68. ホルスト・エルク・シュヘル
「あの、エリザベス? その、えっと、さっき聞いたことなら気にしなくていいから――男の子五人とか、そんなパートリッジ家みたいなの絶対冗談だと思うし」
その場にいられなくて、とりあえず外に出た二人だった。
「トリスタン……知ってたの?」
「え、っし、知らな……もちろん、知らなかったよ! 僕は、田舎だってことは聞いてたし、ダンジョンがあるってことも聞いてたけど、その、領主の仕事がそれの調節とか、ダンジョンの深さが変わるっていうのも今初めて聞いたし。そりゃ、ずいぶん『逃がすな』とか『手続きは全部終わらせてからこい』とかって言われたけど、ダンジョンのことに嫁不足が関わってるなんて知らなかったし、ただ田舎なせいだとばかり……」
「っていうか、あなたのお祖父様、『見えてるのが本物だと思うな』って、何? それに伯父様に何があったの? それにそれに、魔物を倒すと何かあるの?」
物騒な感じだった。
それもかなり。
「いや、僕も何も聞いてない……説明は全部『着いてから』だとしか言われてなくて」
「……なんか、嫌な予感がするわ」
「僕も。このまま帰りたいような……って、帰るとこないんだよね、僕ら」
だんだんと声が小さくなって、道の端でこそこそと話す。
「私、パートリッジのお祖父様から『どうしてもだめだと思ったら帰って来い』って言われたわよ?」
「え!?」
「……『ただし、黒豹は置いてこい』って」
「ええ!?」
「パートリッジのお祖父様、あなたがナイトだって知ってたのよね?」
「……うん」
ということは、それはつまり、『トリスタン』は置いて来いっていうことだ。
『追放』扱いでここに来たのはエリザベスの方なのに。
どういうことだろう。
「こっちのお祖父様と仲が悪いって言ってたわ……」
「え!? そうなの!?」
「聞いてないの?」
「うん。全然」
「あなたのお母様――ソフィア様をローランド伯父様が第四夫人にして、しかも早くに死なせてしまったせいで恨まれてるって言ってた――私、伯父様やお祖父様の代わりに嫁いびりとかされるんじゃ……」
「ええ!? まさか! だって母を妻にしたのは僕の父だし、それだって伯父が父に母を無理やり押し付けた形の押しかけ婚だったって聞いてる――父と母の仲は良かったけど」
「ほう? ソフィアとあやつは仲が良かった、とな?」
突然しゃがれ声が真後ろから響いて、トリスタンとエリザベスは文字通り飛びあがった。
直後、トリスタンがぱっと背中にエリザベスを庇う。
「誰だ!?」
しゃがれ声の主は、小柄な――アーノルド公とあまり変わらない身長で、片眼鏡をつけたやっぱり白髪の老人だった。
「『ホルスト・エルク・シュヘル』この土地を治めとる――お前が孫のトリスタン――と、その嫁か。ふむ」
そう言いながら片手を差し出した。
トリスタンがぎこちないながらも急いでその手を握り返し、「初めまして、ではないのでしょうが、以前会った時は小さかったので覚えていません。手紙をありがとうございました。トリスタン・トルクアルタ・パートリ……すみません。トリスタン・エルク・シュヘルです。あなたが母の父――僕の祖父ですか」と確認した。
「いかにも。その親指の指輪はわしが嵌めた。シュヘル家の血を引く者の指にしか留まらん」
そう言って左手を伸ばす。その親指に、だいぶくすんではいるものの同じ意匠の指輪が嵌っていた。
「で、そっちが嫁、とな――」
視線を向けられて、エリザベスはトリスタンの背後から進み出た。
パートリッジの祖父に負けずとも劣らない眼力がある。
ここはしっかり、きちんとしつけられているところを示さねば。
「初めましてお祖父様。エリザベス・ローレン・ウィルベリ……じゃない。すみません。エリザベス・ローレン・シュヘル――です。この度は私のような者をお迎えいただきましたこと、心より感謝いたします。不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
旅支度の目立たない衣服を身に纏ってはいるけれど、精一杯丁寧に膝を折り、挨拶をする。
「なんと……」
そう言うなり、老人はエリザベスを見つめたまま黙ってしまった。
何か、気に入らないことがあったのだろうか。もしかして、追放された悪役令嬢なんて嫁にはふさわしくないって――。
「……おぬし本当にアーノルドの孫か?」
「はい。アーノルド公は私の母の父です。母は末っ子で――」
「まったく似とらんな!」
言葉を遮る形で言われた。似ていないとまずかったのだろうか――。
「あ、すみません、ええっと、髪の毛と目の色も今は変えてあって――」
変装していたことを思い出して髪色を元に戻し眼鏡をはずすと、老人は今度はあんぐりと口を開けた。
「あの、私は母親似なんです。母は祖母似で……」
「そうか! それはよかったな!」
そう言うなり、ふぉっふぉっふぉっ! と、聞き覚えのあるような声を響かせてトリスタンの祖父が楽しそうに笑った。
トリスタンにも笑顔を見せる。
「トリスタン! でかしたぞ! これでわしもあの世で高笑いができるというもんだ。あとはさっさとひ孫の顔を見せてくれれば文句はないぞ! ふぉーっふぉっふぉっ!」
バシバシとトリスタンの肩を叩く――往来だというのになんとも豪快な言葉――どういう反応を返したらいいのかわからず、エリザベスは困惑した。
気に入らなかったわけではないらしい。それはよかったけれど。
「あの、パートリッジのお祖父様から手紙を預かってきました……会えたら直接お渡しするようにと言われて。不躾ですみませんが、今お渡ししてもかまいませんか? できるだけ早く渡すように、と言付かったので」
相手が頷いたことを確認し、本人に会ったら『その場で』手渡すように言われた手紙をカバンから出して差し出すと、トリスタンの祖父は即座に開封した。
黙ったまま目を通し――その目が大きく見開かれた――と思ったら、ポッと音がして今読んでいた手紙が燃えた。
「「え!?」」
トリスタンとエリザベスの目も驚きで丸くなる。
「……エリザベス、と申したのう?」
ゆっくりと聞く老人の顔からは、さっきまでの豪快な笑顔が消えていた。
「……はい」
「ちょっといいかの?」
そう言って手を差し出す。
「……はい?」
差し出された手を握った、その直後。
「え?」
エリザベスの膝から一気に力が抜けた。
「エリザベスっ!?」
トリスタンの驚きの声と、
「ふぉっ!?」
という祖父の声――。
弾かれたように手を離してはくれたけれど、エリザベスはその場にへたり込んだ。
慌ててエリザベスを抱えたトリスタンに、馬車を回すから少し待つように伝え、祖父が大慌てでその場を去る。
「どうしたんだ? 何をされた――あのジジイ、君に何を――」
祖父が去った方向を睨みつける。
「わからないわ。なんだか、貧血みたいな感じで。気持ち悪いわけではないけれど、力が入らない。一気に魔力、を、持って行かれたみたいな……」
「えええ!? 今の握手で?」
驚きのトリスタンの声と眉を寄せた表情を見たのを最後に、エリザベスは目を閉じた。




