこり笑ってジュリアに片目をつむってから、隣に立っている女性ににこやかに頷いた――ジュリアだけじゃなくてこっちも余裕だ。
「私も。このところのナイジェルはすごくおもしろいもの。今日はどんな言い訳をしてくれるか楽しみ。――私に嫌われたらどうしようって思ってるのがよくわかるから見ていて飽きないわ。家格ってことでは私の方が上だし」
わかりやすく苦笑して『大丈夫』と手を振るリディアを見て、ナイジェルがほっと安堵の息を吐く――その隣にもかわいらしいお嬢さんがいる。
お相手の決まっていない(ことになっている)ニコラスは両手に花を楽しんでいるようにしか見えないし、ディミトリは「俺、工房を見に行く方がいい。一日別行動でいいよ」と、言ってさっさと逃げ出したのでここにはいない。
で、トリスタンは。
ちょっと不機嫌そうに、でも追い払うでもなく、同じようにまとわりつかれながら何か話している。
だって自分の領地の領民である以上相談事は聞くべきだし。解決に向けて努力すべきだし。彼女たちの話している内容が『相談』の域を越えない以上は、ここでエリザベスが不機嫌になってもしかたない。
「そうかもしれないけど、気にはなるでしょう?」
「「そうでもないわ」」
「ええ~?」
友人たちが揃えた言葉に、納得がいかない。
せっかく一歩前進したかと思っていたあの『意味もないのに手をつなぐ』の翌日から、何を思ったのか祖父とマリーはエリザベスとトリスタンに同道するのをやめた。
「もうだいぶ慣れたじゃろうし、後は自分たちでどうにかせい」
その一言で、好きなように外出できるようになった途端に、男性組には女性たちが群がって、エリザベスはなぜかがっちりジュリアとナタリアとリディアに守られている。
……むう。
「そんなに気になるなら奪い返して来ればいいじゃない。『妻』なんだし。ほっといたらエスカレートするかもしれないわよ?」
ナタリアの言葉に情けない気持ちで天井を仰ぐ。
「……ナタリーだったらどうやって奪うの?」
そう聞き返したらプッと吹き出された。
「もう。エリーったら。私だったらあんなふうに領民の困りごとを直接聞いたりしないわ。助役や相談役を複数名置いて聞きとらせて報告させる。こんなに小さな街なんだし。投書箱を置くのもいいと思うわ。
彼女たちの様子だと、次期当主に直訴するような深刻な内容があるとは思えないし――だからたとえここにリュカがいたとしても私の態度も一緒よ? っていうか、リュカはあんなことさせないわ。不敬だもの。一顧だにしないでしょうね。
それでも訴えられたのなら、相手はよっぽど困っているかかなりの性悪よ。少なくとも本心が見えるような顔はしていないわ。ニコラスみたいな笑顔でしょうね」
言われてみればごもっとも――確かにあんなふうに庶民の女性に纏わりつかれているリュカなんて想像できない。
ナタリアが小さく息を吐いて、またちらりと視線を送る。
「そういう意味ではトリスタンが甘いのよ? 話しかけやすい、っていうことにはいい面もあるとは思うけど、トリスタンじゃなくてホルストお祖父様がああやってあそこに座っていたとしたら、あんなふうに相談に群がる女性がいると思う? ステファンとナイジェルは様子を見ているだけだし、ニコラスは今のところ特定の相手も公表されていないからそんなに気にしなくてもいいんだし――」
軽く責める眼で見られれば、何も言い返せることなんかない。
「言われてみればそうよね――ここののんびりした空気に慣れちゃってたわ――相談役……投書箱……うむむ」
「だけど、そういうことを考えるのはエリーじゃなくてトリスタンの役目でしょう? どうせいつもエリーと一緒にいることなんてできないんだから、ああいった人たちのあしらい方も学ばないと。あっちのことは向こうに任せて、エリーは診療所の方に集中したら? あれもこれもはできないわよ」
それももっともだ。
白魔法使いが足りていない現状と薬の錬成についてある程度の方向性をつけたい。そういうことも相談しようと思ってのこの時間なのだから。
ダンジョンに潜る冒険者たちは『すべては自己責任』ということを知っているけれど、診療所を利用するのはダンジョンでの怪我人だけではないのだし、地域医療という点からもエリザベスが貢献できることは多いはずだ。この土地に自分の居場所を確保するためにもがんばらないと。
不機嫌顔のトリスタンの方にもう一度目をやってから、エリザベスも小さく息を吐いた。
思考を切り替えなきゃ。
「考えてはいるのよ? 例えば、ダンジョンに潜れる曜日や時間を決めるのはどうかなって。週休二日制とかにして、治癒能力者の負担を減らしたいな~とかも。ダンジョンに人が潜っていないってわかっていれば、薬の錬成に集中できるでしょう? それに、潜る階層を指定するのはどうかなって――火曜日と木曜日は低層階をメインで、とか」
ナタリアが頷いて、ジュリアが首を傾げた。
「階層を指定するのはどんなメリットがあるの?」
「低層階メインの日を決められれば、低レベルの冒険者同士が助け合ったり、意見交換をしたり、後輩の育成にかけられる手が増えるんじゃないかなって――初心者――つまり慣れていない人がダンジョンに潜るってことは怪我人が出る確立が増えるってことだし、階層が限定されていれば助けに行くのも楽でしょう? ただ、そこは冒険者の都合や各ギルドの考えを聞かないとだめかなって……」
ジュリアがなるほどね~、と頷いた。
「私はダンジョンの中に入ったことはないけど、どんな感じなの? あの見た目からすると、やっぱり暗くて怖いの?」
恐る恐る聞いたエリザベスに、三人は笑顔を見せた。
「怖くないわよ。入ってすぐはあの建物の地下室って感じだけど、低層はわりと明るいし、その辺の森とそんなに変わらないわ。魔獣も弱いし」
「そうなの!?」
みんなの話題に上るのが強い魔物に対峙した時のことばかりだったのでそれは初耳。
「この辺の森の方が怖いわよ。低層にはあんな熊とか蛇とかも出ないもの――エリーなら一緒に行っても平気だと思う。
でも、あのお祖父様はどうしてもトリスタンを連れて行きたくないみたいね。だけどエリーのことは入れたい気持ちもあるみたいよ。『エリザベスを入れることで地形も変わるかもしれんし、素材もぐっと増えるはずじゃ』って言ってた。『だが、エリザベスを残しておけば、トリスタンは無理やり入ろうとはせんからのう』って」
そこはジュリアが声を潜めて教えてくれ、リディアが続ける。
「薬の素材とか――知識がある人が入るとそういう素材が取れることが多いとも言っていたわ。実際に回復ポーションの素材とかもよく見かけたし、ナタリーがいる今はいい機会だって。今度アリーも来るんでしょう? 一般の白魔法使いだとやっぱりダンジョンで命を落としてしまう危険も大きいけど、私たちは他の人たちよりもマシだし、アリーなら公爵家の血筋だし黒魔法も使えるんだから普通より深いところまで行けるかもしれない。もしかしたらレア素材とかもゲットできるかも。熟練の冒険者には負けるかもしれないけど、かなりお役立ちよね」
ジュリアとリディア、二人の発言に励まされて、もう一つ考えてみたことを話す。
「ナタリーやアリーがいる間に、薬の素材の買取強化キャンペーンみたいなやつもできないかなって思ったんだけど……時間もないしそれは無謀かしら。どう思う?」
「何? それ」
「いつもより高く買い取るとか採集依頼を多めに出すとかして確保して、できるなら加工しちゃいたいなって――」
「なるほどね~」
必要な薬草の種類や道具、錬金術についてなどを相談する。
やっぱり加工も手伝ってくれる人がいるうちにできた方がいい。となるとアリアンヌが適役だ。アリアンヌはリュカと一緒にこっちに来たいと言っていたから、それまでに素材を確保することが重要になる。
明日以降は薬草メインで狙ってもらえるように話し合いが進む。
エリザベスは頼もしい友人たちを見ながらやや冷めたお茶のカップを口に運んだ。
低層に薬草畑を出現させられないだろうか。もしくはシュヘル領内に薬草畑を作るとか――なんにせよダンジョンでの死傷者を減らすなら薬は重要だ。そしてそういうことなら、本当は祖父も交えて話したほうが速いと思う。
何より『ダンジョンについて』――そこは聞きたいことがたくさんある。
でも、エリザベスの傍らにはたいていトリスタンがいるし、現時点でトリスタンには潜れない『ダンジョン』と話せない『魔王』関係はなかなかデリケートだ。
「ねえみんな、この前潜った時はお祖父様と別行動だった時間があったんでしょう? 何か気づいたこととかなかった?」
「他のパーティの人が、ダンジョンが少し明るくなったって言ってたわ。ソロの人も見かけた。私たちは五階層までは一気に降りたからわからなかったけど、一、二階には魔物に混じって普通の動物も増えているって――そういうのってダンジョンが浅くなると起こるんですって。お祖父様はなんにも言っていなかったけれど、きっと私たちが頑張ってることで変化が出てるんだと思う。明日はお祖父様だけ別行動になるんじゃないかな。何階層まで行けるか潜ってみたいって言ってたから」
友人たちの話に頷いた。
それなら、明日の夜は解呪が必要になるかもしれない。
今のところ彼らがダンジョンに潜るのは一日置きということになっていて、毎回祖父が同行している。前回はマリーも一緒にダンジョンに行ってしまい、トリスタンとエリザベスは一日中シュヘル邸で留守番――友人たちの第二陣が来るときに備えて、ひたすら掃除と片付けに精を出した。シュヘル邸はどんどん光が入って空気も入れ替えられている。三階にある家族用の部屋も少しずつではあるけれど整ってきた。
そういえば、初めてダンジョンに入ったはずのマリーはなかなかお役立ちだったらしい。
「マリーには次も一緒に潜ってもらう。いや、実に得難い人材じゃ。ふぉっふぉっふぉっ」
そう高笑いする祖父の横で、にっこり笑うスーパー侍女……。
家庭教師役も余裕でやってのける侍女の正体があらためて気になったのだけれど、この上ない笑顔の仮面にはわかりやすく『聞くな』と書いてあるのがわかったので、そこは口に出さずに「くれぐれも気をつけてくださいね」とだけ言うにとどめたエリザベスだった。




