73. 実情
「トリスタン、むこうにいる間に友人を作れ、と言ったじゃろう? その中にここの内情は伏せたままでも魔獣の討伐に参加してくれそうな、腕に自信のあるやつはおるか?」
突然話題が変わって、エリザベスは目をパチクリさせた。
トリスタンがちょっとだけ考えてから答える。
「え? あ、ええっと、たぶん兄のステファンとディミトリ、それにナイジェルが――ウィリアムは王太子だからだめかもしれないけど、女の子でもいいなら戦闘はジュリアが抜群だ。それにあの二人が声をかければ他に騎士科のやつらも集めてくれると思う」
「そんなに人数はいらん。魔法の得意なやつは? 誰かおるか?」
「そこは僕が一番だと思うけど、そこも兄のリュカとアントニーが得意だ。ニコラスとクレアも結構やる。白魔法だと圧倒的にエリザベスだけど、正統派ならナタリアだ」
トリスタンの返答に、パートリッジ家の五人兄弟は皆優秀だなあ、と思う。
「ふん。さすがは公爵家、といったところかの。そうでなければ務まらんが」
ホルストは鼻を鳴らしておもしろくなさそうに言って続けた。
「柵の少ない学院にいる間がいいじゃろう――この夏休みで構わん、遊びに来い、と誘え。今は六の月の末――八の月に入ったらみんなで来い、と。期間はひと月ほど、そうじゃの、誘い言葉はお前たちの結婚祝い――友人なら祝いに来いと言えば来るじゃろう? そして実際のところは魔物討伐――ダンジョンを浅くしたいんじゃ。王太子本人は無理でも、公爵家の子息子女なら雑魚は容易いじゃろうし。ジュリアというのはボルドウィン公爵家の娘じゃな? 当主本人はよっぽどのことがないと呼べんからちょうどいい。実戦付きの合宿じゃ」
五、六人くらいでいいかのう、と、勝手に話を進める。
「「合宿!?」」
思わず顔を見合わせて反応に困る二人を楽しそうに見るトリスタンの祖父は――知らないのだろうか。
「あの、お祖父様? ご存じないようなのでお話いたします。あの……申し上げにくいのですが、私は社交界を追放されてここに来た身なのです。友人たちを招いてお祝いなどできるような身では――」
おずおずと自分の状況を説明するエリザベスにひらひらと手を振ってホルストが笑顔を見せる。
「かまわん、かまわん。友人なら、そう言えば断らんじゃろうし、いい建前じゃから、それだけじゃ。それに追放など、何も気にすることはない。『問答無用でこんなところに来させた』と、さっき言ったじゃろうが。どうせ茶番だと知らんのは公爵家当主より下の者たちだけじゃ。パートリッジ家もボルドウィン家も、公爵家以上の当主はここの事情を知っとる。何がしたいかの予想はつくじゃろうから止めたりせん。上の者が来るなら侯爵家以下が来ん理由はないし、幸いトリスタンもエリザベスももとは公爵家の出、学生のうちならば訪ねることも許しやすい――大抵の怪我はエリザベスが治すとわかっとるんじゃろうし、今が絶好のチャンスじゃ。ふぉっふぉっふぉっ」
またしても高笑いだ。
「わかるな? ダンジョンは年々深くなっておるし、深く潜れる者はろくにおらん。王家、公爵家は知っていても、侯爵家以下はなにも知らん。ここの現状を知らせるわけにもいかん――魔力の強さは力のあるなしに直結する。権力がブレると面倒なことが起きるのでな。エリザベスの追放とやらはアーノルドとローランドとその息子――頭の回るやつがおったろう? きゃつらが計画を修正しながら影で上手く立ち回ったのじゃろうし、今頃王太子は知らされておるじゃろうが、お前たちがその茶番を許されて、なおここに送られたのは、そういう裏があってのこと――心配はいらん」
トリスタンとエリザベスは顔を見合わせた――つまりすべてはパートリッジの祖父の手の内、というわけか。
「お祖父様ったら……私が追放されるのに随分ご機嫌だと思っていたら。今さらながら、どこまで千里眼なのかしら。……アリーが怖がるわけよね。リュカも、本当に侮れないったらないわ。ずいぶんたくさん助言をくれると思ったら、そういうわけだったのね」
呆れるよりも先に学院のみんなのことが懐かしくなって、笑いがこぼれる。
「それならきっと今頃ウィルは悔しがっているでしょうね」
エリザベスの言葉に、トリスタンも頷いた。
それに、リュカはさすがだ。
既に欠かせないブレーンとしてウィリアムの立派な片腕になっている。
たとえウィリアムに隠し事をしても、自分みたいに追放するなんて言われたりはしない――自分とは違う。それだけのものを積み上げている。
「ちなみにここが男爵領なのに領主が公爵家当主をも凌駕する魔力を持つのもな、普段から魔素に触れる機会が多いこともあるが、そうでなければ務まらんということもあるのじゃ。男爵領にしてあるのは余計な目を向けぬため――。じゃがのう、トリスタン。お前の嫁はの、ちいと目立つ。美人なのはいいが、そうでなくとも大切な宝であるし、絶対誰にもどこにも渡すわけにはいかん。夫としてだけではない。しっかり騎士の役目を果たさんとな」
ちょっと心配そうに、それでもまた楽しそうな高笑いを響かせる。
「トリスタン、お前は上に行って計画を通信魔法でアーノルドに知らせろ。あいつのことだ、もうやり方は教えてあるんじゃろう? わしはエリザベスと今後の治療計画を立てる――わしにも都合があるのでな」
その言葉に顔を顰めたトリスタンにあきれ顔を見せる。
「……そんな顔をするな。心配せんでもマリーを同席させるわい。ほれ、行け」
「「って、今すぐ?」」
またしても驚いて声の揃った二人を見て「なかなか息があっとるようじゃな」と、そんな感想を口にしてから、盗聴防止の魔法を解いてマリーを呼んだ。
「マリー、これから週に二度、エリザベスに治癒魔法を使ってもらうことになっての、ちと計画を立てるのじゃが、その間トリスタンは別の仕事があって上に行く、お前、この部屋に一緒におってくれるか? わしがふざけたことをせんように――もちろんそんなつもりは微塵もないが、トリスタンが心配すると面倒じゃし、わしの健康状態はアーノルドには聞かれたくないなのでな」
肩をすくめてそんなことを言って「ほれほれ、さっさと行け。ちゃんとどちらも元気でいる、と伝えろよ」と、まるで追い出すように言葉を続ける。
躊躇いつつもトリスタンが二階に向かうと、ホルストは階段の下に椅子を置いて座るようにマリーに言って、自分はそのままテーブルに残り、小さく呪文を呟いた。
またしても、盗聴防止の――それに気づいて眉を寄せたエリザベスに満足そうに頷いた。
「ダンジョンのことは当面お前にも教えるつもりはなかったんじゃが、アーノルドの手紙に隠しても無駄だとあったしのう。トリスタンは知らんようじゃし、今は聞かせたくもないのでな」
そう前置きして、聞かれた。
「手早く頼む。昨日、宿で何を聞いた? それに、お前は何を知っておる?」
この上なく真剣な顔だった。
「昨日聞いたことなら、『領主はダンジョンに潜って魔物を討伐する』、『限定相続のため跡継ぎが必要』それから……お祖父様の外見について『見えてるのが本物だと思うな』と。それに、『トリスタンの伯父様がダンジョンに取り込まれた』と。私が知っているのは……『トリスタンが魔王になる可能性がある』ということです」
本当に手早く答えたら、ホルストはなぜか肩を落とした。
「ひ孫ができるまで黙っておきたかったんじゃったがのう――ずいぶんと早くにバレたもんじゃ」
ちょっと怖いことを言って、諦めたように長々とため息を吐く。
「全てその通りじゃ。それで、今も嫌がっているようには見えんが――お前はそれを知っていて、孫の妻としてここに残るつもりがあるのか?」
聞かれて驚いた――まるで他の選択肢があるような言い方だったから。
そういえばさっきもそうだった、と思う。
エリザベスに選択肢があるのに、自分たちの都合でここに縛り付けることにしたような、そんな言い方。
「私はそのために――ここに来たのだと思っていたのですが?」
他の選択肢があるのだろうか。
「それでいいのか? 孫の妻になるということは、一歩間違えば――いやほぼ確実に、いつかは魔王の妻になるということだぞ? いや、お前がそれでいいのならかまわんが。本当にいいのか?」
この人もそれを聞くのか。そして『ほぼ確実にいつかは魔王の妻』なんだ――。
「魔王、でも、トリスタンなんですよね? 他の人じゃなくて」
目の前の老人の後妻じゃなくて。
そこはものすごく重要。
断罪イベントの時、迎えに来てくれたトリスタンを思い出す。
パートリッジの祖父の魔法で歳をとらせたと聞いた。それはつまり、今後ああなるってことで。
そこも重要。
その質問と、自分を見てちょっと腰が引けているエリザベスを見て、トリスタンの祖父はなぜかものすごく嬉しそうな顔をした。
「わしに関しては心配ない、わしはずっと亡くなった妻一筋――もう一人か二人妻を持て、と勧められたことはあったが、とてもそんな気にはなれんかった。ルークにはもう三、四人兄弟を持たせてやりたかったが……。お前さんに孫から逃げる気がないならそれでええんじゃ。なにせ恋愛下手なのもシュヘル家の特徴じゃからのう。
手遅れかもしれんが、一度手にしてから手放す決断をさせるくらいなら、手にする前に諦めさせた方がマシかもしれん、と思ったまでじゃ」
どこか悲しそうにそう言った。
護衛のお兄さんが言っていたことを思い出す。
『前の跡取りが結婚予定の女に逃げられて自暴自棄になった』って。
トリスタンの伯父様――ルークのことを考えているのかもしれない。




