77. 夏季合宿
「エリー! 会いたかった~!!」
「リディア! ナタリー! ジュリアも!!」
「トリスタン! 元気だったか?」
「ステファン! ディミトリ! ナイジェル! ニコラスも来てくれたのか!」
総勢七名。わーわーきゃーきゃーと賑やかで煌びやかな集団に驚きの目を向ける住人達と胡散くさそうな目を向ける冒険者たち――。
あっという間のひと月と二週間の後、学院が夏休みに入った途端の旧友たちの訪問に顔を輝かせる二人をにこやかに見つめるのはホルストとマリー。
お互いに抱きしめ合ったり握手を交わしたりして久しぶりの再会を喜ぶ。
「リディア、道中はどうだった? 魔獣に襲われたりしなかった?」
「血熊と大蛇が出たわ! ステファンとジュリアがあっという間に倒したけど! 万眼虫はあんまり気持ち悪かったから焼いちゃって――だからそっちの素材は獲れなかったの。だけどあの二人にかかると魔獣が気の毒。私の出番ナシよ。ナイジェルも呆れてた。――熊と蛇の素材はちゃんと持ってきたから大丈夫よ! 熊の方は食べても美味しいって同じ馬車のお兄さんが言ってたけど、本当だと思う? 蛇はこの時期は癖があるって――それにしてもすっごい山奥ね!」
リディアのわかりやすい報告にエリザベスが笑顔になる。
「それなら本当にお疲れ様ね! まずお祖父様に紹介させて――それからみんなの泊まるところに案内するわ! 夕ご飯は家で食べてね。家は泊まってもらうには狭いけど、庭が広いからご飯は大丈夫! きっと通常より早く着くだろうし、みんなでバーベキューをしようと思ってたの。花火も。ここって、どれだけ騒いでも平気なのよ!」
わかりやすく興奮して、頬が上気しているエリザベスは……今日もかわいい。
みんなに会えた嬉しさで目がキラキラしてるし、興奮で殆ど足が地面についてない。準備はそれなりに大変だったけれど、みんなを呼ぶことができて本当によかったと思う。
「なんだよ、今さら自分の嫁さんに見とれてんのか? ほら、祖父さんに紹介してくれよ」
ナイジェルに肩を叩かれて、苦笑しながら祖父の前に出た。
「そっちからニコラスとナイジェル。ステファンとディミトリは俺の兄で――」
「――こちらはジュリアとリディアとナタリーです、お祖父様。みんな学院の友達よ」
途中からはエリザベスが引き受けてくれた。
「そうかそうか、孫夫婦のために遠いところをよく来てくれたのう――ホルスト・エルク・シュヘルじゃ。よろしく頼む」
この上ない程上機嫌の笑顔なのに、ステファンとディミトリの笑顔が引きつったのは――さすがパートリッジの祖父を見慣れた兄たち、と言うべきだろう。
どちらもただ者ではなさそうな自分の祖父二人に随分と多くの共通点があるのは間違いない。
そんなことを考えていたら、ニコラスがすすっと祖父に近づいた。
「ニコラス・スルーライト・トゥルクロウです。前シュヘル男爵にはくれぐれもよろしくと父が申しておりました。贈り物を預かってまいりました――いえ、たいしたものではありませんのでどうか収めてください。東方の酒と聞いております。ご自宅に運んでもよろしいですか」
裏の読めない笑顔でそう尋ねる。
その横でジュリアもすっ、と卒のない礼をとった。
「ジュリア・ブレイズロット・ボルドウィンです。私も母から私の妹ロクサーヌを無事出産したが、未だにお礼を受け取っていただけていないと聞いております。くれぐれも失礼のないよう、感謝の気持ちを伝えるよう言い使ってまいりました」そう言って軽く声を押さえ、「トリスタンとエリザベスの結婚の祝いを私たち姉妹で選ばせていただきました」とにこやかに続け、さらに何事かを耳打ちした。
祖父がどちらの挨拶にも満足そうな顔をして頷く。
そこにステファンとディミトリが進み出る。
「自分たちの将来のため、誠心誠意励むよう、父と祖父から言いつけられております」
「おぬしらはパートリッジの長男ではないな? ふむ。自分たちの将来のため、とな、ふん。婿入り組か――長男はどうした?」
「リュカはウィリアムと公務だよ。ウィリアムが一緒に来たがって、無理矢理引き止めてるんだ――ジョナサンとクレアとアントニーとリリアナが一緒に留守番――つまり五人は目を光らせてるんだ」
わかりきっている、といった様子のトリスタンの言葉に少し笑って、次はナタリアが進み出た。
「ナタリア・エンデュール・ビジョットです。私のような者がご挨拶をする機会をいただけましたこと、光栄にぞんじます。パートリッジ公爵家当主ローランド及び前パートリッジ公爵アーノルド公より、『息子、孫をよろしく頼む』と。それから私事ではございますが婚約者のリュカより『公務が終わり次第ウィリアムを柱に括ってこちらに向かう』と言付かってまいりました」
深く膝を折ると祖父が頷いた。
「無理せんでええわい。パートリッジの長男になんぞ用はない――王太子と王都におったらええんじゃ」
言葉は乱雑でも顔は笑顔で、ナタリアをじっと見て頷く。
今回ここに送られたのは公爵家の跡取りがメインだし、ナタリアはその妻だ。皆、なんとなくでもここには将来につながる重要な何かがあるのだ、と説明を受けてきたのだろう。五公爵家のうち、来ていないのはウィルベリー公爵家に連なる者だけだ。
そんなやり取りをナイジェル(伯爵家跡取り)とリディア(侯爵家長女)がきょとんとした顔で見る。
「働かざるもの食うべからず! きっちり働け。期待しとる」
祖父は例の高笑いつきでそう言った後、少しだけ眉を寄せた。
「トリスタン。どっちの兄がどっちの家に入るんじゃ?」
「ステファンがジュリアのところで、ディミトリがサマセット公爵家だよ」
返事に頷いて祖父がさらに声を落とす。
「ウィルベリーは?」
釣られるようにトリスタンも声を落とした。
「あそこはエリザベスの同母の妹のアリアンヌが継ぐ――キャサリンはウィリアムの妃になるから。今のナンバーツーが婿養子に入ることが決まってるし、今も仕事は実質彼が仕切っているみたいだ。アリアンヌもキャサリンも学業だけじゃなくて花嫁修業が始まっているからここに来るのは難しいんだよ。それにジークフリート現公爵はエリザベスとはあまりうまくいっていないし」
「……過去に捕らわれてもいいことはないが、まあ仕方ないのう。あやつにしてみれば、他の選択肢はない。末娘の母親はここには来ておらんしのう……エリザベスがここに送られたことで一安心じゃろうが……まあ、エリザベスに話さんだけの分別はあったということかの」
祖父に似つかわしくない重々しいため息を吐いた。
それはどういうことだ、と問いかけようとして、自分を見ている祖父の眼力にどきりとした。
「いいな、何があっても逃がすなよ」
「黙ってることがあるなら話せよ、妖怪ジジイ」
「自分で調べられるようになれ、小僧」
ふぉっふぉっふぉっ、とまた笑って、宿屋の前に座っていた下働きの少年にニコラスが持ってきた酒の入った箱を自分の家まで運ぶように言いつける。
皆で向かうのは冒険者用の宿屋やギルドとは違う方向、住宅街の方にある大きな建物だ。
祖父によるとそこは本来のシュヘル邸で、男爵家に今よりも人がいた時はそこを邸として使っていたそうだ。今回友人たちを迎えるにあたって、使われていなかった邸の共有スペースの一階と個室の二階部分とりあえず十室を解放してしっかり掃除をし、入れるように整えた。
もともとの造りはしっかりしていたし、前回使用されたのは王妃が王女を身ごもっていた時なので、そんなに前ではない。それでも濡れて困る絵画や布製品などは一度外し、洗える物は洗濯し、その間に室内も洗浄&浄化魔法でしっかり埃を落とした。三階部分は個人の居室だったそうなので手を付けなかったけれど、広さ的には十分だろう。
掃除をするために連れて来られて、初めてこんな大きな屋敷があると知った時、「最初からここに手を入れて俺たちを住まわせることもできたんじゃないか?」と聞いたトリスタンに、祖父は小声で「寝室が別になったろうな」と囁きを返した。その後で「移りたいのか?」と聞かれれば――何も言えない。
エリザベスが「むこうの家で良かったです」と嬉しそうな顔になって、ぱあっと上昇したトリスタンの内面が「ここのお掃除は大変そう……庭も広すぎるし、畑もないし」という言葉にしゅん、と下降する。
むこうの方がいいって言ってくれたのは嬉しいけど、違う理由ならもっといいのに、と思う。
エリザベスの方はそんなことには無頓着で、祖父に「今は草地じゃが畑はある」と言われてちょっと興味深そうな顔になった。だけど、「移るか?」という言葉には首を横に振った――「あっちの方が居心地がいいし、近くにいられるし」そう言いながらさっさと腕まくりをしてキッチンに向かった。
トリスタンの内面がまたぱあっと上昇し、祖父が「ふむ」と一つ頷いて、今度は何を言われるかと身構えたトリスタンにあっさり背を向ける。
ホルストはここに来た時のようにあからさまに跡継ぎを作れとは言わなくなった。少なくとも、エリザベスの前では。
間違いなく、料理で落とされたせいだと思う。
その後も、祖父は邸の掃除をする二人のところに時々寄っては、「今日はダンジョンに行って来るでな、土産はライズターキーとスポーキーパンプキンにしようかのう」とか「今日は街に行くでのう。赤ワインと白ワインを後でそれぞれ十本ずつ届けさせるぞ」などと言って行くようになった。
お土産は殆どが食材だった。
そしてそんなことを繰り返すうちにエリザベスはずいぶん祖父に慣れて、そういった言葉を伝えると、すごく嬉しそうな顔になる。
今ではひょっとしたら――トリスタンよりも息が合っているっていえそうだ。




