83. 友人たちの帰還
「「「「ただいま~!!」」」」
「おかえり~!」
「大丈夫だった? 怪我はない?」
さすがに行ったときと同じとは言えない、疲れた様子だ。
それでも上機嫌で旧シュヘル邸に戻って来た友人たちを迎える。
「大丈夫~! いろいろ勉強になったし、おもしろかった!」
正面扉を抜けた途端にまずそんな感想を口にしたのはジュリアで。
「私はへとへと~、やっぱ公爵家の人たちってできが違うのね~。今日はもうご飯食べて寝る~!」と言うリディアと、それに頷くのは同じく実家が侯爵家のナタリー。
伯爵家のナイジェルもかなり引きつっているように見える。侯爵家の二人がそう言うのだから伯爵家のナイジェルは女子の手前どうにかこらえている、といったところだろう。
ステファン、ディミトリ、ニコラス、ジュリアはさすが、笑う余裕があるようだ。その後ろの妖怪ジジイに至っては行く前と何ら変わりのない外見での高笑い――トリスタンが疑いの目つきになった。
「成果は各自が欲しがった分以外は全部工業ギルドに回すように言い置いて来た――領地の収益にはせんで、王家管理のやつに回してもらう、いわば国にとっての臨時収入じゃな。ふぉっふぉっふぉっ」
おそらく成果は上々だったのだろう。
疲れて帰ってくるだろうから、と待機していたシュヘル家の馬車と雇った馬車に分乗して邸に到着した面々は、いったん自室に戻って身なりを整えるとすぐに食堂に会した。
ダンジョンに行った日はトリスタンたちの家には行かず、すぐ休めるように宿泊先である邸で食事をとることになっている。
長テーブルに並べられた夕食にみんなの顔が上気した。
「今日はピザと魚介類のトマトスープにしてみたの。ピザはそれぞれトッピングを変えてみたから、色々食べてみてね!」
昨日に引き続き、ワイワイガヤガヤと賑やかな食卓――。今日出会った魔獣のこと。弱点や倒し方、戦い方や逃げ方、協力したい点、自分たちの持っている装備やアイテムについての見直し。獲れた素材についても話が弾む。
トリスタンとエリザベスは友人たちの間を動き回りながら次々と焼き立てのピザを運ぶ。
これも絶対に当主夫妻の仕事じゃないと思うけどエリザベスはニコニコと楽しそうだし、がんばってきてくれたみんなに美味しいものを食べてもらいたいのはトリスタンも一緒だ。
みんなの話によると、どうやら「ニ十階層くらいまでなら普通に行けそう」だというのが公爵家組で、他はがんばって十五階層――今の実力だと今日行ったところまででほぼ限界らしい。
「できるだけ深いところの魔獣を倒すとダンジョンの力を削ぎやすいんじゃ。浅いところは数をこなす必要がある。じゃが無理は禁物。お前さんたちのパーティは白魔法使いが一人しかおらんし、十二、三階層が無難じゃろうな。ま、なんにせよ明日は一日休養日じゃ。トリスタンとエリザベスも休ませるし、頼りにするなよ。各自家事に勤しめ。人に頼らんで自分のことは自分でやるんじゃぞ」
それを聞いて困った顔になった友人たちに「優雅な避暑に来たわけではないぞ。嫌なら人を雇うんじゃな――だがわしは費用は払わんし、このあたりにはすぐに信用できる人材は少ない」と、また楽しそうに笑う。
「エリーに教えに来てもらうのは? 私、料理も家事も指示を出すくらいしかしたことないし、やれって言うならやるけど、うまくできるとは思えないわ」
リディアが正直に言って、ジュリアも「私、指示を出すのも苦手。季節ごとの模様替え以外は『いつも通りにやっておいて』って言うだけよ。料理の指示は今のところお母様と料理長の話を聞いているだけだし。結婚の準備はまだ始まっていないの。騎士科の遠征では乾燥させた非常食と獲物の丸焼きとかだし」と、眉を寄せた。
「俺たちもやるのか? 家事」
ニコラスが困惑した顔になる。
「知識があれば、いずれ役に立つこともあるかもしれんぞ――妻の仕事に理解のある夫は愛される――傾国の時、没落や追放の憂き目にあった時、ともについて行くと言ってくれるような妻がいるかどうかで暮らしはかなり違うぞ」
祖父がにやりと笑うと、ステファンが素直に頷いた。
「手分けしようぜ。熊退治に行くやつと家事組でどうだよ――ナタリーは熊退治に決定な」
「え? 私たちの中だとナタリーが一番家事とかも上手そうなのに」
確かに、ナタリアはパートリッジ家の料理長や家政婦長にいろいろ教わるエリザベスと一緒に何度か料理や家事について教わっている。
「白魔法使いはナタリーだけだからな……それ以外は次の休みは交代すればいいだろう? ナタリーを残すならエリーとトリスタンを連れて行くとか――それは大丈夫ですか?」
「エリザベスを連れて行ったら熊も蛇も出てこんぞ。おそらくダンジョンの低層も――エリザベスを連れて行ったらただの洞窟じゃ。魔獣退治の役に立つどころか、邪魔じゃな」
「「「……」」」
なるほど。という友人たちの無言の声が聞こえた気がする。
ここに来るまでの道中が平和だった理由はそれか。
そこは無言で心が通じたトリスタンとエリザベスだった。
「じゃあトリスタンだけだったら? 熊退治に行ってもいいの?」
リディアの声に祖父がまた笑う。
「ダメじゃ。明日わしはここには来ん。マリーもじゃ。エリザベスとトリスタンの二人を離すのも認めん――この二人は目立つんじゃよ。この街はそういう意味ではまだまだ安全とは言えん。特にエリザベスは――大事な嫁じゃ。攫われたら目も当てられん」
「私たちが一緒でも、そういうことがあると思うんですか?」
ジュリアがまた剣の柄をなでながら聞いた。
「この件については安全が優先――そろそろいいかとも思っておるが、この街におる冒険者の中にはダンジョンの三十階層に潜るやつもおるんじゃ――護身具は持たせてあるが、エリザベスが攫われそうになったとして、お前は戦って勝てるのか?」
友人たちが一様に首を横に振る隣でトリスタンの表情が固まった。午前中に一人で家まで帰った時のことを考えているのだとわかる。
無言のまま視線をあわせて、次からはやめよう、と頷きあった。
「まあ、わしらシュヘルの血を引く者の気配は『魔王並み』に嫌がられることも多いでのう、連れて行ったとしてもトリスタンも邪魔になるだけかもしれんぞ。ふぉっふぉっふぉっ」
楽しそうな祖父にみんなの視線が集中する。
「じゃあ、トリスタンがダンジョンに入ったらホルストお祖父様の時みたいになるんですか?」
ジュリアが興味津々で聞いた。
つまり、祖父がダンジョンに入るとみんなとは違う反応があるらしい。
トリスタンとエリザベスも興味を引かれて答えを待った。
「今はわしのようにはならんじゃろう――おそらくお前たちと大差ないはずじゃ」
そう言ってちらりとトリスタンを見やってから「いずれは、といったところじゃな」と言葉を追加した。
「わしは慣れとるせいで、弱いやつには怖がられるんじゃ。とはいえ、千や二千倒したところで変わらん。五十年後に期待、といったところかのう。ひっひっひ」
今度は妖怪笑いを追加した祖父を前に、顔が引きつるのがステファンとディミトリとトリスタン。残りは感服したように尊敬の眼差しになり、エリザベスはひとり心配の顔になった。
ホルストがダンジョン内の魔物に怖がられるのは、おそらく今も『有益』だからとその身体に残している数々の呪いのせいだ。
今日の戦いでもホルストは基本ナタリアを自分の側から離さずにみんなの怪我を治させたそうで、そのおかげかナタリア自身が襲われることは一度もなかったらしい。
「回復役を失ったパーティはあの世行きの確率が一気に上がるでな。次に潜る時は……そうじゃな、公爵家の男子だけ連れてわしはもう少し先に行く。別行動じゃ。残りは低層で狩りじゃ。桁下がりはするなよ」
つまりニコラスとステファンとディミトリを連れて行くということで、残りは十階層以下には潜るなということだ。
ジュリアが不満そうに唇を尖らせた。
本来のボルドウィン家の跡継ぎはジュリアでステファンは入り婿の予定だし、それを言ったらディミトリだってそうだ。戦闘においてのジュリアは男女差という点で腕力は劣るかもしれないが、スピードや戦略技術では誰にも引けを取らない実力があると聞いている。低層組のメンバーからも頭一つ分――いや、もっと、抜きん出ているはずだ。
ホルストは不満そうな顔をしつつも文句を言わないジュリアを見てニッと笑った。
「お前がリーダーじゃ。腕の見せ所――パーティに死傷者を出すなよ」
ジュリアの表情が驚きのそれに代わり、艶やかに笑い返す。
不敵な笑みは猛将のそれで、ステファンが参ったな、といった顔になる。
騎士科でジュリアと一緒のナイジェルが、小さく肩をすくめて「お手柔らかに……」と呟いた。




