59. ウィルとの話し合い(信頼)
どういうことかと思って見つめていたら、ウィリアムはもう一度大きなため息を吐いた。
「一つだけ、疑わないで欲しいんだ。僕が君を望んでるのは間違いなく本心からだよ。確かにリュカがナタリアに向けるほどの強い感情はないと思うから、それだけ愛情が薄いのは認める。次期王として国に君がいるメリットも計算してるし、友情は――そこは疑ってないよね?
だけど僕にだって、あの王太子の手を振り払って冷たい湖に身を投げたのが君だったら即座に助けに飛び込むくらいの気持ちはちゃんとあるんだよ。まあ、僕だけじゃなくてナイジェルもステファンも――大概のやつが飛び込むだろうけど。
ちなみに水泳の能力に関してあいつらに勝てそうなところは僕にはない。他のことだって難しいね。ライバルが多すぎるんだよ」
肩をすくめて苦笑した。
「僕が君を王妃にしたいのは、君のことをちゃんと知ってるからだ。
僕は君たち姉妹とあの妹との出会いから君たちが――特に君が――どんなに苦労してきたかを知ってる。ウィルベリー公爵がどんな父親だったかも知っているんだ。
それなのに君は今のレディ・ウィルベリーやサリーがこんなふうに社交界に受け入れられるよう、さりげなくできる限りのことをしてきただろう?
エリー、君がどんなに頑張っても、僕には『悪役令嬢』には見えない。せいぜいがとこ、『聖女』だよ」
「ウィル――またアリーに聞いたの?」
困った人だ。それに困った妹だ。
そう思っていたら、ウィリアムは首を振った。
「アリーじゃない。ウィルベリー家の使用人たちだ。公爵家に王太子に合う年頃の娘が三人――王家の細かいチェックが入らないわけがないじゃないか。
誰に聞いても王妃にふさわしいと言われるのは君だったそうだよ。みんな口をそろえて、君がどんなに辛抱強くて、優しくて、頭が良くて、親切で、前向きで、王妃にふさわしいか力説した」
それは、初耳だ。
「――いくら聖魔法がつかえても、それだけでなれるほど、王妃の座は甘くないんだよ」
……え?
「僕もね、自分の感情だけで妃となる人を決めるわけにはいかないんだよ」
……ええ?
「父にもね、君が僕との結婚に前向きになってくれたら、あれ(・・)を討伐するつもりはある」
……えええ?
『父』って。『討伐』って。
「君が僕を選んで、自分に何ができるのか、その口で父に話してくれさえすれば、アーノルド公が何を企んでいようとも、国として君を守り、討伐隊を組む準備はできているんだ」
それって――。
「でも、僕の大事な婚約者は――それこそ僕がやっとの思いで手に入れた地位なのに――そんなことは欠片も望んでない。僕には自分を犠牲しているようにしか見えないのに、『むしろ追放して欲しい』なんて言うんだよ。
エリー、君がどんなに頑張っても、僕には全然『悪役』には見えない。せいぜいが『聖女』だ」
ため息交じりの、諦めの言葉。
「ウィル。『聖女』は『せいぜい』、でなるものじゃないわよ」
再度繰り返された言葉に、ゆるく睨みつけたエリザベスを見たウィリアムの目は普通に優しかった。
前みたいに。
他意のない眼差しは、入学した頃みたいに純粋だった。
「どうしても、僕じゃだめなのか?」
なんの含みもない言葉でそう聞かれた途端――答えを返したのは涙だった。
この人の気持ちに応えられたら。
いつだって優しくて、楽しくて、ちょっと迷惑で、なのに思いやりに満ちた、誰よりも素敵な王子様。なのに。
「……ごめん、なさい」
どうにかそれだけ言って頭を下げた。
この人の何が不満なのか。不満なところなんてあるわけない。
足りないのは自分だ。
こんなに素敵な人を愛せない。愛したくないと思う。
この人の隣に立つだけの責任を負えない、負いたくないと思う。
我儘な自分。
情けなくて顔を上げられないエリザベスの隣に来て、ぽんぽん、と頭を叩いてくれる。
「泣きたいのは僕だろ? これだけ頑張って結局フラれたんだから。慰めてくれよ」
さっきのやつに負けずとも劣らない大きなため息に、鼻をすすり上げながら笑ったら、目の前にハンカチが出てきた。
「どうぞ? 返さなくていいよ。『友情』の印にあげる」
「ありがと。『友情』の印に受け取るわ」
ふふ、と久しぶりに力の抜けた笑いを共有する。
「君に届くのは『なんの策略も思惑もない言葉だ』って、その通りだったな。この四ヶ月で初めてちゃんと話せた」
椅子の背に体重を預けてまた息を吐く。
「いい助言ね。それに今日の計画は誰がばらしたの?」
「それは秘密だよ。僕の将来のブレーンだ。裏切るわけにはいかないね」
得意気な顔にちょっと腹が立つ。でも、将来の王様としては合格だと思う。
「――で? 誰が聞いていたのかな。サリー?」
ああもう、敵わないな。
「たぶんそう」
「それって僕に同情してくれる流れ? 追いかけたら慰めてくれるかな」
ふざけた振りをして、笑わせようとしてくれる。この王子様は、本当に。
「いいえ。今は私の我儘ぶりに腹を立ててるから追いかけるのは悪手よ。あなたには――『随分口のうまい王子だな。しかも無駄に打たれ強い』って呆れてるはずだし」
「え!?」
ふふふ、と笑うとウィリアムは横目でちらりとエリザベスを見た。
「まったく、君は。……あの時は『聖女』に見えたのに、今はちゃんとエリーに見える。どうなってるのかな」
呆れたような言葉だ。
「当然よ。私は『聖女』なんかじゃないもの」
「でも、僕には『聖女』に見えてたし、実際中身だってそうだろ? 『魔力切れ』って僕はなったことがないけど、ものすごく辛いって聞いてる。なのにあんなに穏やかな顔で文句の一言も口にせずに、あっという間に二人分もやってのけるなんて――」
あ。そういえば、そこは訂正しないと。
「ウィル? なんか、そこ違うわよ? 私は『穏やかに』『文句も言わず』なんてやってないし、『あっという間』でもなかったわ。リュカを怒鳴りつけて平手打ちしたし、ナタリアにも怒鳴ったわ――彼女に平手打ちができなかったのは、疲れて動けなかったからだし、魔力切れで気持ち悪くて、寒くて、ずっと文句や泣き言を言っていたはずよ」
「え?」
目を丸くしているウィリアムに言葉を続ける。
「公爵家に戻ってからも三日間ずっと文句を言いっぱなしだったわ。機会があったらあの王子の足を『絶対にピンヒールの踵で踏んでやる』ってのは二十回以上言ったし、お祖父様は『異世界転生なんて二度とするもんか』ってのを三十回くらい聞いたって。アリアンヌも『王子なんてみんなロクデナシ』ってのをそれこそ数えきれないくらい聞いたって――ごめんなさい。ええ、そこにはもちろんあなたも入ってた。
とにかく私は『聖女』なんかじゃないし、文句は多いし、小言も多いし、王妃になるくらいならあれ(・・)の妻になりたい変人よ」
「え?」
今度は疑いの顔。
「ウィルもちょっと周りの人と意見をすり合わせた方がいいわよ。私の見え方について――リュカにした平手打ち、見えてなかった人は他にもいるみたいなの。あとは泣いてたとか、微笑んでいたとか、光ってた、なんていうのまであって――かかった時間についての感じ方も様々みたい。お祖父様が調べてるんだけど、あの魔法、ちょっとおかしいのよ。人を無駄に惹きつけるし。極力やるなって言われたわ。だけど、私はやりたくてやったわけじゃないし、文句を言うならナタリアに言って欲しいわ」
「え? ナタリアに?」
今度は困惑の顔だ。
「『リュカを助けて』って頼まれたのよ。だから船室から出たの。ナイトの時もそうだった。『助けて』って声が聞こえたから行ったのよ。でも、行ってみたら……ナタリアったら自分の方がよっぽど死にかけてたのよ? なかなか戻って来なかったし、寒いし吐きそうだし、もう最悪だった。次があったら絶対助けてやらない」
「は?」
次は『助けてやらない』発言しかも『絶対』つきに、ウィリアムは今度こそ言葉を失った。
「だからね、ウィルも、万一でも死にかけたら私に助けてもらえるとか、そんなふうには思わないでよ? すっごく大変だったんだから」
そう言うなりもらったハンカチで勢いよく鼻をかんだエリザベスを見て、ウィリアムは魔法が解けたような顔をしてから爆笑した。




