80. 友人たちとの宵 続き
「なあ、お前らって毎日こんな感じなのか?」
草地に直接座って、アルコールと炭火の熱で赤らんだ頬に冷たいエールのグラスを押し当てながらナイジェルが聞いた。
「ん~。アルコールは出ないけど、あとはだいたいこんな感じかな」
答えながらトリスタンも隣に腰を下ろす。
「マジか。こんな穏やかに過ごして、美味いもの食って……? 追放って、普通は苦労するもんだろ。意味違くないか?」
焼きリンゴのお代わりを皿に盛りつけているディミトリを見ながらステファンも腰を下ろして言った。
「ん~、だよな。俺も毎日そう思ってる」
「エリー、幸せそう、だな」
「だな」
そう言われれば、トリスタンの心に嬉しい気持ちが沸き起こる。
確かにカスタードクリームを乗せた焼きリンゴを食べながら久しぶりの女子トークに盛り上がっているエリザベスはすごく楽しそうだ。
トリスタンと目が合えば、やっぱり嬉しそうに笑う。
それが嬉しくて、笑みを返す――。
「お前、腑抜けてないか? 新婚だからって見せつけんなよ」
リンゴの皿とエールを持って歩いて来たディミトリがトリスタンを蹴る真似をした。
「腑抜けもするだろ、エリーに大事にされ過ぎてんだよ。こいつウィルに落とされてるときのサリーみたいな顔してる」
ナイジェルの言葉には自分でも納得。そして少し心が痛む。
大事にされ過ぎている、それは確かにその通りだ。
大事にしたいのに、されている。自分がするべきなのに。
それに、これだけ与えられておきながら――与えるべきなのは自分の方だと思うのに、もっとを望む自分の欲の深さに呆れてしまう。
抱きしめたい。キスしたい。自分のものにしてしまいたい――。
だけどそれは彼女にとって、これ以上はない重い枷になる。
だって自分は、対等じゃない。ふさわしくない。
本当ならエリザベスには『自分を選ばなくていいんだ、エリザベスにはそういう生き方が可能なんだ』ということをきちんと話して将来の選択肢を与えるべきなのに、できていない。
何度も繰り返し思って来たことだけれど、手放すなんて、できそうにない。
自分ではない誰かを選ぶ彼女の姿なんてとても――だけどいずれは話さないと。
それはわかってる。
だけど――だからこそ今はもう少しこの幸せな時間に浸って、ちゃんと本来の成人の年齢になったら、その時はきちんと話をしてエリザベスの考えを聞こう。
妻になってもいいって言ってもらえたら、ウィルベリー公爵からきちんと結婚の許可を得て――ダメだったら――その時のためにも、後一年もないこのままごとのような時間を心に焼き付けておかないと。
大きく息を吐いてそのまま後ろにひっくり返ると、夏の夜空に星がきれいだった。
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「ね、エリーたちってここに住んでるんでしょ? 新婚生活、どんな感じ?」
リディアに聞かれてちょっと返事に困った。
自分たちの生活は穏やかで、楽しくて、幸せだと思う。
「使用人って、あのマリーだけなんでしょう? 家事も全部自分でやって、自給自足って大変じゃないの?」
ジュリアも興味津々で聞く。
「トリスタンが一緒にやってくれるし、自給自足はそんなに大変じゃないわ――魔法が使えなかったらすごく大変だろうとは思うけど、洗い物もあっという間だし、二人だけだと散らからないし、部屋数もないからお掃除もすぐ終わるし、植物系の食材は畑で手に入るし、白魔法で成長促進とかもできるし、お肉やお魚も殆どダンジョンで賄えるってわかってからは家計も気にならなくなったもの。
お祖父様がしょっちゅう差し入れをしてくれるし、街の人たちやダンジョンに潜る冒険者の人たちもこの頃結構あれやこれやと食材を持ってきてくれるようになって――たぶん私が白魔法を使うって話が広がってるんだと思う――ちょっと消費が間に合わないくらいなのが大変だけど、そう言ったら宿屋の旦那さんが『料理なら食堂に出さないか』って言ってくれて。それも考えてみるつもりでいるの」
「それもすごく大変そうじゃない――私なら無理。森に入って魔獣と闘う方がいいわ」
ジュリアが苦笑して言うと、リディアも肩をすくめる。
「私もそう思うわ――料理は料理人に任せたい。でも、エリーのレシピってどれも最高に美味しいし、幸せな気持ちになるから私にもできたらなって思うわ――調理にも魔法を使ってるの?」
薄いピンク色の苺の炭酸割りがよっぽど気に入ったらしく、うっとりした顔でグラスを見つめる。
帰る時は忘れずにお土産に一瓶持たせよう。
「食材に成長魔法を使ってることがあるし、調理にも――だけど、そっちは生活魔法よ? 切るとか煮るとか、火加減とか――魔法を使う料理人ならみんな使うわ。それに、そういういろいろができるのは全部トリスタンのおかげなの。私は魔法の加減が下手だから、時々魔力をガックリ減らしちゃうことがあって、トリスタンが助けてくれてるからどうにかなってるけど、そうでなかったら酷いことになってると思う」
調理中に魔力が減ることがあるのは、ごくまれに紛れ込んだ妙な食材に対する『解毒』や『体力回復効果』等が調理対象物に勝手に追加されていることがあるせいなのだけれど、エリザベス自身はそんなつもりはないので知らない。
来てすぐの頃は食材に関しては祖父やマリーがチェックしていたのだけれど、一週間も経たないうちにしなくなった。
それはエリザベスが手を触れると食材から害効果が消え、調理過程で益効果が追加されていくことに気づいたからだ。
「なんにせよ、トリスタンは幸せよね。こんな山奥にいてこの奥さんよ? ――もう絶対手放す気なんかないでしょう? 大事にされてるのよね?」
リディアがにっこり笑って言ったけれど、頷くエリアベスの顔はちょっとだけ曇った。
確かに衣食住には全く困っていないし、トリスタンは優しいし、かっこいいし、かわいいし、エリザベスのやることは大抵喜んでくれる――だけど時々、そう、ほんの時々だけど、ため息を吐いていることに、エリザベスは気づいている。
そして、悩みは教えてくれない。
それに。
ここに来てもうすぐ二カ月が経とうとしているのに、トリスタンは二人の距離を縮めようとしない。
来てすぐの頃は、これっていい感じかも、って思うことが何度かあった。
自分を見つめる目線が、唇に向かうのも何度も目にしたし、眠っている時に髪を撫でる手を感じたこともある。
その度に、ちょっとドキドキしながら待っていたのだけれど。
だけど、それだけで。
『男の子五人』には尻込みをする気持ちがあるし、超特急でそこまで関係を深めたいわけではないけれど、もうちょっと触れ合いがあってもいいんじゃないかなって思う日があるのも確かで。
一緒に街に行けばエスコートはしてくれる。他の人とすれ違う時などは腰に手を当てて引き寄せてくれることもある。
だけど、それは『義務』だし。
自分たちの距離は、祖父の治癒の後やごくまれに魔力が大幅に減った時などにトリスタンが黒豹になって魔力を分けてくれているときの方がずっと近い。
トリスタンは積極性という点ではウィリアムの対極にいる。
いや、誰と比べたってそうだと思う。
それもエリザベスにはよくわからないところだった。
ナイトとしてあれだけの時間を共に過ごしたトリスタンは、エリザベスが男の子のどんな仕草や行動にときめくのか、何を喜ぶのかも全て知っている。全部バレている。だから口説こうと思うならいくらでもネタはあるはずで――もちろん活用して欲しいわけではないけれど。
今のところちょっとでもそれらしいのは、時々小さな花を持ってきてくれることで、それはとても嬉しい。
だけどそれ以外を一切しない、のはなぜだろう。
「まだ落とし足りないのかな……」
ぼそっと呟くと。
「えええっ! これ以上!?」
ジュリアがすっとんきょうな声をあげ、ナタリアが慌ててその口を押えた。




