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世界の終りまで君と  作者: 佑
第二部 第一章 自分のストーリー
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71. 仕切り直して、祖父、再び

 とりあえず機嫌は良さそう。

 トリスタンを見ながらそう思う。

 ある物でどうにかした感じの朝ごはんだったけど、文句も言わず――むしろ嬉しそうに食べてくれて、エリザベスも嬉しくなった。


 めんどくさそうな顔もせずに、片付けも一緒にやってくれた――優しい。


 石鹸水を張った盥に沈めた食器に水流を当てる簡単な生活魔法で食器は綺麗になるし、同じように濯いで風魔法をつかえば一瞬で乾く。洗濯も同様なのだけれど、せっかく天気がいいので庭のラベンダーの茂みの上に広げてみた。きっと午後にはいい香りが移るはずだ。


 雨の日でも香りを楽しめるように、花を集めて乾燥させてポプリを作りたい、と言ったら、花を集めるのも一緒にやってくれた――優しい。


 その後も家の中を見て回って、何が必要か、足りないものはないか一緒に確認した。


 とりあえずエリザベスが追加したいのは冷蔵収納と冷凍収納と時間保持収納――それがあれば料理をするのが格段に楽になる。特に時間保持収納があれば食料が傷まないから冷蔵庫と冷凍庫は小さくて済むし、うまく使えば料理もできたてを保管できる。


 この家のキッチンは小さくて狭いし、何品かを一緒に出すには向かないのだ。


 電子レンジのようなものがあれば温め直せるけれど、そんな物はこれまで見たことがないし、できたてはやっぱり違う――。

 温かいものは温かく、冷たいものは冷たい状態で美味しく食卓に乗せたいのは当然だし、公爵家にあったあの大きめの冷蔵庫のような外見の時間保持収納庫はとても便利だった。


 だけどたぶん高価だし作るのも難しいはずだ。

 それは手に入れることができなくてもまあ仕方ない、ということになった。

 他には食糧室のスペースをもっと広く取ることと、棚ももうちょっと頑丈なものにしたいということ。これはゆっくりでもいい。


 後は、できればお風呂だ。


 身体を清潔に保つことだけなら魔法で簡単に済ませることができるけれど、お湯に浸かることができるのはまた別の贅沢だし。

 そんな話をしながら小さな家の中を確認する間、トリスタンは頷きながらスペースを調べたり祖父に聞くことをメモしたりして――とても協力的。


 さらにその後も一緒に庭を見て回って何があるのか、いるのかを確認した。


 家は小さくても庭はかなり広くて、けっこう大きな畑スペース(半分以上は草が生えている)ともっと広い果樹スペース、鳥小屋が二つあった。鶏以外の動物はいないものの、藁がたっぷり入った納屋と牛小屋らしきものもある。


「畑のものは全部自由にしていいってさ。どこまで自給自足して、どこからは購入するのかちゃんと考えないといけないな。収入についても確認しないと」


 そんなことを言いながらまたメモをするトリスタンは頼もしいし、目が合うと笑ってくれる――やっぱり優しい。


 魔王の嫁に行くと思っていたときはこんなふうに穏やかに自分たちの暮らしについて話し合う時間が持てるとはまったく期待はしていなかっただけに、嬉しい。

 そして思う。


 トリスタンって――かなりの優良物件だわ。

 ……これは、うん。逃がすわけにはいかない感じ。


 そんな内面はしっかり隠して、自分にできることを考える。

 まずは、やっぱり料理、かな。うん。


 一度家に帰ってメモを見直そう、ということになって戻ってみると、マリーがお茶の支度をしていた。


「マリー!? おはよう。いろいろ準備しておいてくれてありがとう! だけどどこにいたの? 客間を使ってる、って聞いたから朝ごはんは一緒に食べるのかと思っていたのに」


 懐かしい顔が見られてほっとして駆け寄ったエリザベスだったけれど、なぜかマリーは非難するような目でエリザベスの背後にいるトリスタンの方を見やった。

 どうしたのかと思って振り向くと、トリスタンが斜め下の方に目を逸らした。


 なんとなく頬が赤いような気がする。


「どうしたの?」


 そう聞いてもトリスタンからの返事はなく、代わりにマリーが咳払いをしてから話し出した。


「昨晩、私はこちらでできた友人のところに泊りに行っていたので――これからも時々そうさせていただきます。今まではウィルベリー公爵家の使用人として、時間の区切りなく働いて来ましたが、ここでの雇用形態は異なっているのです。

 アーノルド公がお約束なさった労働時間は午前十一時から夕方七時までで、もちろん必ずしも限定ではありませんし、今日はホルスト様がお茶の時間にいらっしゃるそうなので早めに参りました――けれどその分夕方は早めに仕事を終えさせていただきます。住まいもいずれは別にするつもりで探しております」


 なるほど、通いで八時~五時の昼休み一時間、っていうやつの昼ナシ遅バージョンか。

 エリザベスはそう思いながら頷いた。『記憶』に照らせば何の問題もないことで普通――フレックスタイム制だ。けれどそれはトリスタンには違和感のある話だったらしい。


「そんな働き方、ありなのか?」


 首を傾げた。


「はい。それに私がここにいるのはあくまでもお嬢様がこちらに慣れるまでのことと思うように、と言われています。……ただし」


 そこで言葉を切ってトリスタンを見つめ、一歩近づく。

 その目に何とも言えない迫力があり、トリスタンが一歩退いて――。


「……お嬢様にお子様ができた時は、そのままこちらでお世話をするようにと――」

「マリー!?」


 驚きの声をあげたエリザベスだったが、

「ふぉっふぉっふぉっ、それはよい! その時はわしが給金の上乗せをするでの、よろしく頼むぞ」

 という背後の戸口から響いた声に、またしても飛びあがった。


「うわっ、出たなこの妖怪ジジイ!」


 トリスタンが同じように驚きながらもエリザベスを庇うように自分の背後に入れてくれる――優しい。

 妖怪ジジイと呼ばれた祖父ホルストの方は別段気を悪くした様子もなく、トリスタンを見て「ふぉっふぉっふぉっ」と、また笑った。


「驚かせてすまんかったのう」


 すまないなどとは欠片も思っていない顔だ。

 それからトリスタンの背後から首を出しているエリザベスの方を見て、今度はちゃんと申し訳なさそうな顔になって「昨日はすまんかった。訳は後で説明するでの」と謝った。


 心なしか昨日より表情が柔らかいし、それ以上警戒させたくないのか、戸口から近づいてくる様子もない。

 となれば、特に心配することもないだろう――。


 いつもながら、エリザベスの切り替えは早かった。


「おはようございます。お祖父様、わざわざ足をお運びいただいてありがとうございます。それに申し訳ありません。私たちのためにお祖父様が住まいをお移りになったと聞きました」


 ささっとトリスタンの背後から出て丁寧に頭を下げる。


「いや、そんなことはまったく気にせんで良い――トリスタン、お前は本当によくやったな!」


 そう言ってまた笑う。


「何と言っても美人じゃ!! 気立てもよい!! 侍女の方も美人じゃとは思っとったが、性格もよく、物事がわかっとる!! こういう人材は貴重じゃ! ふぉっふぉっふぉっ」


 マリーを見てまた笑う老人に、に~っこりと笑みを返し、マリーも頷く。


「王妃に、と望まれるほどのお嬢様ですもの」


 そう言って顎を上げ、ふふふ、とこちらも不敵に笑った。


 とりあえず中に入ってお茶を、と勧めてはみたものの、どちらの笑顔にも含みがあるようで、なんだか怖い。


 テーブルに着いてマリーが淹れた紅茶を一口飲んだホルストは、ふう、と息を吐いた。


「娘のソフィアをアーノルドの息子が第四夫人なんぞにしよった時は、はらわたが煮えくり返ったぞ。だが、あやつの孫の中でも随一の美人をお前が連れて帰って来たのじゃからの、高笑いが止まらんわ」


 あっさり上機嫌の理由を暴露し、「ひ孫も五人とは言わん。遠慮せず十人くらいつくれ」と、余計な言葉を追加した。


「そういう話はやめろよ」


 トリスタンが止めてはくれたけれど、二人はお構いなしで続ける。


「その際は追加で乳母を雇っていただきます」

「かまわん、かまわん、必要なだけ雇えばよい」


 ふぉっふぉふぉ、ふふふ、と笑い合う。


「十人って……絶対無理」


 二人の笑顔を見てまたしても涙目になったエリザベスだった。

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