79. 友人たちとの宵
街ではギルドの仕組みについても学んだ。冒険者ギルドは王都では小さく、そのぶん商業ギルドが発達していた。けれどここでは冒険者ギルドが一番大きく、工業、運送業、農業、商業、と小さくなっていく。
これはシュヘル領での第一産業であるダンジョンから素材を持ち出すのが冒険者で、それを加工したり、持ち運びやすい状態にするのが工業、それを主要都市に運ぶのが運送業、地域の食を支えるのが農業、加工品や素材をこの土地で消費するのが商業だからだ。
商業ギルドは王都に比べると格段に小さいけれど、各ギルドとの繋がりが密接で全体を把握しているのでその働きはやはり侮れない。
宗教は万物の創造主とされているライティルジェンを祭っている。創造主は人型で性別はないとされている――それは国教なのだけれど、ここでは王都のようにあまり信仰にうるさくはなく、礼拝を強制することもない。
それもこの土地ならではで、宗教の違いを理由に冒険者の立ち入りを制限することについてのメリット(自国の冒険者の強化、高品質の素材の独占など)よりもデメリット(自国の冒険者の力が落ちて魔王の力を削げなくなった場合に助力が得難くなる)の方がずっと大きくて危険だからだ。
きちんと説明を受けて学んだかいあって、街を抜けながら歩いてシュヘル邸に移動する間に、友人たちにもここと王都とのだいたいの違いを説明することができた。
トリスタンの説明に祖父が満足そうに頷く。
「エリザベスとトリスタンは自宅で夕食の準備の続きや生き物の世話もあるじゃろうし、長旅を終えた面々には休憩も必要じゃ」
祖父はシュヘル邸に着くとそう言って、邸の中の説明も「そのくらいならばわしがやっておく」と、そこも引き受けてくれたのでトリスタンとエリザベスの二人は少し先に家に帰ることになった。
「それぞれの部屋が決まったら、軽く明日以降の予定を説明する。夕方になったらマリーに皆をそっちに案内させるし、皆がいる間はできるだけマリーもシュヘル邸で過ごさせる――勝手の違うところがあると困るでのう。わしも日中は忙しくなるからお前たちのところには行かん」
ホルストはそう言ってジュリアを手招きしてなにやら耳打ちをすると、ジュリアは表情を変えずに頷いた。
「しばらくうるさくなるじゃろうし、夫婦水入らずで過ごせる時間は大事にしろよ」
祖父はまたもや余計な一言をくれたけれど、それはここに来た時ほどしつこくもあからさまでもなく、トリスタンもエリザベスもちょっとほっとした。
ありがたく先に帰らせてもらって、ニワトリたちを小屋に戻してバーベキューの準備をする。
ナイジェルが渡してくれた、道中で討伐したという血熊の肉をやや厚めにスライスして蜂蜜と味噌と生姜と酒を混ぜたタレに浸し、促進魔法をかけておく。血と名前に入っているけれど、それは熊そのものの血のことではなく、熊に襲われた獲物が殺される前に必ず血まみれにされるという、熊の嗜虐性から来ている。
味はクセもないし肉は軟らかいので食用の肉としては上級品に入る。
「みんなが来る頃にはしっかり味が染みて串焼きにぴったりになるはずよ。ネギも一緒に串焼きにしましょ♪」
そう言ってからもう一つの包みに目をやって、エリザベスは顔を顰めた。そっちは大蛇だ。
「蛇は……クセがあるのは……炭火と山椒でたぶん取れる……せっかくだから、明日のお弁当に……かば焼きに……したい、けど……」
「かば焼きなら骨を外して串に刺すところまでは俺がやるよ。深く考えないで」
エリザベスは長い生き物や足がたくさんある生き物が苦手だ。たとえ食肉加工用にぶつ切りになっていても嫌らしい。まあ、その気持ちはわからないでもない。
すかさず手伝いを申し出ると、感謝の気持ちのこもった目で見上げてくれた。
それくらいならいくらでもこい、だ。
やがて太陽が山の端に向かい、空が赤く染まり、賑やかな面々がやって来た。
気心の知れた友人たちと誰の目も気にせずに過ごす宵は格別だ。
大人たちから離れ、今は責任も忘れ、身分も何も関係なく、ありのままでただ楽しんでいい時間。そんなものは王都にいては絶対に手に入らない。
庭でのバーベキューの食材はダンジョン産が多い。しっかり熟成させた肉や午前中に祖父がささっと潜って獲ってきた新鮮な魚介類、畑で取れた野菜を串焼きにして、味付けは祖母のレシピ帳にあった焼肉のタレだ。果物や野菜をすりつぶして煮込んだもので、パートリッジの祖父が送ってくれた醤油で味を整えてある。
一口食べれば、当然だけれどみんなの目が輝いて、食が進む。
香辛料も様々に揃えてあって、エリザベス特製の甘めの味噌だれに漬けられた肉に、こちらも特製の香りと辛みの効いた黒い粉末を振りかけるともう最高――王都でもこんなに旨いものは味わえないはず――っていうか、串焼きなんてもろに大衆食堂向けだから、通常ではここにいるみんなの口には入らないような気がする。
レアなのは血熊の肉もそうで、まず王都には入らない食材だ。やわらかい赤身から染み出す肉汁が口の中で香ばしいタレと交じり合う幸せにみんな言葉も出ない――絶品だった。
幸せの顔で肉を飲み込んだリディアが「馬車のみんなで山分けにしないでもっと持ってこればよかった~」と残念そうに言うと、珍しくステファンまでが「山狩りしようぜ。一頭分まるまるこの味噌ダレにつけて焼こう」とやる気を見せる。
「熊のまま持って来ないで解体して肉にするところまでやってよ?」
一応エリザベスが注意すると次兄は困った顔になった。
「肉屋に持ち込んで、半分あげるからって言って解体の仕方を教えてもらうのはどう? 覚えたら自分たちでやればいいんだし」
ジュリアが自分の剣を見ながら言う。包丁よりこっちがいいと思っている顔だ。
「そうなるとあっちの家の庭にもバーベキューできるとこが欲しいな。ここに押しかけるばっかりじゃエリーの負担になる――祖父さんに許可取ってくれよ。俺たちがいる間に使えるように作ろうぜ」
そう言いながらディミトリが口に運ぶのはいったい何本目の串焼きか。
「なら保冷庫と保凍庫のでっかいやつもあった方がいいよな。今回みたいな客にも備えられるし。型だけ俺たちで用意しておいてアントニーが来たら魔法を付与させよう。あいつはそういうの得意だから。エリー、結婚祝いに作ってやるよ。普段は使わないかもしれないけど――冷と凍、どっちを先に欲しい? 大人数用の保持庫は魔力消費がでかすぎるし難しいから今回はパスだな。次に遊びに来るときまでにできるように練習させるよ」
ステファンは弟のアントニーを働かせつつ、また遊びに来る気満々だ。
美味い肉の効果はこんなふうに働くんだな――ていうか、ひょっとしてみんなも落とされてる感じじゃないか、これ。……まあいいけど。
飲み物は、庭のオレンジを収獲し、半分に切って絞っただけのジュースをしっかり冷やせばそれだけでも美味しいし、三週間ほど前に摘んで煮ておいた苺のシロップ漬けや先週収穫したばかりのブルーベリーを同じように煮ておいたものを炭酸水で割れば色もきれいで、香りもいい。アルコールが苦手なリディアが一口飲んで嬉しそうに歓声をあげた。
ナイジェルとステファンとディミトリ、ナタリアは成人しているし、アルコールもいける。
普通にエールも好きだというので、そっちは帰りがけに街の店で買って運び込んでおいた。
領民からの差し入れの度数の強いお酒を、「果汁やシロップを加えて炭酸水で割っても美味しいのよ」と、飲んだことのないはずのエリザベスが勧めると、苺シロップの炭酸水割にちょっとだけアルコールを加えたナタリアがほーっと満足そうな息を吐いた。
ディミトリがオレンジの果汁を同じようにアルコールと炭酸水で割って「俺、これエールより好きだ」と笑う。
となりでまだ未成年のジュリアがこっそり自分のグラスにもアルコールを足そうとしてステファンに叱られる――結構しっかり管理しているらしい。
「甘くないやつは、なんか知らない?」
ナイジェルに聞かれて、エリザベスが首を傾げる――「お酒に、ライムの果汁、それから氷でシェイクすれば……炭酸も入れる? んだっけかな」――どうやら詳しくは知らないらしい。
とりあえず材料を集めて、「トリスタン、これの中身をフードプロセッサーに入れた感じで、できるだけ細かくするの、お願いしてもいい? 私、ミント取って来るね」と、蓋をした小鍋を渡された。
言われたとおりに蓋を押さえたまま中身を粉砕する。『フードプロセッサー』というのは肉をミンチにする時の生活魔法で、『グラウンド』というちゃんとした呼び名があるのだけれど、エリザベスはいつもそう呼ぶ。
蓋を開けると小鍋の中身はくだけた氷のせいで白くてふわふわした状態になっていた。飲み物というか、半固体のそれを冷やしたガラスの器に移し、取って来たばかりの洗ったミントの葉先を乗せる。
「こんな感じでどうかな。甘い方が良ければ炭酸水だけじゃなくてシロップとか、ライムじゃなくてもっと甘い果物のジュースとかだったと思うんだけど……すぐ解けちゃうから、まずは飲んで――食べて? かな」
そう言われてステファンが横からスプーンで掬うと、スプーンとの温度差ですうっと融けだす。
「わわ、融ける!」
慌てて口に入れたステファンの目が大きくなった。
「これ、食感も楽しい……」
小鍋の残りを即座に器に追加しているところを見ると、気に入ったらしい。
ナイジェルが「俺が頼んだんだぞ」って言いながら一口飲んで目を見張る。
空になった小鍋にもう一度材料を入れだした。ナイジェルも気に入ったらしい。
二人で生活魔法の『グラウンド』に挑戦している……あれはたぶん小鍋が凸凹になるな……だけど何事も経験だ。
エリザベスと目が合って、同じことを考えているのがわかる。一緒に苦笑した。
それぞれ心ゆくまで食べて飲んで、まったりとした時間が流れ出したところで、炭火の中に埋めておいた金属の容器からダンジョン産のリンゴの丸焼き――丸のまま芯の部分を掘ってバターとブラウンシュガーとシナモンをしっかり詰め込んだもの――を取り出せば、甘く優しい香りが広がって、女子たちがうっとりした顔になった。
入っていた位置によって少しずつ焼きあがり具合が違って食感が異なるそれを、一口サイズにナイフで切り分けて、各自欲しい分だけ皿に乗せて楽しむ。
なんとも贅沢な時間だ。




